第23話 いつでもいい。

 橙子の赤ちゃんが産まれた。

割と大変な出産だったらしい。

隆と一緒に面会に行けたのは、産後2日目の午後だ。

すぐにでも駆けつけたいところだったが、苑子にやんわりと止められた。

「少し休ませてあげた方が親切よ。」

出産直後は眠れない事があるよくあるらしい。産後の興奮のせいだ。


 「先に会ってきて。俺は少しリアムと話してから行くよ。」

隆はリアムのいる医局へ行った。


 教えてもらった部屋に行くと、橙子が赤ちゃんを抱いてベッドにいた。

管理入院中の秋華もいる。

まだ、27週だと言うのにお腹が張りやすくて、

健診からそのままの入院だった。

双子の妊娠ではよくある事らしいが、遥がとても心配して、珍しく仕事を休んだ。

しばらくは落ち着かなかったお腹の張りも、やっと点滴で落ち着いたようだ。

「よかった無事で。」

赤くてふにゃふにゃした赤ちゃんを覗く。

「ありがと。来てくれて。手洗っていらっしゃい」

「あ、はい」

秋華も目を細めて、橙子を見ている。

お腹ははちきれんばかりで重そうだ。

「抱っこしてみる?」

「いいの?抱っこしたことないけど。」

「大丈夫。教えてあげるから。ね?」

夏夜をベッドに座らせ、その腕の中に赤ちゃんを入れる。

「本当にふにゃふにゃなんだ。でも....ちゃんと産まれてきたのね。」

緊張しながらも、嬉しそうだ。

「うん、私たちを選んで来てくれたの。」

「選んで?」

「そう。赤ちゃんは、自分でどこに行くか決めてくるっていう人もいるのよ。」

「へえすごいね...かわいい...じゃあ、秋姉様のところに来た子達も。」

秋華は黙って自分のお腹を撫でていた。

ノックがする。

橙子が応じると、隆が入ってきた。

「橙子さん、おめでとうございます。身体は平気?さっきリアムが感激して泣いてたよ。

あ、これ家から...退院したら会いに行きたいって両親が言ってた。」

義父母からのご祝儀を渡している。

「お心遣い有難う。よろしく伝えてね。」

「うん、さあ夏夜、帰ろう」

「え?もう?」

ぎこちなく赤ちゃんを抱っこしたまま、夏夜は目を上げた。

「母さんから産後は寝不足だから、すぐに引き上げてこいって言われてる。

秋さんも。よかったら病室まで送るよ。」

夏夜の腕の中の赤ちゃんを、橙子がそっと抱き上げる。

秋華もお腹を抱えてゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、またね。橙子」


三人で橙子の部屋を後にした。

「ねえ、夏夜。橙子が退院したら少しの間、手伝いに行ってもらえない?

隆ちゃん、どうかしら?リアムもいるから、毎日じゃなくてもいいと思うけど。」

二つ返事で承諾したいが、隆はなんて言うだろうか。

隆は夏夜にニコリとしてから、秋華に話す。

「母からもそう聞くように言われてるんだ。産後はとにかく大変だから、日中休めるようにって。」

嬉しかった。

橙子姉様と赤ちゃんのそばにいられるなんて。

「それから、食事はうちと匠と綾女んちでするから心配するなって。

手伝いの人、産後回復してから探した方がいいらしいよ。」

「そんなに甘えていいのかしら?」

「いいんじゃない?食事とか手伝いの人とか、そんなの言い訳で、匠んちも綾女んちも赤ちゃんの世話焼きたいんだろうからさ。」

「そう、でも助かるわ。二人一緒に妊娠って考えてなかったから。

リアムも初めての子どもで不安だろうし。心強いわ。」

「あとさ、秋さんのお産の後も同じようにさせて欲しいんだって。いいかな。」

秋華が目をあげた。少しだけ目が潤んでいた。

「....ありがとう。」

詳しくはまた連絡することにして、病院を後にした。

夏夜は橙子の部屋にもう少し居たかったらしい。

「赤ちゃん、どうだった?」

「怖いくらいふにゃふにゃなの。首なんかね、落っこちちゃいそうだった。でも力は結構あって、手をぎゅっと握るのよ。」

「ふうん。退院したら俺も抱っこさせてもらおう。」

「うふふ、動画撮ろうっと!隆の抱っこ。」

母には入院中の面会は挨拶くらいで充分。

しっかり休む事が優先だからと、きつく言われている。

橙子っ子の夏夜には少しかわいそうだが、仕方がない。

「退院したら、出来るだけ手伝いに行ったらいい。」

「うん、早く退院しないかなぁ。」

嬉しそうに夏夜がつぶやいている、

「俺も将来のために、お風呂とかさせてもらおうかな。」

赤ちゃんの風呂なんて、今まで考えたこともなかった。

それに自分で言っておいてなんだが、将来のためにって.....少し気恥ずかしい気がした。

いつか夏夜が赤ちゃんを産むのだろう....もちろん俺との。


 橙子の退院は出産から5日後の午前だった。

隆が車を出してくれて、リアムの待つマンションへ帰る。

橙子の腕の中で眠る赤ちゃんは、数日でちょっと感じが変わったようだ。

目を開けないかな。泣かないかな。

期待ばかりが先走る。

そんな様子の夏夜をみて橙子が笑う。

「今は可愛いでしょ?でもね夜中なんてとんでもないのよ。理屈だけじゃ超えられないわ」

「姉様でもそう思うの?」

「たぶん産後のブルーもあると思うけど。ちょっとイライラする気がする。乳児に手をかける母親の気持ちがわかる時がある」

「そういうお母さんって多い?」

「うん。夏夜の勉強にも出てくると思う。

エラおば様は、結構症例持っているんじゃないかしら。」

「....可愛いだけじゃないんだね。」

生命力溢れている分、発するエネルギーも強いのかもね。

橙子はそんなふうに言った。


 リアムは朝からソワソワと帰宅を待っていた。

橙子たちが玄関を開ける前から、もう廊下に出ていった。

リアムと橙子は、夏夜に赤ちゃんを預け抱き合っている。

その間、赤ちゃんを抱きながら隆にお湯を沸かしてもらったり、茶葉を出してもらった。

キッチンの壁には綾女の母、皐月が作ってくれた食事メニュー表が貼られていた。皐月、苑子、エラが交代で食事を作ってくれるのだという。

栄養が偏っては良くないと言うことで、このメニュー表が作られた。

今日は遥と書いてある。

「あれ、義兄様?」

「はい、ええと...心配をしてくれました。今日は退院した日だから。夕方にハルがここに来ます。」

リアムは気を遣ってくれたと言いたいのだろう。母たちは本当に気がきく。

橙子が赤ちゃんをベッドに寝かせる。

夏夜はさっき隆が準備したお茶を淹れた。

リアムは訳もなくウロウロしている。はっきり言うとこっちが落ち着かない。

「リアムもお茶どうぞ。」

「そうよ、座ってゆっくり顔を見せて?」

夏夜と橙子に言われてやっとソファに座った。

「夕方に沐浴をするから、それまで少し休むわね。」

橙子がリアムにいう。

「じゃあ、私たちは帰るね。」

そう言って立ち上がるとリアムが慌てて立ち上がった。

「だめだ!ここにいて!!」

「..でも姉様は休んだほうがいいし、赤ちゃん寝てるから。夕ご飯は義兄様がくるでしょ?」

「もし、橙子が寝ている時に赤ちゃんが泣いたら...僕はどうすればいい?」

「....抱っこして、おむつかな?」

「リアム、医者だろ?赤ん坊なら俺たちより慣れてるんじゃない?」

「僕は脳神経外科医だ。ベビーなんて、何年も触っていない。」

橙子は呆れたみたいにみている。

「困ったパパねぇ。夏夜たちだって予定もあるでしょ?」

どうしよう。夏夜は隆を見上げた。

隆は肩をすくめているが、リアムは縋り付くように隆を見る。

「私は、ここでもレポートを書けるからいいけど....」

「じゃあ、俺はジムに...」

リアムは悲しそうなというか、恨めしそう目で隆をみつめている。

隆が大きくため息をついた。

「....わかったよ。ここにいる。」

「merci!じゃあ僕はベイビーのそばにいるよ」

リビングには橙子以外が残った。


 居るとなればお昼の食事を作らなくちゃ。

お産の後はなにがいいんだろう?

皐月たちが作ったメニュー表をみる。

なんだ。意外に普通のものだ、どっちかといえば和食寄りかな。

冷蔵庫を開けると、食材だけは結構あった。リアムが買っておいたらしい。

『今夜の義兄様は張り切って作るでしょ。簡単にしよ。』

春江に習った味噌おにぎり、あとは具沢山のお味噌汁でいいや。

メニュー表に味噌おにぎり、味噌汁と書き加えた。


 細々と動き出した夏夜の側で、隆は手持ち無沙汰だ。

リアムはただただ赤ちゃんを見つめているし。

橙子は寝室だし。

テレビをつける訳にもいかないし。

これは暇だ。

夏夜と目が合うと、手伝えることを言ってくれた。

冷蔵庫からあれこれ出したり、野菜を洗ったり。皮むきは身が減るからしなくていい。

引き出しからお玉とおしゃもじ出して、なんて。

なんだか、2人で暮らしているみたいな不思議な感覚だった。

これはこれで結構楽しい。


 昼ご飯を食べ終わる頃、赤ちゃんが泣き出した。

始めはフニャフニャと。

そのうちオギャアオギャアと、そしてオギャァァァが長くなって怒っているみたいに聞こえる。

「ふむ、流石に授乳よね。おむつ変えなくちゃ。リアム一緒にお願い」

新米パパは声もなくコクコクと頷いて、すでに緊張している。

「私もおむつ変え、見ててもいい?」

「もちろん。だってこれから時々来てくれるんでしょ?隆ちゃんもどうぞ。」

「は、はい」

隆まで緊張しているのはなんでだろう。

橙子だってまだ不慣れなのだろうが、それなりに形になっている。

何度かやってみるしかないけれど、むずかしそう。

オムツと授乳が終わると、橙子は寝室に戻って行った。

洗い物をして、余ったご飯を冷凍した。

これだけのことなのに、なんだか疲れた。

隣の隆と顔を見合わせてため息をついた。


 ソファでお茶を飲んでいるうちに、夏夜は眠っていた。

リアムがリビングに戻ってきた。

こっちはこっちで、すでにげっそりしている。

「夏夜は大丈夫?」

「うん、少し眠ったら平気だよ。張り切りすぎたんだ。きっと。

俺には、リアムの方がバテているように見えるけど?あ、お茶飲む?」

「merusi。僕も疲れた。今夜大丈夫だろうか...」

隆が持ってきたカップを受け取って、新米パパは不安そうだ。

やっぱり、母親が一番強いのかな?橙子が一番しっかりしているように見える。

ソファにあった膝掛けを夏夜にかけて、そのうちに隆もリアムも眠っていた。


 遥の押したインターホンで目が覚めた。

案の定、両手に買い物を抱えた遥が立っている。

床には隆が、カウチにはリアムが寝ている。

「お疲れ様。」

出迎えた夏夜に「居たのか。橙子はどうだ?」と言いながら義兄は入ってきた。

リビングをみて苦笑している。

「赤ん坊にやられたか?でも笑えんなぁ、明日は我が身だ...」

メニュー表を眺めて感心すると、いつもの割烹着をきて腕まくりをした。

「手伝うね。」

「お前だって疲れた顔してる。座ってろよ。」

「じゃあ、お茶飲も。義兄様も飲むでしょ?」

「ああ、それならコーヒー淹れてほしい。」

「うん」


 コーヒーの香りがする。

橙子は香りにつられてキッチンにきた。

キッチンには夏夜と遥がいて、コーヒーを淹れていた。

「義兄様、ありがとう。忙しいのに...夏夜、私にも一口もらえる?」

「少し眠れた?コーヒーいいの?カフェイン入ってるけど...」

心配しながらカップを渡すと、少しなら問題ないと橙子は笑っている。

「退院おめでとう。橙子。体調は?」

「ありがとう。今のところは大丈夫。」

「しばらくのんびりして、夏夜とおっかさん達に甘えておいた方がいい」

「そうさせてもらうわ。秋姉様は?」

「元気だよ。赤ん坊達も。あとは手術日を待つだけだから。」

「そう。」

コーヒーを飲んでいると、隆に続いてリアムも起きてきた。

「遥さん、来てたんだ。」

夏夜は二人にもコーヒーを出そうとカップを出した。

「こら夏夜、野郎どもはコーヒーくらい自分でさせろ。」

「え..はい...」

ポットから手を離した。

隆がそれを引き継ぐ。自分とリアムの分をカップに入れて飲んでいる。

「さて隆、飲んだら夏夜連れて帰れ。今日は家でメニューしとけばいいよ」

「ん..夏夜帰る支度しようか。」

「でも、赤ちゃん夜泣くって...」

「大丈夫よ。リアムもいるから。その代わり明日またきてくれる?隆ちゃんも今日は助かったわ」

橙子に促されてマンションをでた。

早春の日暮れは早い。空には星が散りばめられていた。


 苑子が夕飯の支度をして待っていてくれた。

「お帰りなさい。橙子ちゃん元気だった?」

「ただいま。はい、姉様も赤ちゃんも。」

「今日は遥さんが行ったでしょ?」

「メニュー表見ました。和食が多いのね。義兄様もびっくりしてたわ。」

「そうなのよ。とりあえず夕飯にしましょう。赤ちゃんの様子も教えてね?」

苑子は赤ちゃんとの対面を楽しみにしている様子だった。

隆と今日の橙子やリアムの様子も交えて話した。


お義母様もお父様も嬉しそうだな。


寝室で夏夜はふと悲しくなってきた。

どうしてだろう。今日は忙しかったけれど楽しかったのに。

橙子姉様も赤ちゃんも元気だったのに。疲れたかな。

ベッドに入るとお風呂から戻ってきた隆が夏夜の頭をポンポンと叩いた。

「大丈夫だよ。いつか俺たちのところにもきてくれるから」

「どうして?」

「いや、なんとなく。きっと気にするんだろうなと思って。違った?」

「違ってない。本当にそう思う?」

「いつかね。でもまだ先のことだよ。それに....いやなんでもない。

あーあ、今日は疲れたな」

「うん。赤ちゃんってかわいいけど、疲れるんだね。橙子姉様達大丈夫かな」

「明日もいくだろ?」

「うん。リアムがいるけど、1週間は毎日行った方がいいんだって。さっきお義母様がそう言ってた。」

「学校の前に送る。それで、ジムのあと迎えに行くから。」

隆の腕の中に夏夜はころんと転がってきた。

不安でそうしているのだとわかった。正直、隆だって多少の不安がないわけではない。

夏夜をゆったりと抱きしめて眠った。


翌朝、橙子の家に行ってみると

「1週間は毎日通った方がいい」と言う義母の言葉の意味がわかった。

橙子達は昨夜一睡もできなかったらしい。朝の食事も摂っていないのだという。

赤ちゃんを抱っこしたリアムの目の下には隈が浮き、挨拶するのも億劫そうだ。

橙子姉様なんて、ピリピリしてかわいそうなくらい。

二人とも疲れ切っているのに、赤ちゃんはよく眠っていた。


「.....どうしたの?」

「夜中にあの子、とても泣いたの。どこか悪いんじゃないかって思うくらい。

昼はあんなに寝ていたのに。一旦寝てもすぐに起きて、ミルクも吐いて....」

橙子が泣きそうな顔に見えた。

ベビーベッドは、ミルクやオムツでグチャグチャで聴診器まで置いてある。

二人の混乱ぶりがよくわかった。


とりあえずは軽食だろうな。

お腹が空いていれば余計にイライラして、休むことだってできないに違いない。

「何か作るね。食べたら少し寝て?赤ちゃんは私が抱っこしているから。」

二人に番茶を出した。

「ありがとう。そういえば、水分摂ってなかったわ」

「Qui...美味しい...」

リアムと橙子はちょっと微笑んだ。

昨日の残りご飯を冷凍にしておいてよかった。

出汁とほんの少しの生姜を入れて、溶き卵でおじやを作った。

茶碗に盛って小ネギを散らし、橙子とリアムに出す。

遥がおいていったぬか漬けも細かく刻んで。

食後の番茶には、義母が持たせてくれた羊羹を添えた。


お腹が温まると橙子もリアムも口数が減って、眠気がきているようだ。

メニュー表をみる。今日は皐月おばさまがくるんだ。


携帯にメールがきた。皐月だった。

インターホンだと橙子を起こすからとメールで到着を知らせてくれたのだった。

『そっか...こういうところにも気を使うんだ』

「こんにちは。手を洗わせてね?」

そう言って洗面所で手を洗いとうがいをしている。

「橙子ちゃん、どう?」

「昨日の夜はすごく泣いたんだって。二人共とっても疲れて、今は眠ってる。」

「でしょうねぇ。」

「わかるの?皐月おばさま」

「赤ちゃんでも環境の違いは感じるものなの。

お腹から外へ。そしてまた新しい場所にきたから、きっと不安だったのよ。

それに赤ちゃんって夜行性だから、しばらくはこのペースよ。」

「そうなんだ。橙子姉様、大丈夫かな。」

「そのうち慣れるわよ。逆にそれしかないから。」

綾女のような気さくな物言いで、昼食の準備を始めた。

夏夜が赤ちゃんを抱っこしていて、手伝いをどうしようかと思っていると寝かせ方を教えてくれた。

お陰で洗濯機が回せる。

昼と夜の食事を手早く作ると、夏夜が淹れた紅茶を飲んで一息ついた。

赤ちゃんが泣き始めた。皐月が今度はオムツの変え方を教えてくれた。

赤ちゃんを肩に持たせ掛けて、背中をトントンするあやし方も。

慣れないことばかりで、夏夜も緊張しっぱなしだった。


「さて、私は帰るわ。橙子ちゃんたちによろしくね。あ、それから赤ちゃんを抱っこするときはリラックスしてね?

夏夜ちゃんが肩肘張ってると赤ちゃんもそうなるから。」

「あ、待っておば様、姉様に声かけてくる。」

腕を持って止められた。

「私たちがきて、帰るたびに起こしてしまうんじゃ休めないでしょ?いいの!」

「そっか。」

「赤ちゃん見れて嬉しいわ。

次に泣いたらそろそろおっぱいだろうから、橙子ちゃんを起こして?

起こす前にオムツは変えたほうがいいわよ。」

「わかりました。おばさま、ありがとうございました。」

キッチンにはラップをかけた昼用の、冷蔵庫には夜と夜食用の食事があった。

やっぱり、お母様たちってすごいんだ。


 橙子が起きて昼食を食べ終えた頃、赤ちゃんが泣き出した。

橙子がオムツを変えて母乳を与える。

昼過ぎまで眠っていたリアムが起きてきて、遅い昼食を食べている。

夏夜がいる間にもう一度授乳するのを、見届けて帰宅した。

帰宅すると疲れが出てくる。

夕食の後、少しレポートを片付け、隆の後に入浴した。

ベッドでは隆が本を読んでいる。

「なんか、疲れてる」

「うん、赤ちゃんといただけなのに疲れちゃった...」

今日はオムツの変え方と、抱っこの仕方と、寝かせ方を聞いたんだ。

メモして取っておこ。

慣れないうちは疲れるのは仕方がない。

それでも一週間も経てば、流石に橙子もリアムも寝不足ではあるけれど随分と慣れたようだ。

ほっとした。リアムは産休を取っているからあとしばらくは家にいるらしい。

夏夜の手伝いも橙子の希望日だけになった。


 隆は久しぶりに夏夜に触れた。

実はこの間一度チャレンジはした。が、キスの最中に夏夜は寝てしまい

隆も無我の境地になった。


二人で入る風呂も久しぶりだ。

隆に背中を抱かれて

「育てられるのかなぁ...」

手のひらでお湯をすくって夏夜がつぶやく。

「ん?」

「だって、医師の橙子姉様やリアムだってあんなに疲れたのに。」

「大丈夫、俺がいるし。まだまだ若者だから。」

「そっか...」

肩に唇が押し当てられて、隆の感触しかわからなくなった。


隣でぐっすり眠っている夏夜を見ていた。

さっきの言葉。

自分の体のこと、心配しているんだろうな。

最近杖がなくてもゆっくりなら歩けるが、出産のあとはどうかな。


橙子がやっと落ち着いたころ、秋華が双子を出産した。

早産で産まれた双子は保育器に入ったから、秋華より退院は遅かった。

手術後の秋華はとても辛そうだ。

ピシリとしていた姿勢は今は前屈みで、歩くのもおそるおそるというくらい。

背筋を伸ばすと傷の痛みがあるらしい。

そして、二人の赤ちゃんたちの世話は、橙子のそれとは比べ物にならないほど大変だった。何しろ、あの遥が窶れている。食事を作る気力がないという。

秋華も元から細いのにさらに痩せてしまった。

それでも弱音を吐かないところはさすがだが、

一度だけ「夏夜の顔を見るとほっとする」そう言った。

夜中、遥と二人で双子のオムツに授乳に夜泣きに付き合ってヘトヘト。

でも、双子たちが眠り始めた頃、夏夜が玄関を開ける音がして、やっと朝になったと思うというのだ。

だから夏夜は朝一番で実家に来る。

『ニワトリみたい』考えるとおかしかった。


 赤ちゃんの沐浴は秋華の姉の双子で習った。

沐浴を遥と交代で一人ずつ。後片付けは夏夜が担当している。

赤ちゃんたちは沐浴の後、母乳とミルクを飲み、お昼を挟んで眠る。

秋華と遥がもっとも休める時間だ。

二人が休んでいる間に、当番の誰かが来て食事を作って帰っていく。

日中は双子たちはリビングのベッドにいるから、オムツを変えたりあやしたりするのは夏夜と当番の母たちで。

橙子の赤ちゃん「飛悟」から続いて、「薫」と「千桜」で、かなり自信がついた。

もし、隆と夏夜のところに来たいという子がいたら、いつでもいいよ。そう言ってあげられる。

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