第8話 貴方は綺麗
「質問。これは、何?」
「これ?この花の名前は…勿忘草だけど」
庭に案内するとエーテルは花の名前を聞いてきた。なんだか、全部の花の名前を聞きそう。でも花に興味を持ってくれたのかな。花に興味を抱く辺りも子供っぽい。天然ではない純粋な幼さ。それを持っているなんて少しだけ羨ましいな。昔の私はそんなの持っていたか忘れてしまった。昔のことなんて覚えておきたくないから忘れる。それが一番効果的だから。
「とりあえずじょうろの使い方を教える」
「理解。…水、入れる?」
「ええ。花も草も、植物という生命のひとつなんだから水や養分をあげないと枯れて死んでしまうのよ」
「…生命…」
植物が生命の一種だと教えるとさらに花…というより植物に興味をいだいたのかじーっと見ている。今は春でもうそろそろ年長さんは小学校に入学する時期だった。この時期の一昔前は桜がありとあらゆるところで咲いていて宙に舞っていたという。どれだけ綺麗なのか桜がもうない世界に生まれている私にはわからないけどね。自然が施設以外に残されているのは結構この世界では珍しいことで富豪が庭に使っているぐらいにしか自然の美しさは見えない。ほとんどは二酸化炭素を酸素に変えるための資源として使われている。だから温暖化にはならない。その代わりに自然の景色がなくなってしまったけど。
「…この花、好き」
「鈴蘭?この花が好きなの?」
と水が入ったじょうろを持ちながら言った。鈴蘭…確かに鈴みたいで綺麗な花だよね。白くて小さく清潔…まるでエーテルみたい。…そうだなぁ…。
「ちょっとじっとしていて」
「…?」
エーテルは首を傾げた。この世界は永久機関があるとはいえ命の時間を永遠にすることは不可能。だけど極度に植物の寿命を伸ばすことには成功した。だから造花を作らず本物の花で髪飾りを作ることが出来るようになった。だけど洗えないし、壊れてしまう可能性もあるから結局造花で作るのが一番いい。だけど…エーテルには本物をあげたほうがいいかも。とても大切にしてくれそう。
「…はい。手鏡あるから自分の姿見てみる?」
「…ほわぁ…」
機械らしくない声が出た。感動している子供のような声を出した。感情に影響されやすいと思う、でもそれが可愛いところなんだけど。
「歓喜!歓喜!当機嬉しい!」
声を大にしてそして笑顔で言った。無表情じゃない、本当の満面の笑みを見せた。そしてその場でぴょんぴょん跳ねていた。前にもこんな事があった。だけどその時は無機物で無表情だったけど…今は人間の女の子らしい嬉しそうな笑顔だった。何かを与えられることがそこまで嬉しいんだ。…確かに自動機械は何も報酬なしに働かされている。だから何かを与えられること自体、「彼女たち」にとってはとても珍しいことなんだろう。小さな幸せでも喜べるエーテルはとてもいい子で私とは比べ物にならないくらい良い人生を送れそう。
「はい。それじゃあ張り切って仕事するよ」
「理解!」
目をキラキラさせて言った。無機物のような目ではなくちゃんと生きているような目をしていた。…機械にも感情はある、感情を表現することは出来る、理解することが出来る。記憶することも出来る。…そして意思を持つことも絶対できるんだろう。だから機械は…生命に一番近い生命ではない存在なんだろう。生命ではなくても命は存在するように思えた。だから私は次に哲学じみた疑問をいだいた。でもこの答えを知ることができれば…私は変われるのかもしれない。私が感じた疑問…それは…。
ー命ってなんだろう?ー
命というのは何?魂?それとも心臓?科学者などの理系の人は恐らくそういうのだろう。私も最初はそう思っていた、だけどエーテルを見てそうではないんじゃないかと思い始めた。エーテルの笑顔や仕草…それぞれに心があるように見えた。それを見て命の定義というのはなんだろう?と思った。植物には心があるのかよくわかっていない。けどないように思える。脳みそがないからだ。でも成長して、いつか死ぬという性質を持っているのだから生死の概念は存在する。…それなら?それなら生死の概念が存在するものが生命とされるのだろうか。でもエーテルには生死の概念は…存在しない。…この疑問はエーテルと関わっていくうちに知れるのだろうか。科学者だから疑問を抱いてしまうのは仕方がないけど…でもいつかは解決しないと。次の疑問を抱くことが出来ないから、それか疑問がどんどん積み重なっていくから。
「…こんなふうに使うの」
「理解。庭のお世話、楽しそう」
植物に命はある。私にも命はある。…機械に命はあるのだろうか。…それを調査して答えを見つけよう。それが私の目標になるのだから。
「主張。当機、言いたいことがある」
いきなりエーテルが言った。
「…ん?どうしたの?」
「…感謝。当機を受け入れてくれてありがとう。当機、人間の暖かさ知れた。心を知れた。当機も笑顔になれた」
「そう。…エーテルの目標を達成する手伝いができて私は満足だよ」
「…質問」
「…質問?」
「当機…迷惑になっていない?邪魔じゃない?必要?」
不安そうな顔でエーテルは言った。その目は涙ぐんでいて。…気にしていたのかな。邪魔になっていないのか、迷惑をかけていないのか…。そう思っていたらエーテルは自分が必要ないんじゃないかと思ってしまう…。…最初はたしかにそう思った。面倒な自動機械だなと思った。だけど今は違う。…好き。「貴方」が私に憧れているように…私も無意識に「貴方」に憧れているのだから。だから「貴方」は私に必要不可欠な「存在」なのだから。…邪魔になっていない、迷惑もかけていない。
「必要だよ。エーテルは私にとって憧れの人なんだから」
「…疑問。低スペックである当機が?」
驚いたような表情を浮かべエーテルは質問する。私は「貴方」にあこがれている。純粋な心を持っている「貴方」に。…何事も努力して誰かの役に立つために動いたり、覚えたりしている「貴方」が。…「貴方」は私にとって過去と向き合えるかもしれないきっかけを作った「存在」なのだから。憧れの人でもあるんだよ。エーテル。
「低スペックなのは関係ないよ。ただ私はエーテルの心に憧れているだけ」
「心…」
「そうだ。「貴方」に教えてあげる。鈴蘭の花言葉」
鈴蘭の花言葉、それは白い花にぴったりな花言葉。
「再び幸せが訪れる」「優しさ、愛らしさ」「謙虚」「純粋」「純潔」
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