四季七海という男
部屋。自室。
画面に映った一人の男の前で、俺は立っていた。
「進捗を報告しろ」
「はい」
はっきりとした声が自然と出る。
定期報告に特別思うことはない。
これも習性というものか。
自然、俺の頭はわかりやすく覚醒した。
「基本はお送りさせていただいた資料の通りです。現状、対象に問題はありません。普段通り学校生活を行っています」
画面越しにもかかわらず、変わらない圧と雰囲気。
伸びた背筋と震えそうになる体を押さえて、俺は続ける。
「赤石春乃は変わらず、学校生活と生徒会活動を行っています。生徒会長として問題ない仕事を行っています。三年ということもあり、将来を本格的に考え出している傾向もみられます」
資料を見ながら、見つめながら話を聞く男。
その手が次のページに向かったタイミングで、俺は次を語る。
「白川夏希は、新しい趣味を見つけながら、生き生きと生活をしています。人とのコミュニケーションも良好で、周囲とよい関係を築けています」
ぺらり、と、男の目が次のページに目が映る。
「新学期ということもあるのか、青木秋葉は数日に一度の休みで学校に通えるようになりました。人間が生活を送る最低限のレベルで回復を果たしており、あとは精神的な部分の改善のみかと」
最後のページに目を通し終わるのを待ち、俺は息をつく。
「一点、懸念があるとすれば――」
言おうか最後のぎりぎりまで迷ったが、しかし、俺は口に出した。
「転校生が来校し、私に接触。現在、生徒会活動に参画する気配を見せています。積極的に我々にかかわろうとするきらいがあり、注意するべきと判断しております」
そちらを除き、おおむね順調です。
よどみなく言葉を出し切り、視線をまっすぐ、画面に向ける。
半分は嫌味、迷惑を伝える意味で、遠回しに言葉を出す。
しかし映る男は……なお変わらない。
態度や、視線、体制や体の向きに至るすべてが動かないことは当然として、また、背格好も、昔から全く変わっていなかった。
男は言う。
「続けろ」
「…………」
続けろ?
何をだろう。
現在、俺に与えられたタスクは、あの三人の観察と報告を除き、他にない。
……ない、はずだ。
言葉を選び、心当たりを探しながら、俺は答えた。
「……以上です」
「以上?」
変わらない表情の奥。
見据えた視線はとても冷たく寒い。
「では、お前はこの一年間、何も成果を上げていないということか」
「…………」
「四季」
「はい」
「私がお前に渡した仕事は何だ」
「赤石春乃、白川夏希、青木秋葉の更生です」
「そうだ。だからお前は何もしていない」
「…………」
男は続ける。
「私は『進捗を報告しろ』といったんだ」
「……ですから報告を――」
「私が聞いたのは進捗だ。ただの報告ではない。貴様はまともに日本語もできんのか」
言葉を遮るように、男は顔を上げた。
「進捗とは進むこと、進む意思があることが前提。そうでなければ話にならない。貴様がした報告は現状の整理で、それだけだ。具体的に何がどう進んでいるかの説明もなければ、その未来に対する言及もない」
「…………」
「更生という仕事が、対象を見るだけ、見て知ったことを報告するだけだと思っているのか」
「……それは」
そんなわけがない。
言おうとした言葉をぎりぎりのところでとどまる。
男が、それを察したかのように答えたからだ。
「確かに観察は重要だ。だが、それは更生のための一手段に過ぎない。あくまでも対象の更生のために、お前はあいつらを観察しているに過ぎない」
「…………」
「手段と目的を混同させるなど、無能のやることだ。人を導く存在であれば、常にゴールを見据えて視点をずらさないのは当然だろう」
そして、冷静に。ただ、事実を述べように言う。
「結論、お前がこの一年やってきた業務は、既定の半分すら超えてない」
「…………」
「お前は旧交を温めるために、この町へ戻ってきたわけじゃないだろう」
男は続ける。
「忘れているようだから改めて教えてやる。これは――試験だ。白川夏希。赤石春乃。青木秋葉。その三名の犯罪者を更生する試験だ。今日までの10年間。この地から離れ、お前が地べたをはいずっても手に入れたかった特別更生人になるための試験だ」
「……存じております」
「いや、わかっていない。本当の部分でお前は理解していない」
一つの言葉で言葉は否定される。
「甘さが出てるな。四季」
雰囲気が変わる。
途端、背筋が凍る。
「幼馴染だから同情しているのか? 旧友だから大事にしたいか?」
躊躇なく、手の下にある紙。それを破り捨てる。そして、地面に投げた。
「思い出せ、四季。あいつらは犯罪者で、お前は更生人だ。それを更生することがお前の課題で、特別更生人になるための試験だ」
「…………」
「あいつらを救いたいのだろう? だったら早く仕事をしろ。お前に残された時間はもう決して多くない」
言葉が刺さる。
吹き出た汗が止まらない。
どうせ、そんな俺の心の機微などすべてばれてしまっているだろうに。
少しの意地が、震える体の動きを止めさせた。
「貴様につけたあいつは、最終警告だと思っておけ。うまく使えよ」
「はい」
そして、最後。
去り際、立ち上がって、男は言った。
「言われたことができて三流。言われたことが上手にできて、ようやく二流。お前はいつになったら一流になるんだ」
来週、また連絡する。
去り際、画面から男が消えたと同時、テレビが切れる。
同時、体が切れる。
切れたように、俺は倒れた
「――はぁ! はぁ! はぁ!」
過呼吸。
脳に上手く酸素がまわっていない。
意識的に体を起こす、気道を確保する。
「――ふぅぅ……」
空気の確保。次は水。
信じられないほどあふれ出た汗を簡単に拭って、ペットボトルを傾ける。飲み干す。服はそのまま脱いだ。
部屋の中央、ソファに座る。
落ち着き、確認する意味で、俺は声を出す。
「……相変わらず」
怖い親父だった。
そんなことを、思う。
久しぶりでも全く変わっていなかった。
変わらな過ぎていた。
見た目も圧も、雰囲気も。
何もかも、変化がなく、尖って、激しい人だと思った。
「二流……か」
つぶやく。
悔しさというよりも、未熟な自覚を喚起されたことが、とても胸に強く刺さる。
――特別更生人。
それが親父の仕事で。
俺が目指す職業だ。
若い人間が過ちを犯した場合、その過ちの大きさや適正、優秀性によって行くところは様々だ。
ある人は少年院という施設で。
ある人は精神科の病院で。
ある人は、そのまま刑務所で。
ある人は、特別更生人の下だったりする。
特別更生人という存在を、辞書的に定義するなら以下になる。
――国家資格。若くして罪や過ちを犯してしまった対象者を管理、監督した上、社会生活を十分に送れる状態へ更生する仕事。
対象者への干渉範囲が膨大なため、資格の取得には大きな試験と実試験がある。
資格取得の難易度の高さから、その性質上、基本は若く有望な少数の人間にその更生人は配置される。
更生人資格を持ち、仕事としている親父が監督で、
その試験を受けている俺は、その受験者の一人。
前述の通り、特別更生人の権利は非常に大きい。
言ってしまえば刑務所と同様、対象者の基本的人権のほとんどを掌握しているといっても過言ではない。
それにもかかわらず、俺が親父の業務を手伝えている理由は定かではない。
が、しかし間違いなく、親父の影響力があってのこと。
更生人としての影響力が圧倒的な特別更生人長官――『四季大輔』がいなければ、俺はこんな大仰な仕事をすることなどできない。
――ああ、そうだ。
俺は一年前、この街に帰ってきた。
そして、この街には幼馴染がいる。
俺にはもったいないほどの幼馴染が、三人いる。
そして――これは、幸運なんかじゃない。
『運がいい』からこんな関係があるわけじゃない。
今も一緒にいる理由はそんな理由じゃない。
だって――当たり前だろう。
「……看守と――囚人」
この二人が一緒にいることなど――当たり前に、当たり前すぎることなのだから。
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ここで第一章完結です。
ありがとうございました。
仕事での執筆もあるので、更新頻度はまちまちになるかもですが、必ず完結はさせます。
12月1日ごろ再開と思っていただけると嬉しいです。
継続のモチベーションのため、いいね、フォロー、レビュー、ぜひお願いします。
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