第7話 【神】
「もう一人の燃一前……!? どうなってんだ?!」
トーヤは目の前に現れた『もう一人の燃一前』に向き直る。
服装も髪型も寸分違いないが、黒い目に赤い瞳だけが際立って見えた。
『この世界で強いやつを片っ端から潰していけば、もっと強いやつが出てくるだろうとは思ったが、まさかここまで上手くいくとは思わなかったぜ~』
『もう一人の燃一前』はうずくまっている燃一前の前に立つ。
今にも泣きそうな燃一前は、声を小さく漏らしながら呟いた。
「あ、あ、なんで……オレが……」
『それはオレがお前の体を真似してるからだ。【神】ってのは、対象者を媒体としてやっと具現化出来る。死にぞこないのお前と同じ見た目ってのは、クソ不満だけどなァ』
【神】と呟いた男は見下ろしながら笑みを浮かべた。
トーヤは何かに気づいたように指をパチンと鳴らし、「ステータスウィンドウ」を開いた。
「このステータス……ネロが調査したのと一致する。だが俺たちが追っていたやつは──」
「あれが、僕が追っていた方の『燃一前焼輔』だ……あいつを倒さないと、彼も、この世界も救えない!」
【神】は
『お前を始末すれば俺は完全な体が手に入る。だが前祝いに打ち上げとしようじゃないか』
トーヤは剣を構えて【神】に怒りを訴える。
「……連続焼死事件の犯人はテメェだったのか」
『んー? あー何人か燃やしはしたが、大したことなかったな。お前は、俺の心を燃やしてくれるのか?』
「残念ながら、その期待には応えられない」
【神】の足元に氷が出来、動きをからめとっていく。四方から氷柱が出現し、【神】を封じ込めるように囲っていった。
「テメェは、今ここで氷漬けになって死ね」
トーヤは剣を突き刺そうとした瞬間、じわりと汗をかくような熱気を感じた。
直後、氷は溶け始め白い湯気が立ち上っていく中から、赤い長髪を腰まで伸ばした上裸の男が現れた。
黒い皮膚に纏う炎からも熱気があり、地面の草木がじりじりと燃え上がっていった。
『氷漬けだぁ!!? ぬるい、ぬるいぜおい!! このゲルラ様には熱い炎と
「コイツ……利かないのか」
トーヤは自分の“特異体質”に過信していたわけではない。だが強固で厚みのあった氷柱を短時間で溶かしてしまうほどの力が、「システムによらない個の力量」であったことに目を疑っていた。
トーヤが油断したその一瞬の表情を【ゲルラ】は見逃さなかった。
『お前は、楽しませてくれそうじゃないかぁ!!!』
【ゲルラ】の体から飛び出た炎が青く光る。『群青の炎』が玉となってトーヤに追尾していく。
飛び上がりながら宙で伸身を翻し、避けても追い続ける玉に目掛けて氷のつぶてを放つ。しかし当たった瞬間に溶けて消えていき、目の前まで玉が迫ると上半身を曲げて回避した。
『足元がお留守だぜぇー!!』
「しまっ────」
着地の際に【ゲルラ】がトーヤの真下に立っていた。上空は『群青の炎』の火炎弾が接近している。
【ゲルラ】は右腕を低く構えてボディブローを入れるように振り上げる。
見切ったトーヤは空中を蹴るように水平方向へ飛んだが、火炎弾が襲い掛かり、大きな爆発を起こした。
「あ、ああ、あああああ!! みんな、みんな火事で死んじゃうんだぁぁぁぁ!!!!」
燃一前が怯えて叫び出す。
爆炎から散った火の粉が木々に燃え移り、暗闇は赤々とした風景へと変わっていった。
炎を放った本人は、ため息をつきながら退屈そうにしていた。
『なぁんだ……所詮人間か。強い力を持ってる気がしたんだがなぁ……ん?』
爆発の後に残ったのは、人間大ほどの大きな土壁だった。
「大丈夫? トーヤ」
「お前……何のつもりだ」
「危なかったから助けたんだけど」
トーヤのか細い体を抱きかかえるように、カルマは両手で支えていた。
カルマの体を見渡した後、腕を振り払ってトーヤは立ち上がろうとする。
「どうやってテメェが氷から抜け出したかは知らねぇ……だが“転生者”なんかの助けなんて必要ない。【神】でもなんでも、俺が全部消してやる」
「僕も手伝う。力を合わせればあいつを倒せるはず」
「助けなんかいらねぇって言ってんだろ! これは俺たちの世界の問題だ。よそものが手を出すんじゃねぇ」
するとトーヤたちの前にあった土壁が破壊される。【ゲルラ】の剛力からくる殴打で木端微塵となったようだ。
『かくれんぼは終わりだぜぇ~? どっちが先に火だるまになりてぇんだ~!?』
トーヤは舌打ちをしながら剣を構えようとする。だが彼の肩に氷漬けの手を乗せて、カルマが先に前へと出た。
「邪魔だ……! 何してやがるカルマ!! 手を出すなと────」
「僕はこいつを倒すために君を連れてきたんだ。君と力を合わせれば、【神】だって倒すことが出来る。けどそれでも一人で戦うというのなら────」
カルマは手の平を伸ばす。手の周りにあった氷は、だんだんと体内に取り込まれて溶けていく。
その手の上に、淡い光に包まれて輝き放つ、青い栞の挟まれた本が現れた。
「僕が君の力を借りる。顕現せよ、ジアース・ブリザード!!」
カルマの背後に現れたのは、白藍色の仮面に一本ツノの「ヌース」だった。胴体と下半身は水色の背骨で繋がり、表面を透き通った氷の塊で纏っている。
クリーム色の剣は次第に氷漬けになり、柄の部分が伸びると先端が三又に分かれ、槍へと変化していった。
「なっ……氷を吸収したのか! テメェら──“転生者”は俺の力までも奪うのか……!」
「ちょっと借りるだけだよ。僕も……限界だからね」
自分の努力をすべて超えていくような力の差に、悔しさと苛立ちが募っていく。
まさに目の前にはトーヤと同じく氷を扱う「ヌース」が三又の槍を地面に突き刺した。
「リザレク・アイスプレッド!!」
槍の刺さった地面から氷が侵食し、燃え広がった木々さえも、打ち消すように固まらせていく。
真っ赤に目も焼けてしまいそうな景色は一瞬にして暗くなり、元の月明かりの光景に、空気中の氷の結晶が光り輝いていた。
「う、うわあ!」
燃一前がいた場所の地面が隆起し、坂になった氷の上を滑りながらカルマの後ろの方へ行った。
『氷、氷、また氷……呆れたぜ、そんなんでオレの力を止められると思うのか!!』
【ゲルラ】が両手を掲げ、再び視界が真っ赤に燃え上がる。
『【神】の怒り、豪炎を司る火球、プロミネンス・テンペラーだ。この世界ごと、焼き尽くしてやるぜぇぇぇぇ!!!!』
両手の上には巨大な太陽のような球が膨張していく。
暑さで瞼を開けるのも辛く、この熱量が直撃すれば、自分だけでなく環境への影響も計り知れないだろう、とトーヤは歯を食いしばる。
「……フローズン・メルト!」
ジアース・ブリザードは両手を前に突き出して冷凍光線を発射する。
プロミネンス・テンペラーが真っ白な氷塊になり、【ゲルラ】の頭上に落下した。
『ぬおおおおおおあああああ!!!!』
叫び声が響き渡り、氷塊が粉砕したと同時に【ゲルラ】の下半身は地面に埋まり、全身氷漬けになっていた。
『こ、このオレの炎が、こんな奴らに……! くそ、なんで溶かせねぇんだよぉおおお!!!』
「ま、だ、喋れるのか……やっぱり、一筋縄じゃ、いかない、な────」
カルマがうつぶせになって倒れると、ジアース・ブリザードも透明になって消えていった。その様子に【ゲルラ】は氷漬けのまま高らかに笑いだす。
『これで邪魔者はいなくなった! なかなか手こずらせてくれたが、やはり俺を燃え上がらせてくれるやつじゃなかったなぁ!!』
「────最悪だ」
トーヤは剣を携えて、一歩、一歩と【ゲルラ】の元へと近づく。
『なに有頂天になってるんだオレは!! まだ、コイツがいたっていうのによぉ!!!!』
「最悪だ。“転生者”に助けられるなんて、腹立って仕方ない。しかも人の力を勝手に使って、今度は気絶とか馬鹿げてやがる」
【ゲルラ】の正面に立つ。表情は変わらないが、内心に恐怖や疑念が浮かび上がっているのを感じ取れた。
「【ゲルラ】、燃一前焼輔変装による公務執行妨害、住居侵入罪及び冒険者殺傷の罪で、テメェを“執行”する」
『待て待て待て!! お前たちのことは知ってるぞ! 〈転生者殺し《ヴィジターキラー》〉っていうんだろ!? ならオレは“転生者”じゃねぇ、【神】だ!! オレを殺す理由なんてねぇよなぁ!!』
「あ? 理由? それはな────テメェには地獄がお似合いだからだ」
一閃。氷の結晶が月夜を舞う。
一つの氷塊が地面を転がり、その切れ目は鏡のようにトーヤの顔を映した。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます