黄泉の想い
廊下では黒い何かが歩いていた。
「アはは…喰らえ、全てを世界に堕とす。」
「あまり考えたくない可能性だが勝てないか。だが、希望はある。」
黒い何かの前にミロクが立ちはだかる。
「死人か。冥土には花は咲かぬ、故に散らず。」
その言葉はミロクの逆鱗に触れた。
「…死んでも守りたい約束だってあるんだよ!死んでも全てを忘れても!私のことを想って花を咲かせたやつだっているんだ!お前に何が分かる。」
「聖者は死人を愛せず、死人は聖者に触れず。」
「なっ…!」
分かっていた。ミロクは生き返ったが、ヨミからは生きている感覚を感じられないこと、つまりヨミが今生きているとは限らないことを。
「図星か。哀れな僧ヨ。」
「…何が分かるんだ…お前には私たちの何が分かるんだ!」
「分からぬ故捨てぬ心は誓いを護れぬ。ならば誓いを立てよ、我に。誓いを護れる契約を。愚かな無知に、全ての知識を。」
「言っても分からんな。お前は私を煽って契約し体を乗っ取ろうとするつもりだろうが私には通じない。」
「ならば死を、絶望を。我には分かる。貴様には誓いガ全て。ならば、それを散らせば…」
「やるしかないな。私には疑念がある。考えたくもないが。」
「カハッ…ちっ、ここまでか。」
力の差は圧倒的だった。
「非力よ、苦にも絶えれぬ誓いとは。」
「なら殺してみろよ。私は絶対に折れないぞ。」
「阿呆が…」
「ああ、私はクソだ。」
黒い針がミロクの胸を貫こうとしたとき、ミロクを庇うようにヨミが立ちはだかった。ヨミはその一撃によって胸部が完全にえぐり取られていた。
「お…師匠様…」
「おい、ヨミ!どうしてだ。なぜ、また私をかばうなんてことを…。」
「ふふっ、知ってたでしょ。私じゃなかったって。」
その時黒い影は苦しみ始めた。
「がっ、なぜだ?なぜ我が…」
「私の体にはね、宿っているの、冥界の力が。」
これは私がまだ冥界に来て間もない頃の話。
私は冥界を彷徨っていた。
「ミロクさんが来るまで待たないと。」
私は冥界を冒険していた。その時にとても急な坂で出会ったのだった。
「あなたは…!」
「?」
知らない人だった。
「黄泉様!お戻りになられたのですね!」
「え?」
「さぁ、冥府へ戻りましょう。」
私は何も分からないまま、冥界の天にある大きな建物に連れて行かれた。
「輪廻様、黄泉様を連れてまいりました。」
「何言ってんの!お姉さまはもう帰ってこないんだから!って…あなたの魂、なるほど名前はなんて言うの?」
「よ、ヨミです。」
「それは分かってるの!本当の名前の方。」
「み、ミルーナといいます。といってももう捨てた名前ですけどね。」
「ふ~ん、どうして名前を変えたの?」
「お師匠様と同じ地獄に一緒に行くためです。私だと天国行きになってしまうから。」
「奇跡ね。」
「どういうことですか?」
「あなたの魂、私の死んだお姉様のものと一緒になっているの。」
「えっと…」
「私は輪廻。名前の通りこの冥界で輪廻転生を司っているの。そして、この冥界の亡者、つまり魂の管理をしていたのが私のお姉さまの黄泉。あなたと同じ名前なの。」
「どういうことですか?」
「簡単に言うとある者からの攻撃で死んだお姉さまの魂が輪廻転生して死後の貴方の魂と融合したの。」
「?」
「つまり、貴方は生前の貴方であって、記憶はないけど私のお姉さまでもあるの。」
「えっと…」
「ふふん、だから貴方にはここでこれから過ごしてもらうってこと。」
「だめ!」
「ん?何か問題があるの?ここで一緒に暮らせるんだよ。」
「私には約束があるの!ミロクさんと交わした約束が…」
「へぇ、だったら私が納得できるように証明して」
「それは…」
「あなたがその人を試せばいい。その人が本当に約束を守れる人なのか。例えば、あなたが記憶を無くしていたらその人はどうするのか?なんてね。」
「大丈夫です。あの方ならきっと…」
そして私は記憶を一時的に預け、冥界で花を売っていた。それからはお師匠様の家族のところに行きお師匠様と過ごした。
「ごめんなさい。行かなければならない所があるので…」
私はお師匠様のお父様へ言った。
「分かっている。お前がどういう状況なのかもな。」
「え!」
「ミロクには伝えていない。私はこれでも冥府に直接的な関係がある。記憶喪失の死者のことなど調べないわけにはいかないだろ。」
「…」
「数日前から記憶は戻っているのだろう」
「お師匠様の前では話せないので冥府の方へ行ってから話しましょう。」
お師匠様のお父様と共に冥府へ向かった。
「輪廻さん、約束の日ですよ。」
「あら、もうかしら。」
「ああ、この子は果たした。輪廻様とはいえ、約束は破ってはなりません。」
「分かってるわよ。貴方達の復活を認めるわ。」
「やったぁ!ありがとう!」
「え?あ、うん。」
「?」
ヨミが冥府を後にしたとき、輪廻は膝から崩れ落ちた。
(ごめんね…)
輪廻にはそう聞こえていた。
「あれはお姉様の声だった…。まさか、本当に…。」
輪廻は泣き続けた。
あれから末離ちゃんが仲間になって間もない頃、末離ちゃんが私に言ってきた。
「ヨミお姉ちゃん…。」
「何?末離ちゃん。」
「想慈さんって人知っていますか?」
「知ってるも何もお師匠様のお父様だからね。」
「そうですか…。」
末離ちゃんはなんだかもじもじしていた。
「言いにくいことがあるなら言わなくてもいいよ。誰にだって秘密はあるから。」
「…そうだよね。そうだ!ヨミお姉ちゃん、冥界に行きたい?」
「え?」
「私には分かるよ。ヨミお姉ちゃんが冥界に未練があること。」
「…私には…ないかな。」
その時は答えられなかった。確証はない。確かに私には未練はない。だけど私の中の黄泉にはある。
ある日、私はお師匠様と共に精神統一をしていた。その時に声が聞こえた。
(冥界へ…鍵はそこに…)
その時は分からなかった。冥界に行けば、何かが分かる。それは確かだった。
「お師匠様、すみませんが用事が出来たので数日空けさせてもらいます。」
私はそう言って末離ちゃんの元へ行った。
「本当に行くの?」
「うん、なぜか呼ばれている感じがするの。」
「じゃあ、私が送ってあげる。」
末離ちゃんが獣の腕を振り下ろすと空間が割れた。
「一緒に行こ、ヨミお姉ちゃん。」
私は末離ちゃんと共に空間の割れ目へと入った。
目の前には見覚えのある光景が広がっていた。お師匠様のご両親がいる大きな屋敷だった。
「こんにちは。」
末離ちゃんが中へ入る。
「あら、いらっしゃい。あら、そちらの方は確か…」
出てきたのは着物姿の女性だった。この方は南条紗螺さん。お師匠様のお母さまだ。
「あなた!ヨミさんが来ましたよ。」
そう呼ぶと奥から袴を着た男性が現れた。この方こそお師匠様を育てた南条想慈様、お師匠様のお父様だ。
「よく来たな。うちのは来ていないのか。」
「はい、私の個人事で来まして…」
想慈様は私の肩を軽く叩いた。
「はっはっは、お前はうちの跡取りの大切な人だ。そう固くしなくてもいい。」
「は、はい。」
そして、中に入り想慈様に私が体験したことを話した。
「…ふむ、それは確かに黄泉様の意思かもしれん。黄泉様はかなり気さくな方で様々な魂と対峙しては未練や恨みを解決してしまうお方だった。この私も黄泉様と何度か話したことがあるが本当に素晴らしかった。」
「では、鍵というのは…」
「私には分からない。だが、輪廻様なら何か知っているかもしれん。」
私は一人大きな坂へ向かった。冥界の中心にある大きな坂“黄泉津平坂”は冥界の核を担う冥府へ繋がる道だ。私はその坂を上り、冥府へ着いた。だが、冥府には輪廻様はいなかった。再び想慈様の元へ戻り、そのことを話すと、“全てを話す“と言って語り始めた。
「黄泉様はとても偉大なお方だった。極悪人の魂すらも改心させてしまうほど全ての魂から慕われるお方だった。そんな影響力の強いお方がある日亡くなられた。原因は輪廻様の些細なミスだった。輪廻様は輪廻転生を管理していたが、その時、輪廻様は間違えて一人分の空きを作ってしまった。普通、輪廻転生はこの魂をこうするということを事前に設定する。それに空きを作ってしまうということはそれを補完しようと一番近くにいた輪廻様を飲み込もうとした。その時、近くにいた黄泉様が輪廻様を庇うようにして輪廻転生の輪の中へと消えていった。黄泉様は転生先が設定されていない。よって、完全に消滅してしまった。そう思われたが、運よく転生のタイミングでヨミが来た。おそらく同じ名で別の存在のお前の中に自動で設定されたんだ。黄泉様を指し示す“よみ”という名は普通全ての魂が使うには恐れ多い名だ。無意識に忌み名として扱われていた。だから、奇跡だったんだ。黄泉様が転生するタイミングでお前が冥界に来たことが。もしも、お前が来なかったら黄泉様は転生することなく消滅していただろう。もしかするならば、黄泉様の供養碑にいるかもしれない。輪廻様はヨミが去ってから頻繁にそこへ行く。供養碑はここの近くで私が管理している、案内しよう。」
屋敷から少し歩いたところに墓地があった。墓地の奥にある林を抜けると大きなお墓があった。その前では輪廻様が座り込んでいた。
「やはりここにいましたか。輪廻様、大切なお客さんです。」
想慈様がそう言うと輪廻様がこちらを向いた。
「あ、あなたは…」
「輪廻様、推測通りこのヨミの中には黄泉様の魂が眠っています。」
そう言われた輪廻様は顔を隠して後ろを向いた。
「だったら尚更会えないよ!私のせいでお姉様は…今更私が何と言えって言うの…。謝ったってもう元には戻れない。元のお姉様には戻らないんだから!」
その言葉を聞いたとき心の奥底からそわそわするような変なものを感じた。それがどんどん大きくなり私の体は動かなくなった。
「大丈夫…。」
私の口が勝手に動く。
「えっ…」
そして、勝手に進み寄り輪廻様を抱きしめる。
「私が変わっても貴方は変わらないでしょ。それに私は今でもこの体の私に感謝してる。この私がいなかったら今頃私は消えていたし、輪廻も罪悪感に囚われていたでしょ。私はここにいるよ。この人と一緒に私は冒険に出るの。もっといろんな魂と出会って、もっとすごくなってお姉ちゃんは帰ってくるよ。この人もいずれは冥界のトップに立てる。新しい私としてね。ずっと変わらないことなんて絶対にないの。私は変わっても変わらないから。」
「…っ、お姉ちゃん、私、頑張るから!お姉ちゃんがお姉ちゃんとして帰ってくるまでにもっと立派になってお姉ちゃんを驚かせちゃうから!」
「ふふっ。輪廻ならきっとできる。だから、私はあなたを護ったの。」
想慈様の方へ振り向き言った。
「想慈さん。貴方のお子さんとっても強くてたくましい素晴らしい魂だったわ。いつか今の私と一緒に冥界を治めることになるかもしれないわね。それまで冥界の治安維持と輪廻のサポート任せたわよ。」
「分かりました。」
「そして、今の私。貴方は私よりも素晴らしいの。私は冥界の長をやっていたから本当の恋愛なんてしたことなかったの。今の私が感じていることは私にも伝わっているの。とても新鮮で私自身もドキドキしちゃうの。ふふ、こういうことはあまり言わない方がいいかしら?それでもあなたの魂は私と一緒、それは危険にもなりえるとてつもない力。貴方なら使い方を間違えないと私は信じている。最後に…ありがとう。こんな私になってくれて…」
そう言うと体がぐっと楽になった。その後は少しの沈黙の後、輪廻様が話し出した。
「お姉様の力は冥界に通じているの。代々受け継がれた冥界の力。それは人の命を簡単に左右できる。その体には体を腐らせる力も命を復活できる力もある。それをどう使うかはあなた次第。お姉様に選ばれたんだから大丈夫よね。それと…」
輪廻様はこちらをチラチラ見て言った。
「お姉ちゃんって呼んでいいかな…。貴方も遠慮しなくていいから。もうちょっとだけ甘えたいな。」
「分かったよ、輪廻。」
「うん、新しいお姉ちゃん。」
その後、私は冥府で黄泉が辿ってきた歴史を学んだ。とてつもない膨大な量だったが、なぜか私は覚えていた。
そして帰る日となった。
「ヨミお姉ちゃん迎えに来たよ。」
末離ちゃんが来た。見送りには想慈様と紗螺さん、そして輪廻が来ていた。
「うちの跡取りのことこれからも頼むぞ」
「ちゃんとあの子と一緒に元気に暮らすのよ」
ご両親から別れの言葉をもらう。そして、輪廻はもじもじしながら言った。
「…その、また帰ってきたくなったら帰ってきてもいいよ。もうこの冥界もお姉ちゃんの故郷だから。」
「ありがとう。輪廻ももっと頑張るのよ。」
「うん!だからまた褒めてほしいの。」
「ふふ、わかったわよ。」
そして、私は冥界を後にした。
「だからね、私の血には生物を腐らせる力があるの。私の能力のおかげでかなりコントロールできるけど…。」
ヨミの真実を聞いたミロクは少し黙った後、言った。
「ならば、余計に死ねないな。お前と共に冥界を任せられるんだ。この世界一つも守れないようじゃダメだな。」
「そうだね。わたしもっ!頑張らなくちゃ。」
2人が背を合わせ、武器を構える。ミロクは橙色の火球を出し、それを包み込むようにヨミの紫色の炎が加わる。
「「創世―カグツチ―」」
大きな炎が渦巻きながら黒いものを巻き込む。
2人は息を荒げながら、座り込む。だが、
「見事な愛の賜物。それこそが創造ゆえの愛。それまさに冥界に隔絶された桃の姫。腐り落つても忘れぬ愛のカタチ。神よりさらに見事だ。」
そこには黒い何かがまだいた。
「ならば貴様の護るもの我にあり、またそれも我なり。」
「どういう…こと!」
「つまりは私たちが護っているものはあれと関係があるってことだ。」
「故我に傷与えず、守れず。我を倒すは護れず。」
「ちっ、化け物が…」
「…知らぬとは言いものだ。貴様の中に眠るは自戒の縁。己知れば壊れる。」
「どういうことだ。」
「己憎むもの己にありし。消えしものは蛇の元。目を見れば怯え、暗きものに安息を求む。なれば神裏切りし者、何を問う。我悪魔なりし、だが、ソレはより深き。」
「何言っているか私でもさっぱりだな。」
「…ならば言おう。貴様の憎むものは何だ?」
「…」
「それは貴様に内包する。呪いとは自らを蝕む。知らぬなら蝕まず。見せてやろう。」
その時、ミロクの体を黒い槍が貫いた。胸に大きな穴が開いた。
「…えっ…」
ヨミは今起きたことの処理が追い付かず、ただ呆気に取られていた。
「お師匠様…うそ…だよね…。」
ヨミは膝から崩れ落ちた。どう見ても助かるようなものではなかった。
「あ…ああ…」
ヨミは涙を堪えた。秘策があるからだ。
「私の血は大切な人を回復させることができる。だけど、ここまでとなると私の負担は大きすぎる。でも、私はもう…約束を無かったことにはしたくない!」
ヨミは自分の舌を噛み切り、そのままミロクに口づけをした。そして、ヨミは気を失った。
ミロクは気がつくと自分に覆いかぶさるようにヨミが倒れていた。
「ヨミ!そんな…また…」
ミロクの中でフラッシュバックする。ミラからの攻撃から自分をかばって死んだヨミの姿、守られてばかりの自分、それらはミロクの心の中で悔しいまでに高ぶっていた。
「くそ…私は………あ………」
ミロクの中で何かが吹っ切れた。
その姿はあまり変わらないが、目の色は明らかに人のものではなかった。
「現れたか。十戒。我と対等の呪いよ。」
ミロクは不気味な笑みを浮かべる。
「ここからは余計な問答はなしだ。呪印!」
悪魔はミロクに触れた。だが、ミロクはにやりと笑いそれを吹き飛ばした。
「は…はハハ。やはりだめなのだな。貴様は呪いを喰うもの。貴様にとって痛みは魔力に変換される。だが…」
悪魔から黒い触手が4本伸び、ミロクの手足を拘束する。
「………?」
「やはりな。貴様は十戒の魔力を持つが、身体能力は片割れに取られたか。教えてやろう。喰われた我が分離したのは復讐のためだけではない。貴様らの一族が邪魔なのだ。十戒、貴様の力を我が喰えばもはやアレも超えうる。だが、魔力だけではどうもな。まさか、アレが、あいつが片割れを…!」
ミロクはいまだに不敵な笑みを浮かべている。
「ならば、限界以上の力を引き出させるまで…。」
倒れているヨミに向かって黒い槍を投げる。
「奴が不死身だろうが槍には呪印をつけてある。永遠に苦しみ続けるだろう。」
「!」
ミロクから黒いオーラが漂う。
「反転黒陽―シャドウシャイン―」
ミロクを中心に黒い炎が悪魔を槍ごと焼き払った。
「…………」
ミロクはそのまま倒れてしまった。
「………もはや無用。全てを使い切った貴様に用はない。せめても貴様ら二人をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやる。」
もはや全ての力を使い切った二人に抗う術はなかった。
「だが貴様らの存在はアレに対抗しえる。我が喰おう。」
悪魔が二人にとどめを刺そうとしたとき、光の槍が悪魔を貫いた。
「これは…あれか。」
「お前にはあまり洒落たものは言えんが、そいつらを片付けられちゃ困る。目的はあの野郎だろ。そいつらも末離も関係ない。」
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