第39話 ハイド子爵の師

 一階の土間には香炉を置き香木の細粉を用意して何時でも香木の香を愉しめる様にしてある。

 逸れと三本の香木の一本を通路の壁に張り付けておく、木自体の香りも楽しめる様にだ。

 この塔は常に香木の香りに満たされているだろう。

 之にはフィーィやフィーェ達妖精族に大好評で造った甲斐があったよ。

 完成して外部から人が入れない様にする前に魔道具屋から買い集めた魔道ランプを各階に設置し出入り口を封鎖した。

 灯くらい皆使えるけどランプは便利だからね。

 

 エドルマンに頼んで王都内の移動用に二人乗りの馬車と四人乗りの馬車を買って貰った。

 後執事やメイド長達用と買い出し用等複数台買うことになった。

 物入りだねー、貴族って嫌い。

 

 二人乗りとは言え御者は必要だ、一寸チョロ〇ューみたいな感じで笑った。

 驢馬一頭立ての二輪馬車で極めて便利なので重宝している。

 俺の常用馬車は全て円の十時重ねの家紋付きだ、前方左右と後方中央の上部にそれと左右のドアに付けなければならないらしい。

 家紋は小振りで目立たぬ様に配慮したが伯爵位を示す赤い線が二本家紋の下に付いている。

 面倒臭せー、陛下の野郎今に見ていろ!と毒づいておく。

 

 領地受け取り手続き中のハイド子爵の、王都屋敷に陣中見舞いに訪れたが人手不足を歎いている。

 一度俺の所に来て現在教育中の者の中から、ハイド子爵家に仕えても良いと言う者を採用すれば良いと伝える。

 俺の処もベテラン以外は教育中で優秀な希望者を各部署に配置していると教えるとやり方を参考にしたいのでお邪魔するよと嬉しそうだ

 

 手土産の香炉を渡すと不思議そうな顔で眺め、目で問い掛けてくる。

 香炉自体は普通に売られている物だ、火種を用意させナイフの刃で香木を薄く削る。

 窓を閉めさせて削り屑を香炉に入れると柔かな何とも言えない良い香りが漂う。

 

 「ほうー、素晴らしい香りだが何の香木だい」

 

 「妖精香とか妖精木と呼ばれる物だよ」

 

 子爵様香炉を持って固まっていますよ、オーイ帰っておいで。

 

 「領地拝領と陞爵の御礼に宰相閣下を通して陛下に献上すれば良いよ」

 

 そのまま献上しそうなので表にでてナイフで小割にする、一本が幅1センチ角で長さ10センチ程度にし端材は長さ5センチ程に切る。

 ハイド子爵の処に戻り見栄えの良い一本を手渡し残りをハンカチで包むと金庫に仕舞わせた。

 

 「献上品は之一本のみで良いよそれ以上渡しては駄目だからね。その木片の半分も宝物庫に有るか怪しいものだ、そいつを上等な布で包んで宰相閣下に差し出すんだ。宰相閣下も一目見れば察しが尽くからな」

 

 手元不如意に為ったらその半分以下の物をオークションに出すか、商業ギルドに売れば少々の困り事は片付くよ。

 

 執事を呼んでグラスと氷を用意させサランドの酒を呑ませる。

 

 「一息ついたかい。明日辺り宰相閣下に手渡した後、俺の所に来れば良いよ」

 

 「ああ有り難う、お前には何時も驚かされるよ。子爵風情の俺が王家に手渡す御礼の品が有る筈も無く困っていたんだ」

 

 「王家も子爵から贈られる物に期待はしてないから気にする事も無いのに。俺なんてどんな仕返しをして遣ろうかと思案しているのに」

 

 「それはそれで怖いものが在るぞ、陛下も大変だ。明日宰相閣下に渡したら君の所にお邪魔するよ」

 

 ◇  ◇  ◇

 

 ハイド子爵の訪問を受け宰相閣下も領地拝領に対する何時もの儀礼的訪問だと気楽に面会した。

 ハイド子爵が懐から取り出し差し出した物を見て顔色が変わる。

 マジマジと見つめ匂いを嗅いだ後暫し待て、と言って足速に消えた。

 待つこと暫し宰相閣下が香炉を持って帰って来たが後ろには陛下が居る。

 急いで立ち上がり跪こうとするのを陛下が押し止める。

 

 「良い、まぁ座れ」

 

 陛下に言われて恐縮しながら陛下と宰相閣下の前に座る、宰相閣下は香炉に先程の木片を削り落とす。

 

 馥郁たる香りが部屋を満たす、暫しの沈黙

 

 「之は宝物庫行きですね、他国への贈答品に最適です。が、この部屋に2,3ヶ月は他国の使者等を招けませんな」

 

 「ハイド子爵この香木が宝物庫行きの理由が判るかな、2,3ヶ月この部屋にこの香りは残るぞ。良き友を持ったな大事にせよ」

 

 そう言ってニヤニヤ笑いながら陛下は帰って行った、冷や汗が止まらないハイド子爵を残して。

 

 この後の予定を聞かれアルバートの所に行き足りない人手を融通して貰うつもりだと、話すと領地の引き渡し手続きを早くする様にしておくと言われて宰相閣下の下を辞去した。

 

 ハイド子爵が去ると宰相閣下もニヤニヤ笑いが止まらず一日ご機嫌であった。

 

 ◇  ◇  ◇

 

 アルバートの下を訪れたハイド子爵は内装工事中のアルバートの屋敷を見て、エルクハイムの屋敷と殆ど変わらない事にびっくりした。

 キャンプ用のドームの中でお茶を楽しみながら、貧しい者達を教育し良き領民に育てる方法を学んだ。

 

 仕事は一週間働いて一日休みを与え毎週同じ日に休みになる不公平を無くしているし、時には纏まって休みを与えてリフレッシュさせていると聞いた。

 雇えば衣食住の面倒を見るのだが、衣食住は大事でこざっぱりした服装に美味しい食事と良い住環境は大事だ。

 毎日似たような味の食事に狭い部屋で薄汚れた服装は、やる気を無くすものだと言われた。

 そして最も大事なのは公正で在ること、不公平は不平不満の元になり結束を乱すので注意が肝心だとも。

 

 ハイド子爵にはその発想は斬新で領地に行けばその方法で行こうと決める。

 読み書き計算が出来る者は様々な仕事に着けるし役に立つので、目先の教育費用や生活費を払うのを惜しんではならないって言葉は身に染みた。

 

 現在教育中の者達を集めハイド子爵が人を求めている。

 執事見習いからメイド、馬丁・御者・小間使いから庭師・料理人と仕事は多数だ最初は見習からだが真面目に働くなら相応の給金を支払うと約束した。

 衣食住もアルバート伯爵を見習いたいと素直に述べた。

 返事は三日後で良いのでどの仕事に就きたいか王都と領地の二カ所在るので考えておいてくれ、と伝えて帰る。

 

 三日後ハイド子爵は大勢の希望者を前に戸惑っていた、アルバートのやり方なら今は見習でも優秀な者を簡単に集め使う事が出来る。

 益々アルバートに聞いた話を忘れず実践して行かねばと誓う。

 

 多種多様な仕事希望者20数名を連れて子爵邸に帰ったハイド子爵は、先ず最初に使用人の食事を毎回味見して満足出来るかの確認であった。

 次に衣服は常に清潔で在るか住まいの住み心地はどうかを調べ不備は執事を呼び付け改めさせた。

 

 使用人で勉強が足りない者には教育を施し、万が一解雇されても読み書き計算が出来れば何処に行っても仕事に着けるからと諭した。

 以前からの使用人の態度も変わり皆生き生きと仕事をしているのが判るのは、信頼の証だと素直に嬉しかった。

 

 アルバートの言った言葉で一番心に沁みたのは領民が潤えば領地も潤い領主も潤うと言った言葉だ。

 領民から絞り取れば領主は潤うが領民と領地は疲弊するのは目に見えている自明の理だ。

 あの若さであの見識は恐るべきものが在る、しかもアルバートには権勢欲や名誉欲が無い。

 エルゴア王国にとって最大の幸運だ。

 

 逸れから間もなくしてヨルム・ハイド子爵の下に、領地アラモナの引き渡し書類が届いた。

 ハイド子爵はアルバートの下を訪れアラモナでの運営に付いて意見を求めた。

 新たに連れて行く使用人と元の使用人との融和や領民に対する統治の方法の心構えを知りたかったのだ。

 

 アルバートに対し子供だとか領地も持たない等の偏見は元より無かった、卓越した慧眼に恐れすら抱いていたが学ぶ事の多さに師事した。

 領地では常に公平であり紛争に際し両者の意見を聞き必ず検証確認をする事が第一だと。

 一方の意見や愚痴を聴き続ければ必ず判断が偏るから注意せよ。

 

 貧者から富裕者迄広く意見を求めて常に検証せよ、検証無き判断は愚かなり。

 意見が対立したら両者の利益関係を先ず調べよ。

 常に我が利益を望まず相手と自分では無く相手と自分と世間(領地)の三方に利益を求めて、自らの利益のみの追求は控えよと教えてくれた。

 新しい使用人を求めた時の心構えを忘れなければ余り心配する事も無いだろうと笑われた。

 

 子爵として伯爵に対する礼を取ろうとするが拒否されたが師と仰ぐに相応しい男だ。

 彼の教えを胸に領地を赴く事にする。

 心強いのは彼がアラモナが見て見たいので暫くしたら訪れると言ってくれた事である。

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