第21話 すれちがうこころ

多英子とあった日から、夏夜はいつもネックレスをつけている。少し大きめかと思っていた真珠は、身につけてみるとそうは見えず、よく映える。

真夏は汗をかくから石が痛む。そうならない時期は出来るだけつけると言う。

胸元のネックレスを見ていて、自身も何か身に付けるものを贈りたくなった。

真夏用のネックレス?

『真夏しか出番はない...』

イヤリング?

『多分いつもつけたいキャラじゃない..』

考え始めると思ったより迷う。眠れないほど悩んだという津島の気持ちがわかったような気がした。

『先手を打たれたなぁ』


 ジムの後のカフェで匠と綾女にそう話してみる。

「ふぅん...津島さんに対抗してんの?それとも嫉妬かな?」

「対抗ってわけじゃないけど、考えてみたらプレゼントらしいプレゼントってしてないんだ。」

「夏夜は、何か欲しいって言ったわけじゃないんだろ?隆なりに車に変えたりしてんじゃん?

あいつは、それがわかんないやつじゃないと思うぞ?」

「もうすぐ誕生日だろ?それもある....」

「隆さぁ、そもそも結婚指輪って贈った?」

「まだ」

「だよね?婚約指輪はそんな暇はなかったって言えるけど。ねえ?」

「あちゃぁ そこか!」

「鈍っぶ!ソコだよ。月嶋君。君がそれを着けていれば、読モの麗奈ちゃんにも抑止力になったノダ。」

隆の額を人差し指で押した。

「そっかぁ、さすがだな。」

「前から気になってはいたの。でも全員が絶対つける訳じゃないでしょ。だからわざわざ言わなかったけど。決まりね?」

「サンキュー綾女!で?いつがいい?」

「はぁ⁈そんなの夏夜と決めてよ。」

「そうか、夏夜と...内緒が良かったな。」

「津島さんみたいに?」

匠は笑いを堪えている。

「ずっとつけるものなんだから、二人で行ったほうがいいわよ。買うならね。予算決めだってあるでしょ?」

『ずっとつけるもの...か。』

心の奥にポカポカしたものが一杯になってくる。

なんて言って誘おう。どこで選ぼう。どんなデザインにしよう。

隆の頭の中はそれだけで一杯だった。


 ところが意気込んで話すと、夏夜は買わなくていいとつれない。

「なんで?つけるの嫌?」

「嫌じゃないけど、隆は車を準備してくれたでしょ。大切なバイク手放して」

「それとこれは違うだろ?」

「違わない。それに今アルバイトもしてないし、私は家でぬくぬく暮らして..」

「それ関係ある?」

「ある」

「あのなぁ、はっきりいうと俺らは特殊だぞ?特に夏夜は中学からプランナーしてたから。

大学じゃ勉強もそこそこに、ぬくぬくしている奴ばっかだよ?」

「私は勉強もしてないもん。今は特殊じゃなくて主婦だもん。」

「母さんだって主婦だけど着けてる。だろ?」

「それはお義父様が仕事をして、えーと....とにかく、そんなに色々してくれなくていいの。」

隆が大きくて長いため息をつく。

「まだ俺の仕事がないって言いたい?....わかった。もういい。」


 夕方のジムに行く。メニューをこなしていると時間を見ながら遥がやってきた。

「いつもより随分ペースが早いな。イライラして身体動かすとミスるぞ?」

「遥さん....」

「どうした?」

喧嘩の成り行きをボソッ話す。 

「素直じゃない。俺だってこれから...」

遥はおもむろに今夜飲みに行かないか?と誘った。

「憂さ晴らしを覚えてもいい頃だ。夏夜にメールは入れとけよ。」

トレーニングのあと一緒に出掛けた。

「いいの?今日、秋さんは?」

「いいんだよ、たまには。俺だって飲みたい時もあるし。」

遥について繁華街のバーに入った。

遥の馴染みの店だという。

遥がいるから入れる。そんな重厚な扉だ。

店内は混んではいない。静かにジャズが流れている。

カウンターにすでにひとり客がいる。背が高くて赤茶けた金髪が目立っていた。

リアムだ。

「よう、待たせたか?」

「いいえ、申し訳ありません。」

遥と待ち合わせていたらしい。

リアムはとても済まなそうだ。

「やあ、隆。君も来てくれたの?」

リアムが恐縮しながら笑う。

「こんばんは。話始以来だね。どうしたの?なんだか元気ない?」

「それは君もです。」

そんなに顔に出ているとは思わなかった。

「今夜は神崎三姉妹糾弾会だな。隆なに飲む?」

「えーとビール。」

「ここは黒ビールがいけるぞ?」

「飲んだことないけど、じゃあ、それ。」

リアムはウイスキーをロックで頼んだらしい。遥も同じ物を頼んだ。

「びっくりしたか?実はなリアムから橙子のことで相談を受けて、今夜待ち合わせたんだ。そしたら、ジムでお前もイライラして走ってるだろ?こりゃ夏夜と何かあったなと思ってな」

「そういう遥さんは、秋さんとうまくやってんの?」

「まあなあ、ちょっと揉めてる。」

「隆も遥も問題があったのですか?それなのに、ごめんなさい。」

リアムは橙子と、遥は秋華と、そして隆は夏夜ともめていた。

リアムは帰化のことから、橙子とケンカになった。

結婚を機に帰化しても良いというと、橙子が大反対をした。

僕は日本人になってはいけない?

橙子は国籍を変えるなと言ったいう。

日本人になるなんて、もし私と別れたらどうするの?他の日本の女性でも探すの?そんなことを言ったと、リアムは目を赤くしている。

へえ、リアムは泣き上戸ぽいな。

「橙子さん、リアムには今のままでいてほしいんだね。

夏夜に聞いたけど、おじいさん達の苦労を無下にする気がするんじゃない?」

隆はそう言った。

一方、遥は秋華と子どもの事でもめた。

この夫婦には、まだ子どもがない。

不妊治療の話を振ったところケンカになった。秋華を責めた訳ではない。

そもそも、遥は婿養子に入っているのだから、子が出来ないと責める筋合いもない。ただ、秋華の年齢を考えると心配なのだ。

本家に口うるさく介入する分家もあるから。

隆は、ふと小此木家を思い出していた。

またちょっかい出してないといいけど。

「秋華は遥が肩身?の小さい気分と思っているのですね。きっと。」

リアムがそう言った。

「それで隆は夏夜となぜ喧嘩になったの?」

なんだか二人の問題から比べると、能天気でちっちゃい感じがする。

でもまあいいや。この際喋っちゃえ。

「結婚指輪買おうって言ったら、いらないっていうんだ。

俺や夏夜はバイトしてないとか、主婦だからとか。色々してくれるなって。」

「せっかく隆が提案したのになぁ。」

「そうです。結婚の指輪は大切だと思います。」

「まあ、また引目か?。」

「多分。何度言ってもそこに行くんだ、あいつ。」


口にしてみると、それぞれの夫婦が言葉のすれ違いだ。

その上、三姉妹の夫であるこの三人の誰かが、フォローして話している。

「今夜は糾弾する会だったよね?」

隆がそう言って、リアムは肩をすくめている。

「馬鹿みたいだな。俺たちと言うか男がか?」

カウンターのバーテンダーが、そっと微笑んで

「女性を思うようにできる、なんて思う男性はまだまだですね。」

遥が苦笑している。

リアムは隆に、友人がいるという店を紹介してくれた。

夏夜のbirthdayのプレゼントしたらいい。

遥には不妊治療の医師を教えて、話を聞きに行けと勧めていた。

一方、遥はリアムに帰化なんてしなくても、いい夫婦になれると諭している。

自分の家族を建てたっていいんだ。

リアムはやっぱり泣き上戸だった。

酔い潰れたリアムを、遥と隆はタクシーで運んだ、

まだこの街に慣れていないリアムを、橙子は心配していたらしい。

彼の様子をみて、「お酒臭い!」と言いつつも、すぐにベッドに寝かせ介抱してくれていた。様子を見届けて隆と遥は別れた。

「ただいま。」

「おかえり。あらまあ隆、お酒飲んでるの?」

母が迎えた。

「うん。」

「夏夜ちゃん、元気なかったわ。」

「うん....」

台所で水を飲んで部屋に行った。

夏夜は寝室のソファで本を読んでいた。

「おかえりなさい。」

「...ただいま。風呂入ってくるから、休んでていいよ」

義兄たちと過ごしてきても、意固地な気持ちが頭をもたげてくる。

湯船にお湯は張ってあったが、アルコールのあとだ。浸かるのはよそう。

シャワーを止めて体を洗っていると、扉のそばに気配がした。

振り返ると、夏夜がすりガラスの扉に背中をくっつけて座っていた。

「隆....さっきはごめんなさい。せっかく言ってくれたのに。」

「....」

返事をしようか、無視するかちょっと迷った。

「本当にごめんね。私、いつも自分のことばっかりになっちゃって。指輪が嫌なわけじゃないの」

胸の内にはモヤモヤがまだある。

遥さんたちのようには、まだなれないな....

しかし、このまま眠ったところで、明日にはまたイライラモヤモヤして拗らせるんだ。

それでは子どもの喧嘩だ。

「...俺も...悪かった。正直、津島さんのネックレス見て、張り合った。」

言葉にしてしまえば「なんだそんなこと」だった。

真っ直ぐに『自分も身につけるものを贈りたい』って言えばいい。

「ううん。返事してくれてありがと。」

先に休んでるね。そう言って出て行った。


ゴロリと横になると、夏夜はコロンと隆の方に向きを変え、珍しく自分から隆の胸の中にすっぽりと入ってきた。

こんな風にされたら....今日は感情的になりそうだし。

「無視されるかもって思ってた。」

「ちょっとそうしようかと思った。でも寝覚めが悪いからやめた。」

「うん。ごめん。隆がパパのネックレスを気にしてるの、知ってた。でもね、隆には本当にたくさんのことをしてもらっているから。

今で十分だから。」

「車は確かに夏夜のためだよ。でもそれが嬉しいんだ。好きな人に何かをしたい時ってあるだろ?誕生日だし、結婚して一年になるし。

俺も欲しかったんだ、結婚指輪。

順番は違ったけど。

デビュー戦の給料も入ったから、いい記念だと思って。」

「ありがと...あのね、初めてのお給料はお義父様やお義母様になにかするのじゃだめ?」

「もう予約してある。父さんと母さんのディナー。夏夜は父さんたちのことも考えてくれたんだな。」

「大好きなの。お義父様もお義母様も。」

「そっか....」

夏夜を抱きしめた。

こんなに暖かくて柔らかくて優しい人が自分といてくれる。

夏夜が背中に手を回して首にキスをした。初めてだ。

「...もしかして、誘ってる?」

夏夜の体がカァと熱くなった。

「誘うっていうか、なんだか...でももう遅いし...隆はお酒飲んでるし....迷惑ならいいの」

呟くみたいに、言いにくそうに、恥ずかしそうに早口で。

耳元じゃなきゃ聞こえないくらいの声に、隆の体も熱くなる。

触れたい。

たぶん、今の俺は夏夜が思っているよりも、すごく喜んでいる。

「じゃあさ、指輪をOKしてくれるならいい」

「それ、ずるい...ん」

最近感じやすくなった耳に触ると、思ったとおりに息も体もより熱くなった。

夏夜と溶け合って夜が過ぎる。


 カタログをめくっていた。

苑子と笙が横でそれを見ている。

大学から帰宅したら父母をディナーに送り、そのまま買いものに行くと、隆は出掛けにいい置いて行った。

リアムの友人がいるという店は、なかなか名の知れたところだ。

こういったお店のカタログに、お値段は書いてないんだ。

行ってみて、すごく高価なものしかなかったらどうしよう。

夏夜は嫁いで来る時に、姉が積み立ててくれていた預金通帳を渡されていたし、プランニングの報酬もその中には含まれているから、いざとなれば...そんな事まで考えてしまう。

楽しみだと言えば可愛いのだろうが、心配が先に立つ。

「夏夜ちゃん」

呼ばれて顔をあげると、苑子が可笑しそうに眺めていた。それに義父の笙まで。

「え?はい」

「また余計な心配をしてたでしょう?」

「指輪を買うなんて時に、眉間に皺を寄せてじゃいけないね。

隆が言い出したんだから、責任は隆だ。

心配せず、気に入ったものを買ってもらいなさい。」

ふたりにそう言われて、反省する。

隆を信じてないみたいに思われたかな。

「笙さんならどれを選びます?」

「そうだなぁ、私は前のページの...これが夏夜に似合うと思うよ。」

「あら素敵。きっと似合うわ。でもお店でちゃんと観て決めなさいね?」

夏夜が勝手な心配に悩んでいる間、義父母はずっと可笑しくみていたようだ。

この際、思いっきり豪華なのを買って貰うと良い。

もし隆が出せない時は私が出すよ。なに、隆がただ働きすればいいんだから。

そんなことを義父が笑いながら言う。

「夏夜に変なこと吹き込まないでほしいな。父さんも母さんも。」

「あ、おかえりなさい。ごめんね。聞こえなかった。」

夏夜が慌てて立ち上がった。

「父さん達が賑やかだからだよ。玄関まで二人の声が響いてる。だだ働きとか不穏な話がさ。」

「だって、夏夜ちゃんおもしろいんだもの。素敵なカタログ見て、だんだん難しい顔になるのよ?」

「どうせ、またなにか心配してあれこれ考えてたんだろ?」

冷蔵庫から出した牛乳をパックからごくごくと飲んで隆は話す。

「これ!またそんな飲み方して!明日の朝の分がなくなるでしょう。」

母親らしく苑子が嗜める。

「もうあんまり入ってなかった。帰りに買ってくるから。」

「隆、私はこのシリーズのタイピンがほしいな。」

「ボーナスがいっぱい出たらね。」

「それだと、自分で買ったようなものだねえ」

デビュー戦を終えると給与が発生するのだ。

両親がそばにいるって、こんな会話をするんだ。

姉達と遥に育てられた夏夜には、見慣れない家庭の感覚だった。

その中に夏夜自身もいると思うと、胸の奥が暖かくなる。

義父母は優しい。だから隆も優しい。

もし、子どもができたら自分もこんな風になれるのかな。

こども?考えると照れるような恥ずかしいような気がしてきた。

「夏夜、なんで赤くなってんの?」


 店で名前を告げると奥に通された。

夏夜は、まだ自分でアクセサリーを買ったことなんてなかったから、既に冷や汗ものなのに、コーヒーと紅茶まで出てきた。

例えば、選んだものがとんでもない値段だったり、好きなものがなくてこの店で買わないって言ったら、何事もなく出してもらえるのだろうか。

夏夜の緊張した様子を、店員は微笑ましく見ている。

「monsieur月嶋、お待ちしておりました。リアムから聞いています。結婚指輪をお探しとか。」

リアムと同じくらいの年頃の男性が挨拶をする。黒髪だけど瞳は深い緑だ。

彼が友人なのだろう。

「そうなんです。結婚して一年になるのに、贈っていなかったので。」

隆が答える。

「そうでしたか。あらためまして、おめでとうございます。ちなみに婚約指輪はどのようなタイプを?」

「それは省きました。だから、今回は良いものを贈りたい。」

「かしこまりました。奥様はどのようなタイプがお好みですか?」

「あの.....アクセサリーはまだ選んだことがなくて、わからないです。」

正直に言ったけどいいのだろうか。

隆を見るとニコリとした。

店員は夏夜の好みをさまざまと聞いて、店内を案内した。

好きな色、よく聞く音楽、花、動物、食事、お菓子の好みまで聞かれたけれど、指輪に関係あるのだろうか?

とりどりの石、デザイン。結婚指輪だけでもこんなにあるんだ。

店内では隆を見かけて、ひそひそと話す女性も多い。

「ねえ、モデルだったRYOじゃない?彼女さんかな。」

「前と変わらないって言うより、かっこよくなってない?。写メしたい!!」

昔よく見た、隆の周りの華やかな人たちを思い出した。

夏夜には馴染みのない世界。隆は堂々として見えた。

同時に自分の経験の少なさが露わになった気がした。

背中をポンと軽く叩いて、隆が言う。

「とりあえず、値段とか気にしないで、好きなものを並べてみて?結婚指輪って意識しなくていいから。」

「うん」

いろんなタイプがあって、それぞれ素敵なところがある。宝石って人みたい。

ケースの端に軽く指を置いて迷っていると、さっきの人が、奥からトレーに入れた指輪を運んできた。

「ショーケースのものはメジャーなラインなんですが、リアムが伝えてきたお二人のイメージと本日の奥様を拝見して、こちらはいかがかと。」

ごくシンプルな細めの指輪。金色は控えめにきらりと光る。

強い輝きではなかったが、優しいそれは照明を静かに受け止めて、心の奥底にずっと残るような光を放っている。

「...綺麗.....」

思わずつぶやいていた。

「決まり、かな?」

「隆はこれでいいの?」

「もちろん。いいと思う。きっと似合うよ。」

「よかった。実はリアムから話を聞いて、急いで取り寄せたんです。

このメビウスは販売予定はなかったものですから。

リアムはあなた達を、雨の中で開きかけた花のような人たちだと言っていたから...お二人が永遠に幸せであることを願って。」

「リアムは詩人だな。」

ちょっと照れながら隆が笑った。

「ええ、彼は昔からロマンチストですよ。でもお二人はそれにピッタリです。」

この友人もリアムと一緒だ。

夏夜は大事そうにショップの手提げを抱えている。

車に戻ると「ありがとう。」そう言った。

珍しくほっぺたをほんのり染めて。

「好きなの見つかってよかったな。」

「すごく嬉しい。でも、ただ働きにならない?」

「父さんの冗談が効いてるなぁ。責任とってもらわなくちゃ。

実はさ、結婚が決まると支度金が出るんだ。両家、神崎からも月嶋からも。

ほんとはこの資金で結婚式とかするんだけど、俺たちはなかっただろ?だから潤沢なの。」

「知らなかった...」

「安心した?」

「よかったぁ。一生ただ働きになるくらいなら、私の貯金使おうと思ってた。」

「まあ、これからはそういう心配もないように頑張るから!さ、カフェ行くぞ。」

「カフェ?これからトレーニング?」

この後は隆と簡単な食事をして帰ると思っていた。


 カフェに着くと匠が待っていた。蝶ネクタイなんておしゃれしている。

入り口にはウエルカムボードが立っている。

「貸切だって、入って大丈夫なの?」

「いいんだよ、俺たちと橙子さんとリアムのだから」

扉を開けた途端、夏夜の目が丸くなる。

奥に座っていて微笑んでいるのは真っ白いドレスの橙子だ。

「夏夜ちゃん、こっちいらっしゃい!」そう言って呼んだのは苑子だった。

「お義母様、ディナーは?」

「いいからいいから!エラお願いね。」

「夏夜、これを着てください。苑子と私と綾女が選びました。」

これも真っ白いドレスだ。

「夏夜ここに座って!お化粧して、髪結ってあげる。」

綾女が手慣れた順番で化粧をして、髪を結ってくれた。

隆に手を引かれて真ん中のテーブルに着く。

橙子が頬を染めていて、それは初めて見た人のように美しかった。

リアムと遥と話した日に思いついた遥のサプライズで、匠と綾女が協力した。

「橙子姉様....可愛い....」

言いたいことはもっとある。

それなのに、言葉を覚えたての子どもみたいな感想しか出て来ない。

橙子は、珍しく拗ねたような顔をしている。

「秋姉様ったら、大事な話があるからリアムとここに来いって言ったのよ?」

秋華は笑っている。

「大事な話があるのも、本当だが内緒だ。早いから」

遥は一際にこやかだった。それにこの義兄も少し恥ずかしそうだ。

隆とリアムはチラリと顔を見合わせる。

秋華を見ると、顔を赤らめた。珍しい。

知己の人に見守られて、指輪をつけてもらう。賑やかで暖かくて。

こんなに幸せでいいのかな。

家族もジム帰りの人もカフェの見知った人たちも、みんなで祝ってくれるなんて思ってもいなかった。

橙子姉様なんて皆の前で泣いちゃってる。姉が泣くのを見るのは初めてだった。

つけてもらった指輪を何度も眺めた。


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