第九部「幼い彼女の秘密」【ゆずるう】

先生「と...、いうように8時限の間に

   皆さんには人物画と背景を描いて

   いただきます。」

先生「4時限4時限とそれぞれ分けて

   描いて頂いても構いませんし、最終的に

   片方の絵に色を塗っていただければ」


先生「得意な方に時間を割いて頂いても

   結構です。提出期限内にどれだけ描けた

   のかと得意な方の点数で評価します」


先生「最低限度はどっちも描くように

   とにかく、2つの課題を合計して好評価

   が出るように頑張ってくださいね。」


先生「絵のうまさというより"表現したい

   物"や"期限内に提出"すること。」


先生「"どれだけ提出期限内に顧客が満足

   出来る物"が出来たかどうかを

   判断します」


柚夏(まぁ、芸術クラスに有利過ぎるもんね。

   絵の上手さが条件だと)

柚夏(...んーなるほど。2つの課題を同時に

   こなしてくっていう感じか。...なら

   最初は得意な背景から描いてくか)


 先生の授業の説明も終わったので、流雨の紹介も兼ねて 美紗の様子を見に行く。...もとい流雨と相性がいいのか偵察に。


柚夏「流雨、おいで。」

柚夏(美紗のことだから大丈夫だとは

   思うけど...他の人からあんまり

   良い印象受けてないみたいだし)

柚夏(人によるけど 私の側に居た方が

   良いでしょ)


 んー...、ところどころに視線を感じる。モデルさんを見てるかどうか分からないけど、警戒するに越した事はない


 その中に確かに鋭い視線もあるのだ。私はそういうのに敏感だから...めんどくさい事この上ない


柚夏(まぁモデルさんと一緒にいたら嫉妬

   するのも無理ないか。嫉妬するくらい

   ならこっち来いよ...)


柚夏(さっき隣の席めちゃめちゃ空いて

   たぞ...。)


 隣に座れる勇気もないのに、嫉妬するとか 恐れるにも値せず。どうせ皆武道未経験者でしょ


 いざとなれば普通に勝てる(但し、いざこざを起こせば退学の可能性が


柚夏(なるべく穏便にすませたいけど...)


 散々あの人が浮気してた噂流されたしなぁ...。母さんが知らない人にまでその噂は広がっていた


 裏切られて人を信じられなくなった母さんを"自分より可哀想な人"として優しくする人達


 弱ってるのを良いことに人の好意につけ込もうとする人。最初こそ善意だったけど どんどん恩は『してやった』ことに変わってく


 人にすがりきった結果があんな《結末》だと言うなら


 私は誰も信用したくない。寧ろ色んな人を"利用"して生きてく。誰にも頼らない、自分だけの力で


柚夏(...こんな事思ったところで死んだ人が

   戻ってくる訳でもないのにね。 )

柚夏(お母さんみたいな人が出来る訳

   でもない)


 もう人に振り回されて生きる人生なんて懲り懲りだ。私はただ...誰かに必要とされる人間になりたい


 大勢の人に好かれなくても。ただ私の事を好きでいてくれる人に尽くしたい


柚夏(もう"家族"は居ないしなぁ。一応いる

   っちゃいるけど、あんな奴に頼るくらい

   なら死んだほうがましだし)


柚夏(何が楽しくて顔だけの浪費家女の

   ところに住まなきゃいけないんだよ。

   絶対母さんの方が良かった

だろ)


流雨「ん...。」


柚夏(人を警戒する事ばかりしてたら

   駄目か...。折角の学園生活が楽しく

なくなる。お金払ってるんだから)


柚夏(最低限度は楽しまなきゃ、...とにかく

   今は挨拶が優先)


 手を繋いで連れて行った方が早いと思って、普通に手を繋いでしまったけど...


 流雨が先輩だということをすっかり忘れていた...、、背が小さいから つい子供を連れ出すみたいに手を繋いでしまう。


 が、なんの問題も無く手を繋いで受け入れる流雨。...ただひたすら"興味がない"という感じ


 えっ、なにそのノリの悪いのか軽いのか分からない良さ。ちょっと間違えて繋いじゃったこっちが逆に不安になるくらいの疑問の無さなんだけど。


 急に立ち止まった私をもろともせず、流雨は同じく立ち止まる。


流雨「...ごめん。考え事してた...」

流雨「どこ行く...?」

柚夏(こんなの、、絶対悪い大人が

   居たら連れてくでしょ)


 そんな流雨の緑色の目は教室のドアを見つめてる。本当に何も思ってない、、危機感が足りてませんわよ。お嬢さん


柚夏「...流雨、」

流雨「ん...?」

柚夏「誰かにお菓子あげるからって付いてきて

   って言われても絶対に付いていっちゃ

   駄目だよ。分かった?」

流雨「...?...分かった。」

柚夏「悩みがあったら言ってね」

流雨「うん...」

流雨「?」


 この子が変な人に付いて行かないかとても不安になった瞬間だった。次の日、急に居なくなったりしないだろうか


「ありえない」と"言えないところ"がまた怖い


 一度関わってしまったから最後まで面倒みるけど、...流雨は猫か!!、、と心の中で一人ツッコミをするけど


誰も聞いてる訳もなく


柚夏(小学生に間違われる見た目してるし

   というか高校生でこんな小さい子いる

   ??、子役に紛れてても多分分かんないぞ)


柚夏(後で護身術教えておかないとなぁ。

   えーっと...それより、今は美紗だよ。

   美紗...)


 予想通り、美紗は描く人の宛がないのか、机に座ったままだった。それとも恥ずかしさで固まってるのか


流雨「...柚夏、やっぱり私より、...その人と

   組んだ方が...良い...」

流雨「友達がいるなら。 」

流雨「私は一人の方が慣れてるから

   大丈夫。二年生だし」


 ...その声の気配に気づいたのか、俯いていた顔を美紗はすぐ上げる。


 にへらーと間抜けそうな顔をしてるけど、案外大丈夫そう...?


美紗「......あっ、柚夏が仲良くなった子って

   その子の事?えー、柚夏には勿体無い

   くらい可愛い子だね」

柚夏(初手煽りから始まるねぇ、まぁ遅刻して精神が不安定

   なら仕方ない。あんただって可愛くて

   綺麗な知り合いいるでしょうが)

柚夏「まぁね。良いでしょ?」

美紗「良いなー!!羨ましいんだけど!!」

柚夏(...まぁ本当に、流雨はかなり可愛い

   からね)

流雨「友達は大事だよ...」

柚夏(友達(流雨)を大事にした結果

   がこれなんだけど)

と流雨がシャツの裾を引っ張る。


柚夏(可愛いが、過ぎるっ...///、)


 ...絶賛人見知り真っ最中みたいだ。子供あるある、元気だったのに急に知らない人が来ると大人しくなるやつ。


柚夏「美紗には『古池さん』っていうお姫様が

   いるし。...それに、私は流雨と

   先約だから」


 美紗もその辺は分かってると思う。事前に言っといたからね。流雨を抜くのはない


柚夏「美紗は"愛しの古池さんを諦める"

   ...とは言わないよね?」


 ちょっと冷たい言い方だけど仕方ない。私は古池さん(ルビ:かのじょ)の事があまり好きじゃないから


 綺麗で、可愛くてお金持ちで半額の飴玉を買うか迷わなくて良い生活をしてる人には貧乏の辛さは分かるまい。


 居るだけでちやほやされて、親のコネだけで生きてる様な人にうちの美紗はやれんな。


 それでも好きだと言い続ける美紗にちょっと娘がヤンキーに惚れた父親みたいな心境を感じてる。


私の方が付き合いは長いのに


『見栄え』がいいからってそっちに行って。


友達の私としては"面白く"ない訳だ。


柚夏(それでも好きだというなら何も

   言えないけど。素直に応援は

   したくない訳で)


柚夏(...出来ればそうしてくれるとありがたいん

  だけどね。無理そうなら3人でやる?)


美紗「分かってるけどさぁ...、やっぱり、

   勇気がね...。」

柚夏「美紗はもう子供じゃないん

   でしょ?別に私が手伝っても良い

   けど...」

柚夏「...最初の会話って結構印象に残るよ?

古池さんにも。勿論、"美紗"にもさ。

   出会いがそんなかっこ悪くても

   良いの?王子様」

柚夏(と言いながら普通にアドバイスする

私...というか普通に美紗の悲しむ顔は

   みたくない)


美紗「...そう、だね。どうせ一人だし......。

   せっかくだから...私、行って

   みるよ。」

美紗「今の台詞、格好良かったよ!!

   ありがと!!柚夏!!」

柚夏(...格好良い、か。)


 ...何気ないそんな親友の一言に心が痛む。お金持ちの彼女に美紗を取られたくないから、嫉妬するっていうのは友達としてどうなんだろう...。


 "本当の友達"ならより良い出会いに感謝こそすれ、応援するところだろう。それでも私は...


柚夏(...結局、流雨のことあまり紹介

   出来なかったな....。)


柚夏「時間とらせちゃってごめん。

   ...流雨はどこで絵描きたい?」

流雨「教室?」

柚夏「そっか、先に人物画を描くんだね。」

流雨「...違う、...背景。」

柚夏「教室は結構難しいと思うけど...、

   良いの?描くの多いよ」

机とか椅子とか


流雨「ん...。」

 ...教室とは なかなか趣がある選択肢というか とその時はただ、そうとだけ思った。

柚夏(...まぁ、いっか。教室は学生の間しか

   使えない場所だし...美術室だけど)

柚夏(外の日照りで描くより 描き

   やすくて良いかも)

かと言って別に描きたい場所もないしな


 近くにあった椅子に座り、取り合えず六面の正方形に分けて部分ごとに曖昧な空間を描きあげる。それが私の描き方だった。


柚夏(まぁ清書は後でいいか)


 ...取り合えず、輪郭だけは描いたので、流雨の絵を軽く覗いてみると...。


 流雨の絵は...何か凄い ごちゃごちゃしていた。


柚夏「...ざ、斬新すぎる......」

柚夏「絵...その、なんの絵か、聞いても良い?」

流雨「...机の下の『埃』」

流雨「己の"誇り"と掛けて」  


 確かに、机の下には小さな埃の塊があった。というか埃としたらかなりうまい。


柚夏「...何でそこだけピックアップ。」

流雨「...学校の絵はあんまり好き

   じゃないから?」

流雨「描きたい物を描いても点数

   貰えない...。ならもっと幻想的なのが

   良い。朱雀とか玄武とか」

流雨「学校にはそんな物ない」

柚夏(学校以外にもいないよ)

流雨「机とか教室とか、...どうでもいいし」

柚夏「教室を選んだのは流雨なんだけど」

流雨「...教室なら楽に絵が描けるでしょ?」

柚夏(同じこと考えてた。)

柚夏「だからって絵はうまいのに、

   評価点落とすのは勿体なさすぎるよ」

流雨「じゃぁ何を描けば良い?描きたい物

   なんてない」

柚夏「...流雨は埃を描きたかったの?」

流雨「...ん、埃は一見灰色に見える...。けど、

   実は色んな繊維の集合体で...。色々な

   服から出来た色が重なって出来てる...。」

流雨「そんな絵を色鉛筆で表現してみた

   かった」

柚夏「色鉛筆で灰色作ったの!?!?え、、これ

   鉛筆じゃなくて!?!?」

柚夏(え、すご...絵の技術すご。学校通う

   必要ないんだけど)

流雨「でも、分かってる。...普通の人は...

   そうは思わない...。ただのゴミで

   しかない」

柚夏「ゴミは言い過ぎだと思うけど...、

うーん...背景って言うのは一つの物

   じゃなくて景色の事だよ」

柚夏「物一個では『背景』とは言わないね」

流雨「知らなかった。物は物で背景みたいな

   物だと思ってた」

流雨「画用紙の上に赤ベコがあったら

   背景じゃない?」

 そう言いながら、赤ベコの上に白いハイライトを描いて白い背景にする流雨。


流雨「これは"背景"ではなかろうか」

柚夏「絵の技術が凄くてよく分かんない

   けど、一般的にはやっぱり背景は沢山

   物があるイメージ」

流雨「一般の人とは分かり合えない。」


 なんか流雨が皆から変な目で見られてる原因が分かった気がする。『見ている世界』が他の人と違うんだ


 だからこそ、流雨は人と話すのを躊躇(ためら)う。他の人と思ってる事が違うから


 確かに一般的に『埃』って言ったらあまり良いイメージはないだろう。でも流雨にとって、埃はとても綺麗な物で 神秘的なのかな


流雨「いや、埃は汚いよ。ゴミだもん」

柚夏「えっ。」

柚夏(というか、心読んだ...?)

流雨「床自体汚いし 別に埃は『綺麗』な物

   じゃない。ただその折り重なって出来る

   過程が『綺麗』ってだけだよ」

柚夏「.....」

流雨「私が"柚夏"なら」

流雨「 そう思うなって」


あぁ、『レベルが違う』。そう思った。


流雨「別に埃が汚いと思う事は悪い事じゃない。

   埃が汚いって思うのは当然だし」

流雨「私はただ...」

柚夏「"綺麗な世界"で生きたい?」

流雨「そう」

流雨「この世界はあまりにも冷たい。

   だから綺麗な世界で生きたいの」


 そこまでしないと流雨の言ってる事が分かってあげられない自分が、少し悔しかった。


流雨「...移動する?嫌ならそのままで良いよ」


流雨に気を遣われてる自分。


 流雨はひとりでに机の上を片付け始める。私もそれと同時に鉛筆を筆箱の中に入れる。


流雨「折角描いたのに移動するの?」

柚夏「流雨だってそうじゃん」

流雨「私はもっと描きやすいのを探すよ」

柚夏「私も"教室はやっぱり物が多くて

   描きづらいから"」

流雨「どうして嫌なのに言ってくれ

   なかったの? 嫌なら場所変えるのに」

柚夏「....。」


柚夏(せめて、声くらいかけて欲しかった。

   ...これじゃ、私だけが一方的に一緒に描き

   たいって思ってるみたいで...。)

柚夏(まぁ、実際そうなんだけど...)

柚夏(流雨はそう思ってくれてないのかな)


柚夏「流雨と一緒に描きたかった。」

流雨「"それ"がよく分からない。自分が描きたい物

   を描けば良い。柚夏は人と同じ物を

   描くのが好きなの??」

流雨「私は気まぐれだから。すぐ描きたいの

   コロコロ変わるよ?」

流雨「まぁ柚夏に言われた通り

   普通の背景を描こうと思うけど」

柚夏「私が"嫌"とかじゃなくて??」

流雨「『嫌』なら最初から組んでない。嫌なのは

   柚夏じゃないの??コロコロ

   描く場所変えられて」

柚夏「いや、別にそれは良いんだけど」

流雨「でも提出間に合わないよ?そんな

   いっぱい描いてたら」

柚夏「それは流雨にも言えるよ」

流雨「なんか... ごめんね。」

柚夏「流雨が謝る必要ないよ。別に悪いことは

   してないし」


 寧ろ流雨にこんな思いをさせてしまった自分が悪い。


 気を使わせて、色んな物を好きな風に描きたい流雨にとって『お荷物』なのはどっちかというと"私"の方だった


柚夏「私は教室にいるから。好きな

   ところに行っといで」

流雨「...良いの?」

柚夏「私が居ると邪魔になるし、

   私は此処で描いとくよ」

流雨「....」

 

 涙がぽろっと出る。あぁ、もうなんか最近凄い涙脆いな。もう子供でも何でもないのに


こんなことで泣くなんて


流雨「一緒に描こう。私も同じの描くから

    泣かないで」

柚夏「でも...」

流雨「私は"一般の人"と背景の違いを知ら

   なかっただけ。別に柚夏と一緒に描くのが

   『めんどくさい』とか思ってないから」

流雨「私はただ...、"人"と違って...」

柚夏「人と違って...」

流雨「....。」

流雨「人とは違うの。」

柚夏「....人とは違う」

柚夏「『宇宙人』って、事...?」

流雨「ふふふっ、、」

柚夏(あ、笑った...)

なんかそれだけで凄い救われた気持ちになる。


 この少女が笑ってるだけで、"良かった"と心の底からそう思える自分がいた


流雨「違う。」

流雨「私は『"ADHD"』なの」


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