第144話
ギャリギャリギャリとけたたましい不快な音が大河の持つ刀と火花を散らせる。
巨大なチャクラム『
「ッ、―――――ぬァッッッ!!」
『戦輪の飛咬』を弾き飛ばし、深く低く構えた大河は一気にローグェンへと距離を詰める。
一呼吸に五撃。
首、両手、両足を切断する勢いで斬り付ける。
しかし身体に当たる瞬間、肉壁に阻まれるかのように斬撃は皮膚すらも切り裂いていない。
「俺っち自身喪失中!?」
「ンなチンケな攻撃効くかァッ!!」
ブーメランのように戻って来る『戦輪の飛咬』をキャッチし大河へと叩きつける。
間一髪躱した大河はもう一度ローグェンと距離を取り刀を鞘へと納めた。
抜刀術を基本とした大河の攻撃は刀を抜き身の状態にしない。
それを差し引いても大河の抜刀が幾分も速いはずだった。
日本刀の切れ味は刀を叩き付けるのではなく、刃を奔らせる事で斬れ味は増す。
だがどういった訳か大河の剣戟は肉を断つどころか皮膚すら切れていないのだ。
「どういった肉体構造してんの!? これが『恩恵』ってヤツ!?」
「アァ? よく知ってんじゃねーか」
ローグェンは力こぶを造り自身の『戦輪の飛咬』で斬り付ける。
しかし、身体に触れた時『戦輪の飛咬』の方が弾かれた。
「俺の『恩恵』は〝反発〟。
ガハハハッと嗤うローグェンを余所に大河は慌てていても集中力を研ぎ澄ませている。
この『恩恵』は攻撃が当たる瞬間を狙って展開している。
ならば―――――と大河は眼を見開く。
『未来視』の力を全開にし肩の力を抜いた。
どの未来を視ても刀による斬撃は全て弾かれてしまう。
斬撃の一振りや二振りでは意味がないのなら、自分が視えたあらゆる可能性の未来の斬撃をこちらへ持ってくればいい。
勝負は一瞬。
大河はもう一度だけ低く深く静かに構えた。
「勝負を着ける前に一つ聞いていいかな? アンタ達は何でこんな事をするの? 亜人達も生きてる―――――俺っち達と同じなんだろ? 何で平気でこんな事が出来るんだ?」
大河の問いにローグェンは呆れたように盛大にため息をついた。
面白くない問いに答えるかのようにつまらなく、
「同じって―――――俺達〝人間〟とアイツら〝亜人〟とじゃ根本的に違うんだよ。お前らは虫や家畜が同じに見えるか? それと同じなんだよォ。アイツら亜人共は生きてるだけで人様に迷惑が掛かってる。こんな厳しい世界じゃアイツらも可哀そうだろォ? だから俺達で有効利用してやってンだよ」
全く悪びれる事もしない物言い。
大河の刀を握る手に力が籠る。
しかしローグェンは気付いているわけがなく、自慢げに話し始める。
「知ってるか?
「もういいよ、アンタはもう喋るな」
静かな声で、大河は呟いた。
ローグェンより小さく静かな声だったにも関わらず森に響く声はハッキリと聞こえた。
「――――――――――あァ?」
今、この男は自分に言ったのか?
今まで誰も口答えされなかったローグェンはもう一度聞き返す。
「テメェ、今俺に向かって」
「〝言ってるのか?〟って聞きたいんだろ? さっきから言ってるけどもうアンタは喋るな」
大河は構えを解き、ゆっくりと近付いていく。
本来、刀堂大河は激昂する事はあまりない。
臆病で弱虫、そして人を斬る事に未だに抵抗がある。
だが、
この世界に来て理不尽な目に遭った。でも自分を迎え入れてくれる人達がいた。
この世界に迷い込んだ人達に会った。その人達は強くしっかりとした信念があった。
この世界には優しさは無かった。でも―――――それでもこの世界の人達は一生懸命に生きていた。
そこに人間も亜人も関係はない。
〝生きる〟という事に、神だろうが人間だろうが何だろうが誰にも決められないし決める事でもない。
だから、刀堂大河はここで刀を抜く。
絶対に引けないモノが大河にもある。
五メートル、三メートルとゆっくり近付いていく。
刀を抜き剥き出しの刀身をぶらぶらと揺らしながら近付く。
居合術を使う大河だが、今回だけは赦せない事が出来た。
二メートル、一メートルと近付き、ようやくローグェンは自分が危ない事に気付いた。
『戦輪の飛咬』を振りかぶり細身である大河の身体を真っ二つにする為に力任せに振り下ろす。
視えている。
そう言わんばかりに大河は最小限の動きで身を少し躱す。
まるで最初からそう来ると分かっていたかのような動きに、大きく空振りをしたローグェンの体勢は崩れその身体に大河は刃を奔らせた。
「(馬鹿が! 俺に物理的な攻撃は効かねェンだよ!! もう一度〝反発〟で攻撃を躱して次こそ―――――)」
ギラリ、と白銀の刃が肩から腰へと斬り付ける。
斬撃はローグェンの身体に止まり、
一撃の斬撃を残し二撃目が首から肩へと斬り付ける。
「あ?」
残された〝斬撃〟が三撃目、四撃目と続きローグェンの身体に残っていく。
ローグェンの身体に痛みはない。
『恩恵』による〝反発〟が大河の斬撃を押し留めている。
だが、
「なんッ!? 抜け出せねェ!!」
大河の斬撃は檻のようにローグェンを捕らえその場所に固定していく。
十、十一、十二と斬撃を重ねようやく大河は刀を静かに鞘へとゆっくりと納める。
刀堂大河の『未来視』には色々な使い方がある。
未来を視る事は今まで何度も使用してきたが、今回の『
未来とは未確定なモノで、決定事項ではない。
不幸な未来が視えればそれを回避する為に違う行動を取り、幸せな未来が視えれば進んでその行動を取るように―――――。
様々な
つまり、
肩から腰に掛けて斬る、それで相手は斃せない。
〝ならば〟逆に斬れば? 〝それでも〟無理なら今度は横薙ぎに一閃。
〝いや〟〝やはり〟上から下へ真っ直ぐに、〝だったら〟首を落とす。
〝でも〟〝今度は〟〝次こそ〟〝結果的に〟〝こうすれば〟―――――。
様々な
その名を―――――
大河の残した〝斬撃〟はローグェンに触れる前に交わる。
侍が刀を討ち合わすように、剣闘士が命を削る戦いをするように、数十もの斬撃が互いに斬り合う。
刃を交える。
「あ? 一体何がしてェンだ!? さっきからキンキンうっせーなァ!!」
ローグェンは気付いていない。
斬撃による衝撃は彼の体内に響いている。
一方通行ではなく、あらゆる方向からローグェンの体内に溜まっていく。
彼は攻撃を受ける瞬間に身体から受けるはずの衝撃が弾かれると言っていた。
つまり、
裏を返せばローグェン自身が攻撃を受けている事に気付かなければ彼の〝反発〟は作用されない。
斬撃の衝撃はローグェンの体内に溜まっていき、行き場を失いやがて―――――。
「あ、ごぽっ」
ローグェンの目から、鼻から、口から、耳から血が流れていく。
そんな彼を冷ややかな目で大河は見つめる。
「気付いた? 今やアンタの身体の中にある内臓や血管、骨に至るまでが俺っちの剣戟でズタズタになってる。もう助からないよ」
「な、―――――そんっ、な」
ガタガタと震えながら手を伸ばす。
しかし、大河はどうでもいいようにその手を取ることは無いし何の感情も抱かない。
ゆっくりと振り返り大河はローグェンに背を向ける。
「アンタの命で今まで散っていった亜人達が納得するか分からない。けど」
ローグェンは何も喋らない。
もう口を開く気力もない。
血を流しながらゆっくりと斃れていく。
「俺っちが
ローグェンと大河の勝負が決着を迎えた一方、少し離れた場所で万里と戦闘中の林哲也が槍と錫杖を激しく討ち合わせているところだった。
素人の戦い方をする林哲也に対して万里は的確に急所を狙い剛腕から繰り出される拳を叩き付ける。
しかし、ローグェンと同じく身体の芯に響くような攻撃は全て不発に終わっていた。
「―――――ッ、解せませんな。お主のそれは『
万里の問いに林哲也は答えない。
代わりに槍を振り回し水平に構える。
「ふむ、ならば」
万里は腕に白銀の籠手を填め込み〝気〟を送り込む。
〝土属性〟の『
「〝
巨大な岩の剣が林哲也の身体に直撃する。
確実に命を奪う攻撃に万里は手加減をしていないのが分かった。
だが、
「………………効果は無し、ですな」
ビルの高さほどの岩の剣は、林哲也の身体の薄皮一枚で止まっていた。
そのまま何事も無かったかのように林は降り立つと服についた汚れを掃う。
「意外と坊主ってのも遠慮なく人を殺すんだな」
「ほう、先ほどまでのオドオドした様子は演技でしたかな? 殺気立ったお主の姿はまるで獣―――――これは退治しがいがありますな」
余裕を見せる万里だったが、正直な所少し困っていた。
自分には
なので『恩恵』などというモノに心当たりも無ければどう言った能力なのかも検討がついていなかった。
しかし、万里にはある程度の予測はついている。
「奇怪な
「―――――――――――――――――」
林は答えない。
先ほどまでの余裕を持った無言ではなく目を見開き驚いた様子の無言。
それだけで万里は自分の推測が遠からずも当たっている事に確信が持てた。
林哲也の『恩恵』、それは万里の想像通り力学的エネルギーにおける力量の〝霧散〟だった。
ローグェンが物理的な衝撃を〝反発〟させるに対し、林哲也は物理的な衝撃を周囲へ〝霧散〟させているのだ。
剣で斬っても切れ味は霧のように散り、思い切り殴ってもその痛みは散っていく。
ありとあらゆる物理的な衝撃を霧散し拡散させるのが林哲也が受けた『恩恵』の正体だった。
「どこで分かった?」
「なぁに、お主は拙僧が知る方々と違い攻撃を受け流したり受けきったり躱したりが出来るような達人には見えませんでしたからなぁ。それよりも一つ伺いたいのですが、主は何故このような者達と共に〝亜人狩り〟なぞやっておるのかな? 非人道的行為なのは拙僧らの世界から来た主には分かる事でしょうに」
名前の響きや格好を見るに現代から来た異世界人という事が分かる。
では、何故こんな事をしているのか?
何か理由があるのかと疑問を持った。
「――――――――――――――――――――――」
林哲也は答えない。
万里はもしかしたら知らない世界に来て唯一自分を拾ってくれた裏ギルドの恩義に報いたいと思ったからの行動だったのか、そう思っていた。
だが、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、バッカじゃないの?」
返ってきた答えは想像とは違い、大きなため息と共に林の表情に浮かんでいるのは嘲笑だった。
「せっかくの異世界だぞ? なんで、この、俺が、知らない世界の、亜人〝ごとき〟の人権を、気にしちゃなんないの? ここには警察もいなけりゃネットで偽善を振りかざして叩いてくる馬鹿もいない。つまりここはやりたい放題の
恍惚とした眼には狂気が含まれていた。
向こうの世界に何の未練もない者はここまで壊れてしまうモノなのだろうか、と万里は言葉を失う。
「成程―――――ではお主は進んで〝亜人狩り〟に参加をした、という事でいいんですかな?」
「あぁ? さっきからそう言ってんじゃん。これだから低能な奴らは」
ブンブンと槍を振り回すと林哲也は獣のような表情で万里を睨みつける。
自分の『恩恵』に絶対的な自信があるからこその挑発。
どんな攻撃が来ても自分の〝霧散〟はあらゆる攻撃を無効化する。
「ふむ、ではお主もその〝低能〟な奴らと同じという事になりますなぁ」
「……………………………………何?」
万里はいつものように飄々とした態度だ。
特に変わった事を言っているつもりはない。
「おや? 違いますかな? お主はこの世界には自分を律する者がおらんと申しましたが、それは低俗な輩の考え――――いやそれ以下の存在と言うことになりますぞ? 最早それは人と言うよりも獣、いやそれは獣に失礼ですな。兎も角、お主はただ勝手に与えられた『恩恵』を自分の力と過信し好き勝手するのは外道以下の所業。それとも自身で言うた事を否定しますかな? それも結構。しかしそうなるとお主の言葉には真の意味―――――真言が込められておりませんなぁ。いやはやそれはそれで」
「黙れ」
林哲也の声は一段と低くなる。
しかし万里は止まらない。
「ほう、図星を突かれましたかな? それは申し訳ない。拙僧も修行がまだまだですなぁ。獣以下の存在に説法と説いた所で時間の無駄でしたぞ」
「黙れェェェェェェェッッッ!!」
槍を構え猪の如く突進を見せる林哲也に万里は錫杖を投げ捨てる。
そして静かに拳を構える。
構え、といっても万里の徒手空拳は
気を練り拳に全体重を乗せ突き出す。
「馬鹿が!! お前が何をしたところで俺の〝霧散〟に勝てる訳ないだろうが!」
林哲也の言う通り万里の拳は顔面に突き刺さるが、その衝撃は霧散されそっと触れた程度にしかならない。
そう、その程度だ。
「フンッ!」
腹筋に力を、気を込めた万里の肉体は鋼の如く硬さにまで変わり林哲也の槍の矛先を皮膚で止める。
そして、勢いを霧散されるのを分かった上でもう一度殴り続ける。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もだ。
「無駄だって言ってるだろ! 俺に攻撃は効かねェんだよ!!」
「果たしてッ、そうですかな!?」
拳を叩きつけながら相撲のように押し出していく。
元々の体格差もあるが、〝霧散〟の『恩恵』の攻略に気付いたのか万里はそのまま林哲也へと拳を叩き込み続ける。
「何をしても無駄だッ! いい加減諦め―――――」
そこで、足元に水に浸かったような違和感を覚える。
気が付けば林哲也は『ザイン湿地帯』にある沼地にまで押し出されていた。
一体どう言う事なのか?
何故こんな場所にまで連れて来られたのか?
ゲゴォッ。
聴き慣れない鳴き声。
低く体の芯にまで響く鳴き声は聞き覚えはあるが大きさが違う。
〝霧散〟のお陰で痛みを感じないが視界が万里の拳のせいで見えない。
「一つ、お主に敗北の理由を教えましょう」
万里の声が届いているか分からないが、気にせずに続ける。
「お主のその〝霧散〟とやらは物理的な攻撃を周囲に霧散させると言ってましたが、拙僧の攻撃が効かずともそれを全て捌く技量はお主にはない。素人が槍を振り回したところで拙僧には通用しませんし、十夜殿達にも同じ事が言えましょうなぁ」
そう、林哲也という青年は現実世界でもごく一般的な人物だ。
この世界に来て間もなければ、己を鍛え上げるという発想はない。
加えて『恩恵』などという力に溺れた者がいれば尚更だった。
「そして物理的な〝衝撃〟と言っておりましたが、それ以外は普通の人間と変わらぬ。人が怪我や死んでしまう恐れがあるのは何もそれだけとは限りませんぞ?」
ようやく、万里の攻撃が止んだ。
今まで視界を塞がれていたがこれで反撃が出来ると視界を上げ、
ゲゴォッ!
目の前に見た事も無い
「な、ん」
ベロンと長い舌が林哲也の身体に巻き付く。
物理の攻撃ではなく、衝撃もない、ただの捕食作業。
「拙僧の攻撃の威力は霧散されても触れれないわけではありますまい。それは拙僧がここまでお主を押し出したのが何よりの証拠」
巻き付いた舌はガッチリと林哲也を捕縛し絞め上げる。
痛みは
「た、たすけっ」
「因果応報―――――今まで亜人達を食い物にしてきた報いを受ける時ですぞ」
ゆっくり、ゆっくりと林哲也の身体がフロッグイーターに飲み込まれていく。
彼の助けは誰の耳にも届いていない。
このままあっさりと死ぬ事はなく、ゆっくりとフロッグイーターの胃液に溶かされながら命を終わらせていくのだろう。
「南無三」
万里が手を合わせ呟く。
フロッグイーターは満足したのかそのまま森の中へと帰っていく。
虚しい気持ちを抱えながら万里は大河が待つ方へと戻る事にした。
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