第148話




 幕間 『王女の告白、動き出す〝憎悪〟』



 「この『ティファレイド』の都に住む皆さん、私の話を聞いてください――――私には、


 アリシアがそう発言すると、周囲にいた各種族の代表達がざわつき始める。

 今、彼女の隣には誰もいない。

 杏樹は自分の様子を見守った後、森に入って行くのが見えた。

 なので今はアリシアは一人で広場にいるのだが、驚く彼ら亜人達の反応も無理もない。

 人間と亜人が〝友〟と言う事もだが、それが王族の発言となるとその騒ぎはまた別格だった。


 「友達? 一体何を言っているんだ?」


 亜人の一人が口にする。

 その言葉が耳に届いたアリシアは少女、マレウス・マレフィカムの顔を思い浮かべた。

 いつも元気で自分を気にかけてくれて〝友達〟だと言ってくれている少女。

 元気過ぎてたまに第二師団団長に窘められる事もあるが、それでも彼女との日々はあの窮屈な王宮内ではマレウスとの会話は唯一の憩いだった。

 そんな彼女の為、そしてこれ以上人間が亜人達を迫害しない為にも自分が出来る事をしていく。

 それが、彼女の決意。


 「私の友達は亜人―――――それも兎人族メドラビットと人間の間に生まれた半亜人デミ・ハーフです」


 更に周囲は騒ぎ始める。

 聞いた話では人間と亜人の間に生まれた半亜人は昔はいたらしい。

 しかしそれも今からだそうなのでその存在すらも希少なのだという。


 「半亜人という種族が如何に珍しいのか、それは私にも理解はしています。ですが…………


 アリシアは拳を握り締め語る。

 それは王女としてではなく、マレウスの友としての言葉。


 「彼女は言っていました。自分は父にも、そして母にも愛されていたと。そんな人達の間に生まれた彼女がそう言っていたのに他の人には出来ないという理屈はあるんでしょうか? 私達人間は亜人に優しく、亜人達は人間に怯えるような日々を過ごさなくてもいいようになるんじゃないでしょうか? 唯一創造神の教えをそこまで守る必要があるんですか!?」


 その場にいた全員がアリシアの言葉に耳を傾ける。

 亜人の迫害。

 それは昔から根付いた問題であり、神が定めた決定事項。

 だから何だとアリシアは言っているのだ。

 それは明らかな神託へ謀反する言葉。


 「で、でも―――――」


 亜人の一人が口を開く。


 「でも、それでも人間が貴女のような人達ばかりでないとしたら? 貴女のその理想はいつ実現するんだ? 明日か? 明後日か? そんなの無理に決まってるだろ」


 それは自分でも理解している。

 所詮、自分が今言っているのは小娘の絵空事だ。

 今すぐ皆が皆手を取り合って仲良くしましょうとはいかない。

 それが出来ればこの世界に争いなど起きるはずがないのだから。


 「それは私も分かっています。なので私は皆さんに私の理想それを信じてもらう為に、まずは自分の国ディアケテルをそれが出来る国にしていきたいんです」


 今の『ディアケテル王国』は腐敗しきっている。

 前国王である父がしてきた非道な実験を止める事が出来なかった。

 そして亡き父の跡をこのまま新たな国王として動いている兄に引き継がせる訳にはいかない。

 その為には自分がディアケテル王国を継ぎ変えていかなければならないのだ。


 「私は私の為に、そして友の為に皆さんの力を借りたいと」


 アリシアがずっと考えていた自分の思いを吐露していた、その時―――――。





 爆発が起きた。





 いや、正確には爆発ではなくと言った方が正しいのかもしれない。

 激しい爆音と同時に巻き起こる砂煙で広場では軽くパニックが起きていた。


 「こ、これは―――――」


 一体何が起きたというのか?

 土煙が舞い上がった広場では二つの影がゆっくりと歩いてきている。


 「ふざ、ケルな」


 ゆっくりと現れた人影は妙なオーラが漂っていた。

 黒い靄のような、只ならぬ気配にアリシアは身構える。


 「デみ・はーフ? 人間ト亜人ノ和解? ふザけるナ! そンな軽イ言葉で全てヲ無かッた事に何かサせテたマルか! 俺の妹ハ、人間に殺さレた! それダけじャない、他の亜人モ、奴隷ヤ商品にさレた! どれモこレも全テ人間が悪イ!!」


 その声をアリシアは知っている。

 やがて煙が晴れその声の主はゆっくりと、まるで幽鬼のようにふらつきながらその姿を現す。

 コウラン―――――〝ドワーフ〟の亜人で、人間に妹を殺された青年。

 しかしどうにも様子がおかしい。

 目は深い紺色だったはずが真っ赤に変色しギラつき、口は半開きで涎が滴り落ちている。

 黒い靄はまだコウランに纏わりついている。

 まるでこの世の全てを憎み恨んでいる、そんな風に感じた。


 「貴方は、コウ…………ラン?」


 確かに彼は人間を一番恨んでいるのかもしれない。

 それは初めて会った時から分かってはいたが、それでも彼の様子は〝異常〟だった。


 「人間は滅ボす。そレはもハや決定事項。ショせン貴様ノ言ってイる事は全テが夢幻の幻想譚。そんナ上ッ面の言葉デ全てヲ無かっタ事ニ出来る訳がなイだろゥガァァァァァッッッ!!」


 彼の怒号に呼応するように後ろに控えていた〝もう一つの影〟が動き出す。

 けたたましい駆動音を鳴らしながらその鉄の塊が姿を見せる。

 漆黒の全身鎧姿フルアーマーの鉄の塊は真紅の眼を光らせ咆哮を上げた。


 「俺ノ最高傑作―――――復讐の戦機『アヴェンジャー』。こレデお前を、人間に与すル亜人も、皆まトメて鏖殺おうさつだァッッッ!」


 『アヴェンジャー』が咆哮を上げ、同時に亜人達が逃げ惑っていく。

 アリシアは動く事が出来ずにその悲惨とも言える光景をただ見ている事しか出来なかった。


 「そ、―――――んな」


 漆黒の鎧が暴れまわり広場を破壊していく。

 自分の声に耳を傾けていた亜人達は散乱し残ったのはアリシアと、気が狂ったように嗤うコウランと『アヴェンジャー』の三人だけになった。


 「く、ククク―――――」


 ゆっくりと近付くコウランはまるで幽鬼そのもの。

 彼の表情からは嫉妬、怨恨、憎悪が滲み出ている。


 「コれデ、残るハお前ダけだ―――――人間の王女」


 逃げれない。

 まさか、自分はここで終わってしまうのか?

 そう、思っていたアリシアだった。

 しかし、


 「私は――――――――――まだ、終わってません!!」


 アリシアが叫び手を広げる。

 まるで逃げ回る亜人達を庇うように。


 「人間を恨むな、とは言いません。ですが他の亜人達を傷付ける事は許しません! コウラン―――――貴方が人間を恨む気持ちは分かります。ですが、それが理由で同族を傷付けるのは間違っています!!」


 あくまでコウランが憎んでいるのは〝人間〟だ。

 同じ種族ではないにしろ〝亜人〟を傷付けてしまうと、それは恨みを晴らすのではなくただのだ。

 それは、その行為だけは、コウランがしていいわけではない。


 「うるさい……………………うるさいッッッッッ!!」


 コウランの咆哮に連動するように『アヴェンジャー』がその拳を振りかざす。

 その光景を他人事のようにアリシアは見つめている。


 「(あぁ―――――)」


 後悔はない、と言えば嘘になる。

 人間と亜人のわだかまりは一朝一夕ではまかり通らない。

 しかし、


 「(言いたい事は言えた―――――あとは…………誰かが、私の意思を継いでくれる人がいれば)」


 アリシアの人生は平凡なものだった。

 王族に産まれ、ある程度の教養を修め、王族の責務として貴族や他国の権力者の元へ嫁ぎその人生を終える。

 そんなありふれた人生を送るはずだった彼女が最後に思い浮かべたのはちょっとした〝冒険〟だった。

 まず、この世界では〝ありえない〟半亜人の少女との出会い。

 そして彼女の生い立ちを聞き、初めて自分の意志で王国の外に出ようと決意した出来事。

 周りからは猛反対されたが、それでも彼女は〝友達〟の為に何かしたいと思った。

 そんな時に、噂にしか聞かなかった『迷い人』である女性あんじゅに出会い外へ飛び出す事に成功した。

 遠くに冒険する事は叶わなかったが、それでも少し楽しい冒険が出来たと思った。

 『ティファレイド』にやって来て、自分が如何に世間知らずだったかを思い知らされたが、そこでも新しい出会いがあった。

 杏樹と同じ世界から来た男の子。

 どこか騒がしく、兄とは正反対の性格をした少年は、自分とは違い冒険するにふさわしい実力を持っていた。


 それが眩しく、

  彼女は、

   少年をまるで〝太陽〟のようだ、

    そう、感じた。


 それだけでもいい。

 友達の為に動けたのは誇らしい。

 志半ばで倒れるのは辛いがそれでも―――――アリシアの人生最大の反抗期ぼうけんは十分だった。

 だから自分はこれでおしまい。

 あとは自分の意思を誰かが引き継いでくれればと、アリシアは目を強く閉じる。

 後から来る衝撃はどれほどなのか。

 痛いのは嫌だな、とそんな事を思っていたがまだ衝撃は来ない。

 コウランが躊躇ってくれたのか?

 それとも、もう〝その時〟が来たのか?

 うっすらとその瞳を開く。

 そして、





 「なーに勝手に終わってんだ? お前はまだ自分の冒険の始まりスタートラインにすら立ってねぇんだぞ。やるんなら最後まで諦めずにきっちりやり通せこの大馬鹿王女」





 少年が立っていた。

 『アヴェンジャー』の拳を受け止めながらアリシアを護るように立ち憚っている。


 「キ、サマ」

 「よぉコウランだっけ? 一日見ない間にずいぶんとまぁ様変わりして。イメチェンか?」


 少年―――――神無月十夜かなづきとおやが不敵に笑う。

 『アヴェンジャー』の一撃は全てを破壊する。

 しかし、どういった訳か少年はその一撃を受け止めていた。

 余裕――――ではないのだろう。

 受け止めている腕は震え足も今にも崩れ落ちそうだった。

 しかし十夜は決して膝を折らない。

 一歩も引かない。


 「邪魔を、するナぁぁァあぁぁぁァあぁぁアッッッッッ!!」


 コウランの怒号に合わせ『アヴェンジャー』の眼が紅く光る。

 空いたもう片方の拳を振り上げ十夜へと襲い掛かった。

 しかし、その横から

 『ティファレイド』の守り手であり、怒りに狂う戦機バーサーカーと呼ばれる機体。

 『バーサーカー』は『アヴェンジャー』にぶつかると、そのまま吹き飛ばしていく。


 「な、―――――何をするバーサーカー!!」

 「〝そこのけ〟! 〝どこのけ〟! 〝そっちが退け〟!!」


 コウランの動揺に合わせて広場に謳が響く。

 半球体のドーム状の〝結界〟が広場を包み、その場には


 「とーや先走りし過ぎ。ボクの魔術が間に合わなかったらどうするの?」


 来栖川アリスが呆れた目で十夜を睨む。

 彼女の嫌味に「わるいわるい」と軽く言葉を交わすが目線はしっかりとコウランを見据えていた。


 「ふむ、まぁ俺が大方予想していた通りになっているな―――――最悪な方と言うのが気に入らんが」


 リコリスと共に映像に映し出されている博士が不貞腐れた顔で周りを見回す。

 美しい都だったはずが、今は所々に破壊の跡があり他の亜人達が怯えながら広場を伺っている。


 「うだうだ言ってても始まらねぇ―――――さて、と」


 十夜がコウランを睨みつける。

 その紅く濁った眼は全てを射殺すほどのモノだったが十夜はその眼を正面から見据えた。





 「じゃあ始めようぜ―――――決着ケリをつける!!」





 復讐の戦機『アヴェンジャー』を従えたコウラン。

 同じく怒り狂う戦機『バーサーカー』と共にやって来た神無月十夜と来栖川アリス。

 そしてそれを見守るアリシア、そして博士リコリスの七人は最後の地へと集った。


 これより、この『ティファレイド』で最後の戦いが始まる。

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