黒崎冬香はようやく起きたらしい。

 ランニングからの帰り道。

 いつもなら、帰り道も当然駆け足になる。

 が、しかしさすがに先ほどまで死んでいたこいつを放って、帰るわけにもいくまい。

 一応は恋人で、何より、女子だ。

 そんな黒崎のペースに合わせるように、後ろから歩きつつ、ついて行く。


「……で。結局、今日は何の用だったんだよ」


「用がないと僕は君と会ってはいけないのかな?」


「だめだな」


「ほう。僕と君は恋人同士だ。用事なくその家を訪ねることにどんな障壁があるという?」


「恋人同士である前にパートナーだろ。事前連絡ぐらいよこせ」


 パートナー。仕事。

 ビジネスなら、アポを取ることは当たり前だ。


「こっちにも準備ってのがあるんだ。あらかじめ連絡ぐらいは欲しいもんだな」


「なるほど。君の主張にも一理はあるね」


「だろ。というか普通のことだろ」


「しかし、僕の勝手な想像だがね。きっと君は、僕が事前に連絡していた場合、ランニングに出てこない可能性があったと思うんだよ」


「おっしゃる通りの、勝手な想像だな」


「というと……? 君は僕が事前連絡しても、今日の日課を変えなかったと?」


「もちろんだ」

 せいぜい朝起きるのが二時間早くなるぐらい。

 そのせいで、彼女と朝、鉢合わなかったとしてもそれは俺のせいではない。

 

 そんな言い訳と逃げ道を心に用意。

 それを見透かすように。俺をちらりと見て、黒崎は微笑む。


「ふむ、なるほどな。であれば、今後ともサプライズは続けることにしよう」


「なんでやねん」


「君がくだらないことを考えているからだよ」

 

 ナチュナルに心を読まれた気がしたが、とにかく。

 そのまま黒崎は歩き、俺はついてく。 

 

「で」


「ん?」


「なんでお前来たの? まじで」


「君は本当に質問が好きだな」


「なんか最近、やけに分からないことが増えてな」


「それは大変だ」


「基本、お前のせいだけどな」


「そりゃ光栄だね。僕のことでそんなに思い悩んでくれるとは」


 くっくっ。

 性格悪く笑った。


「僕がここに来た目的は大きく二つ。一つは現在進行形で達成しているから、あと一つだね」


「二つ?」


 わざわざ。朝に。

 それも、こうして、得意ではないランニングに従事してまでする話。

 

「仕事の話だよ」


 それは、疑似的な恋人同士であることの皮肉なのか。

 それは判断できなかったがとにかく。

 いつものように黒崎は笑う。

 すくっと立ち上がり、伸びを一つ。

 ゆっくりとした歩幅とペースで俺の先を歩きながら、言った。


「白川夏希くんのことだ」


「…………」


「意外でもなさそうだね」


「まあ、結構ヒントはあったし」


 この時間。早朝。登校前。

 それはつまり、夏希との登校前。

 加え仕事の話となれば選択肢は限られる。

 自然、済ませたい用事が、夏希のことだという想像は容易だった。


「僕と君は恋人関係になった。それを周りに吹聴もし、理解も得れた。ここまで大体一週間。悪くないペースだ」


「犠牲は甚大だったけどな」


「必要な犠牲だろ?」


「絶対不必要なのもあった」


 特に、教室のあれ。 

 必要に絡む黒崎と、つぶやく夏希。

 あの時間。俺の心の大事な何かがどんどんとすり減っていったのがよく分かった。


「くっくっ。君も楽しそうだったじゃないか」


「目腐ってんのか」


「ともかくだよ。僕たちは恋人同士になり、それを周りが理解した。これはつまり第一フェイズ――準備が終了したということだ」


「準備……ね」


「だから、次のステップに行こう」


「それが、夏希だと?」


「ああ、そうだ。あの三人の被更生人の中で、最初は白川夏希がふさわしい」

 君も同じ考えだと思ったが、違ったかい?


「…………」

 

 俺は、答えなかった。

 しかし、それはほとんど答えたことと同義だったろう。


「さあ四季くん。特別更生人としての仕事を始めよう」


 実際、黒崎は笑って頷いた。

 頷いて続けた。


「君の悪友で、良き友人で、理解者で、学内での評判もいい優等生で――」

 

 そして――。


 黒崎は言った。


「ひどく怠惰な彼女を更生しよう」

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「彼女ができた」と報告してから、幼馴染たちの様子がおかしいんだが にーしゅん @niishun

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