第153話
「ふぅ、思った以上に疲れたッスね」
杏樹は手の甲で額に浮かぶ汗を拭う。
かなり張りつめていたのかその汗の量が尋常ではなかった。
「――――――――――――しかしよく銃弾を変えていましたね。麻酔弾ですか?」
地面に横たわるマレウスは苦しそうではあるものの、僅かながらだが寝息が聞こえる。
首筋には麻酔針のようなモノが刺さっているところを見ると、杏樹には初めから彼女を殺すつもりはなかったようだ。
「まぁこんな場所で取れる物なんて限られてるッスけどね~。流石にアリシアの友人を射殺するわけにはいかないッスよ」
おどけてみせているが、手加減をして勝てるような相手ではなかった。
何より、マレウスには色々と聞きたい事が多すぎる。
ここで退場されるには蓮花としても本意ではない。
「―――――――――――――――そういえば、くノ一のお嬢さんはどの辺りからアタシの能力に気付いたんッスか?」
杏樹の
杏樹としてはそこまで彼女を下に見ていたわけではなかったのだが、それでもその観察眼には恐れ入るものがあった。
「あぁ、そうですね―――――初め疑問に思ったのは貴女と初めて対峙した時でしょうか?」
蓮花は初めて対峙した時の杏樹との戦闘を思い返す。
『ザイン湿地帯』で一度目に万里を狙撃した時と、そこから間髪入れずに蓮花とアリスを含めた三人を多方向から狙撃をされた。
あの時は混戦だったのであまり気にしていなかったのだが、今よくよく考えてみると妙な部分が目立っていた。
あれだけ離れた場所からの狙撃を行うにはかなりの技術を伴う。
しかも多方向からの狙撃だったので複数人いなければおかしいのだ。
「ですが実際に狙撃ポイントに向かった時にいたのは蛇穴さんとエルフの方が数名だけ………………しかもあの時の狙撃には数発ほどでしたが下の角度から向かってきた弾丸がありました。ならばあの狙撃は蛇穴さん一人が行ったもので、今のように弾丸の軌道を多方向へ捻じ曲げて私達を狙ったという事になるでしょう?」
そこまで言いながら蓮花は自分の瞳を指す。
「私は『夜刀』という忍びの一族です。五感が優れていなければならないのですが、先ほどの戦闘で貴女が撃った弾丸が曲がる直前に不自然に回転が止まっているのが視えました。回転を止めると風の抵抗が不規則になりゆっくりと軌道を変則させている―――――それが貴女の能力では?」
そこまで言われて杏樹は降参という風に両手を挙げる。
何から何まで完璧な推理にお手上げだった。
「あぁもう正解ッス。能力―――――っていうか体質かどうかも分かんないッスけど、アタシは自分の体感時間を自由に変速させる事が出来るんッスよ。さっきも言われましたけど銃弾の回転を片側だけ止めると上下左右に曲げる事も可能ッス。あとはアタシの周囲の時間を遅くしたり速くしたりすれば相手からすれば消えたようにも見えるッス」
『
万能であり、そして使いどころが難しい能力。
それが超能力なのか、それとも別の何かなのかは分からないがこの〝力〟のお陰で彼女はどんな戦場でも生き抜く事が出来たのだ。
「まぁ極力使いたくはないんッスけどね。結構コレ使うと後々しんどいッスから」
そう言って、ようやく身体の汗が引いてきた杏樹はグッと伸びをする。
なるほどと納得した蓮花はそれ以上は聞かないようにした。
人には語りたい事と、そっとしておいてほしい事がある。
杏樹は必要以上に自分の領域に踏み込まれたくないのだろう。
それを感じた蓮花は口を閉ざし、代わりに別の事を告げた。
「なんにせよ、ありがとうございます蛇穴さん。貴女のお陰で色々と助かりました」
その言葉に杏樹はキョトンとし、そしてふっと笑った。
「変なの――――――ついこの間激しく殺り合った者同士とは思えないッスね」
「それはそれ、これはこれです」
お互いが無言になると同時に笑い合う。
立て続けに張りつめていた緊張の糸が解れたのだ。
ひとしきりに笑い終えると遠くの方から自分達を呼ぶ万里の声が聞こえた。
「おーい、蓮花殿! 杏樹殿!! 無事ですかなーッ!?」
「いやぁ、あの
何気に失礼な事を言われた気がするが、今は良しとした蓮花達は万里と大河と無事合流を果たした。
「
戦闘の跡を見る限り、かなり激しいと瞬時に理解した万里は視線を地面に倒れていた少女へと向ける。
それに気付いた大河も「なんてエロスな格好をして!!」と叫んでいたが、蓮花が静かにクナイを構えるとすぐさま万里の後ろへと身を隠す。
「そちらの
「幼子―――――まぁそれは後々にでも。それよりも神無月くんとアリスさんは」
蓮花がそう言った時、『ティファレイド』の方角で大きな爆発音が轟いた。
向こうはまだ戦闘が続いている。
その場に居合わせた四人は顔を合わすと無言で頷く。
「どうやら向こうさんも手こずってるみたいッスね」
「十夜氏はともかくアリスたんが心配だね—――――早く助けに」
行こう、そう言いかけた大河だったが不意に彼の視界がぼんやりと青白く輝く。
そして倒れていた少女へと目を向ける。
「う、―――――あ」
うなされたように苦しんだあと、マレウスの身体から黒い靄が漂い始める。
瞬時に〝それ〟が邪悪な何かだと感づいた四人は構えたが、ゆらゆらと漂ったかと思えば〝それ〟は弱々しく爆発音のする方へと向かい始めた。
「アレは一体…………」
「さあ? 何なのかは分かりませんが」
邪悪な感じがしたそれはこちらに危害を加える事無く『ティファレイド』へと向かった。
恐らく十夜とアリスが戦っている〝何か〟と関係があるのだろう。
再び四人は顔を合わせると倒れていたマレウスを万里が担ぎ上げ向かう事にした。
爆発音は未だ止むことなく続いている。
時々聞こえる咆哮はどこか寂しさを感じずにはいられなかった。
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