70億アイドル世界 ~The world of Seven billion idols~

藤村灯

 永い眠りから目覚めた私がまず覚えたのは、身体の違和感だった。

 目覚めるのは治療法が確立した時。そういう約束になっている。

 ならば、この違和感はその影響からか。


 解凍されたばかりにしては、滑らかに動く手で身体を確認する。

 手が小さく、腕が細くなっているのは必然だろう。

 まるで筋肉のない己の肢体を探るうち、胸に確かな違和感が存在した。

 ふにふにとした、掌に収まる程度の――


「何故胸がある!!??」


 のぞき込んだ飾り気のないシャツの胸元の中身は、ティーンの少女のものだった。


     ☆彡


 そのカタストロフの原因が何だったのか。私はその答えを知らないし、正直さほど興味もない。

 避けられない自然現象だとも、異星人の攻撃だとも伝わるポールシフトで、地球のほぼ全域が人類にとって生存に適さない環境になるはるか以前に、不治の病に侵されコールドスリープしていたからだ。


 事業に成功し、複数の国家を動かせるほどの資産を抱え込んでいた私は、そのほとんどを絶滅に瀕した人類の救済計画に投資した。


 全人類の遺伝子アーカイブ化。


 国連主導により、居住可能な他惑星への移住計画と、現存する全ての生物遺伝子のアーカイブ化は進められていた。しかしそれでは救える人数に限りがある。救済に与かれるのは先進主要国の富裕層に限られ、第三世界の人々の多くは取り零されるだろう。それに、新たな移住先に辿り着けるとも限らない。


 だが、採取した遺伝子情報を保存し、一度壊れた地球の環境を復元したのち、新たに人類を再生するのなら。


 実現度が低いとして採用されなかった、全人類の遺伝子アーカイブ化案に私が投資したのは、その取り零される人々をも救える可能性があるという、人道的な理由からばかりではない。計画立案者であるアルバート・ウォズニアックのある性癖が、私のそれと合致したからだ。


 すなわちアイドルゲームオタク。


 彼には可能な限り多くの人の遺伝子を採取する計画を進めてもらう傍ら、私が眠りに就いている間、デジタル・アナログを問わず、可能な限りのアイドルゲームのデータを収集する事を託した。


 キャラクターとしてのアイドルはカワイイの極致。人類の英知の結晶だ。世界が破滅に向かう間にも増え続けるアイドルを、眠りに就く私が目にすることが出来ないのが唯一の心残りだった。国連主導の計画には潜り込ませる余地のない渇望も、同じ志を持つ彼に任せれば、無理なく両立させることが出来る。治療法が確立し、健康な身体で目覚めた私は、安心してアイドル達を堪能することが出来る――そのはずだったのに。

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