第二十二部「昔は敬語っ娘」【ゆずるう】

柚夏「...夢」


 何時もの見知った風景に安堵の溜め息がこぼれる。


あんな夢、見るなんて...


柚夏「そっか...」


柚夏(...不思議だな。...あの子の声、手を掴んだ感覚は今でもハッキリ思い出せる...。)


...あれはなんだったのだろう。


柚夏「...もしかして、...本当にあった事?

...とか?妙にリアルだったし...」


柚夏「...ははっ、あはははっ」


柚夏「...今までの私からは 想像出来ない言葉。」


上半身を起こして布団から起き上がり、布団を畳み込む。昨日のだるさがウソのように身体が軽い


柚夏「...取り敢えず、顔を洗って...。歯磨きして...。お米研いで...というか...今何時」


シンプルなデザインをしたデジタル時計は音も立てずに現在の時刻を示していた。


柚夏「...もう8時。」


 今日は流雨と絵の具を買いに行く約束をした日。お昼は普通に外食にした方が良いか


柚夏(...昨日はあんな別れ方しちゃったし、

   来なくても仕方ないんだけど。)


柚夏(約束した手前 一応学校には行って   

  おかないとな。居なかったら一人で

  行けばいいし)


柚夏(たまには休みの日に学校をゆったり

   眺めるのも悪くないのかもしれない)


 濡れた顔をタオルで拭き ついでに洗濯物を回す。その後、ご飯を炊いてからお湯を沸かしてインスタント珈琲にお湯を注いだ。


熱いブラック珈琲が喉に深く染み渡る...。


柚夏「...美紗に何用意しようかな」


 久々に棚から出した美紗から貰ったガトーショコラの箱を横目に、私はゆったりと珈琲を飲み干すのだった


※キャプション


 朝食も食べ終わり、私は流雨と約束したルネミア学園の校門前辺りに立っていた。


柚夏(...空が青い)


雲ひとつ無い、綺麗な青空...。


柚夏(いい、天気だな...)


 模擬練習をしているのだろうか、奥から朝練でジョギングしてる音が聞こえてくる。


生徒「ファイトー!!」

生徒「エイ、オー、エイ、オー、

   エイ、オーー」


柚夏(...部活 、か)


柚夏「はぁァァァぁぁッッ!!!!、、、メーーーーンッ!!!、」


 中学の大会で優勝した夏の県大会。


 ...あの時の私は本当に何もなかった。失うものなんてものはもう、何1つなかったから。


あるのは"勝利"という結果だけ


...だからこそ、強かった。


 どうしようもないやるせない気持ちを武器に、全力で相手にぶつけるようにただがむしゃらに竹刀を振るった。


柚夏(守るものがあるなら、勝ってみせろよ!!、、)


私には何も無い。お父さんもお母さんも


お前達とは、『覚悟』が違う


 私に勝ちたいなら、何もかも失ってから来い。そんな甘い気持ちの奴は私が全て叩き切ってやる。


 剣道に打ちひしがれば全部忘れられると思ってた。こんな気持ちも、嫌な気持ちも、何もかも 全部


 誰が付けたのか、私は鬼のように強い剣道部の"鬼の柚夏"として恐れられていた


 そこには美しさの欠片も無い、ただ感情を剥き出しにして相手を叩き斬るそんな私にぴったりの言葉だった。


柚夏「...」


 死に物狂いで練習してきた人達が悔し泣きしてる。家族の為、友達の為...私にはそんな甘い考えなんてない。家族なんていない。


 期待、希望、焦り...。そんなのはただの『邪念』で。期待は隙を作り、勝利が見えなくなる。


...そんな人間らしい生活を送ってる人に私が負ける訳ないのだから


美紗「おめでとうっ!!、柚夏!!」


 そんな私の気持ちを完全に無視してそばに駆け寄り大喜びする少女。それが美紗だった。


 ほんとに小さな気紛れだった。調理師室でお菓子作りに難航していた彼女に私はたまたま声を掛けた


 料理をすると緊張して手が止まってしまうらしく、皆に変に思われないように一人で練習してたらしい


 別にそれくらいで緊張する必要もないと思うけど隣で料理してる邪魔になるので私はささっと教えてあげた。


お母さん

『ガトーショコラは生地の混ぜすぎや、オーブンの温度が低いと膨らまないの。だから適度に混ぜるのが大事』

お母さん

『ラッピングはこうやって折ると奇麗に折れるの。柚夏はほんとにセンスが良いわね』


柚夏「.....」


柚夏「...多分、オーブンの温度が足りないし、ラッピングも折り方にコツがある」


 努力する人は別に嫌いじゃない、ただそれからというもの、此処まで懐かれるのは流石に予想外だった...。



 少女は私の勝利をまるで自分の事のかのように喜んでる。喜ぶのは私の方だろ、どう考えてもそっちじゃなくて


柚夏(別に勝っても嬉しくないんだけど)

柚夏(家に帰っても誰も居ないからその分

  たっぷり練習出来たし、...これで勝て

  なかったらどうかしてる)


柚夏「...武道では、基本的に勝利を喜ぶ行為

   は禁止とされてます。相手の礼儀に

   反しますよ。」


美紗「凄いよ!! 柚夏優勝だよ!?スパーンっ

   て、凄い、格好良かった!!」


柚夏「...そもそも貴女は

   何もしていないでしょう?」


柚夏(それにそんな綺麗なもんじゃない。

  もっと格好良い太刀筋の人なら

  いくらでもいる)

柚夏(さっき戦った選手とかもそうだった)

柚夏(なんで"私"なんだ。)


美紗「何もしてないなりに、私は色々

   してたんだよ」


柚夏「人の話を...」


 少女は人懐っこい笑みで、ピンクのリホンに包んだ包装箱を私に差し出す。


柚夏「これは...。...私に?、」


 その頃の私は他人の優しさを受け入れられる余裕なんてなかった。どうせ飽きたらすぐ何処かに行く


 当時の私は、それくらいにしか思ってなかった


柚夏「......。」


だからこそ、...私は彼女を拒絶し続けた。


柚夏「...余計な、お世話です。いりません」


美紗「...うぅ...そっか、一生懸命作ったんだ

   けど...そうだよね...こんな下手くそ

   なの。」


 少女の隠していた手に切り傷の跡が見える。...刃物でも使ったのだろうか。それにしてもどうしたらそんな手を切るんだ


柚夏「...その傷、どうしたんですか?」


美紗「あぁ、別になんでもないよ??」


なんでもないことはないだろう。...このままでは私がただの悪い人みたいじゃないか


 取りあえず開けるだけ開けてみるか、と箱の中身を開けてみる。


柚夏(...嫌味を言ったら、彼女もきっと

  離れていくだろう)


柚夏「...チョコですか。それにしても...形が

歪ですね...。 最後にバレットを

   叩けば形は均一になりますし」

柚夏「カットも出来たてじゃなくて、冷まし

   てから入れないとすっと入りません」


美紗「えへへ...」


柚夏「...どうして、笑っているのですか」


美紗「柚夏がプレゼントを受け取って

   くれたのが、嬉しくて...」


たった、それだけの事で...??


柚夏「...怪我してまで作って、ダメ

   出しまでされて...。それなのに

   なんでそんな事が言えるの...」


美紗「貴方からはほんとの悪意が感じない

   から。目を見れは分かるよ、本当は

   優しい人なんだって」

美紗「何だかんだ言って邪険に扱わないし、

   ちゃんと何処が駄目だったかも

   教えてくれる」

美紗「それに最後まで捨てずに

   受け取ってくれたでしょ??」


柚夏「流石に捨てはしないけど...。」


美紗「あの時のお礼、あの時のガトー

   ショコラはお父様、お父さん

   にあげるやつだったから」

美紗「ちゃんと作りたかったんだ」


 

柚夏(...嫌な思い出ばかりで忘れてたな。)


柚夏(...うん。ちゃんと美紗に謝ろう、

   美紗がいるから今の私があるんだし)


 腕時計を見ると そろそろ10時から30分を過ぎようとしていた。30分経った事だし


流雨はもう来ないと考えて良いだろう。


柚夏「...一緒に行きたかったけど、仕方

   ないか。昨日の今日だし、そろそろ

行こうかな。」


 こういう時に携帯があれば便利なんだけどな、と思う。諦めてお店に寄るかと校庭から離れて歩いていると、見知った顔が見えた。


柚夏「流雨??」


 流雨はちょこんと芝生の上に座って空を眺めている。...流雨は反対の門でずっと待っていてくれていたようだ


柚夏「いや、そっちにいるとは思わなかった」

柚夏「あー...校庭の方に居たんだけど...

    見逃してた??」


 30分くらい経っちゃってるけど、それでも普通に来ないと思っていたから来てくれて嬉しい。


流雨「さっき行ったんだけど、行き違い

   かなって そっち行ってたら多分

   奇跡的にすれ違った」

流雨「来るか迷ったけど」

流雨「...誘われたから」

流雨「昨日はいきなり逃げて...ごめん。」

柚夏「別にいいよ。あの人もちょっと

   言い過ぎだと思うし」

柚夏「というか私こそもっと具体的に

   場所指定しておくべきだった」


 私から逃げたというより言われたくないこと言われて逃げたって感じだったから。誰にでも嫌な事はあるよね

 

柚夏

「でも...、こっちに来て本当に正解

だったよ。お店がこっちの方じゃなかったら今頃流雨に会えてなかったかも...。」


 そう思うと、なんだか凄い申し訳ない気持ちになってくる。


※ミニイラスト


 夕暮れ時。居ないと思って先にお店に行ってしまった私を校門前でひたすら体操座りをしながら


捨てられた子猫のように待っている流雨...。


柚夏(いやいやいや、かわいそ過ぎるでしょ、、)


柚夏(いや、でも本当にしそうで...!!)


柚夏「...携帯持ってなくてごめん。せめて

 寮の電話番号教えておくべきだった...」

流雨「別にいいよ。...会えたから」

柚夏「そう言ってくれると嬉しいけど」


流雨「...ん。」


柚夏「...次はこういう事がないように気を

付けるよ。遅れたお詫びに、今日は

   ファミレスで何か奢ってあげよう」

柚夏(まぁ元から何か奢るつもりだったん

だけど...)


※キャプション

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