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泥水のようなコーヒーを――仮想空間なのに、もう少し上手く淹れられないのか?――出してくれたアルバートによれば、現在西暦で2200年。私が眠りに就いてから、およそ150年が経過したらしい。
「僕の身体もとっくにガタが来たからね。意識と記憶をアーカイブし、ここで無聊を慰めつつ、環境復元作業を続けているというわけさ」
遺伝子情報の採集は予定の80%程度は果たせたそうだが、アルバートのように意識や記憶まで保管出来たのは、計画にとって重要度の高い一部の科学者に限られたらしい。
「今地球上で生きて活動している人類は皆無だろうね。生物界全体で見ても、細菌やごく簡単な植物、原生動物しか活動を確認できない」
国連の移住計画が上手く運んだのかは分からないが、事実上、これでこの星の人類は一度絶滅したという事になる。私は上手くやれたのだろうか。遺伝情報だけを保管したところで、誰かを救ったことにはならないのではないか。私自身のように、コールドスリープのための設備を、より多く建造するべきだったのではないか。
「ここで良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
思い悩む私を気遣ってではないだろうが、アルは右手と左手の人差し指を立て、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……良い方から聞こうか」
「それじゃあ良い知らせ。君の治療の目途が立った。けれど、環境の復元とアーカイブした人類再生の準備にはまだ時間が掛かる。君の選択に任せるけど、もう少し眠り続けることをお勧めするよ」
「分かった。それじゃあ悪い方も聞こうか」
「悪い知らせは、今君が見てきた光景だよ」
アルバートはいつか目覚める私を楽しませようと、環境シミュレーションシステムの一部を使い、蒐集したアイドルのデータ全てを堪能出来る、オープンワールドのゲームを設計したのだという。全てを管理する中枢I・DOLLは、ディープラーニングでアイドルの概念を把握し、学習により成長を続ける自己進化型プログラム。
「きたるべき人類再生の予行練習も兼ねて、アイドルだけの世界でのシミュレーションのつもりだったんだけどね。70億ものアイドルのデータだけ集めて、ファンの存在を失念していたのが致命的だったようだ。I・DOLLの中でアイドルというものの意味と価値が収斂され、動かしがたい格差が確定してしまった」
アルは一本だけ立てた右手の人差し指を振り、渋い表情を作る。
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