第147話




 「『奈落の悲劇ナハツェーラ』ッッッ!!」


 マレウスの声に呼応し鏡が波紋を打つ。

 鏡に向かい掌打を、蹴りを放った。


 「させません!!」


 蓮花は同時に『空匣』を展開し攻撃を防ぐ―――――


 「ッ!?」


 野生の本能が危険を察知したのかマレウスは身を翻し『空匣』の猛襲を躱す。

 運良く躱す事に成功したマレウスはニヤリと嗤った。

 玉砕覚悟の特攻。

 自分は攻撃を受けずに済んだが蓮花はまだ此方の攻撃の軌道は読めない。

 今度こそ、その可憐な顔に風穴を空けるつもりで貫手ぬきてを放つ。

 しかし、


 「そこDORTッ!」


 銃声が轟き銃弾が蓮花の顔をスレスレに飛び交う。

 狙いは、

 狙いに気付いたマレウスは慌てて腕を引っ込める。


 「ッ!? ――――――当てる気ですか!?」

 「当たらなかったから良しッスよ!」


 ペースを崩されたマレウスはもう一度体勢を立て直す。


 「(今のはマグレ―――――またあのおねーさんを狙いつつもう一人の方を)」


 『奈落の悲劇』を展開する前にクナイが飛来しマレウスの足元に突き刺さる。

 それを冷静に回避しマレウスが攻撃に転じようと構えた。

 しかし、そこで目を疑う光景が広がっていた。

 バヂンッ!

 バチバチバヂィィィィィッッッッッ!!

 雷音が轟く。

 蓮花の周囲に雷を纏ったクナイが宙に浮き紫電を放つ。

 その数、凡そ数十本。


 「―――――――――行きます」


 静かに蓮花が言うと、それに反応するようにクナイがカタカタと震える。



 異界忍術・『紫電雷雨しでんらいう』。



 鎖鎌に装備した『付加術式エンチャントコード』に呼応するようにクナイが一斉に掃射される。


 「ッ!? 『奈落の悲劇』ッッッ!」


 姿見ほどの大きさになった鏡をくぐり抜けその場を離脱する。

 本能的に〝アレはマズイ〟と察知したのだろう。

 慌てて遥か上空―――――マレウスの移動限界地点まで転移ワープを行使する。


 「あっぶなぁ――――――本気でわたしの命取りに来て」


 しかし、彼女の安堵は空回る。


 「


 聞こえるはずのない声。

 ギョッとしたマレウスの目に飛び込んできたのは、同じ上空数十メートルの位置にいた杏樹だった。


 「な、――――――んで?」

 「いやぁ、アタシもビックリッスよ」


 杏樹は視線を下へと向ける。

 そこには蓮花が不敵な笑みを浮かべているのを目にするとそこでマレウスはハッと気付く。

 もし、

 もしもだ―――――。



 あの奇妙な『空匣じゅつ』がこの周囲の空間の至る所に創れたとしたら?

 そしてその能力ちからは自分の持つ『奈落の悲劇』と似たような力があるとしたら?



 「ははっ」


 声が漏れる。

 それは笑みだったのか?

 それともどこか呆れた声だったのか?

 マレウスはどこか清々しい表情をしていた。


 「全く―――――――――――――――まーた団長ししょーに怒られるや」


 一発の銃声が『ティファレイド』の上空に轟く。

 そこでマレウスの意識は深く沈む。

 沈む意識の中、ふと昔に言われた事を思い出した。


 ―――マレウス、お前はもう少し緊張感を持たないといけないと思うが?


 百鬼耀洸の呆れたような声が今でも印象的だったのを覚えている。

 まだ『ディアケテル王国』の王国騎士団隊入試験を受ける前の話。


 ―――お前の兎人族としての身体能力と『奈落の悲劇』との相性は良い。だがお前に遊び心がある内はいつか足元を掬われるぞ?


 分かっている。

 分かっているが、それはもうどうしようもない事なのだ。

 何故なら―――――。


 「えーっ、だって…………ししょーと訓練して、自分が強くなっていくって実感していく事がすごい楽しいんだもんっ」


 無邪気な答えを聞いた百鬼耀洸は一瞬呆気に取られたが、すぐに微笑む。

 そして自分の頭の上に優しく手を置き短く「そうか」とだけ答えた。


 ―――お前の兄弟子も、そんな素直ならまだ可愛げがあったんだがなぁ。


 いつも話す〝兄弟子〟と言う少年。

 実力は自分マレウスが上だと言っていた。

 だが、同時にこんな事も言っていたのを思い出す。


 ―――アイツは少しなんだ。純粋な〝強さ〟を求める俺やマレウスとは違った、別の〝強さ〟を求めていた。まぁ鹿から全てを教えきれなかったのが悔いるが。


 そう言ってどこか遠くを見つめる。

 そんな彼の瞳はどこか寂しそうで、そんな表情をさせてしまう〝兄弟子〟と言う存在に少し嫉妬してしまった。


 「大丈夫だよっ」


 マレウスは精一杯の笑顔で細い腕をぶんぶんと振り回す。


 「ししょーにはわたしがついてるもんっ! それなら寂しくないでしょ?」


 あぁ、

  そうだった。


 ふと、意識は今に戻って来る。

 銃弾はマレウスの頭部を直撃することなく少し逸れたようだった。

 しかし脳が揺れたせいで思考がままならない。

 そんな状態で呆然とするマレウスに変化が訪れた。

 ドス黒い〝感情〟がマレウスの中に侵食してくる。


 ししょーはわたしのモノ。

  誰にも渡さない。

   それが例えまだ見ぬ〝兄弟子〟という存在でも、

    わたしのジャマをスルならバ―――――――――――。





 「『奈落の悲劇ナハツェーラ』……………………忌能解放リミットブレイク





 銃弾は掠めただけ。

 元より殺す気でいても殺すつもりはなかった。

 それが今回は不味い方向へといってしまったと杏樹は舌打ちをする。


 「くノ一のお嬢さん!! !!」

 「ッ!? 『空匣』!!」


 杏樹を『空匣』へ入れると自分の傍に転移させる。

 上空を見上げていた蓮花が杏樹へ問い詰めた。


 「一体何が!?」

 「分かんないッス―――――けど」


 二人を逃がさないように無数と呼べるほどの鏡が取り囲む。

 そのどれもが歪な形の鏡で大きいモノや小さいモノ、そして形もバラバラでさながらそれを表現するならば『鏡の迷宮』のようだ。


 「なーんか、アタシら眠ってた獣を目覚めさせたみたいッスねぇ」


 杏樹の呟きと同時に空から落ちて来たマレウスが器用に地面に着地する。

 まるで猫のような綺麗な着地。

 顔を上げたマレウスの表情は先ほどの余裕の笑みはもうない。

 真剣で、そしてどこかどこまでも深く暗い。


 「おねーさん達も、わたしからししょーを奪うの?」


 何を言っているのか?

 それを聞こうと口を開きかけた時、





 「もう―――――わたしから何も奪わないで!!」





 膨れ上がる殺気。

 そしてマレウスは『奈落の悲劇』に拳を突き入れる。

 しかし蓮花達の周囲に出現した鏡は大きなサイズになっておりマレウスの華奢な細腕ではこちらに届く事はない。

 そう思っていた。


 「ヤバいッス!!」

 「くっ!?」


 杏樹の声と同時に蓮花も嫌な予感がした。

 その場を転がる勢いで避けると、鏡から

 それはまるであの少年の『黒縄操腕きょじんのかいな』のような、しかしスピードはマレウスの徒手空拳そのものの速度で。


 「渡さない―――――わたしの家族ししょーは渡さないッ!」


 マレウスの身体からはどす黒い〝靄〟のようなモノが纏っていた。

 まるでマレウスの中にある〝嫉妬心〟を増長させるような〝負〟のオーラ。


 「ただ事、ではなさそうですね」


 蓮花は再びクナイと小太刀を構え杏樹もそれに倣い二丁拳銃を構える。

 着いたと思った勝負はまだ続行の兆しを見せていた。

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