赤石春乃はなんやかんや怒られない。
……ということで。
謎のテンションのままよくわからない自然公園までぶっ飛ばした俺と春乃。
そこでは、あらゆる遊びをやった。
二人で。全力で。心行くまで。笑いながら――
「…………」
そして、今。
俺は一人、職員室に呼び出され――死ぬほど怒られていた。
……いや、なんであいついないんだよ。
あいつが主犯やん。俺そんなに悪くないじゃん。
学校どころか学区単位で奇人変人のうわさが絶えず、教職員からその奇行を諦められている赤石春乃に対して、俺のそんな主張が通るわけもなく。
あっけらかんと、彼女は教師の追及を逃れたわけである。
解放されたのは、もう夜も深くなっているころ。
周りはすっかり暗くなり、生徒はおろか、教職員の姿もまともにいない。
「おっつかれさーん」
「…………うす」
そんな暗がりの中、校門の前。
悪びれもせず、まるで何事もなかったかのように春乃は俺を待っていた。
「だいじょうぶー?」
「だいじょばない」
「怒られた?」
「めっちゃ怒られた」
「へこんだ?」
「熱湯かけたシンクぐらいにへこんだ」
「それはそれは、どんまいでござる」
「…………」
こいつ殺してやろうか。
「呼び出しなんて無視しちゃえばよかったのにー」
「こういうのはどっちかが怒られないといけないの」
「なんでー?」
「じゃないといつまでも終わらないんだよ」
「そうなのー?」
「そうなの」
「そっか」
へえー、とどうでもよさそうに彼女はつぶやく。
そのまま数歩歩いて、何か考えるように空を見上げてこちらを見る。
「てへぺろ」
「…………」
あ、やっぱこいつ殺そう。海に埋めよう。海の藻屑にしよう。
そんな強い決意を固め、いざその細首に手をかけようとしたとき、くるりと彼女はこちらを向いた。
「――今日は、楽しかった?」
「え?」
その顔は、屋上で見たそのテンションとは異なる柔らかな笑みだった。
「今日、ピクニック。あたしと一緒に行ってさ」
笑いながら、春乃は先を行く。
「お弁当買って、電車に乗って、原っぱ走って」
思い出すようにつぶやく。一つ一つ言葉にしていく。
そして、満面の笑みで振り返る。
「私はね、とっても楽しかったよ!」
「…………」
「七ちゃんは、どうだった?」
「…………」
まあ。
まあ確かに。
それは、そうで。
確かにそうで。
感想は、同じだった。
「……えへへ」
よかったー、と本当にうれしそうに彼女は微笑む。
「七ちゃん、意外と運動神経あるんだよねー」
「春乃には負けるよ」
「でもいい勝負してたよー」
「女子に負ける時点でだいぶ悔しいけどな」
「ふふん! あたしはいつでも挑戦は受けつけてるから!」
「ああ、そうかい」
帰り道。月明りと街頭だけの中、他愛のない話に終始する。
今日乗った電車。行った場所。買った弁当。飲み物。
途中で声をかけてきた警察から逃げ回ったこと。
買ったサッカーボールをなくしてしまったこと。
野球ボールをウォーターハザードさせたこと。
二人で乗った久しぶりのブランコが意外に怖かった良かったこと。
近くの幼稚園の園児たちとした全力の鬼ごっこのこと。
帰り際に寄った秘密基地で昔の思い出を語り合ったこと。
そして――今こうして一緒に帰ってること
全部楽しかったのは、悔しいかな事実だった。
「……あのさ」
「ん?」
夏希と違って、別に家が隣でもない春乃とはここでお別れ。
いつもなら元気よく、近所迷惑になるほどに大きな声で「じゃあねー!」と手を振るところなのに、今日はずいぶんとおとなしい。
声をかけてきた春乃は少しスカートに手をやって、視線を下に向けている。
「あの……その、さ」
「……?」
「えっと」
「どうしたの?」
たまらず聞く。
こういう気まずさは、本来の俺たちにはない。
だからこそ、自然とこの違和感を尋ねられた。
「あのね。そのね。えっとね」
「うん」
「また、そのね。あたしと一緒に……ね」
「一緒に?」
「……ピクニック。また一緒に……その……」
先ほどまでの自信満々といった感じが嘘のように。
視線を揺らしながら春乃は、つぶやく。
俺は少し笑いながら、言った。
「いいよ」
「え?」
「また行こうか。ピクニック」
「……ほんと、うそじゃない?」
「嘘にしてもいいぞ」
「え、いや! それはダメ! 絶対ダメ!」
「ただ、今日みたいなのはなしな。また怒られたらいやだし」
「……うん、もちろん!」
「だから今度は休日にな。また行こうか」
「うん、そうだね! 明日また行こう!」
「今日は月曜なんだが」
……ほんと、わかってんのかな。こいつ。
わかってなさそうなんだよな、経験上。幼馴染との付き合い上。
「えへ……えへへへ。うれしいな。楽しみだな。よかったな。うれしいな」
……まあいいか。別に行ったとしても、また俺が怒られるだけだ。
そして、こいつはずっと笑ったままだろうし。
だったら、まあ……それはそれでいい気がする。
俺はそのまま帰宅をしようと帰路に足を向けた。
「……あ」
思い出した。
ギリギリのところで思い出せた。
「ん? どったの?」
すっかりいつもの様子に戻った春乃は笑顔のまま尋ねてくる。
俺はそのままのテンションでつづけた。
「言い忘れてた」
「忘れてた? 何を何を?」
そして――俺は言った。
「俺、彼女できた」
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