第20話 アイドルは戦国時代



「・・・アイドルです」


「え!?アイドル!?」



俺の大きな声がエントランスに響き渡る。



「別に驚くことじゃないでしょ」


「あ、ああ・・・」



 こいつ、アイドルだったのか。

どっかで見たことある気がしたんだよ。



「知りませんか?私の所属してる”インフェルノ”ってグループ。今大人気のアイドルですよ」


「インフェルノ?な、なんとなくは聞いたことあるけど・・・」



 インフェルノはよくテレビや音楽番組に出てるグループだ。

凛からもライバルにそういうアイドルがいると聞いたことがある。



「そうですか。今はインフェルノとヴィーナスが2大アイドルグループですしね」


「お前、インフェルノの人気メンバーなのか?」


「まあそうですよ。選抜で、今はフロントメンバーですし」


「じゃあ超有名人じゃねーか。っていうかそんなやつがコンビニ前でおでん食ってていいのかよ」


「アイドルにも息抜きが必要なんですよ」


 

 凛のライバルグループのメンバーが同じマンションに住んでるなんて。

これは面倒臭いことになった。


 これ以上こいつに関わる意味はない。

万が一、俺と凛の関係がバレでもしたら笑えない。



「もうこんな時間ですか」


 

 まずい、凛が帰ってくる。

すぐにでも家に帰らないと。



「じゃあ俺、帰るわ」



いそいそとエントランスから小走りで歩き出す。



「なんですか急に、よそよそしくなって」



 逃げられず、女がついてくる。

仕方なくエレベーターに2人で乗り込む。



「あなた、何号室ですか?」



教えたくないが、ここではぐらかすと逆に変に思われる。



「・・・〇〇〇号室だけど」


「は!?隣じゃないですか!」


「え、隣!?」



あまりの驚きにエレベーターの中が静まる。



「ちょ・・・え・・・本当に!?」


「こっちのセリフです!あなたみたいなのが隣に住んでるなんて全然知りませんでしたよ!」


「いやいや!お前、隣人かよ!」


「じゃあ、あんたらですか!いっつも喘ぎ声がうるさいのは!」


「あ、すみません・・・」


「隣の部屋のこっちまで聞こえてるんですよ!」



どうやら俺と凛の夜の営みが丸聞こえだったようだ。



「まあそれはいいとして、こんな偶然ってあるんですね」



エレベーターが目的の階に到着する。



「俺もめっちゃびっくりしてる」



2人で部屋に向かって歩き出す。



「それよりあなたの彼女、芸能人なんでしょ?誰か教えてくださいよ」


「いや、マジで無理だって」


「なんでですか。お隣同士なんですから仲良くしましょうよ」



絶対に教えちゃダメだ。



「あなたの彼女、有名ですか?」


「そりゃ有名だよ」


「私より?」



何やら尋問が始まった。



「多分お前より有名だよ!もういいだろ!」



 無理矢理会話を終わらせる。

その時、ピコン、とスマホに通知が来た。

さらに続けて通知が来る。


 多分、凛からだ。

スマホをポケットから取り出して通知を確認する。



ー 今スーパーにいるけど何か買ってくるものある? ー

 


よし、凛が帰るのはまだ遅くなりそうだ。



「彼女ですか?」



瞬間、女が俺のスマホを覗き込んできた。



「な、何するんだよ!」



慌ててスマホを隠す。



「・・・凛?あなたの彼女、凛って名前なんですか?」


「そ、そうだよ!それがどうしたんだよ!」


「芸能人で私より有名で名前が凛・・・」



何やらブツブツ呟いている。



「もしかして、あなたの彼女ってヴィーナスの人気メンバー、姫野凛ですか?」



 ドキンッ!

あ、まずい。



「は、はい!?な、何言ってるの!?」


「違うんですか?っていうかなんでそんなに動揺してるんですか?」


「してないし!勘違いすんなぁ!」



早歩きで女を振り切ろうとする。



「あっそうですか」



部屋の前に到着する。



「彼女さん、家にいるんですか?」


「いや・・・いないけど」



なんだこいつ、何をするつもりだ?



「私、隣人として彼女さんに挨拶したいので、ここで待ってます」


「ダメダメダメ!」


「なんでですか?別にいいじゃないですか」


「とにかくダメなんだよ!」



焦りすぎて頭がうまく回らない。



「さっきから何を慌ててるんです?何かまずい理由でもあるんですか?」


「いや・・・」


「やっぱりあなたの彼女、ヴィーナスの姫野凛なんでしょ」


「・・・」



 返す言葉が見つからない。

ここではぐらかしても、後からピンポンで突撃されたらどうしようもない。

もう認めるしかない。



「そ、そうだよ!ヴィーナスの姫野凛だよ!誰にも言うなよ!?」


「やっぱり・・・いいんですか?アイドルが彼氏なんて作って」



ギクっ!



「うるせぇ!お前には関係ないだろ!」


「関係なくないですけどね?・・・いいこと知っちゃった」



女がニヤッと笑う。



「さっきも言いましたけど、私ってヴィーナスとライバルグループなんですよ」



嫌な予感がする。



「私が週刊誌にこのことをリークするって言ったらどうします?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」



 まずい。

これはマジでまずい。



「私からすればライバルグループを蹴落とせるの絶好の機会です。しかもあのヴィーナスの人気メンバーですから。グループのイメージはダダ下がりでしょうね」



 最悪だ。

こんなことなら外に出なければよかった。



「頼む!誰にも言わないでくれ!」



その場で土下座して頼み込む。



「えー、どうしよっかなぁー」



女は上から俺を見下ろしている。



「お願い!なんでも言うこと聞くから!」


「・・・なんでも?」



まるで女はその言葉を待っていたかのような口ぶりだ。



「あなたたちのことを黙っておいてもいいですが、条件があります」


「・・・条件?」


「私の奴隷になりなさい」


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