第6話 領主の館

 表の通りには田舎者の俺にでも解る、地味だが金の掛かった馬車が停まっていた。

 御者席から如何にも見習い執事風の男が降り立ちドアを開けると、ハイド男爵が乗り込み後に続いて馬車に乗る。

 

 「緊張しなくても良いぞ」

 

 気楽に声を掛けて来るが、あんたの様に肩書を振り回さない相手なら良いなと思っているのさ。

 あの辺境の村でさえ、立場の上下で態度や言葉使いが煩さかったからなぁ。

 そんな事を考えながら馬車に揺られること数十分、高い石塀を巡らせた門の前に着いた。

 門が開くと両脇に控える兵士の敬礼を受けて馬車が進む。

 

 停まったのは正面玄関、こちらの世界では何と言うのか知らないが溜め息がでる。

 ハイド男爵が笑いながら、どうしたと聞いてくる。

 

 「俺の様な辺境育ちの子供を迎えるのに、正面出入口を使うのか? 通用口か裏門の筈だが」

 

 「それは男爵の俺が招き、館の主たる伯爵様も客として迎えると言われたからだ」

 

 「それは有り難がたいことで、面倒事の予感しかしないのだが」

 

 先ほどの男がドアを開けると、ドアの前にこれぞ執事と言った身なりの男が立ち左右に二人ずつメイドが控える。

 

 「アルバート様、ようこそお越し下さいました。執事のナリヤードで御座います」

 

 頭を下げる執事と共に左右のメイド達が深々と頭を下げる。

 

 「執務室で良いか」

 

 ハイド男爵が気軽に声を掛ける。

 

 「はい、到着次第お通しする様にと仰せつかっております」

 

 そう言って執事のナリヤードが歩き出す。

 玄関ホール正面の階段を上がり、長い廊下を何度か曲がって豪華なドアの前にたどり着く。

 ナリヤードがノックと共に「アルバート様をお連れしました」と高らかに告げる。

 

 〈入れ〉の声と共に執事がドアを押し開けて中に入り、脇に佇み頭を下げる。

 うわー、まんまラノベの世界じゃね、などと馬鹿な事を考えて立ち竦んでいると肩を軽く押された。

 

 窓辺に豪華な衣装に身を包んだ高身長の男が立っている。

 

 「アルバートか良く来たな」

 

 渋い声と共に振り返った男は漆黒の髪に赤い瞳で頭には角が有った。

 角をマジマジと見てしまったが、伯爵は笑いながら角は珍しいかと呟き近づいて来て。

 

 「アルバート、俺がカナード・エスコンティだ、伯爵位を賜っている」

 

 「ナムラード村のアルバートです。お招きにより参上致しました」

 

 気さくな感じの伯爵に好感を持ったので、最低限の礼儀は必要だと頭を下げて丁寧に挨拶をする。

 この領主好感度高いな、等と不遜な事を考えながらの挨拶である。


 座ってくれと示されたのは、応接セットの超豪華版といった感じのソファーだ。

 エスコンティ伯爵と向かい合って座ると、メイドがお茶を入れてくれる。

 

 「君に来て貰ったのは、ナムラード村で造った塀について興味が有ったのだが、冒険者ギルドに提出した物にも興味が涌いてね」

 

 「土魔法使いなら多少の差はあれ、あれ位は出来るんじゃないですか」

 

 こりゃー面倒な事になりそうだと考えながら返事をすると、君の能力を見た上でエルクハイムの城壁の改修を頼みたい。

 勿論適正な報酬は払うつもりだと言われ、報酬しだいでは受けても良いと答えて土魔法を見せる事になった。

 

 館に隣接した兵士の訓練場にいくと、数百m四方の練兵場には人影が無い。

 不思議に思い尋ねると、此処で起こる事に気づかれない様に訓練場が見えない所へ移動させているとの事。

 今は実戦形式の訓練させているので、此方に気を向ける暇は無いはずだと言われた。

 南無、兵士の成仏を祈る。

 

 「力を見せるのに要望は有りますか」

 

 「君の自由に使ってくれ」

 

 エスコンティ伯爵の言葉に、練兵場の中央に行き伯爵、ハイド男爵と護衛の騎士と執事を囲む様に1m程の手摺りを造る。


 「少し揺れるかも知れませんが、御勘弁を」


 そう断って足元を10m程持ち上げる。

 直径3mの円柱が出来ているが中に立つ彼らには判らない、少し景色が変わった位だろう。


 「練兵場の周囲を見ていて下さい」


 一声掛けて指差し、指差した所から外周に沿って一気に土魔法の槍を造って行く。

 高さ約10m太さ1mの槍が数百本、時間にして約1分位かな。


 「もう一度」


 再度数百本の土の槍を造る。

 声も無く見ている皆を下に降ろして出来上がった槍の所に連れて行く。


 「どうぞ確かめて下さい」


 「強度確認出来る物を別に造ります」


 ハイド男爵が、惚けているエスコンティ伯爵に声を掛け練兵場を一周する。

 30分程掛けて一周して来たので、許しを得て消滅させて地ならしをする。


 練兵場の片隅に連れて行き、強度確認用の高さ10m横15m厚さ20cmの壁を造り、左隣に強度を落とした同じ壁をもう一つ造る。

 裏に回って太さ30cm高さ5mの石柱を一本、少し離して強度を落とした同じ石柱をもう一本造る。

 不思議そうな顔の伯爵様ご一行に説明。

 

 右の壁は持てる能力の最大で造った物、左の壁は強度を落としているが普通の石材よりは固い物だと説明する。

 裏に有る石柱も向かって右は魔力最大で強固な物、左は石材より固い物と説明する。


 「後はお抱えの魔法使いに命じて、存分に攻撃させ強度を確かめて下さい。石柱は腕自慢の方の試し切りにご使用下さい」


 些か皮肉混じりに説明をした。


 「どうして周囲の土の槍を消したのか」


 「あんな物が残っていれば、どんな騒ぎになるかご存知でしょう」


 苦笑いと共に納得して頂けて幸です。


 護衛騎士にお抱え魔法使いを呼びに行かせる。

 呼ばれてやって来た魔法使い達に最大の魔法攻撃をやらせ、複数人での一斉魔法攻撃の後、騎士に命じて石柱へ斬激を加えさせるも皹一つ付かない。


 「凄まじい能力だが壁なら一日でどれ位築けるのか」

 

 「高さや厚さにも依りますが、数百mって所ですかね」

 

 本当の能力は教える気が無いが、ハイド男爵がある程度知っているのでその範囲内で答える。

 

 「今有る城壁の強度を上げるだけなら、一日で出来ますよ」

 

 しれっと答えてお茶を飲む。

 

 「これだけの能力が有れば、暗闇の森で狩りが出来るのも納得だな」

 

 「暗闇の森?」

 

 「知らな狩ったのか? 君が倒してきた魔獣達は、暗闇の森と呼ばれる奥地に棲息しているんだよ」

 

 「村の者は谷の向こうとか、裂け目の先とか呼んでいたので知りませんでした。確かに裂け目を幾つか越えると、森が暗いなぁ」

 

 「谷を幾つか越える!」

 

 伯爵様御一行の声が揃い、変な物を見る様な目で人を見ないで欲しいなぁ、等と考えてしまう。


 「今日はこれまでにしたい。頭がついて来ない」

 

 伯爵様の言葉に、皆疲れた顔で同意している。

 宿の手配もしていないだろうからと、伯爵邸に泊まる様に言われるが断る。

 

 「アルバート城壁改修の依頼と、レッド種二匹の買い取りの話しの為に毎日宿と館を往復する気か」

 

 言われて見れば面倒だよなぁ、しかし伯爵邸に泊まるのはもっと面倒な予感。

 思案中にハイド男爵が、城壁の改修には綿密な打ち合わせが必要だし、魔獣の買い取りも引き取りの都合があると言われて困惑。

 気に入らなければ交渉途中でも話を打ち切り、出て行っても良いとの条件付きで泊まる事になった。

 

 メイド長を呼び暫く俺が滞在するので客間に案内する様に指示する。

 

 「アルバート必要な物が有れば、遠慮なくメイドに言ってくれ」

 

 「有り難う御座います」

 

 軽く頭を下げ礼を言って退室する。

 メイド長に連れられて客間に入ると、新たなメイドが頭を下げる。

 

 「アルバート様付きメイドのヤーナです。私はメイド長のエメラです。何か御入用な物が有れば、私かヤーナにお申しつけ下さい」

 

 「有り難う御座います。アルバートです宜しく」

 

 メイド長のエメラが、深々と頭を下げて出て行く。

 部屋を見渡して溜め息しか出ない、何十坪有るんだよと思わず日本人の突っ込みがはいる。

 失敗したな、出会った魔獣は鑑定結果が危険,美味しいとしか出なかったのでホイホイ狩っていたが、騒がれる程とは思わなかった。

 ホーンラビットや野牛の類いを大量に出して換金すべきだった。

 でもまぁ、御蔭で衣食住全てを賄って有り余る程の金が出来たので、結果オーライって事にしとこ。

 

 「アルバート様、お茶をどうぞ」

 

 言われて柔かなソファーに深々と腰掛ける。

 

 《フィーィ・フィーェ聞こえる。今何処に居るの》

 

 《アール大丈夫?、アールが入った建物の近くの、大きな樹の上だよ》

 

 《暫く此処に居る事になりそうだから、二人は森に帰る?》

 

 《森まで行くと、声は聞こえても来るのが遅くなるから此処に居るよ》

 《良く葉の繁った枝にハンモックを吊しているので、とっても快適だよ♪》

 

 お茶を飲みながらのんびりお話し、念話って便利♪。

 一度どれ位の距離まで話しが通じるのか試しておこう。

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