第146話




 マレウス・マレフィカムは父親が人間、母親が兎人族メドラビットとの間に産まれた半亜人デミ・ハーフだった。

 マレウス本人は小さい頃の事だったのであまり覚えてはいないが、当時としては自分の父親はかなりののは今でも覚えている。

 今も相当だが、当時の亜人の扱いは今より酷く生物として認められていないほどのモノだった。

 そんな亜人じぶん達を〝人〟として見てくれていたのは父親だ。

 権威のある家系とでもいえばいいのか、マレウスの父親は公爵家の血筋だそうで亜人を娶るというのが大問題に発展したと聞かされた。

 その際に父親は家族に対し、


 ―――――俺が誰を娶ろうが、貴殿らには一切関係ない話だ。文句は俺が受けるがまず誰が来るんだ?


 と言って周囲を黙らせていたそうだ。

 勿論、そんな父を由緒正しい家系に置いておけるはずもなく、

 その問答の際に家を追い出されたそうなのだが、


 ―――――すまん! まぁ俺達三人で別の静かな場所に暮らそうじゃないか。


 とだけ言って、自分の生まれ育った場所を捨て去り新たな人生を送る為に森でひっそりと暮らしていた。

 マレウスにとって〝人間〟はそんな嫌いじゃない、と言った発言は本音だった。



 実際、父親の事は今でも好きで尊敬はしている。たまに豪快過ぎて着いていけないところがあるがそれでも父親が好きだった。



 母親にも愛情をもって育てられた。兎人族という特性上、常に怯えながら暮らしていたが芯の強い人だったのを含め大好きだった。



 そんな幸せだったマレウスはある日の出来事を後悔していた。

 今でも忘れない。

 〝ある魔物〟が襲来して来たせいで全てが狂ったのだ。


 『この世全ての憎悪アンラ・マンユ』―――――この世の全ての〝負の感情〟の権化。

 この魔物が襲って来た時、父と母は自分を護るために立ち向かった。

 マレウスは幼く無力だ。

 当然だが、父親は元々は公爵家の嫡男であり戦士ではない。

 母親も亜人の中でも兎人族は戦闘向きではない種族なので足手まといになるのは目に見えていた。

 だが、

  それでも、


 ―――――逃げろ。


 父はそれだけ言うと母と娘を護る為に剣を取り立ち向かった。


 ―――――生きて。


 母親は娘を逃がす為に震える身体を奮起させ囮となった。


 なので自分は必死に逃げた。

 この後にどんな地獄が待っているのかは簡単に想像できたはずなのに、マレウスは逃げてしまった。

 生き延びれば、生きていれば幸せは訪れる。

 そんな言葉をよく聞くが、あのまま両親と一緒に居れば良かった事もあったかもしれない。

 それからどれくらいの年月が経ったのか?

 亜人の―――――しかも人間との間に生まれた半亜人デミ・ハーフの子供は大変希少だったらしくこぞって人間に追われる日々が続いた。

 何日も、何か月も、何年も逃げ続け―――――マレウスはとある奴隷商人に捕まってしまった。

 似たような亜人の子供が何人もいたのを覚えている。

 特に歳が近かった『森の精ドライアド』の少女と仲良くなったのは唯一楽しい思い出となったが、自分達の未来あしたを思うと上手く笑えているかも怪しい。

 竜車に揺られながらふと空を見上げる。

 曇天の空は今にも泣き出しそうな、そんな空模様だった。

 空を見上げながらマレウスと言う少女は考える。

 自分は亜人よりも珍しい半亜人だ。

 高値で売れると、そんな下衆な会話を商人達がしていた時―――――。


 急に竜車が止まった。


 何事か、と商人とその護衛達が騒がしくしていると、どこか飄々とした声が耳に届く。


 「あー、少しいいかね?」


 周囲が騒がしいにも関わらずその声だけは竜車の檻の中でもハッキリと聞こえる。





 「実は迷ってしまってね――――――出来ればその竜車と荷物を寄越して欲しい。あぁ反論は聞かんよ? どう見ても正規の商人じゃ無さそうなんでね」





 黒い外套コートを羽織った男だった。

 髪の色は曇天の空と似たような灰色…………と言うより白に近い。

 その男の目立った特徴と言えば後は隻眼と言うことだ。

 黒い手袋グローブを絞め直し徒手空拳の構えを取る。

 そこからは一方的な虐殺ワンサイドゲームだった。

 剣や槍を持った傭兵達を相手に男は一歩も怯まず

 何処を叩けば内臓が破裂するのか、何処を穿てば人体に風穴を空けれるのか。

 それらを全て知り尽くしていた男の姿はまるで戦鬼オーガそのものだった。

 途中、自分達を閉じ込めていた檻が壊れた隙を突いて亜人の子供達は逃げ出す。

 ドライアドの少女も一緒に逃げようと言っていたが、それでもマレウスは動けなかった。

 諦めたのか、それとも他の亜人の子供がドライアドの少女を連れて一緒に逃げたのかは分からなかったが、気が付けばマレウスはただ一人で戦いが終わるまで見ていた。

 黒い外套をしていたせいなのか返り血は目立っていない。


 「ふむ、自分が異世界などと言う場所に来ることになるとは思わなかったが―――――――大丈夫かね?」


 隻眼の男は先ほどまでに見せた凶悪な笑みから一転しどこか優しい笑みを浮かべる。

 そこで、マレウスはようやく安堵し一筋の涙が頬を伝う。


 「う、あ………………うわぁぁぁぁぁぁぁんッ!」


 何年――――涙を流す事を忘れていたのだろう。

 父親も母親も恐らく

 その事実を今になってようやく思い至ったマレウスは泣くのを止めなかった。


 「お、おい――――参ったね。子供のあやし方は不得手なんだが」


 隻眼の男は困ったようにおろおろしだす。

 先ほどまで戦鬼の如く暴れまわっていた人物と同じとは思えない様子に更に安堵し涙を流す。


 「困った…………」


 誰に言うでもなく男―――――百鬼耀洸なきりようこうは途方に暮れるだけだった。

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