①海編【ゆずるう】

美紗「それにしても、楽しみですね。海」


 午前七時三十分。ガタンゴトンと一時間程掛けて

、私達は電車に揺られながら海へと向かっていった。


副会長「うん、私も今日が来るのをずっと楽しみにしてたんだよ。」


 副会長とは直接会うのは初めてだったが、やっぱり近くで見るとハーフな人なだけあって凄く可愛い。


 大きな白い麦藁帽子に、金髪が光に当たってまるで映画のワンシーンのような光景に瞬きさえ忘れる


柚夏(やっぱりハーフの人は綺麗だなぁ...。

  そして普通に可愛い。黒髪より金髪のが

  やっぱり映えるな...)


副会長「あと何分くらいかな?」


 電車の中にいる人もそんな副会長の姿に見とれているのか、さっきから視線がずっと副会長から離れない人もいる。


柚夏(近くで見ると可愛い...)


美紗「30分くらいで着くかなー、と」


 美紗はそんな副会長の事が気に入ってるのか、ずっと一緒にお喋りしてる。その隣には古池さんは居ない


柚夏(...副会長のお陰で、美紗も古池さんが

居ないのはあんまり気にしてなさそうだね。)


 私の左右には副会長と話してる美紗と流雨が座ってるけど、美紗と付き合っている古池さんの姿はどこにも見当たらない。


 というのも古池さんは電車より早いと自家用ヘリで向かっているようで...。


 それを聞いたとき、私は美紗に少しだけ同情した。あの人は美紗と本気で付き合う気があるのだろうか


柚夏(流雨も寝てるし… 折角だから、先輩方

とも話をしてみようかな)


→A「小栗先輩と話す」

→B「奈実樹さんと話す」



→A「小栗先輩と話す」


柚夏「お久しぶりですね。小栗先輩」


小栗「芽月さん。えぇ、お久しぶり」


小栗「あなたのお陰で今日は良い1日に

   なりそうよ。海なんてテレビの中だけ

   の世界だと思っていたから」


小栗「今日はどんな事をしようかしら。楽しみね」


雨宮先輩「来てそうそう僕の彼女にナンパかい?良い度胸だね??僕より楽しそうにしやがって」


雨宮先輩「...嫉妬してしまいそうだよ。」


柚夏「来てそうそうから結構経ってます」


 とさっきまで眠そうにしてたのにはっと目が醒めたように威嚇する雨宮先輩。低血圧なのか初っ端(しょっぱな)から不機嫌そうだけど


柚夏「朝弱いんですか?」


雨宮先輩「...君には関係ないだろ、」


小栗「誘って貰ったのにその態度は何かしら」


雨宮先輩「こんな朝早いとは思わなかった。」


小栗「私にとって普通の時間なのだけれど

   病院で長く過ごしていると、暇だから

   結構すぐ起きるのよね。」




→B「奈実樹さんと話す」


柚夏「...そういえば。この間、あなたの

   のお姉さんにお会いしました」


奈実樹「うちか??」


奈実樹「そうやったんやね。おねえ恥ずか

    しい事、言うてへんとえぇけど…」


柚夏「奈実樹さんの事をお話した瞬間。人が

   変わったように力説して、少し驚き

   ましたけど…」


奈実樹「...あの人、お客はんに対してほんま

    何してはるん」


 と、奈実樹さんは幹白さんに呆れるように深い溜め息を付く。結構良い人だったけどな...


柚夏「流雨と恋愛する事に対して、真剣に

   考えて下さって凄く嬉しかったん

   です」


柚夏「...私が男性だったら流雨ももっと幸せ

   だったんじゃないかなって」


幹白『男になりたいって思われた相手の

   気持ち考えた事あります?』


柚夏「幹白さんがその言葉はあなたが言って

   くれたものだと だから、奈実樹さん

   にもお礼を言いたかったんです。」


奈実樹「…うちにも樹理がおるからなぁ」


奈実樹「おねえにはそんな理由で諦めて

    欲しゅうなかったんよ」


奈実樹「真を持っとるのはえぇことや、

    あの時の事ちゃんと覚えてくれ

    とったんやね。 教えてくれて

    おおきにな」


奈実樹さんが微笑んだ顔を見て幹白さんの顔が思い浮かぶ辺り、やっぱり姉妹なんだなと思った。


柚夏「いえ、こちらこそ…凄く勉強になりました」


柚夏(…奈実樹さんと幹白さん。どちらかというと何故か、妹の奈実樹さんの方が精神的に大人びてるよなぁ…。)





美紗「そういえば柚夏、もう腕は大丈夫なの?」


 と副会長と話していた美紗が私の方に振り返る。美紗と同じように副会長も此方を見つめた


副会長「美紗ちゃんのフレンドさん

    怪我してるの?…大丈夫?」


柚夏「...まぁ、ちょっと色々ありまして...。

   もう腕を動かしても怪我の方は

   まったく痛くないので」


と右腕を軽く動かしながら、美紗の前で痛みが無いことを見せる。我ながら丈夫な身体に育ったものだ


美紗「良かった。柚夏にも楽しんで欲しい

   から、これで一緒に泳げるね」


柚夏「どちらかと言うと今はバイトの筋肉痛

   の方がキツいから…ビーチバレーとか

   は、パスの方向で」


美紗「うぃっす。」


美紗「流石に怪我人にそんな無茶

   させないよ」


副会長「日本はブラック企業が多いもんね。

    過労死ラインには気をつけないと

    うつ病になってゴー、ヘヴン

    しない?」


柚夏「いや、別にそこまででは…。ただ

   お金がなるべく多く入ってくるように

   シフトを沢山入れてるだけですよ」


 「だったら安心だね」と副会長は納得したように美紗との会話に戻った。


柚夏(…ブラック企業かぁ、サービス残業は

  許せても30分くらいかな...)


小栗「…狛、折角柚夏さん達から

   誘って貰ったのにそんな顔しないの」


雨宮先輩「...3時間睡眠は、流石の僕も

     堪えるものがあるね。」


雨宮先輩「発達障害の本を借りてる様

     だけど、僕にとってはまだまだ

     甘いね」


雨宮先輩「診断では”ADHD”となってる

     けど。僕は他の症状もあるん

     じゃないかと踏んでるよ」


雨宮先輩「ふぁぁあ...」


 あの日から雨宮先輩の印象は少し変わったけど、私に対して素っ気ないのはいつものことだ。


柚夏(だが、的を得てるのも事実...。)


柚夏(雨宮先輩、本当相変わらずだなぁ…

   でもなんで本借りてる事知ってんだ。)


 小栗先輩の言う通り二人は流雨との騒動の後に私が誘った先輩達でもあった。その横で、無言でスマホを触ってる朝乃先輩は


 事前に美紗が誘っていたので私からは特に何もしていない。…仕事と被ったんだろうなぁ。


 最初からずっと無言で朝乃先輩はスマホを弄ってる。喋るより携帯をする方が好きなのかな


朝乃先輩「あ、あと3駅くらいで着くん

     じゃないかな。芽月さん」


 私の視線に気付いたのか、スマホから視線を逸らして笑顔でそう応(こた)える朝乃先輩。モデルさんだからか忙しいのを分かってるようだ


柚夏(好きな人がモデルさんだと本気で

  大変そうだなぁ...推しか、本気か...)


柚夏(そもそも付き合う時点から難しそう)


小栗「今日海に行くことは、事前に決まって

   いたはずよね?」


雨宮先輩「...僕にも色々あるんだよ」


どうやらまた、雨宮先輩が小栗先輩をイラつかせているようだ…。恋人が毎日あんなんだと小栗先輩も大変そうだなぁ...


流雨「ん…」


 と隣で寝ている流雨に膝枕させながら、私はゆっくりと猫を撫でるよう優しく流雨の髪を撫でながらそう思う。


柚夏(髪の毛長いとブラシも大変。)


小栗「…どうして、早めに寝なかったの?」


雨宮先輩「…睡眠に時間を費やす程 僕は

     暇人じゃないのさ」


雨宮先輩「ちょっとばかし昔の事を思い出

     しててね。」


雨宮先輩「それよりも、僕がベッドから移動

     出来た事を小栗君には褒めて欲しいよ...」


柚夏(…流雨がこんな性格じゃなくて本当

良かったなぁ…。はっ、そのポーズ

  可愛い)


小栗「狛。あなた一体、普段どんな生活

   してるの…」


雨宮先輩

「僕の私生活を知りたいなんて…いけないなぁ。小栗君…、最高に格好良い僕の全てを知りたいのは分かるけど…」


雨宮先輩「僕にもプライバシーが欲しいね。夜中に何をしてるかなんて…君は本当にえっちな子だね」


小栗「夜なんて一言も言ってないじゃないっ///!! …言い方よ、言い方///。…電車の中なんだから、言い方には気を付けて頂戴」


雨宮先輩「電車の中じゃなかったら良いのかい??」


小栗「狛はそういう発言をもう少し、

   自重すべきだと思わないの…?」


小栗「セクハラよ。セクハラ」


雨宮先輩

「…中は、自重すべき…か。そうだね。…僕は君の中には出せないもんね…」


小栗「誰もそんな事言ってないわよね!?!?」


雨宮先輩「ありがとう。」


雨宮先輩「...小栗君のお陰でだいぶ目が覚めたよ」


小栗「分かってくれたのなら良いのだけれど...」


雨宮先輩「君があまりにもエロスなものだから...、おはよう小栗君。どうして水着じゃないんだい?」


小栗「全っ然、、起きてないじゃない!!」


まるで漫才のような小栗先輩の鋭いツッコミが雨宮先輩に決まると同時に、私達は電車から降りたのだった。


※キャプション



美紗「雪音っ!!、、」


 着替えが終わって、古池さんと感動の再開を果たす美紗。熱い包容を交わしている中で


 古池さんに「暑いです。」とただ一言、本気で暑かったのか豹のような鋭い目つきで言われていた。


美紗「私も暑いの苦手だから、分かるよ。

   そうだね…。急に抱きしめるのは

   違うかもしれない」


美紗「ごめん雪音 …あれ?」


美紗「雪音いつもマフラー付けてるよね? 

   今日はないけど…」


雪音「あのマフラーは、通気性がとても

   良く、保温性もありますから。

   …夏はそれほど暑くはありません」


雪音「が、汚れる可能性のある砂浜には

   流石に持って来られません。私に

   とってあのマフラーは”特別”ですから」


 親友の恋愛を陰で応援しながら、私は海岸に目を向ける。なんとも絵画のように光り輝く水面(みなも)が絶妙にマッチした海で完全に見とれていた。


柚夏(…日焼けとか大丈夫かな。それに

  してもなんて、綺麗な海なんだ)


柚夏「裸眼で水面の底が見える...」


柚夏(こういう光景だと 絵に描いても良い

  なぁって思えるよね。水着の女性達と

  "青春"かぁ)


 この場所は古池グループが持つプライベートビーチらしく 観光客が来ないためか海の色が向こう岸(ぎし)の色と違っている…。


柚夏(足跡とかも、一切ないし...

  砂浜の管理もしっかりなされてる)


 …やっぱり、お嬢様だとこういう別荘とか普通に住んだりするんだろうなぁ…。そういう暮らしに憧れてる訳じゃないけど


柚夏(昔はよく海に行ってたなぁ...これ程

  綺麗な海じゃなかったけど、本物の

  砂浜で出来た砂時計とか買って貰ったな...。)


柚夏(あれどこにあったっけ)


 流雨は海辺(うみべ)に近付くと、とてとてとまるで海に引かれていくように海岸へと向かい始める。


柚夏「流雨?」


柚夏(海に来て、テンションでも上がったの

  かな。その気持ちは分からなくもない

  けど)


柚夏(...私だって お父さんとお母さんが

  もう少しまともだったら。今頃美紗達と

  もっとはしゃいでたかも)


柚夏(キャラじゃないけど、)


柚夏(こうやって知り合いがはしゃいでる

  のを見るのも悪くないかな)


 それから柔らかい砂浜の前に座って、流雨はしきりに砂を触っているようだ。あの様子ならしばらくその場から離れる事はないと思うけど…。


柚夏(眼の前に海があるのに真っ先に

  砂浜に行くのか)


柚夏(ん??)


柚夏(向こうで何かやってる)


 美紗はヘリから取り出したテントを運びながら、パラソルを立てようとしていた。ヘリの中に結構長いパラソルが何本か折り重なっている。


柚夏「手伝うよ」


柚夏(…あっちは人も居ないし、大丈夫かな)


柚夏(ナンパとか来たら私が絶対追い払う)


 流雨の様子を遠くから眺めながら、私は美紗が持っているパラソルの取っ手を掴む。


柚夏「…美紗には海に誘ってもらった恩も

   あるしこのくらいの事なら任せて」


美紗「ううん。こっちは大丈夫だから、柚夏は流雨さんと一緒に遊んできなよ。他の人も手伝ってくれるし」


 流雨と私の事を気にしてか、美紗は一本のパラソルを持って笑顔で笑っていた。


柚夏「…けど、パラソル立てるのって結構、

   力いるよ?」


美紗「けども、でもも、ないんだよ。雪音に

   良いとこ見せなきゃ!!」


美紗「柚夏のお菓子を食べて以来 雪音、

   ご機嫌斜めなんだよー」


柚夏「え…。もしかして、クッキー

   合わなかったとか...」


美紗「いや、機嫌が悪いのは"味"じゃなくて…」


 と、パラソルを立てる美紗の身体が揺れる。「ほら、言わんこっちゃない。」と手を添えようとすると朝乃先輩がパラソルを握っていた。


朝乃「私も一緒に手伝うわ、二人なら力も

   そこまでいらないわよ?」


柚夏「朝乃先輩…」


朝乃「…芽月さんは…私の分も楽しんで…

   くるのよ…くッ…、、次の晴華さんの

   写真集は何かしら」


朝乃「水着写真集が来ると踏んだわ!!、、」


美紗「知らないです!!」


柚夏「朝乃、先輩…ッ!!色んな意味で、

   無理しないで下さい…!!」


朝乃「…いちゃいちゃカップルって見てて

   辛いから!!、…もう…」


朝乃「…本当に。…行って、お願い…。

   します…何でもしますから…、ん? 

   今、なんでもって」


美紗「現実とネット世界が混合してますよ

   先輩っ!! 戻って来て下さい…っ!!」


 携帯やパソコンがないから、何のネタかは分からないけど…。…明らかに先輩の様子がおかしい。


美紗「大丈夫だよ。こっちは任せて、柚夏。」


美紗「安心して"リア充"してきて」


 と、美紗は壊れた先輩に対しての何か良い提案があるようだった。リアル充っていうより手探りなんだけど...まぁ。


美紗「朝乃先輩、私橘さんとシーウェ

   してるんですけど…この間橘さんが、    

   ボツになった写真集を整理してたらしくて…」


美紗「…橘さんの、NG写真を。あっ、これ

   以上はちょっと柚夏の前では…」


美紗「過激すぎて...」


朝乃「…晴華さんの非、公開写真っ!? なに

   それ美紗ちゃん。kwsk(詳しく)」


美紗「ふっ、ふっ、ふっ…wktk

   (ワクトク)ですよ」


 朝乃先輩と美紗の会話にはついて行けなかったけど…。どうやら朝乃先輩も美紗も元気を取り戻した様で、張り切っている。


柚夏「…砂遊びなら、作るのに時間掛かると

   思うから。…一応流雨の傍にいる

   けど、何かあったら声掛けてね」


朝乃「ラブラブリア充乙ね。早く、爆発して

   らっしゃい」


美紗「流雨さんと幸せにね。私も雪音と

   いちゃいちゃしたかった…!!」


美紗「でも、ぶっちゃけそういう

   関係じゃない」


柚夏(…本音が垣間見えていらっしゃる。)


柚夏「じゃ、じゃぁ…お言葉に甘えて…」


二人分の嫉妬の視線を背後で受けながら、私は流雨の元へと歩いて向かっていったのだった。


※スライド。


柚夏「…」


柚夏(流雨をこうやって隣で見てるだけ

  でも楽しいな…。何してるか分からない

  けど)


 …待ちに待った海。忙しかったバイト生活を一時忘れて、私はただ砂浜で流雨の様子を隣で見ながら波の音を聞いていた。


ザザーッ…


柚夏(良い景色だ...、)


柚夏(…このまま一日中でもずっと見ていられそう。流雨は過集中型なのかな。そういう子もいるよね...)


 ”ADHD”には不注意型、多動性型、衝動性型があるらしい。それらが合わさったのを『混合型』といって人によって違う特性を持つ


 ミスや失敗で自信をなくして二次障害(鬱病)を引き起こす可能性の高い病気。心が男性なのに女性。女性なのに男性の場合が多い


 まぁ最終的に本人のやりたいことをやらせてあげるのが一番良いとの事で


柚夏(ストレスで症状が悪化するのか、

  あんまり障害障害言うのも良くないの

  かな...。)


柚夏(足が無いとかだと分かりやすいけど、

  『発達障害』は見ただけじゃ分からない

  ”特性”だから)


柚夏(とにかく幸せホルモンのセロトニンが

  増えにくい体質だと言うのは分かった。)


※セロトニン→セロトニンは脳の興奮を抑え、心身をリラックスさせる効果があり、不足するとイライラや不安・恐怖を感じやすくなる。


柚夏(やる気スイッチが起きにくいんだ。

  でも一回集中力が続くと天才並みの力が

  湧いてくる)


柚夏(というか、『普通』ってなんだろう。

  本によっても書いてあること違うし)


柚夏(...でもあれは"異常"だったな。口も

  出さずに藤菜さんに苛められてるだけの光景)


柚夏(あんなのが毎日続いてたら、学校に

  行くのも嫌(や)になっちゃうし。流雨も

  友達嫌(ぎら)いになるはずだわ...。)


柚夏「何作ってるの?」


海水で軽く水を含んだ砂を使って、流雨は粘土細工の様に土を固めてる。こんな時でも職人なんだなぁ


流雨「…甲羅」


柚夏(何の…?)


流雨「…」


流雨は黙々と土を固めて、何かを作っている。海の生物と言ったらイルカとか…亀とかかな…?


柚夏(海亀にしては…形がおかしいし…)


少し経つとみるみる内に、普通は作ろうとも思わないと思う想像もしなかったものが出来上がっていた。


流雨「…ズワイガニ」


柚夏「かに。」


柚夏「しかもお高い方」


 足の一本一本にどうやって作ったのだろうか、棘のような立派な足をした砂で出来た蟹がこっちを見つめている。


柚夏(クオリティ高過ぎ…。いや…だって、流雨みたいな可愛い女の子が蟹を本気で作るとか思わなくない…?)


柚夏「…流石流雨だね。」


柚夏(…金魚の時もそうだったけど。

  …クオリティのレベルが段違い

  なんだよなぁ…)


※キャプション


柚夏「疲れちゃった?」


 ぐでぇと家猫のように横たわる流雨に、私は電池切れを見た。


柚夏(...作って大体、二時間くらいかな。

   二時間でこのクオリティなら電池切れ

   も可笑しくない...か。)


柚夏(...集中力、切れちゃったんだね。)


 なでなでと横たわる流雨の横腹を撫でる。すると気持ちいいのか、流雨は伸びながら仰向けに寝返った。


柚夏「...ふふ。...よーし、よしよし

   ...良い子ですねー」


 猫をあやすように。至る所をわしゃわしゃと撫で回す。...あー、可愛いなもう。


美紗「柚夏ー...えっ 事案しちゃったの...?」


 その時 美紗が、後ろで立っていた。


柚夏「いや!!、まだっ。まだ何もしてない

   から!!!!」


 と、私は慌てて立ち上がる。


柚夏(しまった。流雨と戯れるのに夢中で

  美紗の存在に気付かなかった...。)


柚夏「パラソルの方は終わったの??」


柚夏(...流雨が可愛すぎるから、つい夢中に

  なってしまった...。流雨も少しは自分が

  犯罪的に可愛いという自覚を...)


 流雨は砂風呂的な物に興味があるのか、寝ころびながら手で自分の身体に砂を掛けていた。


 その姿はまるで、前足で土を引っ掻ける猫みたいで...全然砂が乗ってない。そこにはなぜだか分からない『流雨の癒やし空間』が広がっていた。


柚夏(自覚、をね...)


美紗「何これ。...蟹、だよね?」


柚夏「...流雨作、私は一切手出してないよ」


 しゃがみこんで砂を流雨の身体に掛けてあげながら、私は美紗の疑問に答える。


美紗「...クオリティヤバくない?本当に柚夏

   手伝ってないの?」


柚夏「それには私も同感。私が手を出したら

   それこそ、流雨の邪魔する事になる

   レベルだよ」


美紗「スマホに撮って良い?」


柚夏「流雨、蟹。写真撮って良いかってさ」


流雨「...ん。」


 全身に砂の掛かった流雨はとても満足そうに目を瞑(つむ)っている。...全然埋まってないんだけど、流雨はそれで満足なんだね...


 パシャッと手に持っていた携帯で美紗は流雨の作った蟹の写真を撮っている。


柚夏「パラソル無事に出来たんだね」


 再度立ち上がり、私は視線を朝乃先輩達の方に向ける。立派なパラソルの下で青いシートの中、先輩達はゆっくりと寛(くつろ)いでいるようだ。


美紗「うん。あれから朝乃先輩と一緒に

作ったんだ。朝乃先輩の方は

   雪音のオイル塗ってるよ」


 朝乃先輩がパラソルの下で古池さんに日焼け止めを塗っているのがなんとなく分かる。


 古池さんの使いの方(かた)が建てたのか、さっきまで無かったテント側では奈実樹さんが小栗先輩にオイルを塗っているようだった。


柚夏(...朝乃先輩、オイル塗るの上手

  なのかな。塗り方がプロっぽい...)


美紗「朝乃先輩のお母さんがディレクター

   さんでよく練習台にされてたん

   だって。凄い気持ち良いみたい」


美紗「私もいつか、やって貰おうかな?

   朝乃先輩二人分して今日は体力的に

   もう駄目そうだし...」


柚夏「へぇ...、マッサージか...。

   ちょっと興味あるかも」


美紗「柚夏めちゃめちゃ凝(こ)ってそう

   だもんね」


 朝乃先輩、マッサージとかも出来るのか...。ITも得意そうだし凄いな...本人にそんな自覚一切無さそうだけど...。


美紗「あとね。ウニ採ってきたから、皆で

   食べよ」


柚夏「....」


柚夏「...え??、ウニ??」


 朝乃先輩がオイルを塗っている間にどうしてそうなった...。...美紗もたまー、に流雨みたいな行動する時あるよなぁ...。衝動的というか...


美紗「え?どうかした?」


柚夏「...いや、なんでも。...食中毒とか

大丈夫なの?」


美紗「此処の海は汚染されてなくて、牡蠣も

   生食で取れるから問題ないって雪音が

   言ってたよ。」


美紗「ガンガゼっていう棘の長い海栗は

   毒があるから気をつけてねって言わ

   れたから、拾ってないけど...」


柚夏「...どうやって穫ったの?」


美紗「トング借りた」


柚夏「古池さんとは?」


美紗「朝乃先輩が2番目に雪音にオイル

   塗ってたから、その間に樹理先輩と

   2人で。はい、柚夏と流雨さんの分」


柚夏(逞(たくま)しい...)


 ブルブルッと流雨は砂を身体を揺すって飛ばして、此方に来る。私は美紗から紙皿を受け取って黄色い海栗(うに)を見詰めた。


柚夏「...まさか...海で海栗食べるなんて

思っても無かったよ...。海の家じゃ

  あるまいし...」


流雨「うに...」


柚夏(うにって言う流雨可愛いな...)


柚夏「実だけ取ってあげるから、ちょっと

   待って。ありがとね、美紗」


柚夏(うっわ...すっご...。...実、いっぱい

  詰まってるなぁ...。流石プライベート

  ビーチ...)


 カチャカチャと海栗の実だけスプーンでとって流雨に渡す。流雨は黄色い実を口に入れて、「美味しい...」と喜んでいた。


美紗「次、サザエ採ってくるね」


流雨「サザエ...」


柚夏「まだ採るの?」


美紗「うん、雪音にもっと喜んで欲しい

   から。一旦スマホを岸に置いて海に

   入ってくるよ」


美紗「樹理先輩泳ぐのめっちゃ上手いから、

   殆ど先輩の手柄になっちゃうけど」


 古池さんとの海デートは良いのだろうか...私はそう思いながらも


 海の幸達を採るのが楽しくなってる親友になんと声を掛けるべきか分からず、そんな親友の背中を私はただ見送る事しか出来なかったのだった...。


柚夏「尼(あま)さんかな??」


※キャプション


柚夏「...戻りましたー。」


 電池が切れた流雨をおんぶしながら、私は先輩達が集まるテントのシートに流雨を降ろした。


柚夏「あれ?雨宮先輩...?」


 あの人の事なら、小栗先輩の水着を見ててもおかしくなさそうなのに...。どこに行ったんだろ...。先輩の服よく似合ってるのに


柚夏「小栗先輩がオイルを塗ってる間に

   居ないなんて、どうかしたんですか?」


 オイルが丁度塗り終わったのか、小栗先輩は奈実樹さんにお礼を言って日焼け止めクリームの蓋を閉じる。


小栗「気持ちは、分かるのだけれどね...。」


小栗「...安心して頂戴、一回ちゃんと

   塗ろうか聞いてきたわよ」


小栗「勿論、断ったわ。」


柚夏「そのくらいでめげそうもない

   人なのに」


小栗「...そうね。でも今は結構センチメン

   タルみたい。それと、もし狛に用が

   あるならあそこで釣りをしているわ」


 小栗先輩が指差したその先で雨宮先輩はピッ、と赤い蛍光色の釣り餌の付いた釣り針をルアーに海へ投げ込んでいた。


柚夏「...あの人、釣り出来たんですね」


小栗「趣味みたい。ぼーっとしてる時間が

   好きなんですって...私も初めて知った

   わよ」


小栗「毎回好き好き言ってるのに、信頼は

   されてないのよね。」


小栗「...私の力不足かしら」


柚夏「...あの人、本当に大事なことは

   一切口に出さないですよね...。」


小栗「それが”狛”という人間だから」


 先輩との会話が聞こえたのか、ブブッとタイミングよく小栗先輩の携帯が鳴る。


 小栗先輩は携帯を見つめて、すぐにシートの上に置いた。


柚夏「雨宮先輩からですか?」


小栗「バーベキューの準備をしてくれない

   かい?ですって...。」


小栗「あとこれ...狛が芽月さんに見せて

   欲しいって書いてあったから、まだ

   読んでいないけど...はい」


 小栗先輩の携帯には、「バーベキューの準備をしてくれないかい?」という本当にそのままの台詞と


 柚夏君に話したい事があるからスマホを見せて欲しいと書いてある。


 シーウェという有名な電話も出来るメールみたいだけど、今時流行ってるみたいで美紗の画面でも見たことがあるけど


柚夏(...触り方なら少し分かるぞ。)


タップしてスライドさせて、っと


柚夏(雨宮先輩のメールって...どっちに

  しろ、あんまり良い事は書いてなさそう

  な気がするけど...)


雨宮先輩『スマホ買いなよ』


柚夏「...」


柚夏(...それは、まぁ。)


 ブブッとまた雨宮先輩からメールが送られてくる。


雨宮先輩『君はgive-and-takeという言葉を

     知っているかい?別にその為に

     流雨君の事を守った訳じゃない

     けど』


雨宮先輩に

『君が保護者なら。僕が言いたいことは

 分かるね?バーベキューの準備を手伝って

 欲しい』


ブブッ


雨宮『それと、小栗君は身体が弱いから

   却下だ。というか、君一人で十分

   だろう?』


ブブッ


雨宮『僕は君よりこういうのも得意

   なんだよ。ピンク髪のワンちゃんの公

   (きみ)程じゃないけど』


雨宮『君も何かやったらどうだい??』


柚夏「”手伝え”って書いてありますね。

   それと小栗先輩は休んでて下さいと...」


 と小栗先輩に携帯を返す。...これ以上持っていたら多分、永久に雨宮先輩の愚痴が返ってきそうだったから。


小栗「あっ、あの子ったら...もう...。本当に

   ごめんなさい。狛は柚夏さんに対して

   凄いライバル視をしてるから」


小栗「別に柚夏さんには仲の良い友達も

   いるし、私も恋愛沙汰とかそういうの

   はあまり興味ないから...」


小栗「長い病院暮らしで 自分の事より、

   人の色恋沙汰を聞く方が好き

   だったのよ」


小栗「いざとなって それが自分の立場に

   なると難しい事ばかりだわ」


小栗「でも、あの子には”それ”が伝わって

   ないのよねぇ。同じ病院暮らし

   だったのに」


小栗「人前ではかなり無理してるのよ」


柚夏「どこか悪かったんですか?」


小栗「”悪い”というか、”良すぎる”と

   いうか...」


 とメールを見た小栗先輩が謝る。小栗先輩が謝る必要ないのに...


柚夏「...確かそれ送った文章消せるん

   ですよね?小栗先輩にそれ送ったの

   見られても良かったんですかね...」


柚夏(...”雨宮先輩”だもんなぁ)


 確かに、私はギブアンドテイクという言葉に対して特に過敏な方だと思う。...礼儀とかそういうの。ちょっと厳し過ぎる気もするけど...


小栗「...別に消すつもりも無かったみたい。

   狛は柚夏さんに憧れてるのよ」


小栗「まるで子供のまま時が止まってる

   みたい。どうして良いか分からないの

   かしら」


柚夏「まぁ、やってる事は幼稚ですよね。」


小栗「あの子もあの子で苦労してるのよ。

   柚夏さんが嫌いというより普通の人が

   苦手なの」


柚夏「あの先輩がですか??」


小栗「あの子も長い間精神病棟に居たから」


柚夏「...。だから流雨の事気にしてたんですね」


柚夏「話してくれればいいのに。」


小栗「柚夏さんの前では格好いい先輩で

   いたいのよ。あなたがあまりにも

   格好良いから」


柚夏「私が格好いい...??」


小栗「気が利くところとか、相手の気持ちに

   なってあげられるところ」


小栗「狛は本当に生きるのが下手くそ

   なのよね。”あの子の世界”は、人に

   好かれてる程格好いいと思ってる」


小栗「誰にでも優しくて、格好いい完璧な

   ”男性”。」


小栗「それが、狛のあの子の”擁壁

   (ようへき)”だから」


柚夏「擁壁...」


柚夏(あの姿からは全然想像出来ないけど...)


小栗「柚夏さんに意地悪するのも口ベタな

   だけで、本当はもっと優しくしたいって」


小栗「本人から聞いたのよ」


柚夏「本当ですか?!」


小栗「私がそんな意味のない嘘を付くと

   思う??」


柚夏「....、」


柚夏「...古池さんに頼んできます。」


小栗「えぇ、いってらっしゃい」


柚夏(バーベキューの準備、かぁ...)


柚夏(確かに、相手からこれして欲しいって

  言ってくれた方が楽っちゃ楽なんだけ

  ど、ね...。)


 よっ、と立ち上がって私は流雨の方を見る。


ぐでぇと横になっていた流雨は猫のように奈実樹さんをじーっと見つめながら横になっていた。


奈実樹「...膝枕でもするか?」


 視線に気付いた奈実樹さんが微笑んで口を開く。流石姉妹と言えようか、


 その姿は幹白さんを思い出させるような綺麗で大人びた笑顔だった。流雨はコクっと頷いてそばに寄る。


柚夏「...あ、すみません。流雨が」


奈実樹「芽月はん忙しいみたいやしなぁ。」


とゆっくりと撫でる奈実樹さんのその姿は完全に母親だった。流石、母性の塊


柚夏「...あ、ありがとうございます。

   助かります」


柚夏(何か...奈実樹さんだと親子みたいな

   安心感が...。奈実樹さん相手だと

   あまり嫉妬しないな)


小栗「私も一緒にお願いするわ。芽月さん

   だけが狛に振り回されるなんて、

   本当に申し訳ないもの」


と、小栗先輩はゆっくり立ち上がる。


柚夏「いえ、そんな。少し時間は掛かると

   思いますけど、私一人で出来る

   と思うので... それに」


小栗「...私、心臓を理由にしたくないの。

   無理はしないようにするから、少しは

   柚夏さんを手伝わせて欲しいわ」


 身体が弱いので、と言われる前に言われてしまった。そう言われてしまうとこっちも断れない


柚夏(雨宮先輩に連れて来ないでって

  言われてるんですけど...大丈夫なのかなぁ)


 小栗先輩と目が合う。...多分これは何を言っても、無駄だろうなぁ...。先輩に言われたら小栗先輩の意思って言えば良いか


あの人小栗先輩に弱いし。


柚夏「...分かりました。けど、あまり

無理はしないで下さいよ?」


 そうして私は小栗先輩と共にバーベキューの準備をするため、手を繋いで古池さんの所に向かったのであった。


※キャプション


古池さん「良いですよ、別荘の者にメールで

     お伝えしましょう」


柚夏「...えっ?」


柚夏(流石に準備良すぎない??)


古池さん「すぐにご用意出来るそうです。」


 小栗先輩がいるのもあるのか分からないが古池さんに頼んだら、あっさり二言返事で返ってきた。


 もうちょっと時間掛かると思ってたんだけど、そういやここホテルだったな。


古池さん「お断りする理由もございません

     から、何か他にご用事はあり

     ますか?」


 美紗が建てた大きなパラソルの下で、まったりくつろいでいる古池さんの姿を見ながら私達は呆気にとられていた。


 私の作ったクッキーを食べてから美紗が古池さんの機嫌が頗(すこぶ)る悪いって聞いてたけど、案外平気そうだな...。


柚夏「いや...その、やけに準備が良いな

   って...。まるで最初からやるって分かっ

   てたみたいに」


古池さん「海と言えば、定番ですから」


 と古池さんは一切動揺の色は見せてはいないが...。クッキーというより美紗個人に対して思うところがあるのだろうか...


古池さん「器具はセットさせておきます

     ので、申し訳ないのですが...種火

     はそちらにお任せして宜しい

     でしょうか?」


小栗「えぇ、勿論。それにしても...此方の

   我が儘に突き合わせてしまって、

   ごめんなさい」


小栗「...バーベキューとても楽しみにして

   いるわね。ありがとう」


と小栗先輩は笑顔で古池さんにお礼を言ってから、その場を離れる。


柚夏「小栗先輩って古池さんと知り合い

   なんですか?」


小栗「いいえ。初めて会ったわよ」


柚夏(初対面で何その仲の良さ!!!)



※スライド









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