第19話 ふたりの時間

 雪が少し積もり始めていた。

都心でこれだけ積もるなら、コテージのあたりはもうかなり積もっているだろう。

明日は家族でクリスマスの夜を過ごす。

何やら父がパーティーをしようと言い出した。

中学からそんな事言わなくなったのに。


 イブは綾女と匠に誘われて、一緒にイルミネーションを見に来ている。

大きなもみの木が色とりどりに飾り付けられていて、毎年四人でくる場所だ。

隆にとっては、毎年来年こそは夏夜と二人きりで来れたらと思う所でもあった。

例年とは違った関係に隆と夏夜はいるのに、今年はまた四人できた。

夏夜が望んだのだからそれで良いと思える余裕というか、安心感があった。

夏夜の手を握ってゆっくり進む。

二人で見上げているものが同じだと思うと心の底が暖かくなって、今年のゴタゴタが消えて行く気がした。

夏夜の腰をぐっと引き寄せて額にキスする。

「...綾女ちゃんとたくちゃんが見てるよ…」

夏夜は慌てて隆を押し除ける。

「いいよ。遠慮なんかいらないだろ?公認だもん。」

この時期は毎年イチャイチャしっぱなしのカップルだらけなんだから。

綾女と匠が困ったように笑って、夏夜はますます俯いて、そのうち怒っている。

楽しかった。

四人で食事をして、からかう匠と綾女にも、夏夜は少し照れ怒りだ。


 ベッドで夏夜を抱きしめる。

「夏夜....」

「今日はだめ。」

「なんで?恋人のクリスマスイヴって定番だろ?ホテルだって予約が取れない。」

「…予約したことあるの?ホテル」

「じゃなく一般論!」

「外であんなことをするから…それに、恋人じゃないでしょ?」

「だったらもっといいじゃん。」

「今日はお預け」

「犬かよ?」

「躾の悪い隆は、今夜は待て。」

「うーん、じゃあ、明日いっぱいな。」

そんなことばっかり言って…そういうとくるりと背中を向けてしまった。

まあいいや、もう0時回るし。


 眠っているはずだ。それなのに、何かが脈打っている。

心臓の拍動が少し早くて強い。それに、この拍動は胸だけはないみたい。

気のせいだと思ってじっとしていても、拍動はだんだん身体中に響いてくる。

足の裏にまで力が入る感触だった。

そのうちに拍動と一緒に熱いものが湧き上がる気がした。さらにそれは一気に体の外へと流れ出す。びくりと起き上がる。

なんだろう…夢?

隣では隆が寝息を立てていた。

シーツに汚れがないかと触って確認した。

大丈夫だ。

ホッとして力が抜けた瞬間、拍動が戻ってきて、足の間から熱いものが流れてくる気がまたした。

熱くて少し粘稠なもの。でもいつもとはちがう。

『なに?とにかく洗わないと』

急いで浴室に入った。

シャワーを流すと本当に足の間を伝うものがあった。

生理?今月はもう終わった。でも、不順だから…そっと触れてみる。血液ではない。

拍動が増してくる。それにこの肌の感覚はなんだ?

シャワーすら電気のようにピリピリと感じる。

どうしよう…不安と焦りが拍動をより激しくした。

ドクリドクリと脈打つたびに熱いものが流れてくる。

浴室にうずくまったまま動けなくなった。足がガクガクする。

自分の体じゃない。これはきっと夢だ。

早く目を覚ましたい。早く、早く。

シャワーを思いっきり冷たくした。


 寝返りを打って手を伸ばす。隣が空いている。

ぼんやりしながら『トイレか...』そう思った。シャワーの音が聞こえる。

時計を見るとまだ朝には程遠い。闇の中に水音だけがいつまでも響いている。

『なんで今頃?』

心配になって浴室へ行ってみた。

シャワーに付き物の湯気一つたっていない。

ノックをする。

水音にかき消されるのか、返事がない。

「夏夜?」

ドアノブに手をかけると

「開けないで」震える声がした。

「どうした?こんな夜中に」

この冷気はきっと水だ。

思い切ってドアを開けた。

「うわっ!つめたっ!!なにしてんだ?」


 夏夜は頭から水を浴びてうずくまっていた。

慌てて水から引き離す。

唇の色が薄紫色になるくらい、冷え切っている。

「…や、今…触ら…ないで…っ」

夏夜が切れ切れに言う。

「んなこと言ってる場合じゃないだろ!!」

バスタオルで包もうとすると夏夜の体がビクンと大きく反応し、夏夜は慌ててしゃがみこもうとする。

強引に冷え切った体を抱え上げてベッドに連れて行った。


隆が触れるたびに鳥肌が立つような刺激が走る。タオルの上からでも。

「お..い。触ら...ないで」切れ切れにしか声が出ない。

「どうして?」

「いま、か…体、変…汚れて…」

タオルを握る手に力を込めた。

「変じゃない。これは、夏夜が俺に触れて欲しいって言ってるサイン」

「..思って…ない…」

いやいやをするように頭を振る、

「でも…」足の間にそっと触れる。

暖かくトロリと潤って、触れただけでさらに潤いは多くなる。

「やっ…ちがう…」声は途切れてしまう。

「触られるの、嫌?」

「...でも今は....変なの」

夏夜の手からタオルを取り上げた。

冷えた体は一層、刺激に敏感になっている。

指先をツツっと愛らしい胸に滑らせる。

皮膚の冷たさに反して呼吸は熱く、触れた場所が緊張する。

「変じゃない、ほら...ね?」そのまま舌を滑らせて口に含んだ。

「っ…んっ…」

冷たい皮膚と熱い呼吸。隆の背中にゾクゾクと強烈な電気が走る。

片手はもう一方の胸の先に触れて、もう一方は足の間に滑らせた。

指が抵抗無く中に入る。

「やッ…」

夏夜が反応するたびに、次々と熱く流れるものがあった。入れた指からは湿った音がして、吸い込まれるような感触がする。

夏夜が隆を欲している、待っている。

そうして、隆も…。

夏夜を抱き起こして抱え込む。

夏夜は焦ったようにもがくが、突き放しはしなかった。

深く、深く、これ以上いけないところまで。

暖かい。熱いくらいに…

夏夜の長い呼吸に混じって嗚咽のような声が聞こえる。

隆が強く抱きしめるたびに溢れている。

体は隆の反応に答えるように、隆を包み込んで離さない。

「っ夏..夜…!!」

自分の声が震えるのが聞こえてくる。血液が一箇所に集中する。

独特の高まりと開放感が波のように押し寄せてきた。

夏夜の細胞の全てに入っていく気分だ。

激しい呼吸が自身から湧き上った。

まだ暗い部屋に何度もベッドのきしみが響いている。


 夏夜を抱きしめる。

もう隆の手を除けることはせず、体の力が抜けている。

汗をかいて、うっすらと全身が紅潮しているはずだ。

胸も足も電気が通ったようにピリピリと震えている。

そのまま額にキスをした。

「大丈夫?」

「…いまの…なに?」

「体が俺を求めただけ。」

「隆も…なる?」

「なるよ。好きな相手がいる人はきっとみんな…」

「…変じゃない?」

「変じゃない、可愛い…すごく。俺だけが知ってる夏夜だ。また見せて?」

「…ん」

「もう大丈夫だから…目、閉じていいよ。」

素直に目を閉じると、カクンと意識が途切れていくのがわかった。

本当に綺麗だった。

激しさに身をよじる夏夜も、自分の腕にすっぽりと身を委ねている夏夜も…俺もこんなに感じたのは初めてだ。

自身も力が抜けていった。


 まだぼんやりしている夏夜を抱えて湯船に浸かる。

さっき溢れた痕跡をそっとさすって落としてやる。

肩にピリリとしみる軽い痛みがあった。

湯船から上がったら走りに行く時間だ。

今朝は行きたくない。こんなに貴重な時間から離れたくない。けどそれもなんだか…だよな。

夏夜をバスローブに包んで寝かせる。

『今回はずいぶん…』

夏夜の体には、あちこちに隆の跡が残っている。鎖骨の上にも胸にも太腿にも...

次の受診はいつだったかな。


 朝のトレーニングから帰宅すると、朝食はほぼ出来ていて、食欲をそそる香りが立ち込めている。


 夏夜がシーツを運んでいた。

「お帰りなさい。」

「貸して、それ。」

夏夜の手からシーツを取り上げ、Tシャツと一緒に洗濯機に放り込んだ。

「痛いところ、ない?」

「平気。さっきはごめんね。途中で寝ちゃったみたい。」

「あれは寝たんじゃなくて、イクってやつ。それも普通だから。」

「うん…」 


 新しいシーツを二人でかけてベッドは仕上がった。今朝のことはなかったように見える。

窓を少し開けて換気をする。夏夜はそのまま降る雪を見ている。

「コテージの辺りはたくさん積もる?」

「あの辺りは、積もるよりも地面が凍るんだ。でもスキー場はある。」

「地面が凍るって、イメージがつかない...」

「行きたい?」

「いいところだったね。鳥がたくさん鳴いていて。木の音がして、懐かしかった。」

「懐かしい?」

「子どもの頃ね、母様といた山を思い出した。そこも冬は木が鳴るの。風に揺られて。」

「その山に行きたい?」

「わからない。あの場所は静かで好きだったけど、母様が亡くなった所だから。」

「そうか....」

夏夜は4歳で、家族ではただ一人母を見送った。もし、夏夜がそのままそこにいたら、今こうしていなかったかもしれない。

「今日はジムに行く?」

「ん?いいよ。」

なんだか片時も離れていたくないような気分だ。

いつでも、大学でもジムでも、仕事にでも連れていたい。

はあ…とため息がもれた。

今朝のことから俺はまた夏夜への執着が強くなったのかな。

このままじゃ、夏夜の自由を許せないみたいになるかもしれな、ヤバいなぁ。

隆のため息に気がついて、夏夜が窓をしめて振り向いた。

「寒い?」

心配そうだ。

「いや…なんだか、一緒にいると変わるんだと思ってさ。」

夏夜は少し首を傾げて考えている。

「こっちきて。」

夏夜をそっと抱きしめる。雪みたいに静かに包んで覆っていたかった。

つらいこと。かなしいこと。全部俺が覆ってやりたい。

「また、コテージに行こうな。」

「行きたい。きっとね。」

そう言ってしたキスは、今までで一番暖かかった。

外は静かに雪が積もっている。


 メールの着信音がなっている。夏夜からだ。

ここしばらく、調子が良さそうだったけど。何かあったのだろうか。

「橙子姉様に聞きたいことがある。」

簡単にそう書いてある。

具合が悪いのかと返すと、そうではないがカラダのことと返信が来た。

なんだろう。

明後日は休みだから自宅に居ると伝えたら、リアムも居るかと。

カラダとリアムの関係がわからない。

とりあえずその日、リアムは学会で日中は居ないと伝えた。


 夏夜は隆に送って貰って家にきた。

隆はこのままジムに行き、お昼頃迎えにくると言う。

「なに飲む?」

「これ...大事な休みにごめんね。」

そう言って差し出したのは冬のフレーバーティーだった。

「わざわざ買ってきてくれたの?」

妹はなんだか畏まっている。

とりあえず、お持たせのお茶を出して夏夜が話し出すのを待った。


 夏夜は言いにくそうに言いかけてはやめる。橙子から進めてみることにした。

「聞きたいことって、なあに?」

「えと…橙子姉様、体のことに詳しいよね?」

「西洋医学の分野ではね。本当にどうしたの?今日の夏夜はちょっとらしくないよ?」

紅茶からはゆずの香りがふんわり香っている。冬向きなのが頷ける。

紅茶を一口飲んだ。鼻の奥に広がる香りは不思議と懐かしい。

夏夜の紅茶好きは母様譲りかしら。

「…い、イクってなに?」

唐突な妹の質問に、思い切りむせ込んだ。

咳き込む橙子の背中を、夏夜が慌ててさすっている。

「ああ、びっくりした。だからリアムがいちゃダメなのね。」

むせ込みがおさまった橙子は、今度は顔を覆って笑っている。

「やっぱり帰る!!忘れて今の…」

真っ赤になった夏夜が立ち上がる。

まだ笑いながら、考えていた。

『秋姉様の教育に抜けがあったみたい。』

つまり、夏夜は初めて体験したらしい。

で、隆にそう教えられたらしいのだが、この子は自分の体がおかしいのではないかと疑っている。

「忘れろって、無理だわ。それに隆ちゃんが迎えに来るんでしょ?さて、どう話そうか?」

「..隆はみんなあるって…」

「つまりね、快感が最高に高まった状態のことよ。でも、これにはセックスだけではなくて宗教や幻覚なんかも含まれるけど、夏夜が言いたいのはセックスでのことでしょ?」

「…皆なるの?」

「中にはなりたくてもそうなれない人もいる。例えば性的にトラウマがあって、苦痛にしか感じない人もいる。」

「そうなんだ。」

「その時、もう隆ちゃんとは嫌だと思った?」

「…そうじゃないけど..ただ…すごく恥ずかしくて…」

夏夜は下を向いて両手を握ったり解いたりしている。

「誰でも始めの頃は、恥ずかしいんじゃないかな?でも相手が自分を大切にしてくれるってわかったら、素直に感じていいのよ。そう思えるのって素敵なことだから。」

「...いいの?声が出たりしても?」

「うん。だって夏夜は隆ちゃんが嫌じゃないんでしょ?だから、どこをどうして欲しいとかお互いに話す方がいいよ。」

「どこをどうして欲しいかって....隆に言うの?聞くの?」

「そう。だって男性だって感じるんだもん。自分だけの思い込みは良くない。相手が本当に嫌って思うことはしないで、二人のやり方を見つけるの。」

「隆はかわいそうだから、セ…セックスする訳じゃない?」

「それは彼に聞かないとわからない。かわいそうって感情と好きって感情は違うでしょ。何か言われたの?」

「隆は…別に。でも、他の人は隆がかわいそうって。」

橙子は少し考えてから話し出した。

「この間、リアムと食事したでしょ。あの後リアムがあなた達二人のこと話してた。あなた達は今、恋をしているんだねって。」

「恋?今?」

「うん。隆ちゃんも夏夜も目が合うと、とても可愛い顔をするんだって。

リアムは、夏夜とも隆ちゃんとも知り合って間もないでしょう?概ねの出来事は話してあるけど。二人の人となりは詳しく知らない人が、この二人は恋人だって思うなら、素敵なんだわ、きっと。」

誰かの言った、「かわいそう」にはきっと鋭い棘があったのだろうから。

「あのね、自分がどう思っているか隆ちゃんに話してみたら。」

「また、手間をかけちゃう。」

「ホントに大切なら、手間なんて思わない。夏夜が安心するまで付き合ってくれるはずよ。」

夏夜は黙って頷いた。

医者として、姉として話すのはここまで。

このあとどうするかは夏夜が決めるしかない。

こんな話は友人とか、雑誌や本とか、ある意味適当に知っていくことが多いのだろうけど、夏夜は真っ直ぐ医師に聞きにきた。褒めてやりたいところだ。まあ、ちょっと専門は違うけど。

夏夜はコテージのふもと街で寄った、ファミレスでの会話を思い出していた。

『不慣れな女性に手間をかけるのは当たり前』

体のことだけじゃないと思いたかった。

まだ気まずそうにしている夏夜を、橙子はお昼に誘った。

「もう少しで隆ちゃんくるでしょ。一緒にお昼食べに行かない?」

「行く!」

パッと顔をあげた夏夜は嬉しそうだった。

「なににしようか?一本前の路地にね洋食屋さんができて、ちょっと良さそうよ?ランチがお得っぽい!」

「行ってみたい!メニュー見た?」

隆が来るまでに、橙子と夏夜が洋食屋でなにを注文するかまで決まっていた。

今日はとてもいい休日だ。


 「ゆっくりできた?」

「体のこと聞いたの。」

カラダと言うと隆は心配そうに眉を寄せた。

「具合悪い?」

そうじゃなくてカラダの機能のこと。

今日の話した内容を隆に言ったら、ジムの時みたいに怒るかな?

なんでも一番に言う約束を忘れた訳ではない。

でも、隆には一度聞いたし、たぶん隆は否定しないから、客観的なところを聞きたかった。

「この間の夜にあったコトを医師の意見として聞きに...」

今回は隆が恥ずかしそうだ。少しだけ耳が赤い。

「で、主治医の見解は?」

「...イクッて快感のことなんだ。その…お風呂みたいなことだけではなくて、他の事でそうなる人がいたり、トラウマとかがあってそうなれない人もいるって。」

「うん。」

「それで、二人の..その…方法がどんなのがいいか隆と話し合うと良いって。」

「方法?」

「どこをどうして欲しいか...とか、嫌なこととか…」

「どこをどうって..」

「えぇと、自分の思い込みだけではいけないって。男性も感じるのだからって。」

「はぁ、さすが橙子さんだなぁ。あらためてどこをどうか....

それでこの間は、夏夜はされて嫌なことあった?」

「...嫌なこと...はなかった。それは前に言ったのと同じ。でもね、」

夏夜は慎重に言葉を選ぶようにひと息ついた。

「あ...の、隆が私と今こうなっているのは、家と怪我とかわいそうだからじゃない?私はかわいそうなの?」

「前に言ってたセットのことだよなぁ。家と怪我は否定できない。けど、かわいそうよりは悔しい。」

夏夜が不安そうにみている。

「あのトラブルがなければ、夏夜とはもっとゆっくり恋人になって、今みたいになりたかった。そうしたら夏夜は泣くこともなかっただろ?

でも、俺たちにそのつもりが無くても、俺たちの後ろにあるものを見ている奴は、いっぱいいたんだ。

あの怪我をきっかけに、ゆっくりの時間は無くなって、一足飛びに夫婦になった。だから、悔しい。」

ハンドルを握り前を向いたまま隆は少し赤くなっている。

「俺さ...ずっと夏夜が好きだった。たぶん、紫陽花の後ろで泣いていた時から...」

「...あのね、私と隆とはいま恋しているって、リアムが言っていたんだって。」

「今、俺と夏夜が…」

隆は軽く唇の端を噛んでしばらく黙って運転していた。

「違う?ごめん、間違ってるかも。」

信号で停止すると夏夜を向いて隆は言う。

「今だってこれからだって、遅くない。すっげえ嬉しい。」

そう言って、夏夜と額をコツンと合わせて笑った。


 夏夜が橙子との話しをしてから、隆は自分が焦っていたと自覚した。

まるで初めて知って、興味のままにやりたいだけみたいじゃないか。

約束が終わってからは、快感を乱暴なくらいに与え続ければ、夏夜はもっと求めてくれる。もっと自分の思いが伝わるとどこかで勘違いして。

これじゃあ、一歩間違えばDVだ。

だから夏夜とはもっと話しをしようと思った。

ベッドでのことだけじゃなく、急いで入籍した分の時間はゆっくり話して、橙子さんの言う「二人のやり方」を見つけていこう。

夏夜の母のこと、ウールーのこと、家族のこと、それにこの家に来てからのこと。

話したいことはいっぱいある。

過去の事だけではなくて、これからのことも。自分が思うことも。

もちろん夏夜にも触れたい。夏夜にも触れて欲しい。

焦らなくても夏夜は隣にいてくれるのだから。

隆の変化は夏夜にも伝わるようで、前よりずっと楽しそうだ。

夏夜が橙子さんの所に行ってくれてよかった。

この数ヶ月、夏夜の負担はどれほどだっただろう。

父母も隆も、夏夜にそんなことを強いたつもりはない。

でも隆の焦りとイラつきに加え、夏夜自身が感じている引け目がそうさせた。

夏夜がいいと言うまで触らないと言いながら、まだかまだかと待っていたと思う。

隆に応えられないことを夏夜は責めていたんじゃないかな。

そう言ってみると夏夜はちょっと困ったように話す。

「すごく矛盾していたの。

隆に待ってもらっているくせに、待たせ過ぎて嫌われたらどうしようって。

でも、隆がかわいそうだから、私とするのだったら、絶対嫌って。」

「初めての時、悲しかったんだ。泣くことにも耐えている夏夜が。なんでこうなったんだろうって思ってた。

だから、これからは力ずくじゃないって安心してもらいたかった。

夏夜の一番になりたかった。けど、それって勘違いで辛い思いさせた。」

心の中のものを、これだけ吐き出したのはこの数ヶ月あったかな。


「ねえ、いい?」

夏夜は声は出さず頷いた。

抱きしめてそっと唇と舌を絡ませた。

お互いの暖かさが伝わってくる。

ゆっくりとパジャマのボタンを外して、自分のTシャツも脱ぐ。

今夜の夏夜は隆をじっと見つめている。

丁寧に夏夜の体に触れていく。

夏夜は隆の腕につかまって、遠慮がちに片手を首の後ろに回している。

熱いため息が漏れる。

体に走る刺激と一緒に首の後ろにもそっと圧力が加わるのを知って、自分がじっくりと高まっていくのを感じていた。


脇腹に大きな傷跡がある。

ひきつれたそれは、腰と肩甲骨を通って肩まで拡がっている。

他よりも薄い皮膚だ。

痛めないようにそうっと舌を沿わせた。

傷跡や腰から首への背骨を何度も。

うつ伏せでシーツを握っている手を上から包み、片手では首から胸に触れる。

夏夜もゆっくりと高まっている。

胸元から胸先をそっと撫で摘まむ。小さい喘ぎが聞こえる。

手の動きに合わせて、夏夜の吐息は熱くなり、時々耐えかねたように隆の手を抑える。

その度に隆も止まり、落ち着くとまた体をまさぐる。どこもかしこも愛しい。

夏夜の下半身にふるふると大きな熱の波がきかけて、もう隆の手を止めはしなかった。

体の隅々がしっとりと濡れている。

上がる呼吸で隆は夏夜に聞いてみる。

「夏夜、俺にも触れてみて?いや?」

「隆に?」

夏夜の手をとって隆にも触れさせる。

「あ.....」

夏夜の手に隆の拍動が伝わっている。

触れる夏夜の手はあまりにそっと震えるから、隆にもピクンと刺激がきた。

「…っ...俺が...感じている時...触れて声を聞いて、俺にも夏夜とおんなじに...」

夏夜の腰を支えゆっくりとひとつになる。

息を吐くたびに深く隆を受け入れてくれる。

暖かい。手に手を重ねて握り合った。

体も同じ。静かに熱かった。

「りゅ...は…こん.なに優し..の」

みだれた呼吸のまま夏夜が聞いた。

「夏夜も...やさし…夏夜...もっと..もっと..俺を呼んで...」

同時に大きな波がきた。あらためて手を握りあって震えに身をまかせた。


「風呂、一人がいい?」

「一緒でもいい。けど今日はもう、なにもしないで...」

「うん。」

湯船に向かい合って浸かる。

「あったかい。」

夏夜がそう言ってほっとした様子でいた。

俺も、もう今日はなにもできない。

バスタブに背中をつけて天井をみる。ポタリと水滴が額に落ちてきた。

夏夜はすでに眠そうだ。

「疲れた?」

「うん。すごく優しかったのに...隆は平気?」

「いや、俺も疲れたし、でも気持ちいいんだ。まだ時間があるから、少し眠ろう?」

ベッドに入り話もできず、時計のアラームがなるまで深い眠りの中にいた。


 夏夜は時計の音に目を開けたが、眠りと目覚めの間にいた。

隆がトレーニングウエアに着替えるのが見える。

起きなくちゃ...と思っていると、隆が頭を撫でて、「朝飯の支度まで寝てて。」

そう言って出かけて行った。

隆は出かけられるのに...

やっぱりトレーニングは無理なんだと思いながら、眠りに引き込まれて行った。


 隆が帰宅すると、夏夜は春江を手伝っていた。

「ただいま」そう言って額に手を当てた。

よかった。熱はない。




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