第154話




 鋼色の鈍い光を放つ重々しい機体を持つ『バーサーカー』と闇の色に染まる禍々しい機体の『アヴェンジャー』とが激しく衝突する。

 機体の性能の違いはそんなにはなく、互いの力は拮抗している

 しかし、バーサーカーの原動力となっているのはマキゥエの魂と、

 アヴェンジャーの原動力であるアンラ・マンユとでは徐々に力の差が浮き出て来てしまっている状態だ。


 『ぐ、ぅ―――――』


 小さい声だがバーサーカーの機体から声が漏れる。

 マズイ、そう思ったアリスはすぐさま動く。


 「〝バラは赤い〟! 〝スミレは青い〟! 〝ピンクは優しい〟!」


 アヴェンジャーの周囲に色とりどりの魔法陣が浮かび上がる。

 点灯し、点滅し、縮小し、拡大し、チカチカと激しく蠢動する魔法陣にアヴェンジャーは身動き出来ずにいる。


 「〝さて〟―――――――〝アンタの色はどんな色〟ッ!!」


 凝縮された魔力の奔流が噴き出し大爆発を引き起こす。

 『ティファレイド』の広場では爆発による爆風が辺りを吹き飛ばしていく。

 同時に、


 『これで―――――――終わりっ!!』


 マキゥエの声と同時に激しい電流が放電される。

 地面を、大気を震わせ雷撃が轟きアヴェンジャーへと直撃した。


 『やった?』

 「あ、それボク達の世界じゃフラグ回収――――――」


 アリスの声も虚しく、土煙が晴れた先には所々に傷はあるものの平然と立っているアヴェンジャーの姿がそこにあった。


 「んー、やっぱり難しいか」


 さてどうしたものかと考えていた時、ある変化がアヴェンジャーに出た。

 何処からともなく黒い靄がアヴェンジャーへと吸い込まれていったのだ。


 「……………………あれは?」


 何故か嫌な予感がしたアリス。

 そしてその予感は見事に的中する。


 「オ、ア――――――――――――――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」


 先ほどとは比べ物にならない咆哮が待機を震わせ周囲を支配する。

 それと同時に強烈な重圧プレッシャーをアヴェンジャーから感じた。

 ゆらり、とアヴェンジャーの機体を囲むように黒い靄がオーラのように揺らめき、





 気が付けばバーサーカーとアリスの背後に一瞬で回り込まれていた。





 「ッッッ!? 障壁展開ボクたちにふれるな!!」


 アリスの詠唱こえと同時に魔法陣が壁のように展開されアヴェンジャーが振り上げる拳を防ごうと立ち憚る。

 ギチギチギチィィィッッッ! と力を込めた拳は、まるで紙を破るかのように簡単に砕けた。

 漆黒の拳がアリスに迫ったが間一髪バーサーカーが止めに入る。

 だが、それだけだった。

 完全に防ぎきれなかったアヴェンジャーの攻撃はバーサーカーとアリスを簡単に吹き飛ばす。

 今までバーサーカーとアヴェンジャーの力が拮抗していたのは機体の性能だけでなく、互いの長所が上手い具合に当て嵌まっていたのが大きい。

 速度は落ちるが力では上のバーサーカー。

 力は劣るが速度では上のアヴェンジャー。

 そこでアリスの補助があってこそ有利に立てていたのだ。

 しかし、たった今その均衡が崩れてしまった。

 少し離れた場所で蓮花と杏樹がマレウスを撃破した事により、彼女に憑いていたアンラ・マンユの欠片がアヴェンジャーへと蒐集されたのだ。


 「う、――――――きっくぅ」

 『大丈夫?』


 アリスを起こそうとバーサーカーに憑依したマキゥエが手を差し伸ばすが、バーサーカーも機体に限界が近付いているのだろう。

 ギシギシと可動音が軋んでいるのが分かった。


 「ボクは大丈夫―――――マキゥエはまだやる事があるから無茶はしないで。ここで壊れたら


 アリスはゆっくりと立ち上がると目の前の漆黒の復讐者へと視線を向ける。

 余裕なのか、それとも機体が着いて行かないのかは分からない。

 しかしアリスとしてはどちらでもよかった。


 「余裕かましちゃって―――――なんかムカつく」


 着ていたボロボロの上着を脱ぎ棄て自身の身体に刻まれた魔術刻印を発動させる。

 腕だけでなく、足の爪先から顔に至るまでの刻印が淡く輝く。


 「そんなにお望みなら開いてあげる―――――――全力の『不思議な国のお茶会ワンダーランドライブ』を」










 一方で十夜は異形へと変貌したコウランと対峙していた。

 姿は獣のようになり、最早知性の欠片も見られないモノになっていた。


 「マスター、これより私は敵勢力殲滅機能アサルトモードへと移行します」

 「あぁ、だが殺すなよ? あんな姿になってしまっているが中身はコウランだ」


 了解アプセプトとだけ告げるとリコリスの身体が光り詳しくは見えなかったが一瞬だけ裸になった――――ように十夜からは見えた。

 目を見開き、瞼に焼き付けようと鋭い視線をリコリスへと向けるが気が付くとメイド服から白をベースとした動きやすいドレスへとコスチュームチェンジをしていたのだ。


 「……………………ちぇっ」

 「マスター、トーヤ様のバイタルが激しく上がったかと思えば今度は著しく低下してしまいましたが何か敵の攻撃を受けてしまったのでしょうか?」


 恐らくリコリスには男心というモノを理解するという機能は備わっていなかったのだろうが、制作者でもある博士は無視をする事にした。

 というかほぼほぼ呆れかえっている。


 「無視しておけ。男はそう言う生き物だ」


 頭に疑問符を浮かべながらもリコリスは自身の両腕を変形させる。

 右を薄刃の剣に、左を機関銃へと変化させた。

 変形と聞くといつまでも少年の心を持つ十夜は目を輝かせ「うわスゲーッ!」と叫んでいたがその声を博士は無視をする。

 アホな茶番にこれ以上付き合ってられないのだ。

 珍しく自分でも焦っていると感じている。

 何故、こんなにも心がざわついているのか?

 全てを理屈で考えてきた博士にとって、自分の心の内が分からないのはどうにも落ち着かない。


 「リコリス! コウランを無力化せよ!」

 「了解アプセプト、マスター」


 リコリスが動くと同時に獣と化したコウランも動く。

 理性の無い獣ほど動きは単純で読みやすいモノはない。

 対して高性能のリコリスは相手の動きを計算し、予測する事が可能なので敵ではなかった。

 そう、


 「グ、オオオッッッ!!」


 左手に装備された機関銃をコウランへ向ける。

 銃口から火花が散り、刹那に十数発の弾丸が発射された直後にコウランは素早く躱した。


 「ッ!?」


 銃口を再びコウランへと向けようと動かすが、その前にコウランの鋭く尖った爪がリコリスの左腕を切り落とす。

 鮮血は出ず、幾らかの部品が飛び散りはしたが構わずにリコリスは右腕に装備した薄型の刃を振り翳す。

 しかし、体勢が良くなかったのかコウランの身体には鋼のような体毛が刃を通さない。

 乱暴にリコリスの腕を掴み溢れんばかりの力で無理矢理リコリスの腕を引き千切る。

 ニタァと凶悪な笑みを浮かべるコウランは爪を立てリコリスの身体に突き立てようと勢いをつけ、





 「テメェの相手は――――――――――――俺だァッッッ!!」





 ゴッバァッッッ!! と凄まじい衝撃が周囲に轟く。

 十夜の右腕は異形の形『崩絶戦鬼腕』によって威力が高められている。

 更にその呪いちからは周囲を歪めるほどの重力を加算させるモノなので破壊力は更に上がる。

 十夜の何倍もの体躯を持つコウランはその勢いに負け吹き飛ばされる側へと回った。


 「ったく! 何してんだよ博士!! 相手は変質しちまったけどコウランだぞ!? ンな簡単な相手じゃねーだろ!!」


 バチバチと音を立てながら横たわるリコリスの傍らに立つ博士の映像には雑音ノイズが奔る。

 確かに自分でも失策だと感じていた。

 気付かない内に、博士は焦っていたのだ。


 「(焦る? この俺が?)」


 理解が出来ない。

 全ては数式で解明できると自負していた自分が分からない。

 混乱する博士を横目で見ながら十夜は盛大にため息を吐いた。


 「何つまんねー事ごちゃごちゃ考えてんだよ、アンタは」

 「な、に?」


 博士の呟きには答えず、異形の拳を握り前を見据える。

 吹き飛んだ場所から怒りに狂ったコウランが雄叫びを上げ十夜を睨みつけた。

 二人の距離は十メートルもない。

 一瞬で距離をゼロに出来るほどの膂力を持ち合わせているのだ。

 十夜は片時もコウランから視線を外すことなく静かに告げた。


 「あーだこーだって理屈コネやがって―――――これに関しちゃ考えるまでもねーんだよ!! 博士、アンタが今動いてんのは結局のところ理由なんてもんは一つしかねーだろ!」


 十夜の叫びと同時にコウランが動く。

 迎え撃つ形で十夜は拳を握りコウランの顔面へと叩き込んだ。

 ズシィっと鈍器で殴ったような感触が拳に伝わるがそれだけだった。

 先ほどのように不意を突いた攻撃ではなかったせいか、『崩絶戦鬼腕』の一撃を顔で受け止めたのだ。


 「オ、ロォォォォォッッッ!!」


 振りかざした爪を躱す十夜だったが、それでもスピードはコウランの方が一枚も二枚も上手だ。

 ギリギリで躱したせいか体勢を崩したままモロに蹴りを喰らってしまった。


 「が、あ―――――」


 肺の空気が一瞬で飛んでいく。

 衝撃で息が出来ない。

 思考が鈍り動きが止まった隙をコウランは見逃すはずも無くそのまま十夜へと向かっていく。


 「ッ―――――な、めん―――――なァァァッッッ!!」


 拳を地面へと叩き付ける。

 周囲に重力場が発生し円形に地面が沈んでいく。

 コウランの動きは重力に囚われ動く事が出来ないが、それは十夜も同じだった。

 いや、中心にいる十夜の方が負担が大きい分不利に働いている。


 「ば、馬鹿な―――――そんな重力場を作れば直ぐに崩壊する! ブラックホールでも起こす気か!?」


 博士の叫びに十夜は不敵に笑うだけだ。

 そして攻撃の手を止めようとはしなかった。

 博士には理解が出来ない。

 何故、昨日今日会った少年がここまでするのかが。


 「言ったろうが――――理屈じゃねーんだよ」


 歯を食いしばり十夜は重力場を作り続ける。

 重力を加え続けているせいで十夜の周囲にプラズマが奔る。

 だが、十夜はそんな事は関係が無かった。


 「アンタもだろ博士? 理屈コネてばっかのアンタが焦ってでもどうにかしようとした。それ自体はなんにも間違っちゃいねぇッ。アンタは無意識にって思ってたからあんな無茶をしたんだろ!? それは理屈じゃ説明出来ねぇんだよ!」


 つぅっと一筋の血が十夜の鼻から流れる。

 身体中の血管が悲鳴を上げているのが分かった。

 だが、十夜はもう止まらない。


 「アンタが今動けねぇんなら俺がやってやる! アンタとコイツの仲違いを俺が取り持ってやる!! 見とけよ大馬鹿野郎かがくしゃ―――――アンタを、コイツを、ガチガチに縛っている仲違のろいってヤツを今から俺が粉々にぶっ潰してやる!!」


 少年の咆哮が届いたのか。

 博士も、そして理性を失ったコウランもどう感じているかは分からない。





 だが、それでも、神無月十夜という少年は立ち止まる事は決してない。

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