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どうした事かと混乱しつつ、折々胸の感触を再確認しながら部屋を見回していた私は、不意にここが仮想空間の中であることに気が付いた。小奇麗な病室のように見えるが、情報量が少なすぎる。わずかな埃も見当たらないし、病室に付き物の消毒液の匂いもない。
「身体の方はまだ眠っていて、フルダイブのゲームを見せられているのか?」
それならば、この少女の身体も腑に落ちる。悪戯好きのアルバートのやりそうなことだ。慌てる私を、モニタを通してどこかで眺めているに違いない。
「どこだアル、見ているんだろう?」
姿を見せないアルバートに呼び掛けながら、ドアを開け外へ出る。病院のようにも、ホテルのようにも見える簡素な廊下には、同じ造りのドアが並んでいた。ゲームのつもりで何気なくその一つを開けた私は、思いがけなく部屋の主の着替え中の場面に遭遇し狼狽えた。
「す、すまない。ノックもなしに」
十代半ばほどのショートボブの少女。顔周りの髪が長く、目元が隠れどこか気弱げに見える。
慌ててしまったが、すぐに彼女はゲームのキャラクターだと気が付いた。どこか見覚えがあるように思う。
「私は薫。西園寺薫だ。君は?」
「わたしは……涼代……さや。コンサートの……時間だから」
私と目を合わせることなく、さやはただ淡々と着替えを続ける。どこからか、軽快な音楽が鳴り響くのが聞こえ始めた。
さやの後を追い、21世紀初頭のレトロな街並みを歩く。同じ方向へ進む人々の姿は女性ばかりだった。まだ10歳にも満たない子供や、20代半ばの成人女性の姿も見られるが、私にはその誰もがアイドルなのだと認識できた。
「みんなー!! 今日も来てくれてありがとー!! それじゃあ一曲目、始めるよーッ!!」
街の中央にある広場に、立体的なステージが展開している。その上で手を振るのは、ミドルティーンのピンク髪の少女。はじける笑顔は、幼なじみに覚えるのと同種の親しみを抱かせるが、同時に秘められた圧倒的なカリスマも伝えてくる。左右に立つ長い青髪のクールな印象の少女と、金髪をツインテールにした少し生意気そうな少女に、順に視線を合わせ頷くと、高らかに声を上げ歌い始めた。
「……ディアレスツ。この世界唯一の……アイドルグループ……」
「唯一?」
訝し気な顔を向ける私に構わず、さやは手を振り上げ曲に合わせリズムを取る。見ると、周りの少女達も一様に同じ仕草を繰り返している。誰もがそれぞれに魅力的な顔立ちで、華やかな衣装に身を包んでいるにも関わらず、その印象はどこかくすんで見える。ここにいる観客は誰もがアイドルのはずなのに、輝いているのはステージに立つディアレスツのみ。
『彼女たちが全ての光を集めてしまったからね。他の子たちはそれを仰ぎ見るしかないさ』
足元で聞こえる声に目を落とすと、博物館でも現物を見た事がない、1998年製のiMacに猫耳を付けたようなロボットが転がっている――アイドル達に蹴り倒されたのか。
「……アルバート、君か? 説明しろ、これは一体どういう状況なんだ?」
『久し振りだねカオル。これはこれでなかなかいい眺めなんだが、落ち着かないから少し起こしてくれないか?』
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