第4章「違和感と疑問、」【みさゆき】


 用意された横長のテーブルの上に、筑前煮が置かれる。


 筑前煮から出てくる湯気とともに砂糖醤油の甘くて優しい匂いが空腹だった事を思い出させ、唾液が口の中に広まってく。


美紗「わぁ...すっごく美味しそうですね

   っ!!いい匂い....」


 ゴクリと生唾を飲み込み、手を膝の上に置く、...早く書記さん達帰って来ないかなー。


※スライド


美紗「...あれから書記さん達戻って

   来ないですね...?」


樹理「そうだね...、もう帰って来ても

   おかしくないけど...何かあった

   のかな...?」


 ブブッ、と雪音とルシェルさんのポケットからバイブ音が同時に鳴り響く。


雪音「...少し、失礼します」


 雪音とルシェルさんはスマートフォンをポケットから取り出し、スマホの画面を見てる。


樹理「...噂をすれば、だね。...雀さん、

   寝不足で倒れちゃったから書記さん

   が保健室まで送ってくって」


美紗「え...?」


樹理「...休み時間に間に合いそうもない

   から先に召し上がってね。ごめん

   ね、美紗ちゃん。だって」


雪音「私の方のメールも同様の内容

   でした」


美紗「....そうなんだ、」


雪音「何か引っ掛かっているようですね」


美紗「ううん!なんでもないよ、それに

   私の勘違いかもしれないし」


雪音「何か、メールの内容に違和感が

   あったのですね?」


美紗(うぅ、雪音にはやっぱりバレ

   ちゃうか...。雪音すっごい勘良い

し...)


美紗「うーん...、えっとね...。...あの時の

   雀さん。...何処か痛かったのかなっ

   て思ったから...」


樹理「んー...寝不足は確かに頭が痛く

   なるけど...。」


樹理「仕込みを作ってるとどうしても

   寝る時間が短くなっちゃうから

   雀さんの気持ち分かるなぁ...」


奈実樹「...言うてくれれば手伝うたんに。

    無理したらあかんよ毎回言うとる

    やん、心配なるから...」


樹理「だってナミに心配掛けたくないし...

それに、私ナミの荷物になりたくない

   もん...」


樹理「それにナミの方が起きてるし」


奈実樹「...樹理、そういうのは隠すべきや

おまへん」


奈実樹「料理いうんは協力してこしらえ

るもんなんよ、こしらえとる人が

苦痛感じとうたら食べてくれる人に

   もそれは伝わってまう」


奈実樹「それに起きられる時間も人に

    よって違うしな」


樹理「...それは、ごめんなさい...」


奈実樹「わこうてくれればそれでえぇん

    やよ。料理は上手い人が一人居れ

    ば良い訳やない」


奈実樹「それを忘れたらあかんからな」


 ルシェルさんはしょぼりした顔で目を下に逸らす...その水色の瞳から怒られた悲しみとその奥にある微かな反感を感じた。


美紗(まるで褒められたくてしたことが

  怒られた時の子供みたいな感情...。)


奈実樹「...話折ってもうてごめんな、頭痛

    やない感じやったんよね?」


美紗(奈実樹さんもそれに気付いて...)


美紗「やっぱり皆は気づいてなかったん

   ですね...。...言って良いのかな」


雪音「...無理強いは致しません」


美紗「雪音...?」


雪音「...ですが、杏里さんの事をもっと

   知りたいというのは事実です。」


雪音「そのような気持ちを感じている

   私もいます」


 胸に手を当てて、目を閉じる雪音。その言葉には確かに感情が込められていた。


美紗(何で目を閉じちゃうんだろ...。綺麗な

  鼈甲色なのに...けど、今のは...少し

  嬉しかったな)


美紗「...雪音。うん、分かったよ」


樹理「ナミ私達、出て行った方が良いの

   かな...」


美紗「いえ、ただ引かれるのがちょっと

  怖かっただけなので...。柚夏にも

   言ってなかったんですけど...」


美紗「...実は私、人が感じてる感情

   が目で分かるんです」


雪音「...読心術の類いですか?」


美紗「読心術とまではいかないけど、

   目の奥で感じてる感情が何となく

   分かるっていうか」


...でも...、雪音からは...何も感じない


 その瞳には否定も肯定さえも。...初めて雪音を見たときも...そうだった。


 最初見たときはまるで雪音の瞳は宝石のようだ、とそう思った。だから...


美紗「時間もないので...、えっと...食べ

   ながらでいいですか?」


※キャプション


 ほくほくの筑前煮に箸を付けながら、ご飯を食べる。


 ...この筑前煮、本当に...凄く、凄く美味しい。


 ...お店で食べる筑前煮というよりも、まるで...あの時の柚夏と一緒に作った料理と...同じ...、


美紗(...あの時のガドーショコラ、...美味し

  かったな。沢山ナッツが入ってて...

  すごく楽しかった...)


雪音「いつ頂いても、変わらない美味しさ

   ですね」


奈実樹「ありがとうございます※方言」


樹理「筑前煮はナミが作ったんだよ。ナミ

   の作る和食は本当にすっごく

   美味しいんだから!!」


奈実樹「まぁ...和食はなぁ...。洋風料理は

    樹理には到底敵わんよ」


樹理「ううん、私にはこんな味出せない

   から...」


奈実樹「...そんな事、ないけんどね。...

    というか私らが喋べとると

    美紗ちゃん話せへんね」


美紗「あ、...いえ!私、話すより人の話を

   聞くほうが好きなのであまり気に

   しないで下さい」


美紗「えっと...私子供の時から人の瞳を

   見ると、感情が分かって...だから、

   出来るだけ首元を見るようにしてる

   んですけど...」


美紗「...急に立ち上がったりとかしちゃう

   と反射的に見ちゃって、」


美紗「その時、雀さんの瞳から

  『焦燥感に似た、恐怖の感情』を

   感じたんです...」


雪音「成る程...瞳から感情を読み取る事が

   出来る。...という事ですか」


雪音「...確かにその感情の矛盾は、調べて

   みる価値がありそうですね」


美紗「うん...。」


樹理「けど、目を見るだけで感情が分かる

って凄いよねナミ!?そんな凄い

こと隠す必要なんてないのに、」


美紗「けど...人の心って複雑で...混ざって

   る時が多くて。寝不足とかなら話は

   変わりますけど...」


雪音「...感情が思考的だったという事

   でしょうか?」


美紗「思考的かっていうのは難しくて

   わかんないけど...。...雀さん、

   ...でも...」


雪音「...普通ではない。...と?」


美紗「...痛みに慣れてるの前提になっ

   ちゃうんだけど...」


樹理「...SMが趣味なのかな?」


美紗「....そういうの好きな人も居ます

   もんね。...私にはよく分からない

   ですけど」


奈実樹「...樹理、流石にそれは...酷うな

    い?」


美紗「.....、」


美紗「...やっぱりやめておきます。

   こういうのってあんまりよくない

   ことだと思うので...」


雪音「そうですね。美紗さんがそう仰ると

   いうのならそれがきっと正しい

   選択肢なのでしょう」


雪音「...御馳走様でした、とても美味しか

   ったです。明日の体験講習も楽しみ

   にしていますよ」


美紗「...あっ、御馳走様でした!!」


奈実樹「古家の令嬢さんにそう仰って

    頂けるとこちらも鼻が高いな。」


奈実樹「美紗ちゃんもあんがとうな、

    どうもお粗末様でした。」


雪音「そろそろ予鈴も鳴る時間ですね。

   今日は此処までに致しましょう」


樹理「片付けは後で私達がしておくから、

   心配しないでね。」


 そうして、私達はそれぞれお互いの教室に帰って行ったのでした。


※キャプション


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