第141話




 万里と大河が『鉄檻の楔』との戦闘に入る少し前、『ティファレイド』の中心部の広場にはその都に住む亜人達が集まっていた。

 これから何が起きるか知っている者、何も分からない者、不安になっている者などとその表情は様々だった。


 「―――――――――――」


 そんな広場の様子をアリシアは更に不安な様子で見つめている。

 これから自分はあの場に立って亜人達を説得しなければならない。

 そう思うと足がすくみ身体が震えてしまう。


 「大丈夫ッスか?」


 アリシアの背後から声を掛けてきたのは杏樹だった。

 どこか余裕の表情を見せる杏樹に気が楽になる。


 「アン………………ありがとうございます。私は大丈夫」


 そう、こんなところで躓いては駄目だとアリシアは自分に言い聞かす。

 これは―――――これだけは自分が何とかしなければならないのだから。

 意を決しアリシアはゆっくりと一歩を踏み出す。


 視線は迷わず前へ、

   しっかりとした足取りで、

     背筋は伸ばし相手から信頼を得る為に―――――。


 アリシアが広場へ姿を現した時、三十二の種族―――――その代表達の視線が突き刺さる。

 一瞬躊躇うが、それでもアリシアは悠然と歩みを進める。

 もう、彼女には迷いが一切ない。


 「―――――『ティファレイド』に住む皆さん私はアルトリシア・ディア・ケテル。『ディアケテル王国』の王位継承権第二位の王女です」


 アリシアの名に周囲がざわつく。

 ここまでは予想通りの反応だった。

 人間の―――――しかも王族となると誰もが無視する事が出来ない。

 だが、


 「『ディアケテル王国』っていや…………最近、国王が崩御したって噂の?」

 「何でそんな王国の―――――しかも王女がこの都に?」

 「長老は一体何を考えてるんだ!? 人間を招き入れただけでなくよりにもよって〝王族〟だなんて!?」

 「俺達亜人をまた奴隷にでもするつもりなのか!?」


 反応は様々だが、どうやら博士の言っていた心の傷トラウマとやらは自分達が思っている以上に彼らの心に深く抉られているようだった。

 悪意が、憎悪が、突き刺さる視線となってアリシアを糾弾する。

 しかしアリシアはその視線を受け止めた。

 それほどの事を、人間じぶんたちはしてきたのだから。


 「皆さん! 聞いてください!! 私は―――――――」


 孤独な闘いだった。

 これで心が折れない方がおかしい。

 だが、アリシアは下を向くわけにはいかないのだ。

 亜人達の糾弾が激しくなろうとしていた、その時。


 ダァァァンッッッ!!


 一発の銃声が広場に響き亜人達は口を閉じる。


 「はいはいはーい。みんな静かにするッス―――――今は彼女の演説の時間。やいやい言うのは終わってからでも遅くないと思うッスよ?」


 杏樹の只ならぬ気迫に押し負けたのかその場にいた全員が黙る。

 今しかないと思ったアリシアはもう一度声を上げる。


 「この『ティファレイド』の都に住む皆さん、私の話を聞いてください――――――私には」


 ここから、アリシアの戦いが始まる。

 これは彼女にしか出来ない戦いだ。










 一方で、広場から少し離れた場所にある森の中では不穏な影がその様子を見ていた。

 アリシアが亜人達を集めている。

 その光景をあまり面白く感じていない集団だった。


 「チッ――――――人間が混じってやがる」


 その声は周囲に伝染するように響く。

 更に別の場所からは、


 「まぁまぁ、人間と言っても小娘が二人に亜人共が数十人。あとはこの都をしらみ潰しに探していけば『鉄檻の楔』に先を越される事はないでしょう」


 姿は見えないが声だけは森の木々に反響しながら声だけが届いた。

 裏ギルド『静謐せいひつひつぎ』に所属している彼らは暗殺業を生業をしている。

 彼らは常に〝狩る側〟であり、〝狩られる側〟のターゲットが恐怖に怯える姿を見るのが楽しみでもあった。

 今回の大規模な〝亜人狩り〟は二つの裏ギルドによる争奪戦だ。

 しかも今回の競争相手は『鉄檻の楔のうきん』なので余計に彼らにとって簡単な仕事になると思っていた。

 実際、気配を遮断する能力を持つ彼らだからこそ誰にも気付かれずにここまで接近する事が出来たのだ。


 「見せしめに女を手に掛けるのもアリ、か。亜人共の見ている前で辱しめるか? そうすりゃアイツらもビビって何も出来はしないだろう」


 金の為にはあらゆる手段を使う。

 それが『静謐の柩かれら』のやり口だった。

 さて、それでは蹂躙を始めよう。

 この美しき都を阿鼻叫喚の地獄絵図に作り上げ影に生きてきた自分達を世に知らしめよう、そう誰かが言った。

 実際にこの世界の暗殺は需要があり、その多くは〝気配遮断〟や〝消音機能〟〝無臭断絶〟などの『恩恵』を持った者達の集まりだった。





 しかし彼らは知らない。

 その『恩恵』の全てをなど誰が分かるのだろうか。





 異変に気付いたのは『静謐の柩』のギルドマスターだった。

 声が森の木々に反響し聞こえてきていたが、

 はて? と思い周囲の気配を探るが、人数が少ない。

 二十人ほどいた人数が徐々に減ってきているのだ。


 「一体何が」


 起きたのか? その疑問はすぐに分かった。

 短い悲鳴が微かにギルドマスターの耳に届いたかと思えば同時に気配も消えていく。

 それも一人づつ確実に。


 「まさか――――――敵襲!?」


 気付いた時にはもう遅い。

 二十人ほどいた『静謐の柩』のメンバーは十人にも満たない。

 まだ姿を見せない全員が殺られている。

 そんな事が可能なのか?

 腰に差していた短剣を引き抜こうと柄に手を掛け、


 「そこまでですよ」


 声が聞こえたかと思えば、首筋に熱いモノが奔った。

 痛みは感じないが、意識が遠退き膝から崩れ落ちる。

 そのままギルドマスターは訳が分からないまま、その生涯を終える事になった。


 「雑なんですよ、貴殿方は」


 背後から現れたのは鳴上蓮花だった。

 気配や物音、更には自分の臭いまでを完全に絶つのは素直に凄いと思った。

 しかしその手が通用するのは素人か、もしくはこの世界の住人ぐらいだ。

 その『恩恵ちから』が

 森の周囲や湿地帯にある生き物の気配すら遮断しているせいで、不自然にぽっかりと空間に穴が空いたような場所に自分がいると逆に知らしてくれていたのだ。


 「ふぅ、まだ隠れたままでいますか?」


 蓮花が誰もいない場所に声をかける。

 誰からも返事は返ってこないが、構わず蓮花は続けた。


 「これが最後通告です―――――このまま無駄に命を無駄にする気がないのなら金輪際、この場所に近付かない事をお薦めします。お仲間の現状を知って尚、まだ金に目が眩む亡者に成り果てると云うのならば」


 蓮花は静かにクナイを構える。

 その瞳には決意を込めていた。


 「死に物狂いでかかって来なさい。夜に奔る刀が貴殿方を死地へと誘いましょう」


 何処に居たのか、先ほど蓮花が手をかけた人数の倍以上の人間が木陰から姿を現す。

 気配を察知する蓮花が見逃すはずがない人数を前に蓮花がぽそっと呟く。


 「『恩恵ギフト』―――――ですか? 人海戦術を得意とした〝増殖〟といったところでしょうね」


 蓮花の独り言に答える者はいない。

 元々大規模な依頼クエストのようだったのだからそんな気がしていた。


 そして蓮花の予想は正しく、『静謐の柩』の残っていた人数は三人しかいなかった。

 その中にいた一人が持つ『恩恵』は〝複製〟と呼ばれる能力。

 〝複製コピー〟の『恩恵』を持つ本人オリジナルが能力を行使し一体の複製を造る。

 そしてその能力は引き継がれ二人が四人に、四人は八人に、八人は十六人と倍々に増殖し、現在は六十四人の軍隊が出来上がったのだ。


 戦闘面では元となった人物オリジナルから分離していくので、身体能力自体は本人の戦闘力と同等か、多少は劣ってしまう。

 しかし人海戦術において〝数の暴力〟はいつの時代も効果はある。

 ましてや今回は一人、しかも年端もいかない少女とくれば絶望的な戦力差だった。

 そう、





 「――――――――――『夜刀一族』鳴上蓮花、参ります」





 合図はそれだけ。

 その一言で戦いが始まった。

 一対多の圧倒的な不利な状況で蓮花は一人武器を構える。

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