図書館と文学少女【ゆずるう】

 今日はバイトもお休みなので、海で雨宮先輩に言われた事もあって私は学校の図書館に来ていた。


柚夏(熊のぬいぐるみ...?)


 ドアを開けて真っ先に目に入ってくる、カウンターに座っている茶色い熊のぬいぐるみ。


つぶらな瞳でとても愛くるしいテディベアだ


柚夏(...以前、こんなぬいぐるみあったっけ?

  インテリアとして新しく飾ったの

  かな。)


柚夏(...可愛いし、そういうのは結構好感

  持てるな)


 カウンターにぽつんと座っている少女は如何にも『文学少女』という感じで、別のクラスの人だったというのは分かるが...名前がすぐに出てこない。


柚夏(名前が印象的だったから、誰かが

   話してるのを聞いて覚えてたんだ

   けど...。あんまり目立つ人じゃない

   からなぁ...)


 彼女は目に掛かった長い前髪を気にする事なく、分厚い本を静かに読みながらページをめくっている。


柚夏(それにしても、緊張すると声が出ない

   って大変だよなぁ...。あー、それで

   覚えてたんだっけ)


 それに比べたら流雨や先輩の方が分かりにくい病気だ。あの人達は陰は濃いけど"濃すぎるん"だよなぁ...


柚夏(まぁ、障害に優劣を付けちゃ駄目だと

  思うけど)


彼女も訳があってそうなったんだろう


柚夏(...確か、"場面緘黙"って言ってた

   っけ?けど、普段彼女どうやって

   図書委員してるんだろ...)


 ぬいぐるみに見送られながらカウンターを通り過ぎると雑誌や新聞、DVD鑑賞室などは勿論


  仕切り付きの防音で高音質のヘッドホンが各机に一つずつセットされているのがガラス張りの扉の先からでも見える。


柚夏(この学校、こういうとこの拘りが本当

  凄いよなー。...バイトが休みの日とか

  一度来てゆっくりDVD鑑賞とかも

  良いかも)


柚夏(学校なら家と違って、お金も掛から

  ないし。そういう休日も学生ならでは

  って感じで良さそうだなぁ...学生特権だし...)


 DVD鑑賞が好きな人なら堪らない空間だろうとは思う。それに夏休み中にこの学校の図書館に通っている人も案外少なくもないようだった。


柚夏(今はそれよりも..."発達障害"...

   "発達障害"と...)


 棚に掛けられたプレートを見ながら、本棚を追っていく...。


 少し歩いたその先に490医学と書かれたプレートがあるのが見えた。


柚夏(...此処かな?)


※スライド


柚夏(一通り、ざっと確認してみたけど...、

   結構色んな本があるんだなぁ...。

   どれを借りていこうか迷うな...。)


柚夏(前は時間がなくて、目に付いた奴を

  選んだけど 今回はちゃんとした奴を

  選ぼう)


 専門的な医学書で本格的な症状について勉強すべきか、はたまた初心者向けの本でまずは流雨の視点に立つべきか...。


柚夏(どっちにしよう...?)


→「発達障害とは」にする

→「発達障害と共に生きる本」にする


→「発達障害とは」にする


柚夏(...本気で流雨の病気の事を心配する

  なら。折角勉強するなら、本格的に

  しっかりした本の方が良いよなぁ...)


「発達障害とは」というタイトルの本に手を伸ばし、指で軽く引っ掛けて本を引き出す。


 この本は一切絵のない、すべて文字で描かれた分厚い医学本だった。


柚夏(...一週間で読み終わるとは思えないな)


??「...将来、精神科医になろうという

   強い決意がないのなら。その本は

   やめた方が良いかと思いますわよ?」


柚夏「...え、と...この本ですか?」


 本物のお嬢様を思わせる口調で、後ろに立って居た女性はそう言ったのだった。


柚夏(それほど難しい本だったのか...)

  

 持っていた本を開いて、再度パラパラと軽く読んでみる。


 確かに専門用語ばかり目に入ってはくるが...意味も簡単に説明されていて、一見悪い本ではなさそうなんだけど...。


柚夏(説明も論文口調で勉強にはなりそう

  なんだけどなぁ...。初心者向けでは

  ない、か...)


柚夏「えっと...友達の事を知りたくて、

   発達障害について少し調べていたの

   ですが...。」


柚夏「...この本は向いていないですか?」


 後ろを振り返った女性は、何かを思い出すように目を左上に向ける。


??「そちらの本、無駄に医学用語ばかり

   で分かりづらいですし、肝心な所は

   大幅にカット。」


??「後半は作者の個人的なお話ばかりで...」


??「昔その作者ともお会いした事がござい

   ますけれど...、初対面の方にも専門

   用語を使うボギャひ...」


??「偉いだけの諭吉収集機な方が著者です

   のよね。良い本はやはり目次を見た

   だけで内容が分かるものですわ」


 少しえっちなアニメの女の子のイラストが描かれている表紙を大事そうに抱えている人が言っている言葉とは思えない台詞だった。


柚夏(...この人が、読むんだよね?この人の

  趣味?本当に?)


 思わず、女性が持っている本を二度見する。...お嬢様もアニメとか好きな人居るんだなぁ...。


柚夏(...というか、ビックリするくらい堂々

  と女の子の下着見えてる本 この人、

  ナチュラルに持ってるけど...。)


 高級感溢れる黒い桜の髪飾りが目立つ、上品な女性。と、上目遣いの下着が露わになっている女の子が描かれているアニメの文庫本。


??「もしかして...、この後輩ちゃんに

   一目惚れされたお姉様がきゃっきゃ

   うふふする本。略して、こうおねが...!!」


柚夏「えっと...すみません、アニメの話は

   ちょっと...分からなくて」


 女性は少しガッカリしたような顔でふぅっと溜め息を付く。その姿も美しいんだけど、手元にある本がそう物語っていない


??「...純粋後輩妹キャラな女の子が

   ある日、突然空から降ってきて、

   何故か一瞬で惚れて先輩大好きですっ///」


??「結婚を前提にお付き合いしてくだ

しゃい...///!!あ...、先輩の事が好きすぎ

て...緊張して噛んじゃったよぅ...///」


??「みたいなベッタベタの展開のラノベ

   って、あるようで中々ないですわよね」


 と上品な口調の女性は一方的にそうとだけ答えて、何処かに行ってしまったのだった。


柚夏「何だったんだ今の...」


柚夏(...まぁ、いっか。けど、あんな話

  聞いた後だとなぁ...、...他の本にした方

  が良いのかなぁ...)


※キャプション


→「発達障害と共に生きる本」にする


 「発達障害と共に生きる本」というタイトルの本を手にとって、カウンターに向かおうとすると


??「あ、柚ちゃんだー」


 と真っ白な髪がふわっと目の前で動く。まるで兎のような真っ赤な瞳をした美しい少女はにこっと綺麗な笑顔で微笑んだ。


柚夏「橘、先輩」


柚夏(...あー、言われてみれば確かにあの

  別荘にあったシャンプーと同じ匂いが

  するような...。)


晴華「海、行けなくてごめんねー...。お仕事

   が入っちゃってて、その日はどうして

   も外せなかったんだー...」


 橘先輩も本を借りに来ていたのだろうか、茶色の分厚い本を持って...


柚夏(あれ?今、橘先輩本持っていた気が

  したのだけれど...気のせい...?)


晴華「海、凄く楽しそうだったみたい

   だねー、美紗ちゃんが採ったうにと

   サザエを焼いて食べたってゆっきー

   から聞いたよー。」


柚夏「あぁ、あれは凄く美味しかったです。

   まさか海まで行ってうにが食べられる

   とは思ってもいませんでしたから」


晴華「普通は焼いてからしか食べられない

   からねー、食中毒になっちゃうからー」


柚夏「牡蠣は特に怖いらしいですよね...。

   アルバイトが食品関係なので、絶対に

   食べませんけど...」


晴華「んー...でも、朝乃ちゃんには悪い事

   しちゃったなー。笑顔で私は大丈夫

   ですから、お仕事頑張って下さい!!」


晴華「とは言ってたけど...、朝乃ちゃん

   きっと凄くガッカリしたよねー...。

   凄く楽しみにしてたみたいだから...」


 橘先輩は朝乃先輩に誘いを断ってしまった事をとても気にしているようだった。


柚夏「今度は自分から誘ってみてはどうです

   か?それなら、朝乃先輩もきっと

   喜ぶと思いますよ」


晴華「それは良い考えだねー、うん!!

   柚ちゃんの言う通り たまには朝乃

   ちゃんと二人で何処か行ってみるって」


晴華「いうのも良いかもー。でも、何処が

   良いかなー?朝乃ちゃんに聞いて

   みたら多分、私と居るならトイレでも」


晴華「幸せですって前言ってたからー、

   困っちゃうなー...あれ?隣で同じ

   空気吸ってるだけで幸せです。

   だっけ?」


柚夏「...どっちにしても、朝乃先輩言葉

   選び...。...モデルさんに対して一緒に

   トイレに居るだけで幸せって...」


晴華「でも、朝乃ちゃんも頑張ってはいるん

   だけどねー?最初は二人になると

   面と向かって話せなくてー、逃げ

   ちゃってからー...」


柚夏「その光景が目に浮かびますね...。」


ブルブル...


晴華「んー?、...何かなー?」


 っと、バイブ音が橘先輩のショルダーバックから聞こえてくる。


 橘先輩はバックから携帯を取り出して、画面を見ると、慌てたように仕舞いながらこっちを見つめた。


晴華「...あ、そっか。柚ちゃんごめんね、

   急用入ちゃったから私は先に帰るよー」


柚夏「あ、はい。お疲れ様です」


と橘先輩は急いだ様子で、早足で図書室を出て行ってしまったのだった。


柚夏(橘先輩、忙しそうだなぁ...)


※スライド


 カウンターにある機械の説明通りにピッ、とバーコードを読み取る。すると3分もしない内に本を借りる事が出来た。


柚夏(...本も借りたし、帰るか)


 本をショルダーバックの中に仕舞い、肩に掛けて移動しようとすると...。


熊「二週間後に返却してね、ぬ」


柚夏「....えっ?」


熊「....」


 背後に居た熊の縫いぐるみを見詰めながら、私はじーっと見詰める。...今、この熊喋らなかったか...?


熊「...そんなに見つめられると、照れるぬ///」


柚夏「腹話術ですか?」


と、奥にいる図書委員の子に話すが返事はない。少女は真っ赤になった顔で、照れたように顔を背けるだけだった。


熊「中の人など断じて、いないんだぬ!!

  奇跡も魔法も、運命もあるんだぬ!!」


 今にも動き出しそうなくらい。まるで本当に生きているかのように錯角しても可笑しくないくらいの感情の籠もった声で熊は口論する。


熊「親切を仇で返すのは良くないぬー!!」


柚夏「中の人って...」


柚夏(けどこうやって喋るテディベアって、

  結構可愛いかも...。...///)


熊「熊は生きてるんだ、ぬ。生きてるから

  こうやって君とお話が出来るぬ」


柚夏「口動いてないけど...」


熊「直接洗脳して、皆の脳内に言葉を

  送ってるんだぬ」


熊「"テレパス"という奴だぬ。」


柚夏(何故そこだけ設定が妙に作り込まれて

  るんだ...。)


柚夏(魔法の力とかそういうのじゃないの?

  ...こういうのって、けどこういうのって

  子供が好きなんだよなー変なとこで

  リアルなの...)


柚夏「じゃあ、動いてみて」


熊「縫いぐるみは動かないから縫いぐるみ

  なのぬ。動かないから、『動いたら良い

  なー』という"ロマン"があるんだぬー」


柚夏「なるほど...こうやって、腹話術で会話

して図書委員しているのですね...。」


 テディベアで思い出した。確か戸亜(ベア)さんだ、この人の名前。戸亜さんはこうやって腹話術を使うことで人と話してるのか...。


ベアー(熊)だけにテディベア...??


柚夏(けど、教室では使ってないのかな...?)


柚夏「君はこの図書館にずっと置いてるの?」


 貸し出しに来た人が隣で本を借りていく。この縫いぐるみが喋っているのは何時もの事なのか、あまり気にしてないように帰って行った。


熊「言い方が気になるまけど、"代茂技"は

  熊が側に居てやらないと駄目な子ま。

  代茂技は熊の人生であり、お友達まー」


熊「だから、別に図書館で暮らしている訳

  ではないま。代茂技の当番じゃないとき

  は此処には居ないまよ」


柚夏「このテディベアを部亜さんが?

   ...凄いなぁ...手作りで此処まで綺麗に

   出来るんだ」


 普通に買ってきたやつかとばかり思ってた。手芸が上手な人だとこんな事も出来るんだなぁ...。


柚夏「戸亜さんも色々、大変ですね。

   図書委員頑張って下さい」


 本を立てて赤面している顔を隠すように読んでいた部亜さんはコクンと頷いた。


熊「だから、そっちじゃないま!!

  代茂技を応援するのは良いまけど、

  熊は自分の意思で喋ってるまよ!?」


柚夏(本当に大変だ...)


※キャプション


柚夏(...腹話術かー、子供受けしそうだな

ぁー...。子供達が見たらきっと大喜びし

  そうなんだけど...)


柚夏「僕は熊、魔法の国からやってきたんだ」


柚夏(...どうやって口を開かずに喋っている

  んだろう?...難しいな)


 ...喋る熊のぬいぐるみの事を考えながら歩いていると、いつの間にやら自宅へと辿り着いていた。


柚夏「ただいまー」


 と誰も居ない部屋に声を掛ける。制服から私服に着替え、洗濯物を取り込んでいる間にポットのお湯がピーっと沸く


柚夏「早いな」


 制服をハンガーに掛けてから、インスタント珈琲にお湯を注いだ。


柚夏「そういや、お昼は昨日アルバイトで

   まかないがあるからご飯は炊かなくて

   良いんだっけ...」


柚夏「夏休みだとほんっと、楽だなー...、

   時間がいっぱいあって...。アルバイト

   も沢山稼げるし...」


柚夏「お陰でずっと欲しかった、このソファ

   ーも呆気なく買えた...。これが幸せと

   いうやつなのだろうか...。」


 少し経って中古のソファーから離れる。...中古とはいえ、あまり汚したくないから勉強の時は基本的にテーブルの上だ。


柚夏(ふぅ...)


 床に腰を降ろして、低めの机の上に置かれた珈琲を一口だけ飲む。基本的にこれが何かをする時の私なりのやる気の出し方だった。


柚夏「ふぅ...、さて読むか...」


 ノートとシャーペンを片手に、さっそく先程借りてきたADHDの症状が掛かれている本のページを捲った。


柚夏(注意欠陥多動性障害

  (ちゅういけっかんたどうせいしょう

  がい)医学用語では、ADHDと呼ばれて

  いる)


柚夏(ADHDは不注意、多動性、衝動性とに

  症状を分ける事が出来る。人によって

  目立つ症状は違う)


柚夏(うーん...、流雨はどれに当てはまる

  んだろ...。)


→「不注意」

→「多動性」

→「衝動性」


※全部選択する形。


→「不注意」


柚夏(そういえば流雨、電柱にぶつかってた

  事もあったっけ...。痛そうにしてた

  けど...あれはあれで、キュンとしたよなぁ...)


柚夏(あと...集中力が続かないとかも...、

  疲れたらすぐに寝ちゃって中々起きない

  んだよなぁ...寝顔可愛いから、良いけど)


柚夏(...掃除が出来ないとかは。まぁ、

  そういう人もいるよね。...個性なんじゃ

  ないのかな)


柚夏(物を無くしやすい、っと)


→「多動性」


柚夏(一回夢中になると、凄い語ってた事も

  あったなぁ...。特に魚関係の話を一生

  懸命語る流雨は凄く可愛いかったなぁ...)


→「衝動性」


柚夏(独断で行動してしまう、言いたい事を

  言えずに我慢してしまう...。)


柚夏(これは...確かに実際、藤奈さんとすれ

違いも起きてたし...一番辛いとこだよな...)



柚夏「...これで大体、全部読み終わったかな」


 後は症状別の対策方法や、説明などADHDの悩みとそれに対してどうすれば良いか、どう支援したら良いかなど具体例として書かれていた。


柚夏「こういう人、流雨だけじゃなくて

   普通に居るけどなぁ...。病気という

   より、"個性"とか"性格"だと思うけ

   ど...。」


柚夏(せっかちな人とか、忘れっぽい人とか

  色んな人がいるし。読んでても相手側が

  神経質過ぎるだけな気がする...けど...)


柚夏「流雨はそういうのに悩んでるって事

   なのかな...。」


柚夏「シナプスの再取り込みが苦手、かぁ」


シナプス→幸せホルモンを再取り込みする

     機能のこと


柚夏「つまり、人より幸せを感じにくい

   って事か...。」


柚夏「流雨って無表情であんまり笑わない

   もんね。苛めとかそういうののせい

   だと思うけど」


 流雨にもっと笑って欲しい。あんな顔じゃなくて、もっと年相応の顔をして欲しい。そう願うのは私の贅沢なのだろうか


柚夏「...珈琲美味しいな、」


 雨宮先輩もちゃんと笑えてるのかな。あの人の笑顔は凄く寂しそうに笑うから


柚夏「なんで雨宮先輩の心配なんてしてる

   んだろ。小栗先輩じゃあるまいし...」


柚夏「でも、ちょっと気になるんだよな...。」


※キャプション

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