第94話 回想シーン終了のお知らせ

月明かりだけが照る真っ暗な空。

その冬空の下で冷たい風にスカートと髪が靡いているのが見えた。


『へへへ。来ちゃった』

彼女は窓から顔を出す俺を見つけるとスマホを耳に当てながら照れくさそうに笑った。


「....ちょっと待ってろ」

『え、あ、うん。待ってる??』

俺はそう言って不思議そうに首を傾げる電話を強制終了させると、コートを掴み慌てて階段を降りた。

「こんな夜中にどこに行く?」

途中、廊下で袴姿の親父にすれ違ったが、「今日、赤ボールペン切らしたからコンビニまで買いに行く」

「もう遅いから明日のほうがいいんじゃないのか?」

「この下にあるコンビニなら近いし今からでも行ける」

と、適当な嘘を並べて屋敷の玄関を閉めた。



おっと....。

正面から出るほうが近いが、人が居るのが見えたので引き返し、裏の薬医門に周り外へ出た。

彼女はさっきと同じ場所で立っていた。




寒いのか、両手に吐息を吹きかけている。

彼女の口から白い息が出て消えていく。

彼女は俺に気が付くと嬉しそうに顔を上げた。

「こーくん!」

鼻を赤く染めた季節外れのトナカイが笑顔で手を振ってきた。

「バカ。なんで俺の家まで来てんだ!?」

俺達が交流あるってバレたらどうするんだよ!?

俺はそのままの勢いでコートを彼女に被せた。



彼女は大きなコートからひょっこり顔を出すと照れたように笑った。

「へへへ。会いたかったんだもん」


「会いたいって.....。女優さんが好んで来るような場所でも無いだろう」

俺は屋敷に背を向ける。

「そんな事無いよ?ここは駅に近いのに自然が多くて空気が綺麗....」

両手を広げ自然の豊かさを表現してくる。



「ん?!」

さっきは暗くて、遠くえてスカートを履いている事しか目に止まらなかった。

けど、今は違う。

紺色のブレザーに白い襟シャツ。首元にピンクチェックのリボン。リボンと同じチェック柄を基調としたスカート。

胸元の見慣れた学園のマークがチラッと見えた。




「へへへ。こーくん.....」

彼女は俺の視線に気付き、コートで体を隠す。

「それ.....、まさか.....」

俺は半信半疑というか、確証が持てなくて言葉にならない声を漏らす。


そう言えば、一昨日が高校の2次募集の合格発表だったかもしれない.....とこれまた確信にかける予想が脳裏を過る。

「ばばーん」

変わった効果音と共に、突然、彼女がコートを広げた。


「4月から私も、立川高校だよ?」

そう言った彼女の背景は月明かりにライトアップされ、映画のワンシーンみたいだった。





■■■■■

■■■■■



「なるほどね。貴方達にそんな出会いがあったなんて.....」

井勢谷さんもなかなかやるわね。

そう後ろで頷いている十川の目はキラキラと輝いている。

「別に、その相手の女が井勢谷さんだとは1言も言ってないぞ?」

あくまで、彼女....だから。

「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」



俺達はまだ、山道を下っている途中だった。

降りしきる雨の中、ぬかるむ砂利道を俺は十川を背中に抱え歩く。

「.....一旦、登る時に休憩した山小屋で休んでも良いか?」

俺は雨が強くなってきた事と彼女の足の具合を確認したい事を理由に尋ねる。



「そうね。私の足は平気だけど、貴方の負担を考えれば雨宿りするのが得策だと思うわ」

ただ負われて何も疲弊していない私が言うのもなんだけど......。


「悪い。助かる.....」

俺は、雨で滑る手をもう一度組み直し目の前に見えてきた山小屋へ急ぎ足で歩を進めた。

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