第2話 森を歩く
ハイド男爵は帰り際に村人を俺の家の周囲に集め、塀を崩して出来た土の山全体に木々の苗木を植えさせた。
勿論堀の周囲にも小山を築き、そこにも木々の苗木を大量に植えさせた。
「近々新しい村長が来るので、その指示に従え。俺の家には近づくな、この事に関し口外を禁止する。以後狩り以外で村を出る時には、新しい村長の許可を貰って出ること、無断で出るなら覚悟を持ってしろ。此の事が周辺地域や他の地域に漏れたら厳しい罰を覚悟しろ」
などと村人を散々脅してから、俺に待っているぞと言って帰って行った。
俺は植樹された木々の苗木の周辺や築きあげた土に魔法で大小大量の土の棘を生やし誰も俺の家の周囲には立ち入れない様にしてから、母親の墓地の隣に父ヨークの剣を埋めた。
父が亡くなる一年程前10才の時に、生活魔法と土魔法が使える事が判った。
母親の曾祖母がエルフなので、エルフ族と人族の子供や孫達にエルフの魔法の才能を受け継ぐ者が時々現れるので、俺がそれだろうと教えてくれた。
生活魔法を覚えるのが早かったのでもしかしたらと思っていたそうだが、俺が畑の土で遊んでいるのを見ると、無意識に土魔法を使って穴を掘っていたらしい。
父ヨークは元冒険者なので多少魔法の素養があり、魔力の練り方と身に纏う身体強化を徹底的に教えられた。
父のヨークが使えた魔法は防御結界と雷撃だが、防御結界はシルバーランク冒険者の打ち込み耐えられないし、雷撃魔法も人を失神させるには至らなかったそうだ。
基本は教えてくれたが、俺も才能が無いのか今のところ基本止まりである。
11才の時に父が狩りの途中魔物の不意打ちを喰らって死亡。
その後村長とマルセルに依って、家や畑を無理矢理交換させられた。
俺が村長の息子ゴードに大怪我を負わされたのはそれから間もない頃で、元々身体の弱かった母エイニーナはそれを苦にして病床に伏す様になった。
ゴードとその取り巻き連中に袋叩きにされて気を失い、路上に放置されていたのを、夕方心配して捜していた母のエイニーナに発見されて助かった。
目覚めた時に俺は何処に居るのか解らなかったが、意識がはっきりするうちに、俺、鳴海彰吾の意識とアルバートの意識が二重に存在していた。
夢でも見ているのかと思ったが、俺の意識は自由に思考しているのに対し、アルバートの意識は意識と言うより記憶の様に俺の思考を補佐していると分かった。
二重人格? にしては俺はこんな貧しい生活を知らない。
アルバートの意識からは人族・エルフ族・人狼族・妖精族等、訳の解らない知識が沸き上がって来る。
怪我も治り普通に生活出来る様になっても、俺の意識の底にアルバートの記憶が有る。
あれっ、アルバートの意識の中に鳴海彰吾の記憶が、あれっ、あれっ、れれれ。
どちらにせよ鳴海彰吾として思考しているのなら、鳴海彰吾としてアルバートの身体から離れる事が出来ない。
夢でないのは確かだ、となると考えられるのは輪廻転生なのか?
嫌々、俺は死んだ覚えは無い!、断じて無い!
ラノベの異世界転移とか転生では死後の世界で神様に会って・・・記憶にないなぁ。
と言って鳴海彰吾の記憶も家族の事はすっぽり抜け落ちているし、数学の知識も四則演算に毛が生えた程度で、いやいや朧気にだがもっと知っていたような・・・
日本人で学校に行っていて歳は18才・・・かな、何処に住んで居たのか人が沢山居て高い建物もあった様だがはっきりしない。
* * * * * * * *
アルバートの記憶では
1時間/60分、1日/24時間、
1週間/6日、1ヶ月/30日、1年/360日
距離は、Km、m、cm
重量は、t、k、g
貨幣単位は・・・
鉄貨100ダーラ・鉄板500ダーラ
銅貨1.000ダーラ・銅板5.000ダーラ
銀貨10.000ダーラ・銀板50.000ダーラ
金貨100.000ダーラ・金板500.000ダーラ
白金貨1000.000ダーラ
鉄貨100ダーラは日本の百円程度と思われるが、後は知らない。
貨幣は基本丸型で鉄板や銅板等は同等貨幣と比べて縦1.2倍横同寸の角型らしい。
らしいってのは辺境の村の子供で現金を手にする機会が無かったからだ。
100ダーラ以下は無く100ダーラに満たない物は複数の商品で100ダーラにして販売だ。
どうも地球からの転生者か転移者が複数居るのでは無いかと疑っている。
取り合えず鳴海彰吾の意識があっても、アルバートの身体でこれから生きて行かなくてはならない。
全てを片付け生活に必要な物を空間収納、ラノベではインベントリって言うのかな、に放り込む。
日々魔力を練り、身体強化に防御結界と雷魔法の練習を続ける。
土魔法は素養があったので、さほど練習しなくても魔力の増大と供に自由に扱えた。
就寝前に全ての魔力を使い切るか、魔力を放出して酷い脱力感をともなって寝るのが日課。
これは元々の魔力の底上げで、いずれこれ以上は無理だと分かるらしい。
そして母の曾祖母が収納魔法が使えたと聞いているので、魔力の増大を続ければ、或いは習得出来るだろうと教えてくれた。
魔法が使えると判ってから3年程してから、身体の側に何か小さな穴の様な物が感じられて母に報告すると、小石を拾いその中に入る様に念じてみろと言われた。
これも日々練習している、とある日ふっと石ころが消えた。
収納魔法を習得出来た瞬間だった。
嬉しくて食器やナイフ等手近な物を入れていたら、すぐに入らなくなりがっかりだった。
母に報告すると必ず寝る前に穴の様なそれに、魔力のありったけを流し込めと言われた。
毎日続けた事で容量は増大し、今では直径5m程の土の球体が数十個は楽に入る。
感覚として、空間収納の中に納めた物が収納全体のどれくらいの容積を使っているのか分かる。
父母の墓に別れ告げて森に入る。
エルクハイムに行き、ハイド男爵に会うにも懐が心許ない。
何せ村長のゴルムやマルセル達捕縛に関する賞金は金貨22枚、その内10枚を堀や塀の跡地に植林する為に村人を使った。
残ったのは金貨12枚と家に有った小銭が少々、物価の基準が違うが日本円にして120万円少々だ。
エルクハイムに行けば、飲食費と宿代で長くは持たないだろうと思われる。
暫くは森で今以上の気配察知の訓練を続け、鑑定の練習がてら薬草採取を頑張らなければならないが、ラノベとは大違い。
知っている薬草なら草を見て薬草名・効能・食用・毒草等と判る。
まぁ分かって当然か。
知らない草花だと食用不可とか不味いとか根や葉が食べられる、または薬草・効能・葉とか花びらや蜜の利用が判る程度の大雑把さだ。
それでもこれだけ判れば大助かり、名を知らなくても薬草と鑑定に出る物は全て採取。
葉や花びら・蜜・根は土魔法で壷や瓶を造って入れていく。
毒草も使い様では薬になるとの前世の記憶で、毒物として別の容器に蓄える。
村で採取していた薬草と違い。森の奥だと同じ薬草でも葉の繁り具合や大きさ葉の厚さが全然違った。
森の奥とはいっても、まだ裂け目と呼ばれる谷を越えていないのにこれ程良質な薬草が採取出来るのなら、裂け目の向こう側は大いに期待がもてる。
時折現れる野獣や魔獣は、気配察知の能力が向上したのか相手の威圧なのか
知らないが、遥か手前で判るので土魔法でドームを造り中に篭って気楽にやり過ごす。
無理なら土魔法で獣の足を埋めて拘束し、土槍で突き上げて終わり。
如何に強い獣でも、四足全てを付け根迄埋められ固定されたら俺には勝てない。
煩い程の鳥の鳴き声に目が覚めた。
土魔法で造った夜営用ドームの、換気用の隙間から明りが差し込んでいる。
ハイド男爵と別れてから大分経つので、もうそろそろエルクハイムに向かって移動を開始してもよい頃だ。
一度村の方に引き返してもよいが、大森林の奥へ奥へと薬草採取をしながら適当に彷徨ったので、現在地が分からない。
男爵に貰った略図では、東に向かってハルツ村・オルソック町で、此処から北に向かってダルダ村・ルサルカ町・領都エルクハイムとなっている。
取り合えずは北に向かってから、適当な所で東に向かえば良しとする。
夜営用のドームを土に戻して足場を固め、石柱を造る要領で垂直に持ち上げてゆく。
むき出しのエレベーターだが、木々の間を抜けて見渡す限りの樹海の上に出ると方角を定める。
ぐるりと周囲を見回すと、昨日迄に美味しいものや珍しい薬草等の場所を示す目印の石柱が、枯木の様に点々と聳えている。
さて今日は何が見つかるのかな、のんびりと周囲を観察してお金になりそうな植物を鑑定しながら歩く。
昼頃迄に花や蜜を少し手に入れ、昼食を取ろうとしていたら厭な気配。
慎重に周囲を探ると50m程先に大型の獣、鑑定すると〔魔獣・危険・美味しい〕との結果。
お肉は備蓄食料として、毛皮は売る為に傷付けない様にする為、魔獣の周囲に先端が槍の様に尖った石柱を一気に突き上げる。
良し! 檻の様に周囲を囲った石柱に驚愕する魔獣に近づくと、顎から脳天に向けて細い石の槍を突き上げる。
死んでいるのを確認してから、空間収納へぽい!
使えて良かった空間収納♪ 沢山入るし腐らない。
これが使え無ければ、森を彷徨い続ける事などとてもじゃないが無理、収集した薬草類も枯れてしまっている筈だ。
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