第8話 お前は何者だ
燃一前焼輔の事件から翌日。
デスクで報告書類を眺めながら、トーヤは物思いにふけっていた。
戦いの直後、カルマとの会話を反芻し、何度も頭の中で否定を繰り返す。
顔を上げるとネロがトーヤの元に向かってきているのが見えた。
「おはようトーヤ。面白いことが分かったんだよ」
「何だ突然……」
「どっちから聞きたい? 徳地カルマが来る前か、徳地カルマのマル秘情報か」
「マル秘って……どちらもあまり興味がない。出来ればソイツの話はしたくない」
「じゃあこれは独り言だと思って聞いててよ、それでさ────」
じゃあ聞くなよと思ったが、トーヤは聞き流そうとしたくても、ネロの説明が耳に残り頭の中で膨らみ上がっていった。
対転生者特別防衛機関の総帥アーサーは会議を終えると自分のデスクに座って休養していた。
すると周りの風景がいつもと異なる感覚を覚え、ソファの方に目をやる。
「そこにいるんだろう? 透明化とは感心しないな」
アーサーは虚空に向けながらも誰かに語り掛けるように話す。
ソファの空間が歪み、人の姿が見え始めると、そこには長い前髪で右目を隠した青年が座していた。
「すみません。お忙しそうだったので、話しかけるタイミングを失っちゃって……気分を悪くしましたか?」
「いいや、別に構わないが。お前は何者だ?」
「僕は徳地カルマ。別の世界から、ある異世界転移者を追ってここに来ました」
「ほぉ。“転生者”が“転生者”を追ってとは、いささか奇妙なものだな」
「あの、あまり警戒しないんですね」
「俺を倒しに来たわけでもあるまい。わざわざ『対転生者特別防衛機関』を訪れたことには理由があるのだろう」
カルマは頷いた。アーサーに向けて経緯を説明した。
以前トーヤに出会ったこと、そこで一人の“転生者”と対峙したこと。そして異世界転移者『燃一前焼輔』の誕生まで事細かに伝えた。
「燃一前焼輔、なるほど。彼をこちらの世界に引き寄せた【神】がいると。そして【神】を止めるためにトーヤ隊長の力を借りたいと、言うわけだな」
再びカルマは頷く。だがアーサーは訝しげな表情で応えた。
「我々も今まで未知の“転生者”と戦ってきた。だが今度は異国の君の言葉を信じ、【神】を倒すために同胞を駆り出すというのは危険極まりないと思わないか?」
「確かに……ご迷惑をおかけするのですが、〈転生者殺し《ヴィジターキラー》〉の皆さんの力と、トーヤ隊長の力をお借りしたいんです。もちろん【神】は僕とトーヤさんで────」
「お前は彼をどこまで知っている?」
「え?」
「彼は幼い時からこの世界にいて、自分の境遇に苛まれてきた。血のにじむ努力と、戦いに身を置き続けた彼の人生は過酷などという言葉では言い表せない。特に“転生者”に対しては相当な拒否反応がある。それは身に覚えがあるだろう?」
アーサーの重みのある口調にカルマは顔を伏せながら話す。
「確かに……でも僕は────になりたいから」
アーサーは目を大きく開き失笑した。
「ああ、すまない。まさかそんな理由もあったとは思わなかったものでな」
アーサーは席を立ち、カルマの傍に立つ。カルマも慌てて立ち上がったが、アーサーの身長の高さに少し圧倒されかけた。
「これからもその【神】とやらはこの世界に“転生者”を送ってくるのか?」
「それはわからない。けど彼らの転移は特別なんです。絶望の瞬間を切り取って、異世界から現実に戻っても、何度も絶望を与え続ける。その代わりなのか、異世界で力を与えられて幸せな夢を見させる。異世界転移者を永遠に生み出す仕組み、僕は『ムソウ転移』と呼んでいます」
「ムソウ転移。力の無双か今後もこの世界でも、いや……すでに君の行動から察するに、別の世界でも起きているのだな」
「奴らを止めるために、僕は世界を飛び回っているんだ」
アーサーは頷いてふっと笑って口角を上げた。
「ならば今回の件はお前に任せよう。俺からもお前の面倒を見るようトーヤ隊長に進言しよう」
「あ、ありがとうございます!!」
カルマは深々とお辞儀をした。
「じゃあ僕はこれで……」
「待て、答えてもらっていなことがある。お前は“別の異世界”から来たといったな。本当は何者なんだ?」
カルマは透明化を始めながら、アーサーの質問に応えた。
「世界創生のプリミティブ。名前は───」
「ほう。道理で」
アーサーの目の前から気配はなくなり、その後徳地カルマが現れたという報告が起きたと彼の耳に入ったのだった。
「総帥が許可をくれた理由は、徳地カルマが直々に依頼したことによるものだったってわけだ」
「ああ、そうか」
トーヤはぶっきらぼうに返事をした。それよりも自分が少しばかり感じていたことが的中していたことにより、少しの間、頭の中を整理したかった。
(徳地カルマは以前会った時よりも能力が使えていた。ヌースの進化。【神】とのつながり、プリミティブという単語……アイツは本当に『人間』だったのか?)
黙って考え込むトーヤのことはお構いもせず、ネロは話を続ける。
だが、トーヤは最後にカルマと話した時のことを思い出していた。
【ゲルラ】は氷と共に光の塵となって上空に昇っていく。
「次は、お前たちの番だ」
うつぶせになったカルマに剣を突き付ける。
それをかばうように、燃一前が飛び出して手を広げる。
「お、お前はオレを殺しに来たんだろ……! ならオレを殺してくれよ! この人は、あんな悪魔みたいな奴を倒そうとしてくれた、オレを逃がそうとしてくれた。この人を見殺しにするくらいなら……オレは死んだほうがましだ!!」
「じゃあ、テメェら二人ともいっぺんに処刑執行だ。ただの“転移”なら死ねば帰れるだろうよ」
トーヤは振りかぶろうとしたが、頭上まで上げたところで腕を止めた。
執行対象となった二人から光の粒子が溢れ出し、徐々に体が透けだしていったのだ。
「【神】を倒したから、焼輔くんと僕は元の異世界に帰るんだ……君のおかげで彼を守ることが出来たよ……」
カルマは光に包まれながら、トーヤに語り掛ける。
「テメェら、逃げんのか……この世界に厄介ごとを持ってきて、全部神のせいだったからって帰んのかよ!! そういう無責任さで、俺の努力も、俺たちの存在意義も踏みにじっていくのか!!!」
「違うよ。君たちがいてくれたから、次の犠牲者を出さずに済んだ。僕たちが助けられるのは世界のほんの一握りで、手の届く範囲だけだ。それでも明日を生きる者たちと、生きたかった者たちのために戦う君たちと一緒に戦いたかったんだ」
カルマは立ち上がり、姿勢を正してトーヤに向き直った。
隣の焼輔はすごく悲しげに目を瞑って、光の中へと消えていく。
「“転生者”によって苦しめられている人やモンスターがいる。事実上無害だった奴でも、可能性があるなら始末しなければならない。それが俺たちの組織だ。なのに、なぜお前はリスクを背負ってでも、俺たちの前に姿を見せた?」
「それは────」
消える直前、カルマは笑みを浮かべていた。
『君と友達になりたかったからだ』
トーヤはデスクの報告書をまとめて引き出しにしまう。ネロは、どこかに行くの? と尋ねたが生返事で伝えた。
もうこのことは忘れよう。扱いづらいやつと組まされるのはこりごりだと自戒を込める。
友達────。“転生者”と戦ってきた自分が、“転生者”と友人関係など送れる者だろうか。
いや、今考えるのは、この世界の行く末と“転生者”の討伐だ。
「お前は、絶対に許さないけどな」
徳地カルマ。トーヤの中で“要注意転生者”として挙げられることになった。
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