第27話 橙子と受難

明後日から仕事だ。

少しの時間でも、夏夜に触れていたかった。

仕事に戻ったら、寝落ちする毎日が待っている。

気絶するみたいに眠って、翌日になれば仕事に行く。


仕事は嫌いじゃない。

父に認めてもらい、安心させたい。

だから必死だ。

しかし、やればやるほど、夏夜との時間は減ってしまう。

彼女が家にいるのは当然なのに、帰宅するとほっとする。

父の休暇明けにはプランニングの調整だって待っている。

少しの間、週末ものんびりはできなさそうだ。

タイミング悪く、プラン執行日は夏夜の誕生日の後だ。

早く終わってしまえば、一緒にお祝いできるのに。

今年から、プランニングは一人でこなさなければならない。

抜けがあればトラブルを避けるために誰かの手が入る。

それが続けば、いずれ月嶋の跡取りは「間抜け」が実績になる。


誕生日の時間が取れない。


隆のモヤモヤを、夏夜は何も言わずにいてくれた。

四家の中で育った彼女も姉や義兄の姿を見ているのだから、概ねの察しはつくらしい。

心底、ありがたかった。

「誕生日も一緒にいてくれない!」なんて言われたら、パンクしてしまう。

隆が遅くなれば、先に寝ていてくれる。

風呂には新しいお湯が張ってあって、パジャマが置いてある。

その日の事も簡単にメモを置いてくれる。

そして、朝は笑顔を見せてくれる。

夏夜のためにもと思ってやっていると、仕事は嫌いじゃないしのサイクルに入る。

休暇中は、ずっと抱き合っていたっていいくらいだ。

夏夜もわかっているのか、拒むこともなく付き合ってくれる。

日中は恥ずかしそうだけれど、それが隆の心を解放する。


今だって....ぎゅうと抱きしめれば、腕の中にいてくれる。陽光の中で眠る夏夜は、無垢で触れるのが惜しいくらいだ。触れるけどな。


「明日で休暇終わりだね。すぐに忙しくなる?」

「本格的には父さんの休暇明けから。でもさ、緊張するんだ、会社って。」

階下から母が夏夜を呼んでいる。

これから、買い物に行くのだ。

多分、母の嫌がらせだ。

この数日、俺が夏夜を独占しているもんだから。

「買い物、今日じゃなきゃダメ?」

「旅行のものを買いたいんだって、お義母様。明日はもっといやでしょ?」

「母さん達の旅行まで、まだ日があるのに..

あ、俺が断ってこようか?」

「約束したもん。隆、もしかして後追い?

ふふ、飛ちゃんみたい..」

橙子とリアムの赤ちゃん飛悟は、この頃、後追いが強く、橙子がトイレに行くのも大騒ぎだという。

「飛悟と一緒かぁ」

「隆も一緒に行ってくれるでしょ?お買い物。」

「....」

一緒と言っても、荷物運びと運転手みたいなものだ。

母なんて現地についたら帰りに呼ぶとか言って、邪魔もの扱いするに決まっている。

夏夜が手を引っ張る。

「ねぇ、お義母様待たせちゃう。」

渋々階段を降りた。


母の買い物は、旅行の準備だけに留まらず、立ち寄った呉服屋で、夏夜に秋の訪問着をと言い出して、夏夜はまたまた困っている。

一人では着られないし、着る機会も見当たらないと断わられ、残念そうに引き下がっていたけれど、後で仕立てちゃうんだろうな。

母が見つけた淡い緑と紅葉の柄の着物は似合うだろう。

ランチをして、それからデパートに行って、夕方に帰宅した。

父との旅行先に持っていく土産や、その他もろもろも揃ったようだ。

途中で、夏夜が行きたがっていた店の抹茶パフェを食べて、嬉しそうだった。

これで明日はゆっくりできる。

今夜は風呂に誘って、それから....


隆の希望で一緒に風呂に入ったが、気分が悪くなってしまった。

目眩がして吐き気がひどい。それに動悸も。

手足が冷えるような感覚がした。

隆がベッドに連れて行ってくれたけど、横になっても目眩はおさまらず、頭痛がする。

結局、翌日病院に連れて行ってもらった。

「どう?夏夜...夜は眠れたの?」

心配そうに眉間に皺を寄せた橙子が聞く。

「動悸が落ち着いてからは眠れたけど、頭痛い。今日は採血する?」

「この間の健康診断の結果で貧血があるの。そうひどいものではないけど。

今は採尿と採血で何が原因がみるしかない。いいわね?」

「うん...」

隆は夏夜の隣にいた。

橙子に昨夜の症状を聞かれて話している。

「じゃ、隆ちゃんお願いね。」

夏夜が腕を出して注射を見ないようにすると、隣の隆が立って夏夜をぎゅっと抱える。肘より少し上が締め付けられた。アルコール綿のひんやりした感触があって、痛みは一瞬だった。

「終わったわよ。夏夜?」

「夏夜、終わったって。」

「うん.,」

いつもはこれで問題ない。注射器さえ見なければ。

でも、今日はムカムカして、また目が回ってきて、思わず隆にしがみついた。

「気持ち悪い....」

覗き込むと顔色が悪かった。

それに冷や汗が出ている。血圧が低い。

症状は典型的な脳貧血だが、それに注射にトラウマだってあるから。

たまたま、体調が悪いからなのだろうか。

しばらく橙子の部屋のソファに横になっていた。


少し様子を見てから、橙子は検査室に寄って外来へ行く。

なんだか、気になる。

確かに貧血だったけど、内服で良さそうと思ったから、特に急ぎもしなかった。

でも、今日の様子はどこかで見たことがある気がしていた。

「早く思い出さないと....」


横になった夏夜は隆と話している。

「ごめんね。休暇の最後の日なのに。」

「謝ることじゃないよ。昨日は惜しかったけどね。」

「それも...」

「冗談!いいから少し目を瞑って。なんか飲み物買ってくる。」

隆が出ていくと目を瞑った。まだ頭痛がしている。


「院長、検査結果。」

データを持ってきたのは臨床検査部長だった。

「あら、ありがとうございます。連絡してくれれば取りに行ったのに。」

「院長の妹さんだろ?これ。直接きたほうが早いと思ってね」

「ええ、そうなの。軽い貧血だった....」

差し出された用紙を手にして、そのまま言葉が切れた。

「.....これ」

「確定診断じゃないがね。すぐに次の準備をしたほうがいいでしょう?」

「わかりました。調整して連絡します。」

彼が部屋を出ていくと、椅子に座り込んだ。

どうして?次は?なんで?誰に?

次々と言葉が浮かんでくるが思考が追いつかない。

「橙子、ランチに行こう。」

ノックをして入ってきたのはリアムだった。

すぐに橙子の様子に気が付いたようだ。

持っているデータを覗き込む。

「夏夜の結果だね。見てもいい?」

ノロノロとペーパーを渡す。

リアムの眉間にシワがよった。

「すぐに夏夜に話すことはいい?」

「貧血の治療はしなくちゃいけない。でも....」

「そうだね。焦るのは良い選択ではない。」

橙子を抱きしめた。


明日から貧血の治療をすると、外来から戻ってきた橙子に告げられた。

「残念だけど、注射なの。貧血が進んでいるからね。」

「どうしても注射じゃなきゃだめ?」

「ごめんね。苦手なのはよくわかるけど。何か方法考えるから。」

夏夜が大きくため息をついた。その背中を隆が励ますようにトントンと叩く。

「うん....」

諦めたような力ない返事だった。


 橙子はソファで息子を抱いて考え込んでいる。

3年前の手術の時より、悩んでいた。

三度目の正直はどこに行ったんだと、フツフツと怒りが湧いてくる。

息子に離乳食を食べさせなくちゃ。

お風呂に入れて、寝かしつけの絵本を読むのは今夜はリアムだ。


「君は少しゆっくりして。」

そう言ってくれたから。

バスタブに気に入りの入浴剤を入れて、顎まで浸かった。

いつも心の奥に閉じ込めている感情が、出してほしいと喚いている。


「ヒューは寝たよ。あたたまった?」

「なんだか、考えがまとまらない。お風呂に入ったのに。」

「今必要なのはひとつだ。確定診断を出さないといけない。」

橙子が言葉なく頷いている。

橙子の目を覗き込んでリアムがつぶやく。

「くやしいね…橙子。」

そのまま抱きしめると、腕にしがみつくようして泣き始めた。

「ずるい...どうして?なんで夏夜ばっかり?二度も頑張ったじゃない!あんなに…あんなに…頑張って…あの子が何したって言うの?なんで夏夜なの?ずるい、ずるいわよ!」

叫ぶように話した。

誰に文句を言えばいいの?

神様なんて!神様なんか!

泣いて泣いて、一晩中泣き続けた。

日の出の頃、橙子が呟いた。

「検査の回数...少なくする。一度に出来るだけ。ごく軽い麻酔も併用する…」

「隆の代わりにはならないかも知れないけど、僕も一緒に居る。」

「そうしてくれる?それから、先に隆ちゃんに話そうと思う。」


 夏夜の検査を夕方に設定した。

昼よりは隆ちゃんが来られる可能性があるかもしれない。

それに、後に外来がなければ、自分が付いていることができる。


待合室に居る夏夜を、橙子の部屋に連れて行った。

出来るだけ機器がない方がいいし、この部屋の壁のなかには酸素や救急カートも設置してあるのだ。

「橙子姉様。目、腫れてる。」

「昨日の夜リアムと喧嘩したから。」

「それで橙子姉様が泣いたの?」

「橙子が僕の唐揚げを食べたんだ。必ず半分ずつの約束だった。

どう考えても橙子がいけない。せっかくハルが持って来てくれたのに。」

「唐揚げ…?」

そんな訳ない。橙子姉様とリアムがそんなこと。

「じゃあ、検査しようか。今日は割と検査項目多いのよ。隆ちゃんもいないからこれ飲んで。少し眠くなるから。」

「睡眠薬?」

「そう。目が覚めたら点滴が腕に入っているけど、包帯で隠しておく。

私たちは夏夜が眠っている間も、必ずそばにいるからね?」

少し甘い香りのジュースを飲む。りんごみたいだけど変な味...

まもなくソファで朦朧となった。もう声をかけても返事がない。

留置針から採血してルートに繋げ、その上から包帯を巻く。

二人の動きは滑らかで素早かった。


 隆が病院に着いた時、夏夜はまだ眠っていた。

飛伍をリアムがあやしている。

眠っている夏夜を連れて帰った。

今日の結果を見て、先に隆と話しをしたい。

いつがいいか知らせてほしいと橙子に言われた。

貧血だけの話ではないのだろうか。

「おいしくない…」

夏夜が寝言を言っている。変な夢見てんな。

「あ…家、隆が連れてきてくれたの?」

「うん、寝相が悪いから連れて帰れって。何が美味しくないの?」

「夢見てた。橙子姉様のところで飲んだジュース。あんまり美味しくないのに、いっぱい出てきて。」

腕のことは気にしてなかった。


やっぱり。

母様と同じだ。

夏夜の症状を聞いて直ぐに思い出せなかったこと。母の初期症状だった。

貧血があって、具合が悪くなって。

思い出しくなかったんだ、きっと。初めて母様が倒れた時のこと。

結果をPC画面で見ながら、橙子はやっぱりとがっかりが入り混じったため息をついた。


隆と話すタイミングが作れたのは週末だった。

ジムの後に家に来てくれるという。

リアムは息子を連れて散歩に行ってくれた。

今日の隆はジムから歩いてきたらしい。ほんの少し汗をかいている。

大振りのコップに冷たい麦茶を出した。


「この間の採血の結果が出たの。これからどうしたら夏夜にとって一番いいか

隆ちゃんと相談しておきたくて。」

橙子を真っ直ぐに見て頷いた。

「ただの貧血、じゃないんだね。」

「私たちの母と同じなの。再生不良性貧血って聞いたこと、ある?」

「名前だけは。でも、ヤバそうって気はする。」

「正直ね。そういうところ、すごく…夏夜を預けてよかったと思う。」

「で、その再生なんとか教えてもらえる?」


 橙子の話は途中からぼんやりして来て、よく飲み込めなかった。

とりあえず、検査入院がいること。腰骨に針をさして骨髄の検査をすること。

今後は楽観視できない。ということだけははっきりしていた。

「ごめん、橙子さん。俺、今よくわかんない。」

「いいの、そんなの当然。何度でも説明するから。

ただ、あんまり時間がないから検査は進めるね。それと、本人には?」

「.....検査が終わるまでは..」


隆が出て行った後、入れ替わりにリアムが帰ってきた。

「彼は大丈夫?エントランスですれ違ったけど、とてもぼんやりしていた。

顔色も...やっぱり僕が送ってくるよ」


リアムが出て行った後、橙子は息子にキスをして抱きしめた。

髪の毛をつかんで息子がキャッキャと笑う。

まだ話ができるには時間がかかる。よだれいっぱい。でもこの笑顔。

パパ、ママどっちを先に呼ぶんだろう。

夏夜はこんな思いできるかしら。そう思うと切なくて涙が溢れた。


 バス停に向かっている。

周囲の街路樹からは蝉の声がしている。永遠に鳴いているみたいだ。

肩をグッと掴まれた。

咄嗟に掴んだ腕を捻り上げながら姿勢を低くした。

「wait!!僕だ!」

ハッとした。リアムが腕を取られたままだった。

「あ...ごめん。急だったから...」

はあと力が抜ける。

「さっきから何度も呼んだ。手を離してください。」

「..そっか、ほんとにごめん。」

「エントランスでもすれ違って声をかけたけど、気がつかなかったから。」

ぼんやりしていた。

どこを歩いたか覚えていない。とりあえずバス停の方向ではない。

「少し..飲まないか?」

リアムに誘われて乗った。このまま帰宅したって夏夜が心配するだけだ。


道路から一本入ったところのカフェテラスに入った。

「腕....大丈夫?」

隆が聞くとリアムが笑った。

「大丈夫です。投げられると思ったけど。」

「俺たち、そういうトレーニングも受けてるから、つい...」

「綾女や匠も?」

「うん。それに夏夜も。一番強いのも夏夜だったけど....あいつは遥さんだって投げるんだ。綾女は大体これ。」

握り拳を自分の頬に当てた。

リアムが肩をすくめて笑う。

「覚えておくよ。」

「....結婚する前の夏夜ってさ、俺たちみたいにチャラくなくて、学校が終わるとすぐに道場行って、ジム行って仕事して、俺たちにも付き合って。

でも学校の成績はずっとトップなの。心配になるくらい努力するんだ。」

「その頃から好きだった?」

「いや、もっとずっと前から...なんでもできるのに、まだ頑張らなくちゃって思ってて...」

「秋華たちの影響?」

「それもあったけど、あいつはすごく仕事もできたから...大人の期待に答えなきゃって思ってたかも。だから俺とはどんどん距離が開くんだ....俺、夏夜が引退するしかないってなった時、ちょっと期待してたかもしれない。やっと俺の方むいてくれるって。夏夜が苦しんでいる時にアホなこと考えて期待するって最低だよな....」

「..隆は助けたかったんだね、頑張り続ける夏夜を。愛しているから。言葉は時々一番厄介。」

「そうかな...そうだといいな....」

テーブルについた手で髪をグシャリと掴んでいる。

「なんで夏夜なのかな..」

絞り出すような声だった。テーブルにポトリと涙が落ちる。

「リアム、あのさ…夏夜は死んでしまう?」

リアムにも今はなんとも言えない。分類が多いのだ。

真っ暗になるまで一緒にいた。カクテルを一杯飲ませ、タクシーで隆を帰した。


 隆の休暇が明けてから2週後の週末。

夏夜の骨髄生検の日が決まった。

隆は会議でどうしても抜けられない。

しかし、呑気に構えるわけにもいかない。

今日の処置には、匠がいてくれることになった。

今回、麻酔は使えない。

リアムもいてくれるが、何かあってしがみつくには、幼なじみの匠の方がいいのかもしれない。

匠は実習も兼ねていると言っていたけど、たぶん綾女ちゃんが言ってくれたんだろうな。


点滴は包帯で見えないけど、これから針を刺すと思うと、すでに動悸がしていた。

隆ならしがみつけるのに。

幼なじみとは言え、隆と一緒って訳じゃない。

匠だってちょっと遠慮するだろう。

早く終わらないかな。

腰骨をグイグイと押されて、冷たい消毒を数回されて。

腕と違って処置は見えなかったが、体が震えていた気がする。

処置が終わると匠とリアムは引き上げて、橙子が止血の為に残った。

頑張ったね。そう言われた途端にどっと疲れた。

「貧血ってこんな検査もするの?」

どの本を読んでも、食事の注意とか鉄剤は書いてあったが、腰骨に針を刺すなんてなかった。

思った事をそのまま聞いた。

橙子は腰骨を押さえながら、薬を選ぶからと短く答えた。


 止血が終わって橙子が帰って行くと入れ違いに隆が来た。

珍しく険しい表情だ。

「お疲れ様。どうしたの?」

「なんでもない。ちょっと急いだから」

夏夜を見るとに笑ったけど、ぎこちない気がした。

隆はたぶんすごく疲れてる。


匠から隆にメールが来たのは会議の最中だった。

返信は要らないが、状況だけとあった。

処置では、易出血傾向があったという。

まず、穿刺前の麻酔部位から、出血が止まりにくかった。

穿刺部位からも、通常のそれより多く出血した。

橙子がしばらく圧迫止血するが、仕事が終わったら一応病院に行った方がいい。


会議の後にメールを見た後は、急いて文書を作ってここに来た。

匠にも綾女にも両親にも、まだ夏夜の病名は話していない。

でも匠はカルテも見れる。気がついているのだろう。

夏夜にだって、このまま黙っているわけにはいかない。

生検の結果はまもなく出てしまう。

結果はかかっても一週間なんだから。


夏夜の顔を見ると落ち着いてきた。

少し疲れたように見えるのは、出血のせいと言うより処置への反応だろうな。

「橙子さん、まだいるかな?」

「たぶん。今戻ったところだからいると思う。電話しようか?」

手元の携帯に手を伸ばしかけたの止めた。

「いいよ。直接行ってみる」

ジャケットを夏夜のベッドに置いて、部屋を出て、病棟を抜けると走った。

院長室には明かりが付いている。

橙子が待っていてくれた。

「おかえりなさい。」

「今日は、処置につけなくて…これ。」

匠からのメールを差し出した。

橙子は携帯を受け取り目を通す。

「ありがとう。まだ誰にも話さないでくれたのね。」

「うん。ハッキリするまではと思って。それに話すなら夏夜が先だから」

橙子がうなずいた。

「出血多かったの?」

「穿刺だけにしては多かった。少し腸骨の穿刺部位に内出血が残るかもしれない。」

「わかんないけど、多分、良くないんだね?」

「まだわからない。それこそ結果が出ないと。中途半端に言いたくないの。

私にもまだ認めたくない気持ちがあるから。」

「うん。ごめんね、橙子さん。疲れているのに。部屋に戻るよ。」

「いいのよ。隆ちゃん、苦しいだろうけど、あと一週間堪えて。」

「うん、大丈夫。」

夏夜の部屋に戻る。

「橙子姉様、居た?」

「会えたよ、お礼言ってきた。一応、時間外だから。もう帰るって。」

「あ、そっか。飛ちゃんも待ってるしね。隆ももう帰って大丈夫だよ。お腹空いたでしょ?明日チェックしたらすぐに帰れるから。疲れたからきっとすぐ眠れるし。」

「ゴメンな、検査一緒に居れなくて。」

「仕事なんだからしょうがないよ。でもたくちゃんだと、隆みたいに遠慮なくしがみつけない。綾女ちゃんに怒られちゃう。」

そう言って笑う夏夜を抱きしめた。

「もう、過保護。」

今日は夏夜が隆の腕をポンポンと叩く。

明日は母が迎えに来てくれることを伝えて、隆は帰宅した。

それこそ大袈裟に泊まり込んだりして、夏夜の不安を煽ることがないように。

気楽に振る舞うのは骨が折れた。


 橙子からの呼び出しは翌週早くだった。

仕事は午前休みをもらって、出勤するふりで病院に行く。

今日の夏夜は、自宅でレポートを書くと言っていた。

卒論の準備にもう入っている。

検査結果を聞く場には、リアムも同席していた。


部屋に入ってすぐに、雰囲気で結果が楽観的ではないことがわかる。

橙子は淡々と、しかし隆にとっても、夏夜にとっても、冷酷な結果を話す。

「呼び出してごめんなさいね。でも、私もここまでとは思っていなくて...」

「俺も少し調べたんだ。夏夜はこれから骨髄移植ってヤツをやらなきゃいけない?」

「そうね。まずは私と秋姉様の型を調べるわ。夏夜には私から話す?それとも隆ちゃんから?」

「俺のも調べてね?移植の型。血縁じゃなくても良いんだよね?

夏夜には...ここに来て話してもらうでもいい?」

「もちろんよ。リアムも同席するから。」

「よろしくね。橙子さん、リアム。また連絡するから」

隆を見送った。

「本当に君のいう通りだ。神様はどこを見ているんだろう。つらいね。あんなに若い隆と夏夜なのに。」

橙子がリアムに抱きついて泣いていた。

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