第36話 バイカル子爵

 エルクハイムの伯爵邸にハイド男爵宛て王家の紋章入り書状が届いた、エスコンティ伯爵の推薦に依りハイド男爵を子爵に陞爵するべく王宮に出頭せよとある。

 追記として拠ん所無い事情でハイド男爵陞爵に際し功労者の一人で在るアルバートの立ち会いが必用なので必ず同道せよと在った。

 

 アルバートに書状を見せ王都への同道を依頼すると書状を睨みつけていた。

 

 「どうも臭い、陛下と宰相の罠が有りそうだ伯爵も一枚噛んでるのは間違いない、俺の立ち合いが無ければ男爵の陞爵は無いと書いてあるのと同じだぞ」

 

 と言いだしたがアルバートが立ち合いを断ればハイド男爵の陞爵は成らずとなれば渋々ながら同道せざるを得ない。

 ハイド男爵陞爵の為に王都への旅は伯爵家の馬車を使う訳にはいかずアルバートの馬車で行くことにした。

 護衛は何時ものウーニャ以下六名で良し、コステロに頼んで八名で一月分のスープやパンサラダ等急いで用意して貰った。

 

 出立の準備は四日後には整い急ぎ王都へと旅立つ、書状には来月の一の週三の日に出頭せよと在ったので残り20日だから到着後の準備の為の余裕を見ればぎりぎりで在る。

 旅は日の出と共に走り出し日没前にキャンプ地を定めてドームを造る前回と同じ方法だ。

 周囲を高い塀で囲いドームの中でのんびりと過ごす、野獣に襲われる心配も要らず見張りも不要である。

 ハイド男爵が呆れている、之なら一人で暗闇の森でも安心して寝ていられる訳だとね。

 

 王都には10日で着いた。

 城門の貴族専用通路を進むと又もや止められたが、御者席のキューロが王家の命に依り参上したと告げると、簡単な手続きで通された。

 無事ハイド男爵をエスコンティ伯爵邸に送り届け、俺達はシリエラホテルに投宿すると伝える。

 

 伯爵様が部屋は用意して有ると引き止められたが、陛下や宰相が何か企んでいるので何時でも脱出出来る様にホテルにすると断る。

 それに伯爵邸に宿泊するとウーニャ達の肩が凝るし俺も気楽に王都の街を散策出来ないので之ばかりは譲れない。

 

 伯爵様も王宮に出向く時には迎えに来ることを条件に諦めたようだ。

 

 シリエラホテルに行くと支配人直々に部屋の手配をしてくれたよ。

 暫く暇になるから小遣いにと金貨五枚を各々に渡すと、ウーニャ達が王都は初めてのキューロとエミリーを連れて街の散策に出て行った。

 

 夕食は食堂でとる事にし部屋付きのメイドに、サランドの酒を冷やしておく様に指示し良く冷やした水もと頼む。

 

 ウーニャ達が帰って来たので揃って食堂に移動する、ど真ん中の席だよ。

 あれだ以前宰相閣下が訪ねて来て以後、宿泊費は王家持ちになったから上客に分類されたかな。


 席に着くとウェイターがワゴンを押してやって来る、氷の詰まった小さな木桶にはサランドの酒が冷えている。

 ウェイターがどの様にしましょうかと尋ねるので酒と水を同量でと注文、各自にグラスが行き渡り軽くグラスを掲げて無事王都到着を祝して乾杯。

 皆で香と味のハーモニーを楽しんでいると。

 

 「おい貴様その酒を何処で手に入れた」

 

 嫌な怒声というか罵声が聞こえる。

 振り向くとゴテゴテのお貴族様といった服装のあばた面の男が俺を睨んでいる。

 後には護衛と思われる二人の男、立ち上がろうとするウーニャ達を手で押さえ。

 

 「貴様とは私の事ですか」

 

 「そうだ小僧貴様の呑んでいる酒を何処で手に入れたか聞いている。答えろ!」

 

 「貴方はどなたですか、見知らぬ者に貴様呼ばわりされる覚えは在りませんが」

 

 「儂を知らんのか」

 

 「存じません。後尊名を伺いたいものですね」

 

 「マグレード・V・バイカルだ」

 

 「之は、子爵閣下で御座いますか、では私をご存知ですよね。子爵風情に貴様呼ばわりされる言われは無いぞ!」

 

 でたー、らのべのお約束ワクテカです。

 あれっ、顔が引き攣って声が出ない様ですが大丈夫かなぁ額の血管切れたら大変だよー。

 煽り耐性が低いのかな。

 

 「もう一度行ってみよ」

 

 おーぉ茹で上がる寸前だぜ。

 

 「子爵と名乗るなら俺の顔を知っている筈だと言ったんだ、マグレード・V・バイカル殿。知らないなら貴族を詐称した罪は重いぞ」

 

 後の護衛達が俺の思わぬ言葉に動くに動けぬ様子だ。

 

 「先日の敕令発布の時、謁見の時エスコンティ伯爵と並んで立っていた俺を貴族として列席したのなら顔を見知っている筈だ」

 

 マグレードの奴、必死で思いだそうとしてブツブツ言ってるよ。

 

 「敕令、謁見の時、エスコンティ伯爵、黒髪黒目・・・黒髪黒目の小僧」

 

 「その小僧だマグレード、たかだか子爵風情のお前に貴様呼ばわりされる言われは無い」

 

 「謁見の場で呆けて立っていた貴族でも無い小僧が大層な口を叩くな、貴族に逆らった事を後悔させてやろう」

 

 「動くな!」

 

 軽く殺気を飛ばし、剣に手を掛けた護衛の動きを止める。

 

 「マグレードお前は国王陛下の言葉も宰相閣下の言葉も何一つ聞いちゃいないのだな」

 

 どやどやと荒々しい靴音と共に王都警備隊の到着だ、責任者らしき男が俺の前に立ちビシッと音のするような敬礼をする。

 

 「アルバート様ですね、如何なさいましたか」

 

 俺を知っているらしい男に何処かで在ったかなと問えば、王都の入口で俺の通行手形を確認した事が有るらしい。

 

 「この男、マグレード・V・バイカルと名乗ったが身分詐称の疑いが有る。宰相に確認するから逸れまで拘束しておいて貰えるか」

 

 引きずられて行く自称マグレード・バイカル子爵殿とその護衛達、責任者らしき男は苦笑いしているがどうも奴を知っているようだ。

 まっ事の顛末を書面にして宰相陛下に丸投げだ、俺を嵌めようとしているから面倒事を押し付ける楽しい間柄ってことですね。

 

 支配人を呼んで書面を認め王宮へ届けて貰う。

 宛先は宰相閣下、差出人はアルバートで察するだろう。

 

 少し遅れたが夕食を始める。

 酒を呑み旨いお肉を頬張りながらエミリーが

 

 「いやーアルの煽りの巧みな事笑っちゃうね」

 「嫌な野郎だがアルに掛かると憐れになるから不思議だよな」

 「アル、本物の貴族様と知ってて煽ったろ」

 「キルザなんて素知らぬ顔で一人で呑んでいるもんねー」

 「俺達が貴族様相手にあれをやれば即座に切り捨てられるわ、怖い怖い」

 

 皆好き勝手言ってくれるよ、怖かったのにグスンって無視するな!

 ハプニングが在ったが楽しい夕食も終わり安らかに夢の中へダイブ

 

 昼過ぎに宰相閣下から折り返しの書面が届く、

 マグレード・バイカル子爵を警備隊より引取り取り調べ中なり。

 以前より貴族の権威を振り翳し横暴なる振る舞い多く目を付けていたと、今回アルバートに対する暴言は陛下や宰相の再三に亘る指示を無視した事許し難く良くて降格取り調べの結果次第では爵位剥奪も在りと書いてある。

 

 翌日再び書面が届く、王宮にて面談の御希望だとよ、如何なる罠を仕掛けて来たかな。

 ウーニャ達と遅めの朝食を済ませて迎えの馬車を待つ、宰相応接室に行くと宰相一人だ拍子抜けな気分だよ。

 

 「エスコンティ伯爵を侯爵に陞爵しハイド男爵を子爵に陞爵し領地を与えたいが功第一の君が無冠では彼等を陞爵したり領地を与えては他の貴族に示しが付かないのだ。

 逸れと君の御蔭で爵位が余って困っているのだよ、領地経営とか領民や税収など面倒事は必要ない年金貴族位で良いから受けてくれ。

 年金貴族なら爵位と屋敷を貰うだけで今まで通り好き勝手していて良いから。

 君の為の授爵式は行わないから頼むよ」

 

 やはりそう来たか、まっ予想外では無いし嫌になればポイして逃げるか。

 

 「どうせ嫌になれば逃げる気だろう、国王陛下も君を拘束出来るとは思っていないから受けるだけ受けてくれ。エスコンティ伯爵とハイド男爵の後が支えているのだ頼むよ」

 

 拝み倒され爵位は何時でも返還可能で如何なる行動も制限しないとの約束で受ける事に為った。

 

 「有り難い。君の功績で陞爵する、エスコンティ伯爵とハイド男爵の陞爵の式典は見届けてくれよ」 

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