第96話 利害の一致で日本を守る

「本当なのか?」

「あら?ここまで話してもまだ疑うのかしら?」

余裕そうな笑みを浮かべながら雨で濡れた髪の毛を耳に静かにかけた。


「.............」

「そうよね。認めたくないわよね。私が貴方と卒業後、将来の伴侶になるなんて............」


「や........。っと、悪い。色々混乱して頭がついていかない.............」

俺は脳内の混乱に乗じて消え去りたい気分を払拭するのがやっとだった。


一旦整理する。

俺はこの前、親父に卒業したと同時に婚約者が出来る事を聞かされた。

そして、今、それは十川であると言う。

彼女は俺達の卒業後の関係について取引をしようと言い出した。

親の決めた婚約を破棄せずに受け入れるが、お互い別の人に引かれ合っているからその辺を理解した上で戸籍上だけの関係になろうと言う。

そして、その条件を俺が嫌だと言うのならば、俺と愛莉の関係が週刊誌に大々的に取り上げられると言う手はずになっている。



って、つまり、俺はここではいと了承する以外に選択肢ないよな?なんだか、とても理不尽なんだが.............。

「.............。親父が言っていた。その婚約者と結ばれれば世の中は安定した平和を手に出来るって。それ、俺がお前と結ばれて、なにか有益が生まれるのか?」

全く想像出来ないのだが?

「はぁ。貴方、なにも聞かされてないのね」

彼女は頭を抱えるように、大きく息を付く。

そこまで大げさにしなくてもいいじゃないか。

「私のバックに居る十川グループと貴方の大ボス、伊世早組。表世界のトップと裏世界のトップが手を組めばどういうことになると思う?」

「そりゃ、悪さを考える連中が誰も手を出してこなくなる.............」

「そう。裏と表にトップが座っているんだもの。重箱の角をつつくような集団が減るわ。そうすれば、下級市民をいたぶっていた底辺組合が怖がって逃げ出す。そうすれば、」

ここまで聞くと彼女の言いたいことが分かってきた。

「今の日本の格差社会が減る...........か」

「そう言うこと」

日本の格差社会には、愛莉も昔の事務所で随分と酷い仕打ちを受けてきた。

格差社会とは何も金持ちと貧乏人だけの争いだけじゃない。

先祖代々受け継いできた職業でも起きる。




■■■■■





愛莉の両親は誰も芸能界で働いてない。むしろ、海外支店勤務や国際医療援助団体のバリバリのエリート。

だから、芸能界に昔から住み着く人には格好の餌になる。

芸能界の正しい環境をしらないため、このいじめがある生活が普通だと思わせる事が出来るから。


芸能に無知な人が入ってきた。それは何をしても良いだろう?これが芸能界ここの常識だけど?ってな具合に。

そして、その被害者もこれがここの常識なんだと真に受けて、毎日、耐えがたい苦痛を必死に受け止めるしかなかった。もちろん、芸能界に知り合いなんていないから相談なんて出来ない。その悪のサイクルが日本の芸能界には流れているらしい。

ドラマでは主演を努めても先輩にコキ使われ、CDを出せば、目の前で踏まれ粉々に。

そんなのが常識なのか?嘘だろ?

愛莉にこの話を打ち明けられたとき、正直、町を歩く大人共が皆、腐って見えた。

俺はすぐに事務所を移れと助言したが、彼女は中々首を振らなかった。

『多分、ファンの人からすれば、デビュー当時を支えてくれた事務所を蹴った、裏切った最低な女だって言われちゃうんです』

そう困った様に言っていた。

テレビに出る人は、仲間に裏切られ、いじめられ、差別されることよりも、ファンにアンチコメントを一言書かれる方が何十倍も傷つくのだと乾いた笑いで眉を垂らしながら言っていたのを思い出した。




「そうか。俺たちが組めば格差が縮まるのか.............」

少しだけ、絡まった糸がほつれた気がした。

「力と権力でねじ伏せるって言い回しのほうが適切だけどね。お金は持っている人が沢山使えば良いのよ。けど、ま、そう言うこと。私も、格差社会は無くなればいいと思っているから.............」

十川も何か思うことがあるのか、部屋の壁をじっと見つめた。




「それに、私たちの親を騙す事も出きれば、駆け落ちなりなんなり、形勢逆転のチャンスはいくらでも狙えるから.............」

貴方も、こんな強情な女と夜を共にはしたくないでしょ?


「.............。それは男として答えにくいんだが.............」

「変えたい世界がある。守りたい人が居る。こんなに利害の一致している取引はないでしょ」





「ああ。ただ、確認しておきたい。これ、愛莉には言って良いよな?」

「ええ。私もあの人には言うつもりよ。適度な味方は居た方が心強いでしょ?」

「ああ。助かる」

「所で、その、お前の言っている開いての男って、誰とか聞けたりするのか?」

「ふふ。今は秘密よ」

「今はってことは.............」

「そんなに焦らなくても、そのうち紹介するわ」

そう意味深な笑みをこちらに送ってきた。




「つまり、私たちは許嫁同士であり、日本の差別を無くす慈善活動家であり、親の目を盗んで別の人間を愛し合う策略家ってところね」

これから、よろしく。

そう差し出してきた手を俺は小さく握り返した。

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