赤石春乃は昼休みに騒がしい

 俺には幼馴染がいる。

 隣のクラスに居て

 小学一年生からの付き合いで

 かけがえのない時間を過ごした――

 そんな男友達のような幼馴染がいる。


「――おっはよぉぉぉぉー!!!!」


 昼休み。いつもの場所。つまりは屋上、昼食中。

 全力の笑顔で俺の幼馴染はやってきた。

 長いその黒髪が、太陽にあたってとてもきれいだ。


「ねねね! 七ちゃん!」


「はい」


「元気でしたか!?」


「はい」


「金曜日ぶりですね!」


「はい」


「私はね! とても、元気ですよ!!」


「はい」


「いえーい!!!」


「いえーい」


 箸を持った手と反対側の手でハイタッチ。

 思いのほかいい音がしたそれを見ず、俺は弁当を食べ進める。


 ……ああ、今日も卵焼きがうまいなぁ。

 

「ところでところでところで!」


「ところで?」


「七ちゃんはー、今ー、何をやっているんでしょーうか?」


「え?」


 何? なに……?


「普通に……弁当を食べてるだけだけど」


「なんで?」


「……なんで?」


 なんで……? 

 なんで…………?

 

 三回(うち二回心で)言葉を繰り返して、考える。

 まあ、わかるわけもないので首をかしげて無視をすることにした。


「なんでなんでどうしてー? どうして、お弁当食べてるのかな?」


「……うん、わかった無視した俺が悪かったよ」


「わかればいいんだよ!」


「えっと、なに。なんで、飯食べてるのかだっけ? ……なんだろうな、昼休みだから?」


「昼休みー、だからー?」


「うん」


「七ちゃんはー、昼休みだからー、ご飯を食べてるのー?」


「それは、そうだね」


「おなかすいたからー、じゃなくてー?」


「まあ……それもあるけど」


「だよね! あはははっ!」


 大爆笑。

 相変わらず、笑いどころがわからないやつである。


 今更だが、こいつ、本当に年上なのだろうか。

 とても……三年には見えない。

 小学三年生のほうがまだ理解可能だ。


「……というか」


 箸と弁当を地面に置き、前を向いて言う。


「俺はお前を待っていたんだけどね、春乃」


「ん、あたしをー? なんでー?」


「俺は時々お前の記憶力が心配で仕方がない時がある」


「ふふん!」


「ほめてない」


「あたし、今を生きる女だからね!」


「一ミリもかっこよくない」


「んー、あれ、あたしたち、なんか約束なんてしたっけ?」


「お前、まじで忘れてるのか」


「いやいや、違う、待って待って! 思い出す! すぐに思い出すよ!」


 頭を押さえ、ぐるぐる回る春乃。

 顔を見る限り、真剣に思い出そうとしてるようだ。


「――わかった!」


「うん」

 たぶんわかってない。


「あれだ!」


「あれか」

 さあ、どれだろう。

 

 確信したように春乃は続ける。


「教会で!」


「教会で?」


「お互い見つめあって!」


「見つめあって」


「将来を!」


「俺と春乃の未来を」


「一緒に過ごして、末永く互いを愛するって誓ったやつ!」


 うんうん、なるほど、なるほど。


「――なわけないな」

 そんなわけない。あるわけがなかった。


「そうかな。ないかな?」


「うん、ない、記憶にも事実にもない」


「ちょっとの可能性も?」


「ほんの少しの可能性も」


 まず『教会で』の時点で違う。


 俺、お前と教会に行ったことない。

 結婚式にすら出席したことない。


「そっか、違うか……」


「なぜ落ち込む」


「しゅん」


「なぜ口に出す」


「じゃあ……あれだ!」


「立ち直りが早いっすね春乃さん」


 で、どれだろう。

 そして、また春乃は続ける。


「病院、病院で!」


「今度は病院ね」


「七ちゃんが私の手を握って!」


「俺が春乃の手をつかんでー」


「あたしが頑張っているとき!」


「そのときに、俺は声をかけ続けてー」


「『俺たちの子だ! がんばれ、あとちょっとだ! 大切に育てるぞ!』って声をかけ続けてくれて」


「そんな風に踏ん張る春乃がいて」


「涙ながらに『一緒にこの子を育てような』と、七ちゃん言って!」


「看護師さんが見守る中」


「たくさんの人に見魔もまれつつ、あたしと、将来を誓ったやつ!!」


「――ではないよね」

 そんなわけない。

 そんなわけもない。


「これも違うかな」


「全然違うね」


 なんかちょっと前に進んでいたし

 結婚から出産まで行っちゃっしよ。

 俺、まだ十七なのに。未婚なのに。


 もはや次はいったい何が来るのか、少し楽しみな自分もいる。もうやらないけど。

 疲れるし時間もない。


 昼休みだろうが、天丼は二杯で十分だ。


「どうだった? あたしの妄想劇場!」


「なんだその劇場」


「ちなみにあたしは日常的にこんな妄想をしています!」


「毎日公演なんてまた真面目なことで」


「ふふん」


「いや、ほめてないってだから」


「あたしー、妄想と現実の区別がつかない人間なんだよ」


「今すぐつぶした方がいいぞ、妄想劇場」


「ふふん、ふふん!」


「いやだから、まったくほめてないんだって」


 ここまでのやり取り。

 相変わらず頭のねじが数個吹っ飛んでいる奴だなという感想。


 

 ため息交じり、やれやれと。

 弁当を置きつつ、俺は言った。


「春乃が言いだしたことだろ」


「んー?」


 いつだったか、新学期が始まってのことだったので、だから少なくとも一週間前以上のことではある。

 俺は言った。


「『学校のある日は毎日、あたしと昼ご飯食べるんだからね、約束だからね!』って」


「んーんー?」


「『場所はこの屋上ね! 私がカギをぶっ壊したこと、まだ誰も知ってないからしばらく貸し切りだよ!』って」


「あー、あー! そうだった! そうだったね!」

 うんうん。


 元気があふれんばかり、全力でうなずいて見せる春乃。


 この様子から察するに、まず間違いなく明日も忘れるだろうな、こいつ。


「……よし、じゃあ約束破っちゃったお礼に、じゃあ七ちゃん!」


「なんだい春乃ちゃん」


「あたしと――ピクニックに行こうか!」


「うん、相変わらず脈略がないのな春乃は」


「あたしー、今日ー、ご飯ないんだー!」


「まじか。忘れたの?」


「ううん、もう食べちゃった」


「早弁かい」

 ナチュナルな校則違反である。

 まあ今更こいつにルールを説く気は俺にない。


「だから、あたしね」


「うん」


「お弁当買いに行きたいの!」


「へえ、そう」


「おなか、すいたの」


「ふーん」


「おなか、すいた、から!」


「……ああ、うん。わかったよ、聞いてる。ちゃんと聞いてるって」


 適当に流すと延々同じ言葉を繰り返すあたり、俺のことをよく見ている奴だ。

 さすが長い付き合いだけはある。


「あたし、おなかすいてるの!」


「ふむ、なるほどな、それは問題だな」


「うん、大問題」


 大きな目をくりくりとさせて真面目な顔をする。

 俺の顔を覗き込むように春乃は見つめた。


「だから、七ちゃん」


「なんだい、春乃ちゃん」


「あたしと――ピクニックに行こう!」

 

 沈黙数秒。

 黙って俺は、一つ、おかずを箸でつかんで口に運んだ。

 うん、うまい、やはり俺の生姜焼きは最高である。


 それを飲み込んで、ゆっくりと前を向く。

 そして、言った。

 

「お前さ」


「はい!」


「接続語って知ってる?」


「知らない!」


「うーん……知らないかぁー、そっかー」

 じゃあもう仕方ない。こいつに日本語は難しすぎる。


 あー、今日も……いい天気だな。


 雲の流れを少しだけ見る。

 そんな俺の諦めた顔を見てなのかは知らないが、春乃は真剣な顔のまま続ける。


「七ちゃん、ちょっと考えてみてほしい!」


「ほう」


 『考える』という言葉を、まさかこの野生動物が知っていたことに少しどころか結構驚いたが……でなに?


「えっとね。まず最初! 今日はー、いい天気ですよね?」


「まあ……比較的晴れてはいるな」


「今はー、お昼時ですよね?」


「そうだな。太陽がなかなかに気持ちいい昼下がりだ」


「それでそれで……食べた後に寝転がったら、とっても気持ちいいですよね?」


「それは……そうかもな」 


「そしてー、あたしはお腹がすいています」


「うん、さっき言ってたな」


「これはー、外に食料を取りに行かなくてはいけません」

 

「ふむ。まあ内にないなら外か。購買はもうしまってるだろうし」


「ピクニック用の弁当はー、スーパーやコンビニで買えます」


「便利な世の中だ」


「だから、七ちゃん」


「なんだい、春乃ちゃん」


「あたしと――ピクニックに行こう!」


 大きな声が屋上に響き、数秒間が開く。

 春乃の真剣なまなざし。輝く瞳。閉じられた口元。

 それらすべては、しっかりと俺を見て「一緒に行こう!」と主張を打づける。


 ……ふむ、なるほど。

 俺は考える。

 天気は晴れ。

 食事がない春乃と眠気の迫る俺。

 昼食後故にとても気持ちのよい時頃で、目をつぶればそのまま死んだように眠れるコンディション。

 昨日の資料作成の時間も相まって、眠りに落ちるためのコンディションは万全と言える。


 ふむ、なるほど。なるほど。

 俺はゆっくりと立ち上がる。そして――言った。


「まったくもって、春乃の言うとおりだな、一部の疑いもない。まったく、なんで俺は一発で理解できなかったんだ……!」


「さっすが七ちゃん! 話が分かるね!」


「ああ、やっぱり春乃は天才だな! 申し訳ない、接続後を知らなかったのは俺だった! 本当にごめん!」


「いいんだよ! もういいんだよ、七ちゃん!」

 

 食後に寝たら気持ちがいい俺が、ピクニックに行く。

 食事がまだな春乃が、ピクニックに行く。


 ああ、なんと筋の通った話だろう!


 俺と春乃は熱い握手を交わし、そのまま弁当をしまう。


「こうしちゃいられないな春乃! 早速行こう!」


「おお! いいね! 七ちゃんテンション高いね!」


「馬鹿野郎! 春乃、今テンション上げないでいつ上げるんだ!」


「その通り、その通りだよ! 七ちゃん!」


「まずはさっさとここを抜け出そう! 春乃、鞄は持ったか!?」


「もちろん! ちなみに夏希ちゃんに頼んで七ちゃんのかばんもここにあるよ!」


「さすがだぜ春乃! できる女だ!」


「合ったり前だよ! さあ行こう! すぐ行こう! 速攻行こう!」


「「いざ――ピクニックへ!!!!!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る