第35話 シャイマール侯爵
ベルーノ商会のダガルドとその護衛達を王都に送り出して間もなく、エスコンティ伯爵も国王陛下要望のサランドの酒を携えて王都に向かった。
宰相に面会の筈が同席した陛下を交えて試飲と言う名の飲み会になってしまった。
その席で陛下と宰相が伯爵の送り付けたダガルド達の取り調べ状況を教えてくれた。
ダガルド達の供述に依ってベルーノの捕縛は確定しているが迂闊に動けない、捕縛をシャイマール侯爵に知られれば証拠類を処分されて知らぬ存ぜぬで逃げられる。
名案は無いかと問われ伯爵はニヤリと笑ってサランドの酒を持ち上げて飲み会に御招待しましょうと提案する。
◇ ◇ ◇
その日シャイマール侯爵は御機嫌で王宮に向かった、宰相閣下から日頃の忠誠に対して陛下から内々に御褒美が下されると連絡が有ったのだ。
シャイマール侯爵が馬車で侯爵邸を出ると貴族街の一角から、ファイアーボールが一発ベルーノ商会の方角に向かって打ち出された。
ファイアーボールのポンといった軽い爆発音と共に、ベルーノ商会を遠巻きに待機していた衛兵や王都警備隊の面々が一斉にベルーノ商会に向かって走り出す。
「王都警備隊で在る、ベルーノ商会会長のベルーノの捕縛命令が出ているベルーノの所に案内せよ!」
有無を言わさぬ命令に商会の使用人が慌てるが殺気だった衛兵に逆らえる筈もなくベルーノの所に案内する。
ベルーノは執務室でのんびりお茶を飲んでいたが王都警備隊に依って身柄を拘束された。
同時にベルーノ商会の前の路上から貴族街に向かってファイアーボールが打ち上げられる。
エスコンティ伯爵邸や周辺の信頼出来る貴族の屋敷に待機していた一団と、王宮から駆け付けた国軍の一団に依ってシャイマール侯爵邸は封鎖され家族や使用人は軟禁状態におかれた。
一方宰相の応接室で御機嫌のシャイマール侯爵閣下は、突然現れた国王陛下に跪き挨拶を述べようとして止められる。
国王陛下の左右に各二名、跪くシャイマール侯爵の背後と左右に各四名の近衛騎士が抜刀して控える。
流石にシャイマール侯爵も顔色が変わる。
「へっ陛下何事にごご御座いますか」
「今ベルーノ商会に王都警備隊が踏み込んでベルーノを捕縛した。理由は判るな」
瞬時に顔色が青ざめたシャイマール侯爵だが即座に否定する。
「ベルーノ商会の会長とは面識が有りますが、捕縛される様な者には見えませんですが」
「ああダガルドは知っているな。お前がベルーノに依頼し、ベルーノはダガルドを使ってアルバートの所に乗り込んだ。此処まで言えば理解出来よう」
「ダガルドとは何者ですか知らぬ名ですが」
「ダガルドはお前の人相や黒子の位置まで知っていたがな。それにお前の屋敷の執務室の内装を詳しく教えてくれたよ。壁に掛かる肖像画の配置までな。既にお前の屋敷は王都警備隊と王国騎士団に依って押さえている。お前の執務室は警備隊の面々が調べているし執事や冒険者上がりの用心棒に聞けばベラベラ喋るだろうから気にするな」
震えるシャイマール侯爵がぶつぶつと何故だどうしてと言っている。
「シャイマールお前は俺がアルバートと謁見の時や敕令を発した時にくどい程言った事を何一つ聞いていなかったな」
ベルーノ商会ではベルーノと護衛達と番頭達が警備隊に連行され、残りの使用人達は店内で取り調べられていた。
警備隊の取り調べ室でベルーノは我が身の潔白を滔々と述べていたが、ダガルドを捕らえて締め上げたらペラペラ喋ったぞと教えると黙り込んだ。
「先ずお前の店の隠し部屋通路金庫等の位置を教えろ。ダガルドに聞いてはいるがそれ以外にも在るだろう。素直に喋るか身体に聞くか選べ!」
「ふん!、勝手に調べろ!」
「おぉ良い覚悟だ、ダガルドやダガルドの護衛達もその覚悟だったのだろう。両耳を焼けた刀で切り落とされ目を潰されてペラぺラ喋ったとさ。一人だけ喋ら無かった奴は犯罪奴隷にもならない程痛められていたぞ」
睨み付けるベルーノに取り調べ担当者は楽しそうに笑って付け加える。
「あぁシャイマール侯爵も王宮で拘束されて居るから助けは期待するな」
初めてベルーノの顔に焦りが浮かぶ。
「喋る気になるまでじっくりやろうか、俺達はダガルド達を取り調べた者より優しいから時間は掛かるがしつこいぞ」
合図と共にベルーノは衣服を剥ぎ取られ下着だけで頑丈な椅子に縛り付けられた。
「之からは専門の者に代わる、喋る気になったらそいつに言えば俺が来るからな」
そう言って出て行った、次に会うのは筆頭番頭だ。
ダガルド捕縛と取り調べにより大筋は分かっている、ベルーノも捕らえたし後ろ盾のシャイマール侯爵も今頃王宮で捕縛されている頃だから諦めろ。
素直に喋るなら痛い思いはせずに済むがどうすると聞くと知っている事は全て話すと言ったので取り調べ開始。
先ず隠し部屋通路金庫等の位置、次にベルーノのが使用人以外に雇っている者の名前と住み家。
裏で繋がっている貴族や商家と禁制品の扱いは無いかと多義にわたる。
裏で繋がる貴族の名前は即座に宰相の下に送られ、後は宰相の手腕に委ねられる。
禁制品の確認や押収に関係者の捕縛と大忙しである。
一時は王都が騒然としていたが騒ぎの元がベルーノ商会と知って、即座に姿を隠した者も多数いたがやがて騒ぎは鎮静化していった
王宮の一室ではベルーノを取り調べている警備隊から、関係貴族の名前や容疑と繋がりの有無等々が判り次第逐一報告されて来る。
それを纏め推測し確認と緻密な作業が続く傍らで、国王とエスコンティ伯爵がのんびりとお茶を飲んでいる。
◇ ◇ ◇
「そろそろ何か褒美の一つも受け取って貰わねば、国王としての器量が問われるのだよ伯爵」
「献上品に対する礼は不相応な程頂いていますが、それ以外に報償に値する事はしておりません」
「茶番劇に妖精族との和解そしてシャイマール侯爵捕縛に至る数々だ」
「はて、それはアルバートに由来する事ばかりです。私は巻き込まれた被害者ですよ」
「アルバートに地位や名誉を与えれば逃げ出すのは必死。そのアルバートを見出だしたエスコンティ伯爵の見識こそ陞爵に値する第一位だ。それにな馬鹿共のせいで爵位が余っているのだ、助けると思って陞爵を受けてくれ」
「アルバートを見出だしたと言われるなら功の第一は私の側近の男爵です。彼は私の持つ男爵位付与の権限で男爵として私の側近にしています。彼を陞爵させ領地を与えて貰えませんか」
「エスコンティ伯爵アルバートはそのハイド男爵とどの程度の親密度ですかな」
オーセン宰相がいきなり話を振ってきた、顔がにやついている。
「僻地の村で出会ってからですから私より付き合いは長いですし気さくな間柄です」
「陛下アルバートに陞爵を受けて貰う良い案が有ります」
宰相が悪い笑みで陛下に語りかけ、身を乗り出す国王陛下。
アルバートを見出だし友誼結んだハイド男爵の先見の明は陞爵し領地を与えるに値する。
だがエルクハイム救援、妖精族との和解、シャイマール侯爵とベルーノ商会の摘発、と功第一で在るアルバートが何の報償も受け取らねば他者に賞を与える訳には行かないのだと。
ハイド男爵を陞爵させる為には先ずアルバートを授爵しなければならないが嫌だろうから、建前として年金貴族とし領地は無し王都に屋敷を下賜するだけの条件で受けて貰う。
如何なる義務も負わなくて良く今まで通り勝手気ままに暮らすが良いと請け合えば良いのです。
そして嫌になれば勝手に国を出て行っても良いと一筆入れましょう。
「陛下アルバートはエルクハイムの住人ですぞ、勝手な引き抜きは止して頂きたい」
エスコンティ伯爵の抗議に宰相は別に王都に住む事を強制しませんエルクハイムに屋敷が在るのは重々承知しています。
授爵式は不要です陛下に対し跪く必用が在りますから、式を行おうとすれば逃げだし兼ねません爵位と屋敷を与えるだけです。
ハイド男爵の陞爵の際に告知するだけで宜しいかと。
国王陛下が嬉しそうに笑っているが妥当な駆け引きか不安である。
さてアルバートを王都に呼び寄せる理由がいるな、ハイド男爵陞爵にはお前の協力が必用なので王都までハイド男爵と同道して貰いたいで良いか。
伯爵様も苦労が絶えません。
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