四季七海の真意を聞きたがるは秋

「変な人ですよね」

 

 唐突。リビング。ソファの上。

 そんな言葉を吐いた秋葉は、今日も俺を座椅子にしている。

 ちなみに服装はいつも着ている部屋着に戻っている。


「あまり、私の近くにはいたことのないタイプの人です。しゃべり方からして変わっていますし」


 今日はPCでなくスマホ。

 両手で抱えるように持っている。


「まだ、そんなに先輩と時間も過ごしていないのに、結構わかってるみたいでしたし。かといって、先輩の彼女っぽくもないですし」


「黒崎のことか?」


「それ以外に付き合っている人がいるんですか?」


 いや、いないけど。

 でも会話の上で確認は必要だろうに。


 ……という言葉は言わない。

 食事をとったばかりの秋葉にしては、いつもよりその語気が強い気がするからだ。


「あいつがどうしかしたか?」


「私、今日話したんですよ」


「え、黒崎と?」


「ええ。保健室で」


 聞いてなかった。

 というかなんで保健室で遭遇してるんだい君たち。


「私、午後の授業はサボるんです」


「そんな心がけみたいに宣言されても」


「いつも、午後のすぐの時間は保健の先生もいないんで、その時間にベットに潜り込んじゃえばばれません」


「ばれなかったところで、ベット勝手に使ったら気づかれるだろ」


「大丈夫です起こしに来たら、セクハラされたって言えばいいですし」


「ひどい話だ」


「便利ですよねこの体。女子に生まれて本当に良かったです」


「もうやだこの後輩」


 入学してまだ一か月も経っていないにもかかわらず、着々と堕落への道を究めている後輩に、先輩はとても心配をしています。

 という言葉を要約して、説教の一つでもしてやろうとすると「あーはい、そうですね」と、先駆けてかぶせて耳をふさいだ。いや聞けよ。

 

「そんなことよりもです、先輩。黒崎さんの話です」


「今俺の関心は、お前の学校生活に向いてるんだが」


「私が、いつものベッドを使おうとしたときです」


「お前にはいつものベッドがあるのか。学校に、校内に」


「なんと、私のベッドにはすでに人が寝てたんです」


「まあ、保健室だしな。そしてお前のベッドではないしな」


「横向きになって、力が抜けた感じで、私のベッドで」


「まあ、保健室だしな、そしてお前のベッドではないしな」


「私はびっくりしました」


「なんで?」


「理由は二つあります」


「ほう」


「一つは、私のベッドが不法占拠されていること」


「うん」


「もう一つは、その人と目が合ったこと」


「……ん?」


「寝ているその人が――私がカーテンを開ける前から――じっとこちらを見て笑ってたことです」


「……え、何それ怖い」


「それが、黒崎さんでした」


「ああ、まあうん。お疲れさん」

 

 思い出したのだろう。

 秋葉は体を震わせた。


 まあ、そりゃ驚くわな。


 いるわけないと思ったところに人がいて。

 その人と目が合って。

 さらにその人がこっち見てじっと笑っているんだから。


 それがあの見透かしたような目であるというのなら、より一層。

 そりゃ、だれでもこんな感じになるというものだ。


「『黒崎冬香というんだ』って、いきなりそんな自己紹介をされました」


「絵が思い浮かぶよ」


「私は、そんな人は存じていなかったので。だから当然『誰ですか?』と――」


「聞いたと」


「はい」

 

 秋葉は頷く。


「『四季七海くんの彼女だよ』と最初に言われまして、そこからいくつか情報を付け加えて語られて。ようやく黒崎さんのプロフィールが大まかに分かった次第です」


「プロフィールね」

 

 いったい何を知ったのやら。

 ろくでもない情報なのだろう、という想像はできる。


「そこまでは、私、黒崎さんのことただの不審者か、それか幽霊か何かだと思ってましたから」


「あいつ、普通に変わってるしな」


「顔は綺麗ですけどね」

 どこかつかみどころがない、みたいな気がします。

 

 まるで本物の幽霊を見た後のように、秋葉はつぶやいた。

 ……幽霊ね。

 ジャンルなら――あいつは雪女かな。

 いやあれは妖怪か。

 ちょうど名前に冬が入ってることもあって、なんだかとても似合っている気がした。


 まあ雪女はともかく『この世ならざる者』という表現には同意でしかない。


「……で、黒崎と何か話したのか?」

 

「まあ、はい。三十分ぐらいですけど」


「結構したな」


「話したというよりは、聞かれてたといった感じですけど」


「何を聞かれた?」


「好きな人とかテレビとか、嫌いな国とか宗教とか。いろいろです。私のこと、色々知っているみたいでしたので、Twitterとか音楽のこととかも聞かれました」


「ふむ」


「なんというか……はい。すごかったです」


「察するよ」

 あの好奇心モンスターにとって、秋葉はさぞ格好のヒアリング対象になったことだろう。

 予想立てせずとも、簡単に予想できる。


「先輩。黒崎さんに何か話したわけじゃないですよね?」


「当たり前だ」

 こいつの音楽やイラストの活動については、完全にアンタッチャブルにすると約束をしている。

 それは語るのも含め、見ることや、評価することも併せて秋葉と話をしていた。

 

 秋葉も疑っていたわけではなく、あくまでも軽い確認の意味合いだったのだろう。

 少し、いたずらっぽく笑みを浮かべた。

 

「黒崎さんから受けたのは、そうですね。なんというか質問、というより詰問って感じで」


「詰問?」


「心の奥の方を見られてる感じがして」


「…………」


「失礼だとは思うんですけど。でも、言葉を選ばずに言えば……なんというか」

 

 言葉を選ぶよう、というよりは、言葉を探すようにつぶやく秋葉に、合わせて俺は言う。


「不気味?」


「……はい、そうですね。それが一番近いです。不気味、不気味ですね。変な人だと、率直に重いました」

 

 秋葉は、俺から離れ、立ち上がる。

 そして、こちらを見た。


「誤解しないで聞いてほしいんですが、別に、先輩が他の人と付き合っても問題ないと私は考えてます」


「……そうかい」


「きっと春乃や夏希なんかは……特に夏希とかはわかりやすく、すねたりしますけど。それでも、基本は変わらないとは思います。だって、私たちは先輩の近くにいるのが普通で、当たり前なんですから」


「…………」


「私は先輩の後輩で、幼馴染で、私が変化を望んでも、この関係性はずっと変わらないものです。他の二人もそうです」


「……そうだな」


 でもですね――。

 秋葉は言う。 

 

「多分、夏希や春乃には聞けません。立場としても、人としても、先輩に対して踏み込むことは許されてません」


「……そんなこと」


「でも私なら踏み込めます。先輩の奥の部分に触れてもいい空気の読めない人間ですし、家族ですし」

 だから先輩。あえて私から聞かせていただきます。

 

 そんな前置きを置いて、いつの間にかまっすぐ俺を見つめた秋葉。


「先輩は――黒崎さんとどうして付き合ったんですか?」



 その瞳は、おそらく黒崎が秋葉に向けたものと、同じ色をしていた。

 俺はそう思う。

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