意思と意志と遺志

「残念。今の私にそれは効かないよ。」

刺された部分が溶けだし、エクルの腕に絡みついた。

「何これ!」

「私はスライムの体なの。異世界に行ったとき襲われてこうなっちゃたんだけどね。」

「くっ…」

エクルは距離をとった。

「エクスバースちゃん達のことを聞くまで逃がさないよ。」

エクステラの手からスライム状の液体がにじみだしてエクルにめがけて伸びた。

「邪魔はさせない。」

エクルの雰囲気がさらに変わった。

「もはやすべてが無に、何も意味はない。」

「これは…」

エクルのまとっている虚無の力は未離をも凌駕するモノだった。

「こっちも本気じゃなきゃダメみたいだね。」

エクステラの背中から透明な羽が出た。

「さぁ、行くよ!」


エクルの力は想像以上だった。エクステラの力もすごいものだったが。さらにその上を行き、もはや次元が違った。

「無意味に挑むものよ。我らの意から外れしものよ。お前は何が為に挑む。」

もはや満身創痍のエクステラは血まみれだった。

「何って…幸せの為に決まってるじゃない。私は喜びよりも幸せを感じたい、何から何まで喜んでばかりじゃ本当の笑顔なんて作れないからね。私の笑顔がみんなを喜ばせるなら、私は真の意味で笑いたい。心から笑えるハッピーエンドじゃなきゃダメなの。」

エクステラは血濡れの顔で笑った。

「………幸せ…。そんなもの、欲しかったよ。お兄ちゃんと笑っていたかった…。」

エクルはそう言い残し何処かへ消えていった。



その後、ミクルに発見されたエクルは救護室へ運ばれた。

「そうか、もう動き出していたか。」

有間が当然のように言う。

「え?お兄ちゃん気づいてたの?」

「ああ、前ミリアを引き込むときにエクスバースと連絡が取れず仕方なくエクルに権限を渡した。エクルの不審な行動は前々から気づいていた。」

「私のせいだ。」

「お前だけのせいじゃない。確かにエクスバースの不在の理由を作ったのはお前だが、俺も事前に対処できたのにしなかった。全員が助かる方法をずっと模索していた。」

「………」

「お前は誓ったんだろ。ずっと笑顔でいるって。それにお前たちの会話を見ていたがあれを止めるにはエクステラ以外にいない。俺が入ればあれは余計に拒絶するだけだからな。」

「お兄ちゃん…」

「それにお前が失敗しても最終手段がある。賭けになるからあまり使いたくはないが、心配せずにぶつかってこい。」

「でも、私じゃかなわなかった。」

「大丈夫だ。あいつは感情を揃えられないと分かり、3人を解放した。お前には感情の核を集めてほしい。」

そう言った有間が取り出したのは日記帳だった。

「これは最初の虚無の女神が書いたとされる日記。彼女の想いはすべて詰まっている。」

エクステラが日記を開くとほとんどのページが無くなっていた。

「そう、無いんだ。だが、お前は見たことがあるんじゃないか?」

確かに見たことある。あの時、異世界で心の中にいるクロステラとクロスバースから日記のようなものをもらったことがある。

「それが感情の核。つまり、お前たちは元々感情ではなく、ミリの思い出だったんだ。過去の自分、理想の自分、嫌いな自分、大好きな自分。それがお前たちだったんだ。」

「えっ。」

「お前はイレギュラーだ。異世界に触れ、依存を消し、体を持つお前には彼女の孤独を変えることも可能かもしれない。」

「私に…」

「俺はもう行く。一応念のためにあれを完成させておかなければならない。」

そう言って有間は部屋を出た。

「私が…変えられるのかな…」

そう思っているとミクルがやって来た。

「ママ!大丈夫なのですか?」

「あ…うん。私は平気だよ。」

「嬉しいのです。」

その時懐かしい気配を感じた。

「………私はまた決めなきゃいけないのかな?」


研究室へ向かうとやはりいた。エクスバースが。

「来たか…。さ、大詰めだ。覚悟はできたんだろ?もはや時間はない。」

「どうして、私が…」

「お前が特別だからだ。私は自分が楽しいから研究を続ける。でも、それは私じゃない。そうなっているだけだ。だがお前はそこから抜け出した。アレの干渉の届かぬ異世界で愛についての執着が変質して幸せを求めるようになった。だからアレの干渉を受けない。アレの誘いも分からなかったようだからな。」

「アレって…」

「私たちの本体…ミリ・ホロウ本人だ。」

「………!」


有間は未離と共にいた。

「一応だが、前から言っていたあの手段の仕上げだ。準備はいいか?」

「うん、お兄ちゃんも大丈夫?」

「ああ、だが…」

「大丈夫、お兄ちゃんなら受け入れられるから。」

「そうか…」

「私たちは偽物なんでしょ。偽物が上手くやっているから本物が嫉妬をした。だから今こうなってる。私とお兄ちゃんが出てもさらに嫉妬するだけ。だからこ、の方法を使うんでしょ。」

「ああ、そうだが、一つ心配なのは末離の意識が無くなったところだ。あちらの結果次第では本体も俺たちも…」

「…」


末離はベッドの上でうなされていた。その光景を末無、未無、ミロク、ヨミで見守っていた。

「嫌な可能性は考えたくはないが一応聞こう。あの悪魔は本当に悪魔だったか?」

「いや、俺も姉さんも見たことがない。だが、気になるのは末離はどうして今まで虚無空間に耐えられたのかだ。あいつは条件を満たしていない。だが、気づけば耐えられている。末離の意志が強いからだと思っていた。」

「だが違った。可能性として考えられるのは、悪魔は元々虚無から生まれたものだということだ。」


エクステラはエクスバースとにらみ合っていた。

「どうした?感情が欲しいのなら私を倒さなければダメだ。」

「…」

「お前は………全部救えると思ったら大間違いだ。きれいごと全部並べて、汚いものを隠しても見ているものからすればハッピーエンドだ。誰も裏側の犠牲を知らない。世界はお前の思っているほどきれいごと並べるだけで完結するようにはできてないんだ!」

「………そんなの分かってるよ。いつかは選択を強いられる。すべて選択から成り立っている。そうだよ、私は悪いものを見なかったふりをするよ・でも、そんな悲観的に見たら幸せも全部だめになっちゃう。幸せだけを見るからこそ生きている意味があるの!」

「なら、私を倒すしかないぞ。お前の幸せの為に。」

「倒したくないよ…」

「なら私がお前を説得する。 追加装甲―パッチ・アームド―」

エクスバースの座っていた椅子が変形し、エクスバースの体に合わせた装備となった。

「これは私の最終手段。私の弱点である運動能力を完全サポートする装甲。私がお前を消す。そうなればお前も私を倒すしかなくなるだろ。」

「…」

「後悔しろ。」

エクスバースの拳が電気をまとう。

「…!」

エクステラはそれを受け止めたが、一つ受けただけで満身創痍だった。

「お前には相性は悪い。お前も受け続けるのは不可能。」

「受けてみせるよ、何回だって…」

「折れないな。分かってはいたが…。なら、」

その時、研究室にミクルが入ってきた。エクスバースはそれを読んだうえでミクルに電撃を放った。

「なっ…。」

「え?」

ミクルには電撃は当たった。しかし、ほとんどダメージはなかった。

「どうしてなのですか?」

ミクルは足元を見る。自分の足にはスライムが巻き付いていた。エクステラが電流を自分に誘導したためミクルは平気だったのだ。

「だめ、だよ。エクスバース…ちゃん。私たちの戦いでしょ。私はエクスバースちゃんにわがままを言い続けてきた。私の想いはもう伝わってるはずだよ。だから、今度は私がエクスバースちゃんの想いを受け止めないとダメなの!」

「…お前は…いつもそうだ!自分だけ気ままに過ごして、私の研究の邪魔をして、物を壊して…!それでも…笑っているお前が…楽しそうに過ごしているお前が…………………羨ましかったんだ…。」

エクスバースは涙を流していた。本来感じえることのない感覚を受けていた。

「エクスバースちゃんだって、私と同じだったよ。」

「えっ…」

「私は知ってるんだから。エクスバースちゃんだって笑ったり、泣いたり、怒ったりしてる。」

「それがどうした。私にはもう何が自分なのかもわからない。」

「自分が分からないなら新しい自分になればいいよ!」

「やっぱりだな。私にはエクステラが必要なんだ。お前はいつも私の支えになってくれる。だが、私にはお前を説得しなければならない。それが有間の狙いだからな。」

「お兄ちゃんの…」

「ああ、今回の私の行動は本体によるものではない。私もうすうす気づいていたんだ。最初からイレギュラーだったのはエクステラではなく、この私だったんだからな。」

「えっ…」

「それはこれを見れば明らかだ。」

エクスバースは数枚のぼろぼろの紙を出した。

「私の感情の核だ。ふっ、もう何が由来で生まれたのかも読んでわかるものじゃないけどな。」

「じゃあ…」

「そうだ。エクステラは最初から自分が何者であるかは決まっていたが、あのときの私には完全に何もなかった。最初からな。」

「じゃあ今までは…」

「お前と同じだ。自分が何者であるかはお前たちを見てある程度予測できた。その偽物の自分を演じ続けて来たってところだ。私はお前の知っているような私とは元から違っていた。私には最初から…存在意義なんてなかった。」

「エクスバースちゃん。」

「だから、私は変わった後のお前のことは好きだったぞ。私と同じで自分を演じている。お前は本当のあるべき自分を知っているうえで新しい自分を作った。私と違ってな。」

エクステラは異世界に行ったとき心の中でもらった本を取り出した。

(やっぱり。綴じなおしてあるけど、これは日記の一部だ。)

「エクスバースちゃん。これを見て。」

「ん…これは!」

「そう、エクスバースちゃんが失った感情の一部。」

「お前、これをどこで…」

「初めて異世界に行ったときに心の中にクロステラちゃんともう一人いたの。エクスバースちゃんと似た人が。」

「ほう、つまり判断が曖昧だったということか。本体にとっての『喜』と『楽』の判断が曖昧だから私に有るべき感情がエクステラの中にあった。見せてくれ、それを、私がどうあるべきであったかを。」

本をエクスバースに渡すとエクスバースはそれを読み始めた。

「これは…」

エクスバースは驚いた。そこに書いてあったのは、無邪気に遊ぶ自分。特に欠けていたのは兄と遊ぶ時のものだった。

「そうか、私は最初から間違えていたのか…。本来ならもっとエクステラより子供っぽく振舞っていたはずなのか。ふふっ、そう思うと笑えて来るな。」

その時のエクスバースの表情はいつにもまして無邪気な笑顔だった。それを見たエクステラは優しく微笑みかけるのだった。

「エクスバースちゃんのそんな表情初めて見た。」

「何を言ってる。私は元からこうだったさ。心のどこかで安寧を、本来あるべき姿を求めていた。いつの間にか私は真面目に振舞うようになった。」

「エクスバースちゃん、だから、私はあなたを奪えない。」

「いや、それは違う。」

「違わなくないよ。今エクスバースちゃんは一番幸せになってる。それを壊したくないよ。」

「いつかは終わるんだ。この幸せも。簡単なことの積み重ねの幸せは脆い。苦しんでやっと手に入れた幸せの方がいいんだ。今、お前が私を吸収すれば将来的にお前は私たちをもう一度創れるかもしれない。今やらなければ私たちのこの体では近いうちに消える。」

「…でも…」

「ママ、今だけのお別れは寂しくないのですよ。」

そのやり取りを見ていたミクルがエクステラに言った。

「ミクルも向こうの世界のみんなとお別れしたのです。でも、みんなはもう一度会えるように頑張ってくれるって言ってたのです。だから、ミクルは寂しくないのですよ。」

「ミクルちゃん…。」

エクステラは決意した。

「エクスバースちゃん。もう一度会えるかな?」

「会えるさ、それまでにお前の心の中でもう一人の私を探す。本当の私を見つけるためにな。」

エクステラは覚悟をした。


少し経った。そこにはもうエクスバースはいなかった。

「エクスバースちゃんの気持ちがわかる。私が何をすればいいかも。」

「ママ?」

「ミクルちゃんは隠れてて。これからは危なくなるから。」

「分かったのです。ママは勇者なのです。だから絶対勝つのです。」

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