⑥デート編【みさゆき】

まめくも先生

「杏里、いつもお前には世話になって

 るな...。そんな杏里に先生から」


まめくも先生

「少し早いクリスマスプレゼント

 だ。」


美紗「え!?良いんですか!?」


美紗(先生から、クリスマスプレゼント!?)


 そう言いながら、生徒会顧問のまめくも先生は


 本の上に雑に置かれていた何かのチケットをおもむろに持ち上げた後


 その中から取り出した2枚を私に差し出してくれたけど...。


美紗「.....」


美紗「び、美術館のチケット...、」


美紗「それによりによって...学割?、

   ですか...。」


美紗(うぅ...、ちょっと期待したん

   だけどなぁ...。)


美紗(残念...。まぁ、まめくも先生の

   事だし、こんな事だろうなぁ

   とは思ったけど...)


美紗(でも先生から直前渡される

   と...、何か遠回しに勉強して

   こいって言われてるような...)


美紗「先生は上げて落とす天才ですね...。」


まめくも先生

「杏里がクリスマスプレゼントで

何を想像したかは先生は知らんが、

まぁ現実なんて所詮そんなもんだ。」


まめくも先生

「まぁ、普通の相手ならつまらん

 だろうが。杏里としてはそっちの

 方が都合が良いんじゃないか?」


まめくも先生

「杏里が誰と美術館に行くかは

 先生は知らんけどな」


美紗「あ、確かに...!!、先生頭良いー」


まめくも先生

「なら良かったよ。誰もそれ受け

 取らなかったから、先生も処分する

 気まんまんだったし」


美紗「えっ」


※スライド


 って、事が前にあって...。12月の中旬に雪音との予定が合うって聞いて


 当日その美術館の前で集合ーって...、来てみたんだけど...。


美紗「うぅ...、寒ぅ...」


美紗(流石に12月だと冷える

なぁ...。手も冷たくて感覚

ないし...、)


美紗(もっと厚手の手袋、持って

   くれば良かったかも...。)


美紗「はぁーっ、はーぁっー...」


 手袋を脱いで、手を出して


 はぁーっと、息をはくと暖かい白い息と一緒に一瞬だけ手が温かくなる。


美紗(暑いのも嫌(や)だけど、寒すぎ

   るのもちょっと、ね...。)


美紗(雪音を待ってたいけど、そろ

   そろ中に入って待とうかなぁ...)


雪音「すみません。お待たせしま

   した、...杏里さん」


美紗「あ、雪音。外寒いから

   早く中入っちゃお、」


雪音「...はい。」


 雪音にしては珍しく、ちょっと遅めの登場で


 美術館に入ってすぐ見えた時計を見ると、約束の時間から1分過ぎてる...。


美紗(といっても口約束だったし、

   一分ぐらいなら遅刻のうちに

入らないけど...。)


美紗(雪音が遅れるなんて、珍しいな...)


美紗「美術館の中だと、やっぱり温っかいね。」


美紗「雪音、手触らせてー...」


雪音「良いですよ」


美紗(えへへ...///私の手、今すっごい

   冷たいから。雪音びっくり    

   するかも)


美紗「...って、...冷たっ」


美紗「えっ、外で待ってた私よりも

   よっぽど冷たいんだけど...。

  あれ?雪音、...氷触った?」


雪音「触っていませんが...。」


 本当に、雪音の手は氷のように冷たい。


美紗(何でこんなに冷たいん

   だろう...)


美紗(手袋付けずにきた

   とか...??でもなんで??)


雪音「...そうですね。一応、早めに

   来てはいたのですが」


雪音「空いている時間はずっと筆を

   握っていたので」


雪音「それが原因かもしれません」


美紗「ずっと...?」


雪音「えぇ、時間が許す限りは。」


美紗「...絵の方は上手くいきそう?」


雪音「どうでしょうか、作文もあります

   ので」


雪音「先程まではそちらを書いていましたが」


雪音「...お世辞にも、あまり良い出来とは

言えませんね。」


 そう答える雪音の手元にはマフラーの姿が見える...。雪音が参加するコンテストのテーマが何なのかはまだ分からないけど...、


 美術館に飾ってある物の中で少しでも雪音のインシュピレーションになってくれる作品があれば良いな...。


美紗「そっか...、雪音も一応分かってるとは思う

   けど」


美紗「無理し過ぎは駄目だからね、」


雪音「それは、...分かっています。面接時に

体調を崩す訳にもいきませんから」


雪音「今はその事よりも美術館を拝見

   して回りましょう。」


雪音「...このように出来るのも、今年で

最後かもしれませんから」


美紗「雪音...?」


※キャプション


美紗「美術館って、私初めて来たけど...」


美紗「なんていうか...。思ったより全然広い

   し、建物の中も凄いお洒落かも...、」


 美術館って40代とか50代の人達が来るイメージがあったけど。若い人も結構来るんだ...。


美紗(日当たりも良いし図書館みたいな

   雰囲気...、)


雪音「最近はこういったカジュアル式の内装が

   美術館では流行っていて、よく目にしま

   すね。」


雪音「時代の移り変わりを感じます。」


美紗「あ、やっぱり内装が変わってるから若い

   人もちらほらいるんだね」


雪音「そうしないと美術館は衰退化を遂げる

   一方ですからね。」


雪音「理由はどうであれ、常に人々に好かれ

   続けるようにするにはそれ相応の工夫と

   人力が必要なんですよ」


美紗「へぇ...、」


美紗(雪音はやっぱり、こういうのも凄い

   詳しいなぁ...。私が誘ったのに逆に雪音

   に教えられちゃってる...)


美紗(流石、雪音だなぁ、)


雪音「エントランスは此方のようですね。」


美紗「あ、私出すから、雪音は向こうで

   ゆっくりしてて」


雪音「良いのですか?」


美紗「じゃじゃーん、」


美紗「先生のお手伝いして、チケット貰っちゃ  

   ったんだー。」


美紗(まぁ半額チケットだから、あんま

   自慢できないけど。)


美紗「だから、雪音は気にしないで待ってて」


 急いで先生から貰った学生割のチケットを取り出して、私は二人分の会計を済ませる。


美紗(雪音には払わせん、)


受付「ありがとうございます。展示物は左手

   を真っ直ぐ行った突き当たりからと

   なっています。」


受付「ごゆっくり、どうぞ」


美紗「はい、ありがとうございます」


 受付の人に言われた通り広い一本道を左に曲がった後、すぐに辺り一面真っ赤な絨毯の世界に私達は足を踏み入れていった。


美紗「おぉっ...、レッドカーペット、」


 人が中に入ってこれないよう太い紐で括られたポールによって区切られた絵画が間を空けて並べられてる


 一枚一枚の絵が主役と言わんばかりに金の額縁の硝子のケースの中に丁寧に飾られてて、


 ケースの中に入っている作品がまるで生き生きしてるかのように光輝いて見えた。


美紗「さっきのとこ本当凄かったね、雪音」


雪音「割と名の馳せた有名な画家の描かれた

   作品でしたからね。」


雪音「やはり額縁が良いものだと

   高価に見えますね、額縁込み

   での価値もかなり高いのではないでしょうか」


美紗「高価買取のバックのキーホルダ

   ーがないだけで、売値が五千円

   くらい変わったりするもんね。」


美紗(...雪音とデートする前にもっと

   美術館の事、勉強しとけば良かった)


美紗「あ、でもこれなんかは教科書とかで

   よく見る絵だよね。ダヴィンチの」


雪音「レオナルド・ダ・ヴィンチの

   モナ・リザです。」


雪音「スフマート技法を用いて描かれた

   作品として最も有名な作品ですね」


美紗「スフマート技法?」


雪音「イタリア語でぼかした、煙がかった

   という意味の言葉で」


雪音「輪郭をぼかし、物体の境界を分から

   なくする事で柔らかい絵柄にする

   技法の事です」


雪音「このような模造品が普通に飾られて

   いるのも美術館ならではの光景     

   なのでしょうね。」


美紗「えっ、偽物なの?」


 周りの人の視線がこっちに向かって集まってる、ん~...、今考えたら偽物は...ちょっと失礼だったかも...。


雪音「本物を一度でも目にすれば、模造品か

   どうかはすぐに分かりますよ。」


雪音「年代に使われていた絵の具の質感、

   どのように描かれた分からない程の

   丁寧で繊細な自然な重ね塗り...」


雪音「【モナリザ】はダ・ヴィンチの描いた

   人物画の中でも亡くなる直前まで手を

   加えられていた絵画で、」


雪音「スフマート法を用いた絵画の中

   でも最も有名な絵画ですからね。」


雪音「因みに【モナリザ】が有名になった理由と

   して。」


雪音「ダヴィンチが亡くなる少し前、ダヴィンチ

   はフランスの王様。フランソワ一世に

   招かれてフランスに移住し」


雪音「その際に【モナリザ】も一緒にフランス

   に持ち込まれたのですが」


雪音「ダヴィンチが亡くなった後、フラン

   ソワ一世が【モナリザ】を買い取った

   ため」


雪音「フランスの美術館に展示され

   るようになったのです。」


美紗「ダヴィンチはイタリアの人だけど、

   絵画はフランスの王様が買ったから

   フランスの美術館にあるんだね。」

   

雪音「ですので、【モナリザ】はダヴィンチの

   故郷イタリアのものだと主張した男性が

   モナリザを盗んだ事から」


雪音「モナリザは一躍有名になったのですよ。」


雪音「盗まれる程、心を奪われるという作品と

   して。」


美紗「王様に買われた時点で凄いよね。」


雪音「仮に絵画を盗んだ男性の意見が通り、

   モナリザの絵画がイタリアに渡れば

   モナリザを見たい多くの方が」


雪音「フランスからイタリアに流れる

   でしょう。盗んだ男性はそれを狙って

   いたのではないでしょうか」


美紗「モナリザが手に入ったら、観光資源

   が一気に増えるもんね。」


雪音「こういった知識があると絵画の勉強も

   面白いですよ。」


雪音「もし仮にこの絵画が本物だとしたら、

   これほど薄い警備はおかしいと

   思いませんか?」


美紗「あー...確かに。レプリカじゃなかったら

   すぐ盗まれちゃうもんね、流石雪音。

   絵画にも詳しいんだね。」


雪音「教科書に書いてあっただけですよ。」


美紗(それを暗記出来る脳が羨ましい...、)


美紗「...でも、さ。」


美紗「王様はお金を出して買ったものに、

   その絵はイタリアの人が描いたから

   イタリアの物だ、って言うのは」


美紗「明らかにおかしいと思うんだよね...。」


美紗「それで本当にモナリザがイタリアに

   行ったらフランスの人可哀想...。」


美紗「お金って...、そんな大事なの

   かな...」


 たった一枚の絵をめぐって、国の利益のために盗もうとする人がいる。


 この世に犯罪が無ければ、差別が無ければ。戦争もきっと無くなって、多くの人が苦しまなくても良くなるのかなって...。


 でも、搾取する方が楽だし、そういう人が居なくなるのは本当に難しい事で


 私の事を娘だと思えなかったお父さんの心さえ、私には変える事が出来なかったから...。


 言ったところで直る物じゃないし。直らないって分かってるんだけど...


美紗(そういうのが無くなれば良いのに、私が

   お父さんから殴られてなかったら。くゆに

   あんな顔させすにすむんだけどな...)


美紗「あは、は...難しいよね...」


美紗「資源が増えれば経済回るし、その国

   も豊かになるから。でもフランスに

   あるって事はその人の意見が通らなかった

   って事だよね。」


雪音「人の欲に上限はないですからね。

   私もモナリザの絵画はフランスに残す

   べきだと思いますよ。」


美紗「そんな他国に対して不信感を抱く方法より

   もっと自分の国の凄い人達を支援した方が

   良いって思わなかったのかな、」


美紗「そういう人もいると思うけど。」


美紗「どうしても盗んだ人の意見の方が悪目立ち

   しちゃうよね。私はお金とか興味ない

   からそう思うけど...」


雪音「それはどうしてですか?」


美紗「お金があっても、欲しい物

   とかそんななくない?」


雪音「...そうでしょうか」


美紗「雪音みたいな頭が良い人だったら

   もっと、増やせるんだろうけど。」


美紗「貯金するだけで終わっちゃいそうだ

し」


美紗「それならもっと、お金を上手く

   使える人に使って欲しいかな。」


美紗「それに、死んだらお金なんてただの紙

   きれでしかないし」


雪音「...杏里さんらしい答えですね。」


美紗「だって、そうじゃない?」


雪音「こんなモノクロの世界であっても、

   貴女のような方も居る。それが知れた

   だけでも」


雪音「私はこの世界に生まれた

   価値は十分あると思っていますよ。」


雪音「...」


雪音「私の事はお気になさらず、御自分の

   気になる作品を見てきても良いのですよ。」


美紗「ううん。雪音と一緒に見て回りたい

   から」


雪音「...」


雪音「そうですね。」


雪音「少し、早いですが。この美術館には

   レストランがあるので」


雪音「杏里さんが良ければですが、御一緒に

   如何(いかが)でしょうか?」


※スライド


 美術館の2階にあるイタリアレストラン。そんなゆったりと落ち着いた空間の中で


 リラックスしたように新聞を読みながらコーヒーを飲んで寛いでる人がいる。


美紗「御昼前だけど結構空いてて良かったね。

   雪音」


 専用のナイフとフォーク立てが机の上にあって、昔ながらの薄暗いオレンジのランプが付いたちょっとシックな感じのお店。


 お店のメニュー表を開いてみると、なんだかすごい見た目の凝ったお洒落で綺麗な料理がいっぱいあるみたい


美紗(お父さんがシュフだったからどんな料理

   かは分かるけど、)


美紗(ベーコンと玉葱が入った奴...。スープ

   とかでも良いけど...食べたいなぁ。)


美紗「何頼もうかな...」


雪音「料理の方は私がお支払いしますよ。

   杏里さんのお好きなものを選んで下さい」


美紗「いや、誘ったのは私の方だから雪音は

   そんな気使わなくていいよ。」


美紗「今日はデートのつもりで来たから。

   友達同士のデートってやつ」


雪音「私が杏里さんに個人的にお支払い

   したいですから。有意義な時間を

   下さったお礼に」


雪音「杏里さんはあまり美術館には興味のない

   方でしょう」


雪音「...私の為を考えて下さったお礼です。」


美紗「雪音が払いたいっていうなら...」


美紗「...じゃぁ。御言葉に...、甘える...?」


雪音「何故疑問形なのでしょうか?」


美紗「私が誘った側だし、全部奢る気でいたから

   。レディーに奢らせるなんて失格だなぁと」


雪音「レディーの意図を組むのも紳士の

   務めですよ。」


雪音「相手がすると言っている場合は特に気に

   する必要はありません」


雪音「逆に色々遠慮される方が実際には

   めんどうに思う事の方が殆どですから」


美紗「そうなの?」


雪音「本音を言ってしまえば、社交辞令のない

   方(かた)の方が時短にはなりますね。」


美紗「そうなんだ...。雪音、最近は特に

   忙しそうだもんね」


雪音「えぇ。ですが、もう忙しいのには

   慣れていますから」


美紗「あっ、エスカルゴ」


雪音「エスカルゴですか...。」


美紗「エスカルゴってどんな味なの?私食べた

   ことないや。」


美紗「エスカルゴって確かカタツムリだ

   よね?そういえば、昔お母さんが食べた

   って言ってたな...」


雪音「フランスの郷土料理ですね。」


美紗「モナリザを買った王様の国の。ルーブル

   美術館がある...」


雪音「そうです」


雪音「貝に似たような触感と言われています。

   味はあまりしません、エリンギの白い

   部分のような味に近いです」


美紗「食べたことあるんだ。」


雪音「ご試食を頼んでみますか?」


雪音「母の連携している会社のものになります

   ので、プレミアム会員カードをお見せ

   すればその程度なら問題ないかと」


美紗「あ、じゃあ...。お願いして良い?」


雪音「ではご一緒に飲み物も注文しましょうか」


美紗「ミルクティーにするね。丁度温かい

   ミルクティー飲みたかったんだ」


雪音「ミルクティーのホットですね。」


店員「お待たせ致しました。ご注文を承ります」


 お水とお絞りをおいて、注文を待っていた店員さんがメモをとりながら笑顔で接客を始める。


 すると雪音はおもむろに財布を取り出してカードのようなものを店員さんに手渡した


雪音「...オーナーの方には私用ですので、

ご料理の説明は結構ですとお伝え下さい。」


雪音「また、一つお願いがありまして。此方の

   彼女にエスカルゴのご試食をご用意して

   頂いても宜しいですか?」


店員「...はい、畏まりました...?」


雪音「よろしくお願い致します。」


 雪音が料理を頼んでから店員さんにカードを渡すと、店員さんは不思議そうにカードを受け取って奥へと消えていく。


 二人で話しながら注文した料理が来るのを待っていると


 さっきと違うこのお店のシェフらしい男の人がへりくだった笑みを浮かべながら頼んでいた紅茶を運んできた。


美紗(分かりやすいなぁ...、)


男性「いや、大変お待たせ致しました。

   ホットミルクティーと、ストレートティー

   のホットでございます。」


男性「それと此方は当店からのサービスを

   お嬢様とお連れ様にお付けさせて

   頂きます。」


男性「此方、ブルーベリーのパンケーキです」


美紗「あ、ミルクティーはこちらで...、」


男性「大変お熱くなっておりますので、お気を

   付けてお召し上がり下さい。」


男性「エスカルゴとお野菜のスープの方は用意

   出来次第、すぐにご用意させて頂きます

   ので」


男性「もうしばらくの間何卒、お待ち下さい

   ますよう、お願い致します。」


男性「何かございましたら、すぐに私の方に。

   では、失礼致します。」


美紗「あ...、ありがとうございます...」


美紗(あんな頭下げて腰痛くないのかな...)


雪音「私用ですので、良いと申したのですが。」


雪音「来てしまいましたね...。カードをお見せ

   した方が料理もプロが作って下さいます

   ので良いかと思ったのですが」


美紗(んー、でも...なんで雪音、急に

   レストランに行こうなんて言い

   出したんだろ...。)


美紗(やっぱり...私が美術館にいるのが

   つまらないって思ったから...?)


美紗「雪音。私、つまらなそうに見える?」


雪音「...どうでしょう?」


雪音「慣れてない方にとっては、このような

   空間は面白くはないものだと

   晴華さんが仰っていましたから」


雪音「遠慮しなくても良(よ)いですよ。

   実際、どうですか?」


美紗「...んー、正直に言っちゃうと、ね。

   やっぱり外国の事は難しいなーと

   思うけど」


美紗「でも、雪音とならこうやって絵画を

   見て回るのも悪くないなって」


美紗「好きな人から聞く雑学は楽しいし。」


雪音「我々は技法などをよく知っています

   から。作品がどのような道具を使って

   その色を出しているのか」


雪音「どのような筆の塗り方をしているかなど、

   見ただけで大体分かります。」


雪音「ですが、杏里さんにはプロの家庭教師の

   方もいらっしゃらないでしょう」


雪音「どのような勉強をなされているの

   ですか?」


美紗「えっ...。あ、それは...」


雪音「参考書を読まれて自力で勉強を

   なさっているだけではどうしても限界が

   あります。」


雪音「覚えるのが遅くなってしまうというのは

   仕方ない事でしょう」


美紗「いえ...その...。...参考書すら読んで

   ないというか...、なんというか...。」


雪音「参考書を読んでいないのですか?」


雪音「読まずに分かるとかは...」


美紗「私は雪音と違って、ただの脳みそ

   ハムスターです。」


雪音「自慢になりますか...それ」


美紗「ぐっ...、こ、これからは真面目に勉強

   ...していきたいと思います...。」


雪音「貴女にも困ったものですね。...せめて

   私がいる間だけでも責任を持って

   お教えしましょう」


美紗「私が、いる間...?」


雪音「....」


雪音「....やはり、...いけませんね。」


雪音「人に勉強を教えたのも」


雪音「杏里さんが初めてでしたから。」


美紗「雪音...?」


雪音「...杏里さん。」


雪音「貴女とこうして居られる時間

   も、もうこれがきっと最後なのかも

   しれませんね。」


美紗「...え?」


※キャプション



※キャプション


美紗「一緒に居られる時間が最後かも

   しれないって...。」


美紗「どういうこと...?、」


 やっと当たり前になった幸せが、透明な水が入ったバケツに黒いペンキを浸したかのように


どんどん不安という形になって広まってく...。


美紗(なに...、それ...)


美紗「...分かってるよ、」


美紗「いつもの雪音の冗談だよね...?」


 うん、そうだよ...。きっと、そう...、...雪音のいつもの冗談に決まってる...。


ね...? そうでしょ、雪音...?


嘘って言ってよ


雪音「...確かに、

   確定事項ではありません」


美紗「だったら...。」


美紗「なんで...そんな事、言うの?」


美紗「心配したじゃん。」


美紗「冗談にしてはちょっと酷いよ...、」


雪音「この言葉は、ずっと胸の奥底に

   留めておくつもりでいました。」


雪音「なのに、何故...。どうして私は...

   杏里さんに不安を駆り立てるような

   真似を...」


雪音「...どうやら。」


雪音「...私は、貴女と一緒に居ると、少し

   ばかり気が緩んでしまうようです。」


 雪音は少し顔を上げてから、ふっと一息胸元のマフラーを握り締めると瞳を閉じながらゆっくりと語る。


雪音「此処まで話してしまったのです。もう

   隠し続ける事はないでしょうから...

   。貴女には、全てお話しましょう」


雪音「...椿様は、私がこの学園に入学した

   当初から住居を移転する事をお考えに

   なられていました。」


雪音「急遽、それが想定よりもずっと...。」


雪音「...早まってしまったのです」


美紗「雪音が、...転、...校?」


美紗「......」


美紗「...そっ、...か...。」


美紗「...それは雪音のお母さんがきっと、

   決めた事...?なんだ、よね...。」


美紗「...引っ越しって、...県外?」


雪音「いえ...、国外という事は椿様から

   お聞きしています。」


美紗「...そっか、...外国なんだ。そこって、

   スイスより近い?」


美紗(...私は、日本に残った側だから...。

   スイスなら、お母さんが住んでる

   近くの国なら会いにいけるかも...。)

   

美紗(雪音は海外のもっと遠い、学校に行く

   のかな...)


 ...あの人と話せるとか、そもそもお母さんがスイスのどこに住んでて何処で働いてるかも...。今の私には全然分からないけど


美紗(友達がそっちの方に引っ越して会いたい

   から?それとも、...なんだろう)


雪音「どの国に引っ越しするか、まだ詳細は

   分かりませんが」


雪音「...麗夜さんなら。もしかしたら何処の国か

   知っているかもしれませんね。」


美紗(だから、あの時...)


麗夜「「...今の貴様が出来る事といえば、

    お嬢様に後悔を少しでも残させぬように

    する事。それだけだろうがな」」


美紗(麗夜さんは知ってたんだ。雪音が

   引っ越す事...、)


美紗「...なんで早まったの?」


美紗「せっかく...、雪音とこんなに

   仲良くなれたのに、」


雪音「...引っ越しを止める方法が

   無い訳ではありません。」


美紗「それは?、」


雪音「...椿様は実力主義な方ですから」


雪音「自らが過ちを起こした際のために、

   引っ越しを取り止める条件を椿様自身が

   課しています。」


雪音「...もし椿様のお決めになった

   引っ越しに異論のある者が居れば、」


雪音「椿様主催のコンテストで

   【金賞】を取った者にのみ住居移動の

   決定権を譲る。というものです」


雪音「...幸いな事に、コンテストの日まで

   あと1ヶ月猶予があります。」


美紗「1ヶ月...。」


雪音「それまでに私はなんとしても【愛情】を

   テーマにした作品を完成させなければ

   なりません。」


美紗「愛情がテーマ、って...、」


美紗「...でも、雪音は感情をテーマに

   した題材は...、苦手って...。」


雪音「...御母様(おかあさま)に逆らう事自体、

   本来ならばあってはならない事なの

   です。」


雪音「チャンスという機会がある事自体に

   感謝こそすれど、」


雪音「椿様に対して文句を言う権限(けんり)

   など私にはありません...。」


雪音「それだけ椿様は偉い方なのです。私が

足元にも及ばないくらい...。あの方は

   多忙ですから...。」


美紗「でも...、雪音は...本当にそれで

いいの?...本当に、このままで...。」


雪音「...それ以外にどうすれば良いと言う

   のです、」


雪音「今までの私でしたら苦手な画風を描き

   続けたとこで、何も思う事はありません

   でしたが」


雪音「最近は、貴女の事が頭から離れません。」


雪音「この事を知れば。杏里さんは私に幻滅する

   だろう、何でも出来るあの雪音が」


雪音「たった一枚の絵に振り回されてしまって

   いるのですから。」


雪音「大喜利大会も良いところですね。」


雪音「...杏里さんと同じような人間はいくら

   でもいるはずなのに、」


雪音「それなのに。私は何故貴女にこれ程まで

   固執するのでしょう。」


雪音「感情のある貴女ならその答えは

   きっと、すぐに分かるのでしょうね。」


雪音「...ですが、それは同時に迷いでもあり、」


雪音「隙でもあります。私には『古池』の」


雪音「貴女には『貴女』の生きる道が

   あるというだけ、」


雪音「...私一人の我儘で多くの犠牲を

   出す訳にはいきません。」


雪音「私は、...椿様の娘なのですから」


雪音「杏里さんは賢い方なので。分かって

   頂けますね」


美紗「でも...。」


美紗「雪音なら...、大丈夫だよね...?」


雪音「...どうでしょうね。」


雪音「筆が手に付かず、日に日に時間が過ぎる

   のが苦しく思うようになり余裕が無く

   なっています。」


雪音「...不思議ですね。」


雪音「お金は沢山あるのに、これほど心が

   縛られるのは」


雪音「出来もしない事にすがりつき、もがき、

   そして...。必死に足掻いてる。」


雪音「もういっそ『やめてしまいたい、』

   とも」


雪音「...貴女は強いですね。私なら心が折れて

   いますよ」


雪音「...貴女の起こした奇跡をこの目で

何度も見てきました。」


雪音「信じていれば、その先の奇跡を

   私も貴女と同じ景色をいつか見る日が

   来るのでしょうか」


雪音「...杏里さんとお会いする機会は減って

   しまいますが、私はそのチャンスに

   最後まですがり付こうと思います。」


雪音「貴女が私に見せてくれたように、私も

   自らの手で勝利を掴み取りたいのです。」


美紗「...うん。雪音なら奇跡を起こせるって

   信じてるから」


美紗「だから、...頑張って。...雪音」


雪音「えぇ。」


雪音「...お飲み物。もう一度注文し直し

   ましょうか?」


美紗「ううん、このままで大丈夫。」


 その後...。確かご飯を食べて...。


 雪音と少し展示物を見に行ったけど全然内容が頭に入って来なくて、


 気付いたら雪音の乗った車に手を振ったまま私は美術館のアスファルトの上に立っていた...。


美紗(柚夏、は流雨さんがいるし...。はぁ...

今年の冬休みは、...何もなければ一人

   かなぁ...。)


美紗「寒っ...。」


 さっきまで感じなかった寒さが、一気に襲いかかる...。うぅ、冬の夜はほんと、冷える...。


「....杏里さん」


美紗(...雪音?)


美紗「.....」


美紗「...気のせい?、」


美紗「というか、雪音はさっき見送ったばっか

   なのに...。相当来てるなぁ、私...、」


※キャプション

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る