第3話 取り調べ

 『対転生者特別防衛機関』のとある面談室。

 カルマは椅子に座らされ、正面にはトーヤやネロ、エミリア、際どいメイド服姿の女性がいた。


「なんでお前がこっちの世界に来ているんだ」


「うーん。用事で立ち寄った、から?」


「……とぼけんな。“転生者”が自由に来られるのは迷惑だ。遊びに来たんならお前を強制送還しなきゃならねぇからな」


 メイドが横に立ち、トーヤに声をかけた。


 彼女の名はゲイボルグ。“転生者”によって作られた使い魔で「戦乙女」と呼ばれている。

 豊満な胸元をはだけさせ、動けば下着が見えてしまいそうなスカート丈のメイド服は、かつて「慰安」の用途を備えていた名残からである。


 『転生者殺しヴィジターキラー』では「後方支援」という役割だが、攻撃系スキルによる槍術は一転攻勢となりうるほどの才を持っている。


「あなた様のお知り合いであるお客人ではありませんか。ぞんざいに扱われては大変無礼かと」


「ゲイボルグ。このガキには釘を刺しておいたんだ。もしこっちの世界に来たら、俺たちの敵、容赦はしないってな」


「用事が終わったらすぐに帰るよ」


「二度は言わない────白状しなければ、お前も処刑する」


「こ、怖い……」


 カルマは肩を丸めて体をおずおずと後ろに引く。


「トーヤ隊長、事情を訊いてから判断するのでも遅くないのではないか。徳地カルマ、と言ったな。私たちも時間が惜しい、この世界では君のような“転生者”たちを止めねばならない使命がある。隊長の客人でなければ君ごと対処せざるを得ないところだ」


 エミリアの警告を受け、恐怖に満ちた表情をすんと戻し、カルマは席を前に引いて姿勢を正した。



 カルマは応える。

「異世界転移者がこの世界に紛れ込んだ。名前は燃一前もえいちまえ焼輔しょうすけ。僕は彼の痕跡を追っていくうちにここへ辿り着いたんだ」



燃一前もえいちまえだと……!?」


「知ってるの?」


「俺たちがこれから相手取る“転生者”だ。その作戦会議中にお前が飛び出してきたんだがな」


「そうだったんだ、ごめん。用事というのは、その彼を見つけることなんだ」


 トーヤは青色の瞳で、ぎろりとカルマを見つめる。


「お前は紛れ込んだといったな。以前対峙した“転生者”と状況が違うというわけか」


「え、うん。彼を早く連れ戻せば、異世界転移者としての暴走を止められる」


 一呼吸を置き、トーヤは語気を強めて言い放った。


「俺たちは燃一前の討伐を執行する」


「どうして……?」


「お前の世界がどうであれ、こっちの世界で起きている問題だ。現に“転生者”サマは殺人の容疑がある。腐った思考で、力を我が物顔で振るい、人の痛みすらも気にも留めないクソ野郎を潰していかなきゃならねぇんだよ」


「それで彼が絶望してしまってもいいの?」


「……甘えたこと言ってんじゃねぇぞガキ。アイツのせいで絶望して、絶望する機会も与えられなかった人がいんだよ。被害者、家族、街に住む一般人が“転生者”なんかに怯えてんだ。テメェはそれを度外視して、この人だけは許してあげてください、なんて言うつもりか?」


「ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。そうか、こっちの世界では亡くなっている人もいるんだね……」


 悲し気な表情を見せ、顔を下に向けるカルマと対称的に、敵意をひしひしと向けて歯止めが利かなくなりそうなトーヤの口ぶりで、他の人たちは割り込めずにいた。


 一瞬の沈黙でさえ数時間が経過したように感じられる。だがその沈黙を破ったのは、発端となったカルマだった。


「彼の処刑は任せる。けど、僕も作戦に参加させてほしい」


「……なんの冗談だ?」


「冗談じゃない。彼の処刑を確認しないと、僕も元の世界に戻れないから」


「テメェは自分の立場が分かってねぇな。この世界に来た以上、テメェは“転生者”だ。“転生者”を野晴らしにしたら片方の世界に存在が偏っちまう。残された道は恩情での自主的な帰還か、討伐対象としての強制送還なんだよ」


 今にも椅子も机も破壊しかねない怒りが伝わってくる。トーヤの氷の力を知っているカルマは、文字通り背筋どころか体も凍ってしまいそうなところに身を置いたなと緊張が走っていた。


「ボクとしてはキミからも何か提供があれば、協力を飲んでもいいと思うけどね」


「おい、ネロ……」


 突然の肯定に、怒りと困惑で感情を振り回されたトーヤはため息をついた。


「スクリーンから飛び出したり、ステータスの文字が変わってたり、それに前は聞けなかった『ヌース』も聞いてみたかったんだ。前に会った時とは違う異世界の移動方法、これだけの情報源をみすみす帰すのももったいないじゃないか」


「情報源……いいよ。隠して困ることはないと思う」


「勝手に決めるな。コイツも他の“転生者”と変わりはない。無関係な奴は邪魔になるだけだ」


 ぶー垂れて口を尖らせた銀髪の青年をトーヤはあしらった。

 そんな不満げなトーヤに、メイドのゲイボルグが耳打ちする。


「総帥にお伺い立てたらいかがでしょうか。この場で断りでもすると、この方は諦めずに残られたり、逃げられる可能性もございます」


「だからこそ危険なんだよコイツは…………」


 トーヤは携帯型のガラス板を出して耳に当てる。

 コールが何度かかかるとその端末から声が聞こえてきた。


『こちら対転生者特別防衛機関、アーサーだ』


「執行部隊隊長、トーヤ・グラシアルケイプです。お忙しいところお呼びだて申し訳ございません。実は────」


 トーヤはあらかたの事情を説明する。


 通話相手は対転生者特別防衛機関の総帥ローレンツ・アーサー・アイゼンベルグ。魔族の一人『リザードマン』で、墨を塗りたくった黒髪に、襟足だけ長く伸びた髪型と三日月目の虹彩が特徴的だ。

転生者殺しヴィジターキラー』の最高責任者であり、彼を含めた『エンデ』の上層部の判断により、“転生者”の処分が下される。


 彼からの返事にトーヤは目を丸くした。


「は!? あ、いえ、わかりました……」


 通話を切ると、嫌そうな顔でカルマを覗く。


「……総帥から同行の許可が下りた。俺が、面倒を見ることになった」


「「えええ!?」」


 エミリアとゲイボルグは驚いて騒ぐが、ネロはどこか嬉々とした顔に見えた。


「テメェ、総帥になんかしたのか……?」


「僕は何もしてないよ。よろしく、トーヤ」


 トーヤは舌打ちをして、目の前の“転生者”から顔を背けていた。

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