第95話 十川と未来を見据えた取引!?

「はぁ。はぁ」

俺達は山小屋で雨宿りをしていた。

「ちょっと大丈夫?」

息を整えきれてない俺を十川が心配そうに見つめてきた。

「私が重かったからとか言わないでよね....」

随分、乱暴な言い方だが彼女なりに心配してくれているのだろう。


「ああ。大丈夫だ」

俺はそう言って、雨水の滴る前髪をかき分け、さっきからポケットの中で震えているスマホを取り出し、通話受信ボタンをタップした。



『もしもし!?こ....じゃなかった....伊世早君?!』

耳にスマホを当てると、とても早口で俺の名前が呼ばれた。

「おぉう。さっきぶりだな」

俺は愛莉の周りの状況が分からないから無難な返答になってしまった。

『大丈夫?雨、凄いけど.....』

「ああ。取り敢えず、今は山小屋で雨宿りしてるよ。もう少し小降りになったら再開する予定」

山道でも圏外にならず通話できるのはありがたいな。愛莉の声を聞くと、少しだけほっとした。




『伊世早ー。無理して帰ってこなくて良いからなー。出来るだけ安全に下りてこい』

少し遠くから、九重先生の声も聞こえた。



どうやら、俺達がこうなっているのは先生にリーク済みらしい。

「了解です」




『私達は雨に当たらず、コテージに戻れたよ』

今は、九重先生が私達のコテージに来てるけど....。

「そうか。それは良かった」



「今の所、俺達は大丈夫だ.....と言いたいが、十川が、」

そこまで口にすると十川が俺のスマホを奪ってこようとした。

(ちょっと!返しなさいよ!)

(嫌だ。これは俺のだ。)

俺はスマホを高々と上げて彼女が届かないよう工夫する。

『伊世早君?』

俺の声が聞こえなくなったせいで愛莉の不思議そうな返事がスマホからする。

「十川が足を怪我している事を隠していたんだ。俺がおぶっている帰っている。本人は大丈夫だと強がっているが、下りたら手当をしてほしい。その準備を頼む」

俺は上に上げたスマホに向かって叫ぶ。

『十川さんが⁈分かりました!』

らじゃです。気を付けて帰って来てください。

それほど驚くこともなく愛莉が返事を受けてくれた。




「ああ。よろしく。じゃ、な」

そう言って俺は電話を切った。



隣で十川がジト目を向けてくる。

「ちょっと。なんで言ったのよ」

怪我って言っても...大した事無いのに。


まともに歩けない奴が言うなし。それに、

「俺がおぶって山を下りてくるのを見て、俺の彼女に不信感を抱いて欲しくないからな」

彼女がそれだけでほかの女に嫉妬するとは思わないが、一応、対策を立てておくことは自分の保身につながるから。


「...。そう言う事なら仕方ないわね」

「ああ。分かってもらえたならなによりだ」

「...。なんだか、悔しいわ。そこまで彼女は大切にしてもらっているのね」

突然放たれた言葉に俺は意味が分からなかった。

「ん?」

「もし....もし、私が貴方の将来の婚約者だと言ったら貴方はどんな反応をしてくれるのかしら?」

「へ?」

この雨の中歩き回って疲れて、ついには幻聴も聞こえるようになってしまったのか?いやいやいや。人間の体、そんな軟にできてない。



「有名女優と隠れて付き合っている組長の息子。その全ての事実を知る許嫁..なんだか響きが良いじゃない?」

魔性の女が笑う。

「嘘...だよな?」

「さぁ?」

「これで、私がはいと言えば貴方は旦那様が決めた婚約を破棄してくれと言うのでしょう?そして、違うと言えばまた、貴方は学校中の女を疑いながら学校生活を送らなくてはならない。さぁ。貴方にとって有益なのはどれ?」

こいつ...。

人が変わったように饒舌になった十川を見て俺は困った。


下手に手出しして、今まで俺が築いてきた安全圏を汚されると厄介だから。

彼女は構わず話を続ける。

「もっとも、貴方が私との婚約を破棄した時点で、貴方と彼女の関係を週刊誌に掲載する手はずは整っているのだけどね」

編集長の娘は小賢しいらしい。

自分が今まで背負われて山を下りてきたというのになんとも思ってないのか?

「...」

「取引、しましょう?」

「取引?とは?」

「私は別に貴方と結婚したいなんて微塵も思ってないわ。けれど、そうすれば世の中都合の良いように回るから、従うしかないの。卒業をして、私は貴方とは戸籍上だけの関係。貴方は今まで通り彼女と親睦を深めればいいわ。私も好きなようにするから」

それまで私達の親を騙す為に手を組まない?

そう言ってくる彼女の目はブラックホールみたく全てを吸い尽くしてしまいそうだった。



雄弁な彼女の手の平の上で俺は必死にブレーキをかける。


「貴方も言われているのでしょう?卒業したら旦那様の決めた相手と結婚しろと.....」

彼女はどこまで知っているのか。

そもそも、彼女はこの件に関わっているのか、怪しいこと限りなしだが、つい先日、親父に言われた事がフラッシュバックしてくる。

話は嘘を付いて言いくるめられない程に発展してしまった.....。

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