第二章
黒崎冬香は告白するときも笑わない
例えばの話をしよう。
夕暮れ。放課後。誰もいない教室。
あたりに人の気配はなく、夕日差し込む部屋に二人っきり。
手紙を持つ俺。
呼び出し人な少女。
二人きり。
「君のことが好きだ。僕と付き合ってほしい」
唐突。
そんな言葉をかけられたとして。
ここでどんな対応を返すのが正解なのか。
「正解なんてないさ」
観察するような冷たい目と薄く笑う口角。
彼女の瞳は、俺と目が合う時だけ、視線が他と違っていた。
……という妄想をしていたのは、どうやら自意識過剰ではなかったらしい。
「僕がしたのは要請だ。問題じゃない。だから、正解がないのは当然だ」
「要請ね」
「お願い、と言った方が幾分可愛らしいかな」
「どっちでもいいな」
「そうかい」
そう。どちらでもいい。
どちらにしろ、俺の回答は一つ。変わらないからだ。
「黒崎」
「なんだい?」
「俺はお前とは付き合えない」
はっきりと言う。
「ごめん。お前の気持ちはうれしいけど、俺はお前と付き合えない」
「…………」
「お前だからってわけじゃないんだ。別に他の奴が告白しようと俺は同じ回答をする」
「…………」
「自分でもわかっているのか知らんが、お前は相当な美人だ。美人で可愛い外見をしている。だから、俺なんかよりももっといいやつがいると思う」
「…………」
「とにかく、ごめん。俺はお前と付き合えない。すまん」
頭を下げる。地面を見る。
止まることなく、口が動いた。
言葉が、自然と出た。
――そう。
思ったより、とても、すごく。
自然すぎるほど、言葉が出た。
それが、いけなかった。
「――なるほどな」
今まで聞いたことのない第一声の返答。声。思わず体が反応する。
顔を上げた時、俺が想像していた顔はそこにはなかった。
彼女は――こちらも興味深そうに見て、笑ったままだった。
その口が動く。
――ごめん。お前の気持ちはうれしいけど、俺はお前と付き合えない。
「最初に、はっきりと自分の意思を伝え、誤解を起こさせない。勘違いの可能性を限りなくゼロにする」
――お前だからってわけじゃないんだ。別に他の奴が告白しようと俺は同じ回答をする。
「次にフォロー。相手の感情が期待から絶望に変わったタイミングで言い訳を用意する。『仕方なかった』『しょうがなかった』そんな都合のいい言い訳を相手に用意する。逃げ道を提供する」
――自分でもわかっているのか知らんが、お前は相当な美人だ。美人で可愛い外見をしている。だから、俺なんかよりももっといいやつがいると思う。
「重ねて、賞賛。感情の揺れに不安定な心に差し込むように相手を褒める。誉めて自分への嫌悪感を最小限にする」
――とにかく、ごめん。俺はお前と付き合えない。すまん
「最後、主張を改めて行う。第一目標である『告白の拒否』を遂行できるよう、もう一度、しっかりはっきり言葉を主張する」
「お前……」
「ああ、気分を害したのなら済まない。分析は昔からの癖でね。誰かに伝えながら整理をすると、理解が早まるんだ」
「…………」
こいつを最初に見た時思った違和感。嫌な予感。
「いや、見事だと思ってね。実に正しい。間違っていない。応答も丁寧で好印象だ」
相手を見る時の視線。
まるで自分の背後を見透かされた感覚。
本質の奥の部分を触られているような。
「これはきっと慣れとかそういうものではないのだろう。誰かから教わったのかな。それとも自分で学んだのかな」
それらすべてが直観的に現実感を帯びさせる。
「ただ――その上で一つ言わせてもらえるならそうだな」
「……なんだ」
「二流だね」
「…………」
二流。
毎年、聞かされる言葉だからだろう。
自然、その言葉がすとんと胸に落ちた。
「教科書通りにこなすことは得意なようだが、しかし、人は教科書ではない。相手を観察し、正しい方向にコントロールするということはもっと複雑だ」
数歩、彼女は俺の前まで歩いてその距離を詰める。
「例えば――そう。君は機械的に今の言葉を吐いたようだが、その前に僕を一度でも観察したか? ……いや、観察はしたかもしれない。ただ、その観察から、仮説を提示し、検討、その上での考察と結論を経た上で、君は行動をしたのか?」
自分の顔を指さし、そして目、手、足を指さす。
「相手の感情は体に出る。次に目と口、最後に他の生理現象、瞳孔とか手汗とか。見る順番として、君は本来そうするべきだった。しかし、君はそうしなかった。ただ、僕のことをただの『自分のことが好きな女子』としか見なかった。そうとしか判断しなかった」
僕が君なら、すぐに相手に好意がないことぐらいわかっただろう。
「僕は――嘘や隠し事が得意ではないからな」
くっくっ――と彼女は笑い、そんな嘘を彼女は吐いた。
本質を見抜く目。言葉。
相手の思考を狭め誘導し結論まで導くその手管。
いやな記憶と経験が、蘇ってくる。
それを払うように、俺は声を出す。
「……で」
「ん?」
「結局、何が言いたい」
「何とは?」
「目的は何なんだと聞いてる」
そう。
今の言葉がすべて正しかったとして。
感所の言葉が真実だったとして。
間違いはたった一つもなかったとして。
それが、一体何だというのか。
その問いかけに対し、しかし彼女は変わらないまま笑っている。
「目的なら、最初に言ったろう」
「…………」
「僕は君と付き合いたいんだよ。恋人として、彼女として」
「その目的はなんだって聞いてんだ」
「君が好きだから――じゃダメかい?」
「さっき、自分で好きじゃないって言ってただろう」
「そうだったね」
やはり、おしゃべりは僕の悪い癖だな。
本気で思っていないのだろう。苦笑いでごまかすように彼女は言った。
「――特別更生人」
「…………っ」
「の代理かな、今は」
「……なんで」
「僕が知ってるのかって?」
先回りするように、彼女は言葉を出す。
――更生対象の人権を配慮する意味で、緊急の場合を除き、特別更生人はその身分、立場を明らかにしてはいけない。
「その規約を守っている君にとってみれば、僕が君の正体を知っているのは問題なのだろうね。まあ更生対象が昔馴染みの三名だ。こんな規定などなくとも、君は隠すだろう」
赤石春乃。
白川夏希。
青山秋葉。
その名前――三人を学年順、フルネームで呼ぶ。
「彼女たち三人が罪人で、過去に罪を犯した少女であるということ。その更生のために君が特別更生人としてついていること。これを周りが知った時、どんな反応が返ってくるのかは火を見るよりも明らかだろうからね」
「……っ!」
笑って、見透かすように。
俺の背後をすべて見るように彼女は笑った。
「……だから」
「ん?」
体が震える。
声も震える。
結果、視界が揺れる。彼女が揺れる。
「だから、なんでお前がそれを知ってるって聞いてんだよ……!」
――感情的な男は、醜いだけだぞ。
昔されたそんな忠告が頭を過ぎるも、止まらない。
押し殺した感情が震える。
「――知ってるよ。そりゃあね」
少し笑って、彼女は言った。
「自己紹介が遅れたね、僕は黒崎冬香という。学者だ。心理学を専門にしている」
そして――。
と、黒崎冬香は言った。
「四季大輔さんから、君にあてがわれた助手だ」
今後、君を手伝う補佐人として、彼女たちの更生活動に協力しよう。
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