第145話




 「ふんふふんふ~ん」


 鼻歌を歌いながら半亜人デミ・ハーフの少女、マレウスは準備運動をしていた。

 軽く跳躍したり屈伸運動をしたりと蓮花や杏樹からすれば隙だらけなのだが、攻撃をする事が出来ない。

 相手の手の内が分からない以上下手に手出しが出来ないのもあるが、なにより二人の勘が〝この少女には奇襲が通じない〟と警鐘を鳴らしているのだ。


 「杏樹さん―――――あの方の不意を突く事は出来ますか?」

 「フヒヒっ、出来るんならとっくに一発ぶちこんでるッス…………………あのコ、おとぼけ要員に見えて全然隙ないッス。油断したら殺られるッス」


 それは蓮花も重々承知している事だった。

 ふざけて動いてはいるが、その動き一つ一つが洗礼されている。

 油断は禁物とクナイを握る手に力が籠った。


 「さってと――――――――おねーさん達って意外と慎重派? てっきりわたしは仕掛けてくるって思ったんだけど?」

 「よく言うッスよ。相手の武器エモノが分かんないってのにすぐに手を出すバカはいないッス」


 そっか、と呟くとマレウスは腰を低く構え目付きが一気に鋭くなる。

 蓮花達も距離を取り互いの武器を構える。


 「―――――さっきから気になってるんッスけど、あの男の人の首をどうやって飛ばしたんッスか?」


 ド直球ストレートな質問にマレウスと蓮花は呆気に取られた。

 そんな質問など聞き届けられる事はないと蓮花は思っていたが、マレウスは違ったらしい。


 「あ、はっ―――――あはははははははははははははははっ!! いいよおねーさん! わたし気に入っちゃった! さすがアリシアの見込んだ『迷い人』だねっ!」


 杏樹の質問がツボに入ったのかひっきりなしに笑い転げていた。

 一通り落ち着いたマレウスは目に浮かんだ涙を拭うとどこに隠し持っていたのか一枚の薄い硝子片を取り出した。

 いや、それは硝子片ではなく鏡のように見える。


 「これがわたしの持つアーティファクト、名前は『奈落の悲劇ナハツェーラ』―――――主に『奈落の悲劇』の欠片を設置した場所をリアルタイムに映し出したり過去の映像を見ることが出来るんだ。まぁその能力でそっちのおねーさんとか他の二人の映像も見る事が出来たんだよ。で、更にぃ」


 薄いレンズ型の『奈落の悲劇』がひとりでに回転をし出した。

 音は無く、まるで自分の意思があるかのような動きをしている。


 「『奈落の悲劇このコ』のもう一つの姿がんだ。もちろん手から離れても使えるし、さっきみたいに近距離の武器にもなるスグレモノだよっ」


 要するに回転ノコギリのようなものなのだろう。

 あの薄いレンズが回転しているだけで確かに切れ味は抜群そうだった。


 「ま、一通り紹介が終わったところで―――――やっちゃう?」


 レンズが宙に浮きマレウスが鋭い突きを繰り出す。

 刹那、

 ガギィィィィィィン! と刃がかち合う音が響く。


 「――――――――――――マレウスさん、一つ聞きたいのですが」


 蓮花が声を振り絞る。

 蓮花の背後には、


 「何故、? そして、?」


 小太刀で受け止めていたのは一本のナイフ。

 しかも人ひとりを簡単に殺せてしまうような大振りのナイフが蓮花の背後から襲い掛かっていたのだ。

 しかも、そのナイフは空間に突然現れた謎の手に握られている。


 「あはっ、バレちゃった?」


 マレウスの手の先――――正確には『奈落の悲劇』に通した手が蓮花の背後に現れたのだ。

 しかも丁寧にナイフの刃先には色の悪い液体が滴り落ちている。

 隠しもしない毒なのだろうか。


 「これが『奈落の悲劇』の本命、。まさか一発目にバレるとは思いもしなかったけど」


 マレウスは腕を引き抜き、いつの間にか握っていたナイフを放り投げた。

 デモンストレーションのつもりだったのだろう。

 大して武器に頼るようには見えない彼女にとってなによりも大事なのは、相手が初撃を躱せるかどうかが重要だったようだ。


 「(空間転移? 恐らく私の『空匣』と同じ原理なんでしょうが………………)」


 同じ空間を把握する者同士ならば多少は有利に事が進めるはず。

 そう、思っていた。





 「よしっ、じゃあ今から心置きなく全身全霊全力全開であらゆる卑怯な手を尽くしながら殺し合おう!」





 一瞬の跳躍。

 瞬きをする間もなくマレウスが目の前に跳んできた。


 「ッッッ!?」


 判断が遅れた蓮花は目の前に現れたマレウスの攻撃を躱そうと身を翻し、


 「『奈落の悲劇ナハツェーラ』〝開門ゲートオープン〟ッ!」


 『奈落の悲劇』が手鏡ほどの大きさに変わるとマレウスはその鏡に腕を突っ込む。

 蓮花の周囲全方向から悪寒が走った。


 「しまっ―――――」


 上下左右前後何処から来るか分からない攻撃を『空匣』で防ごうと展開した。

 その直後に

 クラっと脳を揺らされた影響で蓮花の視界が霞む。

 ぼやけた視界の隅でマレウスを見ると膝から先が無かった。

 そんなの有りか? と疑問を抱く蓮花の前にマレウスは一気に距離を詰めそのまま腰を捻り腕を弓のようにしならせる。

 キリキリキリと力を溜めた手は矢のように指先を尖らせていた。

 何から何まで少年の戦っている姿が脳裏を過る。

 当然、この先に何が起きるか分かった蓮花は必死に身体を動かそうと力を入れるが綺麗に蹴りが入ったせいで思うように身体を動かせない。

 マレウスの笑みに狂喜が奔る。


 「一人じゃないッスよ!!」


 銃弾が三発。

 杏樹は引き金を引きマレウスの頭部へと撃ち込むが弾丸が見えているのか軽やかなステップで全弾全てを躱し切った。


 「クソッたれフェアダムトッッッ!! くノ一のお嬢さんも何やってんッスか!? アタシと殺りあった時より動き鈍ってるッスよ!」

 「すいません…………もう、落ち着きました。何せ初めての事が連続していたので混乱したようです」


 蓮花が混乱するの無理はない。

 この世界グランセフィーロに来てからこうもやり辛い相手は初めてなのだ。


 「色々と聞きたい事が山ほどあるのですが…………」

 「まずはあのコを無力化、話はそれからッス!」


 蓮花が気を取り直し杏樹が銃を構える。

 そんな二人を見てマレウスは嗤う。


 「さっすが『迷い人』! やっぱり殺し合いはこうでなくっちゃダメだよねぇ」


 手にした『奈落の悲劇』をあそばせながら楽しげに言った。

 さてどうしたものか?

 蓮花が悩んだ。

 蓮花の使う『空匣』とマレウスの『奈落の悲劇』とでは

 それに気付いているのかマレウスの笑みは浮かべたままだった。


 「そこのおねーさんとわたしは相性が良いみたいだねっ。もう一人のおねーさんはどうかなぁ?」

 「――――――やってみるッスか?」


 杏樹が引き金を引き凶弾が吸い込まれるようにマレウスへと向かう。

 放たれた弾丸は刹那に六発。

 その弾丸をマレウスは難なく躱した。

 体勢を崩し隙を見せた彼女にすかさず蓮花がクナイを投げる。

 だが、


 「むーだ!」


 『奈落の悲劇』が電動ノコギリのように回転しクナイを弾く。


 「ならッ!」


 印を結び『空匣』を展開。

 狙いはマレウスを拘束する為の楔だ。

 同時に杏樹も銃口から火花を吹かせる。

 彼女マレウスの四肢を撃ち抜き動きを止める為に。

 だが、


 「おっそい!! 『奈落の悲劇ナハツェーラ』ッッッ!」


 マレウスの掛け声と共に『奈落の悲劇』が彼女を包み込みその姿を消す。

 腕や足をあの手鏡に通過させただけで四方八方からの攻撃を可能としていたのだ。

 全身が鏡に入り込んだのだとしたら―――――。


 「蛇穴さんッッッ!」

 「分かってるッス!」


 蓮花と杏樹が背中合わせになる。

 全方向に対する対策。

 さて、ここからどう出るのか?


 「バァ―――――ここだよっ」


 二人の真横。

 『奈落の悲劇』から顔と手を出しながらおどけて見せる。


 「そう何度もッ!」

 「通用しないッスよ!」


 声のした方へと武器を構え、

 後頭部を誰かに蹴られた。

 誰かと言うのも可笑しな話だ。

 視線の端には何もない空間からマレウスの下半身だけが飛び出しているのだ。

 完全な無防備ノーガードに思わぬ奇襲を受けた二人は前のめりに倒れこんだ。


 「うっふふーっ、あれあれーッ? もう終わりかな?」


 マレウスは自分はまだまだやれるぞと言うアピールの為かその場でジャンプしている。

 どうやら最初に感じた悪寒は正しいようだ。





 このマレウスと言う少女は自分達よりも戦歴が長い。





 「ま、だまだァッッッ!」

 「当然ですッ!」


 二人が吠えマレウスは手にしていた『奈落の悲劇』を回転させる。

 ギャリギャリギャリとけたたましい鋭音を鳴らし三つの影が衝突しようとした時、


 ズンッッッ!


 彼女達から離れた場所――――――『ティファレイド』の方角で爆発が起きた。

 動きを止めた三人が同じ方を見る。

 あそこには、


 「アリシア………………ッッッ!」


 杏樹が駆けようとした時、蓮花が止める。


 「何ッスか!? 急がないとあっちには」

 「大丈夫です」


 蓮花の視線はマレウスを見つめている。

 同時に、爆発した『ティファレイド』から二対の巨腕が伸びた。


 「あれは―――――――」

 「向こうには〝彼〟が居ます。何故いるのか分かりませんが、アリシアさんは大丈夫ですよ」


 呆気に取られたマレウスから視線を外さない蓮花が静かに微笑む。





 「今はこちらを全力で―――――――――彼女の言う通り卑怯な手を出し尽くしあの人を確保しましょう」





 姿が見えない〝とある少年〟が奮闘しているのを確信しながらクナイと小太刀を握る手に力を籠めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る