第6話 いざ外界へ
服を着替えて玄関に立つ。
外に出るための服を着たのは久しぶりだ。
鏡の前の見慣れない自分に少し戸惑ってしまう。
一応マスクと帽子は被っている。
いつぶりかわからないほど履いてない靴を靴箱から出して履く。
よし、行くぞ。
ドアノブに手を掛ける。
ガチャ、と音が鳴った後にそぉーっと扉を開ける。
首だけをドアから出してマンションの廊下を確認する。
・・・よし、誰もいないようだ。
家から出るときが一番危ない。
同じマンションの住人に見られたらまずいからな。
サッ、とドアから飛び出してすぐに鍵を閉め、急いでその場から離れる。
階段まで来ることができた。
よし、ここまで来れば大丈夫。
誰も俺があの家から出てきたとは思わんだろう。
マンション内は静かで厳かな雰囲気を漂わせている。
さすが高級マンションだ。
凛以外にも芸能人がたくさん住んでるらしい。
階段を降りてエントランスまで来た。
平静を装ってマンションから出る。
よし、大丈夫だ。
凛は記者が張り込んでるとか言ってたが、
誰もいないじゃねーか。
振り返って自分が出てきたマンションを見る。
久しぶりに見たけど俺ってこんなとこに住んでたのか。
よし、行こう。
駅まで歩くぞ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フィギュアが売っているのはアニメなどエンタメのお店がたくさんある地域。
調べたら限定フィギュアはそこにしか売っていないようだった。
多分凛も昨日、そこに寄って買ったんだろう。
久しぶりの外出。
空気がとてつもなくおいしい。
歩くのってこんなに楽しかったっけ。
思わずスキップしてしまいそうになる。
通り過ぎる人たちすらも新鮮に思ってしまう。
まるで初めてこの世界に来たみたい。
駅に到着する。
ここまで来たら俺もただの一般人だ。
駅は人で溢れていた。
人ってこんなにいるんだ。
外出するのが久しぶりすぎて忘れてたわ。
えーっと、切符ってどうやって買うんだっけ。
っていうか切符で改札通る人全然いないじゃん。
みんなICカードでピッってやって通ってる。
俺も働いていた時はそうしてたはずなのに。
完全に現代での生き方を忘れてしまった。
時間の流れは怖いな。
やべーわまじで、時代に取り残されてるわ。
なんとか切符を購入して改札を通る。
人の流れが早い。
みんないそいそと行動している。
ホームに出る。
すでに電車は来ていた。
すげー!電車だ!久しぶりに生で見た!
こんな反応をしているのは俺だけだろう。
電車に乗り込む。
中は満員ではないが人が多く、みんなスマホを見ている。
あー、電車ってこんなんだったな。
忘れてたわ。
電車に運ばれて目的の駅に向かう。
ガタン、と体が揺れる。
ああ、気持ちいいな。
窓から外の景色を眺める。
しかし見えるのはビルばかり。
でも俺は夢中で外を眺めていた。
誰も景色なんて眺めていない。
こんなことをしているのは俺だけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目的の駅に到着する。
駅を降りると人でめっちゃ賑わっていた。
前には電光掲示板があり、CMの映像が流れている。
メイドの服を着た人がビラを配っている。
やべー、久しぶりすぎてキョロキョロしてしまう。
今の俺、すんげー田舎もんみたいだな。
遠くから観光に来てるみたいだ。
えーっと、限定フィギュアが売ってる店ってどこだっけ。
スマホで調べる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ここかー。
有名な家電量販店の中にある特設ブース。
ここのボリキュアの特設ブースで売ってる。
結構人がいるな。
こんなに人気なのか、ボリキュアは。
店員さんらしき人に声をかける。
「えーっと、ボリキュアの限定フィギュアが欲しいんですけど」
「あー、実はついさっきに売り切れてしまって」
「え!?本当ですか!?」
「はい、申し訳ありません」
そんな!
終わりだ。
勇気を出して外に出たのに。
フィギュアも買えずじまいかよ。
トボトボと店を出る。
最悪だ。
これは凛に正直に言うしかないな、
フィギュアを壊したって。
外に出たことは絶対に隠し通そう。
下を向いて歩いていると、
目の前を限定フィギュアを抱えた女の子が通り過ぎていった。
「あ、あの!」
思わず声をかけてしまった。
女の子が驚いてこっちを向く。
「そのフィギュアってこの店で買いました!?」
今出てきた家電量販店を指差す。
「え、えっと、そうです、けど」
多分、売り切れ前に買ったんだろう。
「よかったらそのフィギュア、僕に売ってくれませんか?」
「え?・・・嫌です」
「お、お願いします!定価以上のお金払いますから!」
そう言って万札を差し出す。
「だ、ダメです!」
「じゃあこれなら!」
俺の今持っている全ての万札を取り出し、突き出した。
仕方ない、これぐらいのお金を出してもいい!
「こ、こんなに!?」
女の子の目が輝いている。
「はい!お願いします!そのフィギュアが必要なんです!」
「・・・わ、わかりました」
女の子が万札を受け取る。
「よかった、じゃあ・・・」
そう言ってフィギュアを受け取ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
女の子が突然大きな声で言った。
なんだ!?
もっと金を出せって言うのか?
もう手持ちの金はないぞ!
「実は私ここに来るの初めてで、よかったら案内してくれませんか?」
ああ、そんなことか。
・・・まあそれくらいなら大丈夫だろ。
フィギュアも無理言って譲ってもらったんだし。
「いいですよ。でも僕もあんまりここら辺詳しくないですよ」
「よかった!一人で少し不安だったんです!」
2人で歩き始める。
こんなの凛にみられたらやばいだろうな。
凛が嫉妬で狂いそうだ。
女の子は茶髪のショートカットで、
俺と同い年、あるいは年下ぐらいに見えた。
「お仕事は何されてるんですか?」
女の子が聞いてくる。
俺の仕事ってなんだ?
家事手伝い?フリーター?
「あー、実は家で専業主夫やってまして」
これが一番だろ。
「そうなんですね!男の人が家事やるなんて素敵です!」
いい人だな。
「ちなみにあなたは?」
興味ないが一応聞いておこう。
「私は週刊誌の記者をやっているんです」
・・・は?
「まだまだ新人なんですけどね」
嘘だろ?
週刊誌の記者!?
俺が今一番会いたくない人じゃねーか!
これはまずい。
マスクと帽子で顔はまだ見られてないはずだ。
顔を覚えられる前にこの人から離れなければ。
「あだだだだ!急にお腹が!」
腹痛のフリをして地面にしゃがみこむ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ちょっと案内するのは無理かもしれません!」
「そ、そんなぁ〜」
「ごめんなさい、それではここで!僕はトイレに!」
そう言って爆走でその場を離れる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全速力で走って駅まで戻ってきた。
はぁー、マジでやばかった。
まさか週刊誌の記者と会うとは。
でも顔は覚えられてないはずだ。
とにかくすぐに帰ろう。
「ただいまー」
ただいまなんて久しぶりに言ったわ。
急いでクローゼットを開けて買ったフィギュアを取り替える。
元の俺が壊したフィギュアは奥の方に仕舞っておいたから見つからないだろう。
ガチャッ、扉が開く音が聞こえた。
まずい、凛が帰ってきた!
遅くなるっていってたじゃねーか!
急いでクローゼットを閉めてベッドに飛び込む。
「ただいまー!友達が急用で早く帰ってきちゃった!」
「おかえりー!友達とのお出かけはどうだったー?」
「楽しかったよ!」
「それはよかった!」
危なかった!ギリギリだ。
俺がもう少し遅かったら先に凛が帰ってきていた。
ん?凛が何か部屋の中を見渡している。
やばい!なんか凛が顔をしかめている!
「ど、どうした?」
「・・・なんかいつもと匂いが違うなって」
「え?そ、そうかな?気のせいじゃない?疲れてるんだよ」
「・・・そうだね」
そう言って洗面台へ向かっていった。
あぶねー!
なんて勘の鋭いやつだ!
とにかく外に出たのがバレなくてよかった。
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