第5章「料理と人の心、」【みさゆき】


 授業が終わり、柚夏に声を掛ける。


 もし私が柚夏を怒らせたのなら...謝るなら早いうちがいいと思ったから...、


 けど...


柚夏「ごめん、流雨に用事があるから...」


 柚夏は目を逸らして、机の横に掛かっている手提げを持ちあげて逃げるように去っていった。


柚夏「・・・・ごめん。」


※スライド


 ...雪音と初めて出会った思い出の場所、


 薄暗くなった空と少しずつ溶け合っていく白いベンチの上を指でそっとなぞる。


美紗「....」


ブブブブッ....、


 そんな静寂がかき消されるように、バックの中からバイブ音が鳴り響いた。


美紗「...え、あれっ...もうこんな時間?」


 電話の相手はおおよそ予想が付いてる。...名残惜しいけど、この場所は特別な場所だから


  私はポケットからスマホを取り出して、ベンチから離れてスマホの電話応対ボタンをタッチした。


美紗「え、あー...、えーと...ごめんなさ

い...。」


美紗「....うん、...大丈夫。...気を付けます

   え?...いやいや!!ただの私の我が

   儘なんで...そんな、」


美紗「いえ、そんな事...!!」


美紗「...うん、....はい。...もぅ...分かって

   いますから...。もうしないですっ

   て、...はい、」


美紗「...えっと。...それじゃぁ、また...」


 屋運の近くにあったベンチを見つけて座る。


 ...座ったお陰なのか、冷静になると心配して電話を掛けてくれた人に対して...これはちょっとあまりに心がなかったかもしれない...。


美紗「...いや、やっぱり...!!切るのちょっ、

   と待って下さい...!!」


 電話先の相手の顔を思い浮かべながら、私はごくりと生唾を飲み込む。


美紗「....その、...おかぁ、...さん。

   ...本当に私、凄く嬉しいんだよ...?」


ブツッ...、


美紗「....ふぅ」


 電話を切った後スマホを鞄の中に入れ、首を上に上げて目を閉じた。


ジジジジ....


 耳を澄ますと虫の鳴き声や自販機の冷却器の音、ボールの打つ音...色んな音が色んなところから聞こえてくる...。


美紗「....夜でもちょっと暑いな、」


 もう夏も近づく午後18時、...殆どの部活動も練習が終わって、皆が下校して


 うっすらと暗くなった空に電灯が付き始める。


 勿論、早く帰らなきゃいけないっていう気持ちもあったけど...今日はなんかどうしてもそういう気分になれなかった


美紗(お腹空いたなぁ...。...えっと、確か

  バックの中に...)


 ショルダーバックの中を漁って、沢山のナッツのお菓子が入った袋詰めのお菓子を開ける。


 その中から私はカシューナッツが入った小袋の袋を開けて、口の中に放り入れた。


美紗「.....(モグモグ」


 薄い塩味が利いていて、ナッツの味が口いっぱいに広がっていく...、


 好きな物を食べてるととても幸せな気持ちになって。


 まるで魔法に掛かったみたいに小さく梱包された小包と一緒に消えてく時間


美紗(あー...美味しいなぁ...)


...その小さな幸せな幸せを手放したくなくて。...右手がナッツの入った袋まで伸びて、そして止まった、


美紗(...けど、ナッツって脂肪が多いから)


美紗(食べる量をちゃんと考えておかない

   と...その、次の日の体重がすごく

   不味い事に...、)


美紗「...うーん、どうしよっかな」


??「こんな遅くまで女の子が一人で

   いたら危ないよ?」


 隣から聞こえてくるその声に、首を右に向ける。


 そこには、金色の髪が街灯に当たって美しく光ってるルシェルさんが飲み物の入った紙コップを片手に立っていた。


美紗「...ルシェルさん?」


美紗「けど...ルシェルさんの方がどっち

   かというと危ない気が...。(可愛い

   し)」


樹理「私はナミと大抵居るからね。あぁ

   見えてナミは...凄っく強いんだよ、

   ...私の大切な人、...大好きな人、」


樹理「けど、本当に一人だと危ないよ?

   ...美紗ちゃんも襲われてからじゃ

   遅いんだよ?」


美紗「雪音やルシェルさんみたいに綺麗な

   人なら兎も角、私は見向きもされ

   ないですって」


美紗「それに此処はまだ安全ですから」


樹理「分かってないなー、学校を出てから

   が一番危ないんだよ?」


美紗「...ルシェルさんは優しいん

   ですね。」


樹理「女の子が一人でこんな時間まで

   居たら心配するよ」


 座る場所を広くさせるため鞄の場所を詰めようと右手を動かす。すると開いたバックから、ナッツのお菓子が顔を覗かせているのに気付く。


美紗「あ、そうだ。柿ピナ食べます?

   美味しいですよ?」


樹理「中々に渋いチョイスするね、美紗

   ちゃん。学校で柿ピナ食べる子

   なんて初めて見たよ」


美紗「え、...そうなんですか?普通に

   美味しいと思うんですけどね...」


樹理「Thank youだよ。美紗ちゃん。

   けど、確かに柿ピナは美味しいよ

   ね」


美紗「...そうですね、」


 柿ピナの入った袋を開けるルシェルさん。可愛いけど...確かにこれは...しちゃいけなかったのかもしれない...。


樹理「....えっとね、」


 隣に座っていたルシェルさんの視線が下に下がる。ルシェルさんは袋から摘まんだピーナッツを一かじりだけした後、


樹理「....今日の料理さ、もしかして

   美紗ちゃんは美味しくなかった?」


....不安そうな瞳で私を見つめた。


※キャプション


美紗「...え?」


 あの時はお腹も減ってたし、筑前煮も暖かくてほくほくで美味しかったから...また、食べたいなって思うくらいには美味しかったんだけど...。


美紗「普通に美味しかったですよ?」


樹理「...料理を昔から作ってるとね、」


樹理「その人が心の底から美味しいって

   思ってるかとか、何となく見て

   分かるようになるんだ、」


樹理「けど、あの時の美紗ちゃんはそう

   じゃなかった。...多分、ナミも

   それに気付いたんじゃないかな」


美紗「...」


 顔を少しだけ上げて、うっすらと湯気の出ている赤茶色の紅茶をルシェルさんは一口飲み込む。


樹理「...私ね、叶えたい夢があるの」


樹理「私ってハーフでしょ...?」


樹理「だから小さい頃とかは特に知らない

   子達が寄って来て、皆が私の髪を

   触らせてって...、」


樹理「その中には乱暴に扱う子なんかも

   いたりして、」


樹理「当時の私はそれが嫌で嫌でしょう

   がなかったの」


樹理「...丁度そのときナミの旅館に

   泊まった事があったんだ」


※イラスト。


 お父さんとお母さんは温泉に入ってて、外出したくなかった私はひねくれて部屋に居たんだよね。


樹理「ひっく...なんで私は皆と一緒じゃな

   いの...、人が沢山いる所やだよ、

   お家、帰りたいよ...。」


??「何で泣いとるん?」


樹理「...う、...うぇええん!!」


 髪を触りにくる女の子達がその頃は凄く怖くなっちゃってて、ナミの顔を見た瞬間大泣きしちゃったんだけど...


??「...ちょい待ってな。」


樹理「うっ、ううっ...、」


 ナミはそういって何処かにいちゃったんだけど、少し経って戻ってきて


??「筑前煮、食べへんか?」


樹理「.....」


??「筑前煮、嫌いか?」


樹理「...食べたことない、」


??「筑前煮、知らんのか?甘くて美味

   しいんよ。ほら、食べてみ」


??「うちが作ったのやからただでえぇよ、

  旅館のサービスや思っとき」


??「ただやぞ、ただ。食べへん理由なんか

  ないやろ?」


樹理「....Let's、eat」


 恐る恐る、私は箸を手にとって人参を口に入れた。


樹理「...おいしい、」


??「やろ、うちの料理は旨いからな!!」


※スライド


樹理「...初めてナミの料理を食べた時、

   口いっぱいに優しい味が伝わって...

   和食ってこんな味が出せるんだ、

   って思ったの」


美紗「...奈実樹さんは昔から料理が上手

   だったんですね、」


美紗(奈実樹さん、子供の頃は普通に

   気が強かったのかな。なんか今の

   雰囲気と大分違うけど...、)


樹理「...うん。」


樹理「でも、いくら同じ風に作っても

   あの味は出せないって分かった

   んだ。」


樹理「ナミが作る味だから私が好きな

   味なの、」


樹理「美紗ちゃんにもきっとそういう人

   が居るんだよね?」


樹理「...ナミよりも美味しい料理を作って

   くれる人が」


美紗「....、」


美紗「...はい。...けど、私その子を

   怒らせちゃって...謝りたいけど...。

話しすらしてくれない状況で...」


樹理「なら、その子と絶対に仲直りしない

   と。明日はその子の分の和菓子も

   一緒にね」


樹理「そしたらきっと許してくれるよ、」


樹理「私もそうやって何度か仲直りした

   事があるし、大丈夫。大丈夫。」


美紗「ルシェルさん...。」


樹理「...樹理、」


樹理「樹理だよ。私は樹理っていう名前の

   方がお気に入りなの、美紗ちゃん

   からは特にそう呼ばれたいな」


 後ろで手を組んでくるっと樹理さんは悪戯っぽい顔で笑顔で笑ってそう答えた。


美紗「...ありがとうございます、樹理

   さん」


樹理「私はナミよりも美味しい料理は

   作れないし、きっとどんなに高級

   で美味しい料理を食べても、」


樹理「ナミの手料理がこれからも一

   番美味しいんだと思う。」


樹理「...人の気持ちに残る、思い出の料理

   を作りたいんだ、...それが私の

   夢。...その時は美紗ちゃんも

   食べてくれる?」


美紗「はいっ!勿論!!...チケットは

   必ず手に入れてみせますから」


樹理「...ありがとう」


樹理「っと、そろそろ帰らないとナミに

   遅いって怒られちゃうよ。気をつけ

   て帰ってね!!see you,good

   luck!!」


 そうして、樹理さんは走って奈実樹さんの待つ調理室へ向かって行くのでした。


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