第142話




 『静謐の柩』において絶対的な規則ルールがあった。

 それは自身の『恩恵』の報告。

 理由としては他人がどんな『恩恵』を持っているかを理解しなければ暗殺業に支障が出てしまう為なのだが、基本『静謐の柩かれら』には仲間意識など微塵もない。

 他人を信用しないからこそ簡単に味方を切り捨てる事が出来る。

 他人を信用しないからこそ裏切り者を簡単に粛清する事が出来る。

 他人を信用しない、それが彼らの暗黙の了解でもあった。

 それがあったからこそ、彼ら『静謐の柩』という裏ギルドが成り立っていたのだ。

 そんな影に生きる彼、マッサンはその極端な例で彼はメンバーを仲間だとは思ったことが無かった。

 なので彼は自分の『恩恵』を偽っていたりもした。

 このマッサンの『恩恵』は先も述べたように〝複製〟という能力だ。

 これは自身の複製を精製するだけでなく、無機物にも適応される。

 例えばマッサンが所持した状態で〝複製〟を使用すると彼が持っている武具も同時に複製し同等の、或いは少し劣化した〝武器を持ったマッサン〟が複数体も出来上がるようになっていた。

 しかしそれはあくまで報告上の能力であり、実際は少し違う。

 彼の〝複製〟の本質は

 それが自身であろうが他人であろうが無機物有機物を問わず無限に複製し続ける『恩恵』を進化させた自分だけの辿固有能力オリジナル』――――それがマッサンの最強で最高の能力ぶきだった。


 他人と関わろうとしない彼だからこそ辿りついた境地。

 他人を信用せず己のみを信じた結果得た『固有能力ちから』だった。


 なので、この時も簡単に事が運ぶ―――――そう思っていた。

 もし邪魔が入ればこの『恩恵ちから』で相手をねじ伏せればいい。

 相手が強ければ強いほどこの『恩恵』は光るのだ。

 傲慢になっていたマッサンは自分の抱える〝弱点〟に気付いていない。

 まず一つ目、彼の『恩恵』はあくまでそれは敵を〝目視〟する事が出来れば可能なのだ。

 敵をその目で捉える事が出来れば、例え強敵であってもその敵すらも〝複製〟すれば事は簡単に済む。

 だが。


 「(何なんだ! あの女ッ!?)」


 余裕を見せていたせいで相手の実力を見誤っていた。

 だが誰が気付くだろうか?

 混戦している中、飛び交う短剣クナイが正確に相手の急所へ打ち込まれる技量。

 捉えたと思った瞬間、背後から切り伏せられる速度。

 まとめてかかって行けば蛇の如く動き回る鎖に捕らえられ雷撃による焼殺。

 そして不可解な〝力〟によって見えない壁に潰されていく〝複製人間〟をまるで単純作業をしているだけのような感情の無い瞳で確実に屠っていく少女。

 その少女の行動は一切の躊躇いはない。

 その為なのか、彼女を目視してじっくりと観察し〝複製〟を造る事が出来ない。

 マッサンがモタモタしている間があれば的確に相手じぶんを始末しにかかってきている。

 六十四人いたはずの複製が半分に、そして更に半分にと削られていく。

 減っていく人数を補う為に再び『恩恵』を使用する。

 十人に減っていった人数を倍に、そしてそこから更に倍にへと増やしていく。

 だが、


 「何故――――――何故勝てない!?」


 増やした〝複製〟はその都度に始末されてしまう。

 しかもその速度は早まるばかりだった。


 「何故だァッッッ!!」


 マッサンは絶叫する。

 今まで味わった事のない焦り。

 そして傲慢だった為に気が付いていなかった自身の〝弱点〟―――――。

 彼の『恩恵ふくせい』は目で見たモノを倍々にして造り上げていく。

 その複製品は同等か、多少の劣化が見られる。

 しかしマッサンが目視した対象が既に劣化したモノだったとすれば、どんなに数を増やした所で意味を成さない。

 劣化が劣化を産み大量生産されても、元々の実力の時点で差があればどんなに増殖させても勝つ事は出来ない。

 更に残った弱点は単純明快で、マッサンの〝魔力切でんちぎれ〟だった。

 無限に造り上げる事が出来ても所詮は人間が。

 体力の限界が近付けば自ずと速度が落ち複製が出来なくなっていく。

 マッサンの気持ちは焦るばかりで少女への注意が散漫になっていった。

 このままではマッサンに待つのは〝死〟の一文字。

 その時、


 「全くもう…………みんなーっ、どこにいるのー?」


 戦場に似つかわしくない声がマッサンの背後から聞こえた。

 耳が少し尖っているのでエルフの少女なのだろうか?

 〝商品〟としてしか亜人を見ていないマッサンには判別がつかない。

 だが、これはまたとない好機でもある。


 「…………………………」


 ニタァとマッサンは自然と卑しい笑みが溢れた。










 「(そろそろですか)」


 蓮花は初見こそ驚きはしたが、ここが異世界―――――自分が思う常識が覆されている場所ということもあり冷静に周囲を見渡していた。

 その甲斐あってかマッサンの『恩恵』の穴を幾つか見つける事が出来たのだ。

 人間にはその人特有の気配がある。

 その気配が最初に見た気配と違えばそれが複製人間であり、合致すれば本人だと思っていた。

 そしてそれは正しく、蓮花の予想は合っていた。

 倍々に増殖し続けるのはうんざりとしたが、この戦いの攻略が見つかったからにはすぐに勝負を決めにかかるつもりで蓮花はいた。


 「それ以上動くなァ! !?」


 森の木陰から声が響く。

 今になって声を上げるのはどうかと思っていたが、先ほどの言葉に違和感を覚える。


 「――――――ガキ?」


 そっと蓮花も同じく木の陰に身を隠しつつ声がした方へ様子を窺う。

 そこには、亜人の子供を盾に短剣を首筋に突き付けるマッサンの姿があった。


 「――――――――――はぁ」


 自分の不甲斐なさに思わずため息をついた。

 目の前に再現なく出てくる敵へと集中していたせいで些細な事に気が付かない自分の未熟さを痛感していた。

 どうするべきか、と一瞬だけ考えたがすぐに考えるまでもないと判断した。

 蓮花はクナイと小太刀を懐へ納めるとその姿を現した。


 「お、おおおお大人しくしろ!」

 「大人しくしているでしょう? 見て分かりませんか?」


 蓮花は冷静だった。

 ここで慌てても仕方がないと割り切り思考を巡らせる。

 蓮花とマッサンの距離はおおよそ十メートルほど。

 この距離なら対応は出来る。

 蓮花の手は印を結ぶ準備が出来ていた。

 このまま『空匣』を展開すれば亜人の少女を助ける事が出来るのだ。


 「―――――――――」


 緊張が走る。

 一瞬でもタイミングを間違えるわけにはいかない。

 硬直状態が続き、とうとうマッサンが痺れを切らす。


 「く、―――――クソがッッッ!!」


 手にしていた短剣を振り上げ少女の首筋へと斬り付けようとした。

 同時に、血飛沫が舞い散る。

 舞い散る鮮血に紛れ砲撃のような音が轟き、事に蓮花が気付いた。


 「今のは―――――――」

 「フヒヒっ、危なかったッスねぇ」


 蓮花の背後から声が聞こえる。

 この特徴的な笑い方と先ほど聴こえた轟音、恐らく発砲音からすぐに誰かが分かった。

 〝彼女〟は今『ティファレイド』の広場に居るはずだ。


 「杏樹さん」


 アリシアの護衛をしていたはずの蛇穴杏樹がそこにいた。


 「油断は―――――してなかったっぽいッスね。まぁ要らないお世話ってヤツッス」


 杏樹が手にしていた銃口から硝煙が立っている。

 先ほどの攻撃は彼女だと言うのが分かるが、同時に疑問もある。

 気のせいでなければ

 その事を口に出そうとすると、杏樹が銃口を蓮花へ向け発砲する。

 スイカをぶちまけたようにブシャッと脳漿が撒き散らされる。

 蓮花が振り返ると杏樹の銃弾で頭を撃ち抜かれた〝複製人間クローン〟が血を流しながら斃れた。


 「後ろが隙だらけッスよ~」


 蓮花がため息をつき無動作ノーモーションでクナイを杏樹へと投げつける。

 切っ先が杏樹の―――――背後にいた〝複製人間〟の眉間へと突き刺さる。


 「後ろががら空きでしたよ?」


 意趣返しのつもりか蓮花の言葉に杏樹は笑みを浮かべる。

 ゆっくりと杏樹が蓮花へと近付き背中を向ける。

 それに合わせて蓮花も同じく杏樹へと背中を預けた。


 「裏切りっこナシッスよ」

 「お互い様で………………ところでアリシアさんは大丈夫なんですか?」


 アリシアの名前を出すと杏樹は微笑む。

 その優しい笑みは姉が妹を見守るような、そんな印象を受けた。


 「あのコはもう大丈夫ッスよ。今はみんな話を聞いてくれてるッス………………あとは」


 杏樹の笑みが凶悪な猛獣のモノに変わった。


 「この悪いコちゃん達にきつーいオシオキが必要ッスね」

 「それについては同感です―――――そこの亜人さんはじっとしていてください!」


 急に呼ばれた少女は驚いたまま固まっていた。

 静かに印を結び『空匣』で少女を覆う。

 これで被弾はしないはずだ。

 安心して戦える。


 「では、参りますか」

 「ッス」


 残った〝複製人間〟は二十人余り―――――マッサンは激痛に耐えながら狂ったように叫ぶ。





 殺せ。





 それが戦闘の合図。

 そんな血みどろの光景を亜人の少女は怯える事なくジッと見ているだけだった。

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