第100話 好きだよ

「こーくん!」

パチパチと火が焚きあがる炎を遠くから眺めていた俺に愛莉が近寄ってきた。

「どうした?」




林間学校の締めはキャンプファイヤーである。

俺はクラスメイトと少し距離を置いた場所で黄昏ていた。

『下、下りないの?』

『皆のところ行けばいいのに』

多分、愛莉はそう言いたいんだと思う。けれど、ゆっくり俺の横に腰を下ろすだけで何も言ってこなかった。

「色々あったね」

ポツリと呟く。

「ああ」


「まさか、女子を背負いながら山を下りるとは思わなかった」

「ふふ。あの時のこーくん、かっこよかったですよ」

「そう、なのか?」

「こーくん」

「なんだ?」

嬉しそうに笑って俺の名前を呼んだから何かあるのかと思って返事をしたのに彼女は顔を赤くして笑うだけだった。

「なんだ?」

「へへ。呼んでみただけ」

「なんだそれ」

「へへへ」

まぁ、いいけどさ。



■■■■■


はぁぁぁ。

「もう終わっちゃうなんて寂しすぎるよぉ」

座りっぱなしだった体をほぐすように伸びをした彼女はため息交じりにそう吐き出す。

「そうだな」

林間学校の終わりを偲ぶ彼女に俺は返事をした。

明日の朝帰り、明後日は振替休日、明々後日からもう通常授業がスタートする。

「帰ったら山ほど仕事待ってるだろ?」

俺は彼女がどんなに頑張ってスケジュールを調整してきたのか知っている。

「うっ。こーくん、今そんなことは思い出させないで欲しいです」

むっと口を尖らせた。

詳しくは知らないが、きっと、山のように仕事パンパンなんだろうな。

頑張ってるしな。

「悪い悪い」

ははは。俺はそんな顔の彼女も好きで、本当に愛莉が居るだけで世界は大きく、綺麗に見えるんだなと思った。


俺は卒業後、十川と結婚する。そして、愛莉と付き合う。2人分の未来を背負っている事はとても重く、大変な事だ。

それでも、一瞬でも愛莉と距離を置こうと考えて、悩んでいた心のもやもやが嘘のように消えている。

息がしやすい。

山の中の緑の空気、それに炎の温かい匂いが混ざる。

俺は立ち上がり、両手を広げる。

全身で自然を触れた。


「愛莉...」

俺は建物の影を見つけた。

俺はあこに行こうとちょいちょいと愛莉を呼んだ。

誰もいない。

俺たちしかいない。そんな場所だから。

俺は今まで抑えていた感情が溢れ出るのを感じた。

「愛莉、好きだ」

俺は壁に背中を付ける愛莉の目を見て言った。

瞳が大きく見開かれる。

「なんか、言いたくなった」

俺は遅めに襲ってきた羞恥にぽりぽりと鼻頭を掻き、耐え難くなって目を反らす。

瞬きを数回切り返し、ほろりと滴が落ちた。

「へへ。こーくん、初めて言ってくれた。嬉しい、嬉しいです」

泣き声で喜ぶ。


俺はこの日、初めて、彼女に好きと伝えた。


本当はずっと前から心の中で言ってきた言葉。好きだと言う言葉は俺にとって重すぎるもので、軽はずみに口にできないものだった。好きだと言ってしまうと、彼女を絶対幸せにしなくてはいけないと思っていたから。

けれど、俺が幸せを彼女に提供するんじゃない。俺と彼女とで幸せな思い出を作るんだ。


だから、伊世早組だからとか、女優だからとか気にする必要なんてない。


「こーくん」

まだ、収まりきっていない瞳で愛莉は俺の名前を呼んだ。

「私も大好きです」

「これからも、よろしくお願いします」

そう笑った。

泣き後の笑顔は湿っぽくて暖かかった。



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