第30話 バイカル子爵

 睨み付けるベルーノに、取り調べ担当者は楽しそうに笑って付け加える。

 

 「あぁ、シャイニー候爵も王宮で拘束されているので、助けは期待するな」

 

 そう聞かされて、初めてベルーノの顔に焦りの色が浮かぶ。

 

 「喋る気になるまでじっくりやろうか。俺達はダガルド達を取り調べた者より優しいので、時間は掛かるがしつこいぞ」

 

 合図と共にベルーノは衣服を剥ぎ取られ下着だけで頑丈な椅子に縛り付けられた。

 

 「これからは専門の者に替わるが、喋る気になったらそいつに言え。俺が聞いてやる。素直に喋るのなら痛い思いはせずに済むが、どうする」


 「逃げ道は潰されているのか。どう足掻いても犯罪奴隷なら、楽な方を選ぶさ」


 ベルーノが、あっさりと調べに応じると答えたので、取調官も拍子抜け。


 先ず隠し部屋や逃走用の通路と金庫等の位置、次にベルーノが使用人以外に雇っている者の名前と住み家。

 裏で繋がっている貴族や商家と、禁制品の扱いは無いかと多義にわたる。

 裏で繋がる貴族の名前は即座にオーセン宰相の下に送られ、後は宰相の手腕に委ねられる。

 禁制品の確認や押収と、関係者の捕縛と大忙しである。

 

 一時は王都が騒然としていたが、騒ぎの元がベルーノ商会と知り即座に姿を隠した者も多数いたが、やがて騒ぎは鎮静化していった。


 * * * * * * * *


 王宮の一室では、ベルーノを取り調べている係員より、関係貴族の名前や容疑と繋がりの有無等が、判り次第逐一報告されて来る。

  それを纏め推測し確認と緻密な作業が続く傍らで、国王とエスコンティ伯爵がのんびりとお茶を飲んでいる。


 「そろそろ何か褒美の一つも受け取って貰わねば、国王としての器量が問われるのだよ伯爵」

 

 「献上品に対する謝礼は、不相応な程頂いておりますが、それ以外に報償に値する事はしておりません」

 

 「茶番劇に妖精族との和解、そしてシャイニー候爵捕縛に至る数々だ」

 

 「はて、それはアルバートに由来する事ばかりです。私は巻き込まれた被害者ですよ」

 

 「アルバートに地位や名誉を与えれば、逃げ出すのは必死。そのアルバートを見出だした、エスコンティ伯爵の見識こそ陞爵に値する第一位だ。馬鹿共のせいで爵位が余っているのだ、助けると思って陞爵を受けてくれ」

 

 「アルバートを見出だしたといわれるなら、功の第一は私の側近の男爵です。彼は私の持つ男爵位付与の権限で男爵として私の側近にしています。彼を陞爵させ領地を与えて貰えませんか」

 

 「エスコンティ伯爵、彼はそのハイド男爵とどの程度の親密度ですかな」

 

 オーセン宰相がいきなり話を振ってきた、顔がにやついている。

 

 「僻地の村で出会ってからですので私より付き合いは長いですし、気さくな間柄です」

 

 「陛下、アルバートに爵位を受けて貰う良い案が有ります」

 

 宰相が悪い笑みで陛下に語りかけ、身を乗り出す国王。

 アルバートを見出だし友誼結んだハイド男爵の先見の明は、爵位と領地を与えるに値する。


 だがエルクハイム救援、妖精族との和解、シャイニー候爵とベルーノ商会の摘発と、功第一であるアルバートが何の報償も受け取らなければ、他者に賞を与える訳には行かないのだと。

 

 ハイド男爵を陞爵させる為には、先ずアルバートに爵位を授けねばならない。 彼は嫌がるだろうから、建前として年金貴族とし領地は無しで王都に屋敷を下賜するだけの条件で受けて貰う。

 如何なる義務も負わなくて良く、今まで通り勝手気ままに暮らすが良いと約すれば良いのです。

 そして嫌になれば勝手に国を出て行っても良いと一筆入れましょう。

 

 「陛下アルバートはエルクハイムの住人ですぞ、勝手な引き抜きは止して頂きたい」

 

 エスコンティ伯爵の抗議に宰相は別に王都に住む事を強制しません。

 エルクハイムに屋敷が在るのは重々承知しています。

 授爵式は不要です、陛下に対し跪く必用がありますので、式を行おうとすれば逃げだし兼ねません。

 爵位と屋敷を与えるだけですので、ハイド男爵の陞爵の際に告知するだけで宜しいかと。

 宰相の言葉を聞き国王陛下が嬉しそうに笑っているが、妥当な駆け引きか不安である。

 

 だが話が決まってしまえば、アルバートを王都に呼び寄せる理由がいる。

 ハイド男爵の陞爵には、お前の協力が必用なので王都までハイド男爵と同道して貰いたいで良いか。


 エルクハイムの伯爵邸に、ハイド男爵宛てた王家の紋章入り書状が届いた。

 エスコンティ伯爵の推薦により、ハイド男爵を子爵に陞爵するべく王宮に出頭せよとある。

 追記として、ハイド男爵陞爵に際し功労者の一人であるアルバートの立ち会いが必用なので、必ず同道せよと記されていた。

 

 ハイド男爵がアルバートに書状を見せ、王都への同道を依頼すると書状を睨みつけていた。

 

 「どうも臭い、陛下と宰相の罠が有りそうだが、伯爵も一枚噛んでるのは間違いない。俺の立ち合いが無ければ、男爵の陞爵は無いと書いているのと同じだぞ」

 

 アルバートが立ち合いを断ればハイド男爵の陞爵は成らずとなれば、渋々ながら同道せざるを得ない。

 ハイド男爵陞爵の為にとなれば、王都への旅は伯爵家の馬車を使う訳にはいかずアルバートの馬車で行くことにした。

 護衛は何時ものウーニャ以下六名で良し、コステロに頼んで六名で一月分のスープやパンサラダ等急いで用意してもらった。

 

 出立の準備は四日後には整い急ぎ王都へと旅立つ。

 書状には来月の一の週三の日に出頭せよとあったので、残り20日なので到着後の準備の為の余裕を見ればぎりぎりで在る。

 旅は日の出と共に走り出し、日没前にキャンプ地を定めてドームを造る前回と同じ方法だ。

 周囲を高い塀で囲いドームの中でのんびりと過ごし、野獣に襲われる心配も要らず見張りも不要である。

 ハイド男爵が呆れている。


 「これなら一人で暗闇の森でも安心して寝ていられる訳だ」と呟いている。


 * * * * * * * *


 王都には10日で着いた。

 城門の貴族専用通路を進むと又もや止められたが、御者席のキューロが王家の命に依り参上したと告げると、簡単な手続きで通された。

 無事ハイド男爵をエスコンティ伯爵邸に送り届け、俺達はシリエラホテルに投宿すると伝える。

 

 伯爵様に部屋は用意していると引き止められたが、陛下や宰相が何か企んでいるので何時でも脱出出来る様にホテルにすると断る。

 それに伯爵邸に宿泊するとウーニャ達の肩が凝るし俺も気楽に王都の街を散策出来ないのでこればかりは譲れない。

 

 伯爵様も、王宮に出向く時には迎えに来ることを条件に諦めたようだ。

 

 シリエラホテルに行くと、支配人直々に部屋の手配をしてくれたよ。

 暫く暇になるから小遣いにと金貨五枚を各々に渡すと、ウーニャ達が王都は初めてのキューロとエミリーを連れて街の散策に出て行った。

 

 夕食は食堂でとる事にし部屋付きのメイドに、サランドの酒を冷やして措く様に指示し良く冷やした水も頼む。

 

 ウーニャ達が帰って来たので揃って食堂に移動する、ど真ん中の席だよ。

 あれだ、以前オーセン宰相が訪ねて来て以来、宿泊費は王家持ちになったから上客に分類されたのかな。


 席に着くとウェイターがワゴンを押してやって来る。

 氷の詰まった小さな木桶には、サランドの酒が冷えている。

 ウェイターがどの様に致しましょうかと尋ねるので、酒と水を同量でと注文、各自にグラスが行き渡り軽くグラスを掲げて無事王都到着を祝して乾杯。

 皆で香と味のハーモニーを楽しんでいると。

 

 「おい貴様その酒を何処で手に入れた!」

 

 嫌な怒声というか罵声が食堂に響く。

 振り向くと、ゴテゴテのお貴族様といった服装のあばた面の男が、俺を睨んでいる。

 後には護衛と思われる二人の男、立ち上がろうとするウーニャ達を手で制する。

 

 「貴様とは・・・私の事ですか?」

 

 「そうだ小僧、貴様の呑んでいる酒を何処で手に入れたかと聞いている! 答えろ!」

 

 「貴方はどなたですか? 見知らぬ者に貴様呼ばわりされる覚えはありませんが」

 

 「儂を知らんのか」

 

 「存じません。後尊名を伺いたいものですね」

 

 「マグレード・バイカル子爵だ」

 

 「これはこれは、子爵閣下で御座いますか。では私をご存知ですよね。子爵風情に、貴様呼ばわりされるいわれは無いぞ!」

 

 あれっ、顔が引き攣って声が出ない様ですが大丈夫かなぁ。

 額の血管が切れたら大変だよー、煽り耐性が低いのかな。

 

 「もう一度言ってみよ!」

 

 お~お、茹で上がる寸前だぜ。

 

 「子爵と名乗るなら俺の顔を知っている筈だと言ったんだ、マグレード・バイカル殿。知らないのなら子爵位を詐称したと見做すぞ」

 

 後の護衛達が、俺の思わぬ言葉に動くに動けぬ様子だ。

 

 「先日の敕令発布の時、謁見の時エスコンティ伯爵と並んで立っていた俺を貴族として列席したのなら顔を見知っている筈だ」

 

 マグレードの奴、必死で思いだそうとしてブツブツ言っているよ。

 

 「敕令、謁見の時、エスコンティ伯爵、黒髪黒目・・・黒髪黒目の小僧」

 

 「その小僧だ、マグレード。たかだか子爵風情のお前に、貴様呼ばわりされる言われは無い」

 

 「謁見の場で呆けて立っていた、貴族でも無い小僧が大層な口を叩くな! 貴族に逆らった事を後悔させてやろう」

 

 「動くな!」

 

 剣に手を掛けた護衛達に、殺意を浴びせて動きを止める。


 「マグレード、お前は国王陛下の言葉も宰相閣下の言葉も何一つ聞いちゃいなかったのだな」

 

 どやどやと荒々しい靴音と共に王都警備隊の到着だ、責任者らしき男が俺の前に立ちビシッと音のするような敬礼をする。

 

 「アルバート様ですね、如何なさいましたか」

 

 俺を知っているらしい男に何処かで合ったかと問えば、王都の入口で俺の身分証を確認した事が有るらしい。

 

 「この男、マグレード・バイカル子爵と名乗ったが、身分詐称の疑いが有る。オーセン宰相に確認するので、逸れまで拘束しておいてもらえるか」

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