第140話




 「ここが『ザイン湿地帯』―――――亜人達の最後の都ティファレイドへと続く場所、か」


 そう呟く青年が霧がかかった湿地帯を前にして言葉を漏らす。

 異世界グランセフィーロにやって来てはや一ヶ月。

 ようやく自分が活躍できる場所へとやって来れた事に感動を覚えた。

 少年、林哲也はやしてつやは丸眼鏡の端をクイッと上げる。

 ある日、小説でしか見た事がない場所へと林哲也は紆余曲折あり『マルクトゥス帝国』を追いやられた。

 その時に自分を拾ってくれた人物が今日まで面倒を見てくれた恩を返せると拳を握り締めている。


 「おいテツ! 早く準備しろ!! 置いて行くぞ!」

 「は、はい! 今行きます!!」


 恩人の怒号に林哲也は慌てて駆け寄っていく。

 そこには今回の依頼しごとの為に集まった五十人がそれぞれに武器を携えていた。

 林哲也は、彼が現在所属している『鉄檻の楔』のメンバー達が浮かべる卑しい笑みを見て見ぬふりをしながらギルドマスターへと話し掛ける。


 「マスター、今日の依頼内容は『世界グランセフィーロから拒絶された亜人達を連れ出して保護する』、ですよね?」

 「あぁ? この間からそうだって言ってんだろ!? お前、まさかまだ疑ってんじゃ―――――」


 林哲也は両手をパタパタと振りながらギルドマスターの言葉を否定する。

 少しでも意見すれば後ほど制裁を加えられるのが嫌でヘラヘラと笑って誤魔化した。

 『マルクトゥス帝国』を追い出され、野垂れ死にしそうだった所を『鉄檻の楔ギルド』のメンバーが救ってくれた恩を返す為に今日まで頑張って来たのだ。


 


 それだけは避けなければならない。

 例え、誰を犠牲にしてでも自分だけは生き残ってやる―――――そう、歪んだ決意を持っていた。


 「おーし! 全員準備が出来たか!! それじゃ行くぞ!!」


 おー! と野太い声が『ザイン湿地帯』に響き渡り、五十人の精鋭が草木を掻き分け進軍する。

 周囲に気を配りながら泥濘ぬかるみに足を取られつつ先へと進む彼ら。

 道中の会話もあまり気分がいいものではなかった。


 「よォ、お前なに狙う? 俺はエルフを一度仕留めてぇんだよなぁ」

 「エルフだぁ? ンな見た目が若いだけの長寿種族なんぞよりもっとレアを狙えよな! おススメは『蜘蛛人族アラクネ』が高値で売れるんだって!」

 「オデ、『獣人族』のちいさいコ、狙う」

 「……………………」


 裏ギルド―――――それが正規ギルドではない事は薄々は感じていた林哲也だったが、自分は与えられた役割に徹する事だけを考えていた。

 〝世界から拒絶された亜人を連れ出して保護する〟―――――――そんな理由モノは建前で、本音は大掛かりなだというのはこの世界の事をよく知らない林哲也でも分かりきっていた。


 「テツはどうすんだ!? お前なに狙うよ?」

 「うぇっ!? お、俺ですか…………俺は」

 「何言ってんだ、テツはゲテモノ好きだから何でも食えんだろ!」


 ガハハハッ! と汚い嗤い声が響く。

 力なく笑う林哲也は周囲を見渡しながら早く役目しごとを終えてギルドへ戻りたい、そう思っていた。










 「ふむ、思っていた以上に下衆な会話ですな」

 「うわぁ―――――アレは流石に引くよ、俺っちでも」


 永城万里、刀堂大河の二人は少し離れた場所で侵入者達の様子を見ていた。

 格好は『王国騎士団』の兵士が装備していた鎧よりも簡易型ではあるが、それは防御優先というよりも速攻で攻撃を優先させる装備だという事が理解出来た。


 「で? 万里氏はどうするの? 何か作戦とかある?」

 「そうですなぁ―――――拙僧は考えるよりも身体を動かすのが良いのですが」


 俺っちも、と大河が答える。

 どうやら自分達の方針は決まったようだった。


 「では、まずは拙僧が」


 錫杖を突き立て、意識を集中させる。

 〝土属性〟の『付加術式エンチャントコード』が付与された錫杖から魔力が流れ込み地面を硬質化させていく。

 範囲は、万里達から数キロほどを目指し徐々に広げていった。


 「では、始めますかな―――――下衆な輩に説法を」


 地面の硬質化―――――それは万里の『付加術式』による能力だった。

 戦闘面において足場が悪い、と言うのは弱者の考えだと万里は思っている。

 実際は

 それは幾多ものの死地へ赴いた彼だから思える思想であり、同時に臨機応変に対応しなければ待つのは〝死〟なのだ。

 なので、


 「なっ、足場が―――――」

 「マスター!! 動けねぇッッッ!!」


 戦場が混乱に包まれ取り乱している隙を突き、


 「――――――――――――疾ッ!」


 神速の一閃を大河が抜き放った。

 『未来視』を持つ大河にはギルドのメンバー達が足元を取られた時、どういう動きをするかが視えていた。

 誰が、どのように、どう体勢を崩すかが分かればあとは致命傷になる場所に刀を振れば自らが命を絶っていくのだ。

 神速の一閃を放つ大河が納刀し鍔が鳴る。

 静かに鮮血が舞い周囲が血塗られていく。


 「おぉ、流石大河殿。鮮やかな剣戟で―――――」

 「万里氏!! ゴメン!!」


 大河の声と同時に万里が振り向き様に錫杖で攻撃を受けきる。

 ガィィィィィン! と鈍い音が湿地帯に響き襲撃者との鍔迫り合いに万里は持ち込んだ。


 「ほうッ、やりますな―――――あの神速を躱す者がおったとはッ!?」

 「ひ、酷い事をッ! みんなが何をしたって言うんだよ!」


 丸眼鏡が目立つ顔立ち。

 何処にでもいるような普通の青年が槍の柄でせめぎ合う。

 万里と青年、林哲也の体格差は大人と子供のように思えるが力では互角のようにも見える。

 しかし、若干だが万里が押され気味だった。


 「万里氏! 今助けに―――――ッ!?」


 嫌な予感がした大河は刀を一閃し横薙ぎに振るう。

 目視は出来ないが〝何か〟を弾いた大河は自分に攻撃をしてきた人物を睨みつけた。


 「あぁ? ンだテメェ。俺達の〝依頼しごと〟の邪魔をするなよなァ!!」


 丸太のような太い身体には輪っかが通されていた。

 いや、輪っかのように見えた〝それ〟には大河は見覚えがあった。


 「チャクラム!? にしてはデカい!」

 「『戦輪の飛咬チャッカーバイト』だァ!! 俺達の邪魔するヤツぁ輪切りにしてやる!」


 目測にして直径二メートルほどあるチャクラムを振り回し投擲する。

 シュイィィィィィンと回転数を上げながら凶器チャクラムは大河の胴体を真っ二つにしようと襲い掛かる。


 「喰らうかッ!」


 低く身を屈め足に力を溜める。

 地面を硬質化してもらったお陰で思い切り踏み込む事が出来た大河は一気に襲撃者へと距離を詰める。


 「破ッ!」


 一息に四度の抜刀を繰り広げ相手の急所へと斬り付ける。

 首、肩、靭帯、肋骨の隙間から内臓へと白銀の刃を奔らせた。


 「ヌゥン!!」


 しかし、相手の気合と共に大河の斬撃が弾かれた。

 驚く大河だが、刹那に〝視えた〟光景に背筋を凍らせる。


 「づ、おっ!?」


 無理に体勢を崩したせいか身体に電気が走ったように痺れる。

 その直後、投擲されたはずのチャクラムが大河の目の前をギリギリに通過した。

 地面に倒れ込む大河と、その姿を見て嘲笑う男はチャクラムをキャッチするとぐるんぐるんと回し始める。


 「はァ! 俺の『戦輪の飛咬』の二撃目を躱したのはお前が初めてだァ!!」


 力任せのような体型の割には器用にチャクラムを振り回す。


 「さっすが異世界―――――チャクラムなんて現代じゃ滅多に見れないモノを使いこなすなんて」


 大河の額からはうっすらと汗が流れ落ちる。

 少し本気を出さなければこちらが殺られる―――――そう思いながら刀の柄を強く握り締めた。

 そして、大河から少し離れた場所では万里が異世界からの召喚者と対峙している


 「(この若者――――――この体格で何処にこのような力が!?)」


 錫杖と槍で打ち合わす万里は林哲也との睨み合いが続いている。

 林哲也の体格は万里より小さく、下手をすれば大河や十夜よりも小柄だった。

 しかし、万里の力では青年の身体はビクともしない。

 槍捌きを見るに十夜や大河達のような実力を持ち合わせてはいないのだろう。

 だが、現に万里が攻めあぐねているのを考慮すると自ずと答えは見えてくる。


 「(恐らく拙僧の力が殺されているのはこの者の『恩恵ぎふと』とやらの力―――――それにこの格好を見るに拙僧らと同じ世界から来た者…………誠に厄介ですな)」


 さてどうするか?

 万里が考えていると、更に少し離れた場所から銃声と爆発音が彼らの場所まで轟く。


 「あっちは―――――――『ティファレイド』の方角!?」


 大河が視線を外さず叫ぶ。

 どうやら向こうもトラブルがあったようだ。


 「おいおいおいッッッ! 先越されちまってるじゃねぇか! 、俺らのエモノを横取りしやがったらただじゃおかねぇぞ!」


 男が激昂する。

 どうやら話の流れからして、目的は同じでも〝別の勢力〟が先行していたようだった。


 「万里氏! どうしよう――――あそこには!?」


 大河の言いたい事は理解出来る。

 蓮花が来ないのを考えると、どうやらこちらに来る余裕は無さそうだった。

 ならば、自分達が〝今〟出来る事をするだけだ。


 「大河殿!! 向こうは皆に任せましょう! 今は―――」


 万里は言い終わる前に気功を乗せた蹴りを林哲也へと叩き込む。

 やはり身体に当たっている感触はある。

 だが

 互いが距離を取り万里と林哲也が睨み合うような形になった。

 万里はゆっくりと後退し大河と背中を合わせる。

 ピりついた空気の中、万里が錫杖を持つ手に力を込め〝気〟を練り始めながら大河に囁く。


 「手っ取り早く此方を終わらせ蓮花殿達の方へ向かいましょう」

 「………………うんっ」


 万里と大河は互いの敵へと集中する。

 蓮花達が心配だが、そう簡単に負けるとは思えない。

 それを信じ、自分達は眼前の敵を撃破する事だけを考えていた。


 「ジャマしやがって…………おいテツぅ!」

 「は、はいっ!」


 ギルドマスターと林哲也の二人がチャクラムを、そして槍を構える。


 「『鉄檻の楔』ギルドマスター、ローグェン」

 「お、同じく林哲也」


 名乗りを上げる。

 どうやらこの世界の作法らしい。

 それに倣うつもりはないが、自然と口が開いた。


 「―――――永城万里」

 「刀堂大河」





 参る! そう四人の声が重なり四つの影が激突する。





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