第143話




 蓮花が投擲したクナイが散弾銃の如く飛び交う。

 クナイは〝複製人間〟の眉間に、関節に、心臓にと吸い込まれるように突き刺さっていく。

 冷静に、正確に、確実に―――――――それは『夜刀』の一族として繰り返してきた当たり前すぎる〝作業〟のように一撃決殺を胸に掲げていた。


 「アーッハァッッッ!!」


 冷静で、尚且つ機械的にも見える蓮花とは対照的に獣の如く凶悪な高笑いを上げながら杏樹は引き金を引いていく。

 蓮花と同じく一発の弾丸は〝複製人間〟の命を簡単に消し飛ばす様は一種の死神にも見える。

 マガジンが無くなればすぐに腰に備えていたマガジンを装填し相手を確実に始末する。

 二丁拳銃の銃口から交互に吐き出された弾丸は〝複製人間〟に銃弾を浴びせていく。

 よく蜂の巣にするという表現を使うが、杏樹のそれはまさに〝それ〟だった。


 「くそ………………クソがァッッッ!!」


 マッサンが叫ぶ。

 想定外だった。

 一人なら持久戦にと持ち込めそうだったが、これはそう言ったレベルの話ではない。

 まるでのだ。

 『静謐の柩』のメンバーとしてはこうも間単に〝複製人間〟達がやられていくとは思わなかった。

 故に、想定外。


 「こうなったら―――――――」


 もう一度亜人の娘を人質にしようと考えるが、先ほどから少女の周りには結界のようなモノが張り巡らされている。

 その証拠に自分の血が不自然に匣の形に途切れているのだ。

 少女には一滴も自分が撒き散らした血は一切かかっていない。

 何度か触れようとしたが彼女に触れる事すら叶わない。

 一体どうすればいいのか?

 そんな事を考えている間に二人の『迷い人』は着々と、確実に仕留めていく。

 その数が十体から二体にまで減った時、もう一度〝複製ギフト〟を使用しようとした。


 「甘いッス!」


 杏樹は懐に忍ばせていた筒状の物体を取り出しピンを取り外す。

 蓮花は〝それ〟が何なのかすぐに理解し『空匣』に匿っていた亜人の少女を上空に設置した匣へと転移させ自分は目と耳を塞ぐ。

 瞬間、眩い閃光と爆音が周囲を襲う。

 閃光手榴弾スタングレネード――――――相手を無力化させる武装の一つ。

 至近距離ならば理解していても視界と聴力に支障を出してしまう凶悪な兵器。

 そんな閃光手榴弾を何も分かっていないマッサンはモロに直撃し叫ぶ。

 マッサンの『恩恵』は視覚しなければその能力を発揮する事が出来ない。

 よって、これでこの戦闘は終わりを告げる。


 「―――――っ、全く…………使うなら使うと言って下さい」

 「フヒヒっ、でもさすが一度喰らうと理解が早いッスね」


 特に悪びれる事なく言った杏樹にため息をつきながら地面を転がりながら悶えているマッサンに武器を構え近付いていく。


 「その前に、さっきの女の子はどうしたんッスか?」

 「あ、そうでした」


 軽く印を結びもう一度『空匣』を展開し亜人の少女を下へと降ろす。

 驚いていたのか目をパチパチと見開き自分の周囲を確認していく。

 突然の事で驚くのも無理はないと思いながら蓮花は少女に優しく語り掛ける。


 「もう大丈夫ですよ―――――と言っても私達の事はあまり良いようには思われていませんよね?」


 少し不思議そうな表情の少女はニコッと微笑むと、


 「だいじょぶ! わたしは特に人間が嫌いってワケじゃないから!」


 と意外な反応が返って来た。

 呆気に取られていると少女は周りをキョロキョロしだす。


 「みんな迷子なのかなぁ、さっきから『風見の虚像アーティファクト』に呼び掛けてるんだけど誰も出ないんだよねぇ」


 と気にせずウロウロしだした。

 流石にまだ危機が去った訳ではない為、呼び止めようと蓮花が手を伸ばし、





 





 慌てて手を引き一歩下がる。

 後ろから見ていた杏樹は何をしているのかと首を捻っていたが、その隙に倒れていたマッサンが急に起き上がり亜人の少女へと持っていた短剣を振りかざした。

 少し空いた僅かな時間で視力と聴力が回復したのだろう。

 彼女達の隙を突くのは簡単だった。

 蓮花がクナイを投げようと振りかぶり、杏樹が引き金を引こうと構え―――――。


 「あーもうっ、ジャマしないでよねっ!」


 少女の声と共に


 「あへぇ?」


 情けない声と共に頭部が転がり、少し間が空き身体がゆっくりと地面に斃れていく。

 何が起きたか分からないままマッサンは絶命し、その光景を近場で見ていた少女が服についた埃を軽く掃う。


 「んもう、人間に好き嫌いはないけど『静謐の柩コイツら』は大っ嫌いなんだよねぇ! キミ達もそー思わない?」


 あどけなさを残した少女から一瞬だけ垣間見えた〝残虐性〟に蓮花と杏樹は距離を取る。

 先ほどまでの余裕は一切なく、目の前の少女に最大級の警戒をする。

 一体、この少女は何なのか?


 「………………聞きたいんッスけど、キミは一体何者ッスか?」


 杏樹の言葉に「あ、そっか」と軽快な言葉を呟き姿勢を正した。


 「わたしの名前はマレウス―――――『ディアケテル王国』第二師団副団長、マレウス・マレフィカム。あ、ファミリーネームはわたしのところの団長ししょーが付けてくれただけだから他の亜人と同じでただのマレウスだよっ」


 『王国騎士団』―――――それはまだ記憶に新しい名前に蓮花は肩を強張らせる。

 彼らとは何度も戦ってきたのでその強さは折り紙付きだった。


 「おねーさん達は…………『迷い人』って事でいいかな? そこの眼鏡のおねーさんはアリシア王女がコソコソと連れてた人ってのは知ってるけど、もう一人のおねーさんは第三師団の二人が言ってた人だよね?」


 どうやら、こちらの事情はある程度知られているようだった。

 蓮花は内心舌打ちをする。

 『王国騎士団』だと知っていれば『空匣ひじゅつ』を見せたりはしなかったのだが、それも後の祭り。

 今は気持ちを切り替えるしかないと蓮花は片手に小太刀、片手にクナイを構える。


 「―――――今日はまた何をしにここまで来たんですか? 私達『迷い人』の捜索ですか? それともアリシアさんの捜索ですか?」

 「ん~本命はアリシア王女、かな? おねーさん達は偶然って感じで。でもまぁわたし達も迷惑してた裏ギルドを斃してくれたのはラッキーって感じ」


 何処までも無邪気に喋る少女に悪寒は止まらない。

 そして、蓮花と杏樹の二人は悟った。

 

 、と。


 「じゃあ最後にアタシから質問ッス―――――もしかしてお嬢さんが?」


 杏樹の言葉にため息をつく。

 マレウスは両手を広げ困ったようなポーズをする。


 「もう、アリシアってばそこまで言っちゃったんだ…………そうだよ、わたしは亜人――――――それも半亜人デミ・ハーフって奴かな?」


 半亜人――――――蓮花は初めて聞く言葉だったが、杏樹は特に気にする事無く話を続ける。


 「ナルホド…………で? アタシらの事は見逃してくれないッスか? 今ちょーっと忙しいんッスよねぇ」

 「アハハッ、それは無理だね。わたしもちゃーんと『王国騎士団』としての責務ってヤツを果たさなきゃだし、なにより―――――」


 キンッ、と空気が張り詰める。

 膨大な殺気が重圧となり二人に圧し掛かる。


 「おねーさん達強そうだし、何より第四、第三師団を撃破したって実力を試してみたいって興味湧いて来た」


 両の手をゆっくりと肩の位置にまで構える。

 杏樹もそれに倣い戦闘態勢に入った。


 「二人がかりでなら何とか――――――ってどうしたんッスか?」


 何故か絶句する蓮花に話しかける。

 杏樹は知らない。

 蓮花が一体何に驚いているのかを。


 「(ちょっと待ってください――――――どうして?)」


 蓮花の脳裏に、ふと〝とある少年〟の姿がマレウスと被った。

 体格も、考えも、全てにおいて違うはずなのに、

 なのに何故、





 「(どうして神無月くんと?)」





 疑問は尽きない。

 しかし今はそれどころではない。

 そう頭を振り蓮花も構えを取った。


 「じゃ、改めて―――――『王国騎士団』第二師団副団長マレウス・マレフィカム。いっくよーッ!」


 無邪気な殺意が蓮花と杏樹に牙をむける。

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