おまけ 風邪②

『風邪?!やっぱり。声、おかしいと思ったもん』

「どこが?」

自分的には元気な声を心掛けたんだが...。

『ふふ。少し元気すぎましたね』

あー。なるほど。



『それで、体調のほうは大丈夫なんですか?』

「あー。うん。ちょい咳が出るくらい」

『熱は?測りましたか?』

「...。測ってない」

『お屋敷の人はなんて言っているんですか?』

「今日は会合の日だから、行かせた」

『つまり、誰もいないって事ですか?』

「ゲホゲホ。あ、ああ」

「でも、まぁ、寝てれば治るし...」





『井勢谷さーん!リハーサル入りまーす』

『あ、はい!』

『ごめん。私、いまから...』

「分かってる。収録なんだろ?」

『うん。こーくん。ちゃんと温かくして寝るんだよ?』

「ああ。そうするよ」


そう言って俺達は電話を切った。


はぁ。

俺は何も面白くない天井を見上げた。

何やってるんだろ。俺。




熱を出した時、むしょうに自分を卑下したくなる。

これもウィルスの仕業なのだろうか。



最近の疲れが溜まりに溜まっている。

俺が組を継いでどうしたいんだろう。

愛莉を俺は片手間みたく扱っていないだろうか?




そんなことを考えて、気づけば眠りに落ちていた。



■■■■■



真っ白なドレスに身を包んで、バンジーロードを花束を持った愛莉が歩いていく。

ゆっくり彼女が振り返った。

『こーくん。いままで、ありがとう。幸せになるよ』

隣で手をつなぐ男は俺じゃなかった。

ペアリングは知らない男の指に収まっている。



ああ。

ついに、この日が来てしまったんだな。

悲しいとか悔しいとかそんな負の感情は湧かなかった。

来るべくして来た日。俯瞰した視点で冷静に俺は式場の群衆の中、一、招待者として座っていた。



『やめる日も貴方は助け合う事を誓いますか?』

『はい。誓います』


『私達はこれから、夫婦として生きていく事を誓います』

そう言った彼女の顔を俺は見れず、顔を反らした。




■■■■■

『こーくん...、こーくん!』

遠くですごく叫ぶ愛莉の声で俺は今が夢の堺が分からなくなった。

「こーくん!?大丈夫ですか?」

凄い汗。

凄く、うなされていました。

そう心配そうに俺の顔を覗いていた。


あぁ。夢だ。

今、ここに愛莉が居るはずない。バラエティー番組の収録をしているはずだから。


夢ならば、いっそ現実など無かったらいいのに。

俺は無意識、半ば反射的に彼女に手を伸ばした。


「わっ!」

夢の中の彼女が驚いた顔をした。


「愛莉。俺、愛莉の事、マジで好き。マジで...」

一言一言噛みしめながら呟く。

固いせんべいを食べているみたいだ。

「こーくん」

彼女はそう言って俺の体を優しく包んでくれた。

「私も好きです。安心して眠っていていいですよ。ゆっくり休んでください」

優しく頬に唇が触れた。

「風邪引きさんにはお仕置きです」

馬鹿。

これじゃ、お仕置きじゃないだろ。おまじないだ。

俺は暖かな頬の感触をじんわりと感じながらまた目を閉じた。




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